7月は男子校の探偵少女

金時るるの

文字の大きさ
上 下
53 / 145
7月と慌ただしい日曜日

7月と慌ただしい日曜日 7

しおりを挟む
 二人連れ立って隣家を訪れる。馬の蹄鉄が飾られたドアを叩くと、暫くして一人の女性が姿を現した。
 今朝は一瞬だったので、はっきりとその姿が確認できなかったのだが、改めてじっくり見てみると、若い赤毛の女性だった。
 彼女は最初わたしに訝しげな目を向けたが、その後ろにいるヴェルナーさんの姿を認めると


「あら、お隣の。何か御用かしら?」


 と、警戒を解いたように笑顔を浮かべた。すかさずわたしは持っていたハンカチを広げてみせる。


「これが庭に落ちていたので、もしかしてこちらのお宅のものかと思いまして」 


 それを見て女性は口に手を当てる。 


「まあ、わざわざどうも。うちの洗濯物、いつもお宅の庭に飛んで行っちゃうのよねえ。ごめんなさいね」


 そう言ってハンカチを受け取ろうと手を差し出されるが、わたしはそれに気付かない振りをして世間話でもするように口を開く。


「そういえば今朝、家の前で黒猫を見かけたんですが、どこかの家で飼われてる猫なんでしょうか? 失礼ですがご存知ですか?」

「……さあ、知らないわ。野良猫なんじゃないかしら?」

「それならちょうど良かった」


 女性が不思議そうにわたしを見る。


「実は、最近家にネズミが出るので猫を飼おうかと思ってたんです。野良猫なら我が家で引き取っても誰にも文句は言われませんよね」


 そう言うと、女性はどこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせながら口を開く。


「ああ、ええと、そうだわ、思い出した。あの猫は裏の家の飼い猫だったような気がする……いえ、そのはずよ。見た事があるもの」

「あれ、そうなんですか? それなら諦めるしかないかなあ」

「そうよ。それに飼うなら白い猫の方が良いんじゃないかしら。黒猫だとほら、ね。暗くなると闇に紛れて見えなくなっちゃうわ。ねえ、だから白猫にしなさいな。それが良いわ」

「そうですか? わたしは黒猫が好きなんですけどね。少し検討してみます」


 女性が何か言い掛けようと口を開くが、それを遮るようにわたしはハンカチを持ち上げてみせる。 


「それにしても、先にこちらがこのハンカチに気付いて良かったです。実はさっき鏡を割ってしまって破片を庭に埋めたんですよ。ああ、勿論深く埋めたので大丈夫だとは思いますが、万が一という事もありますからね。何も知らない人が破片を踏んで怪我でもしたら大変です」


 その言葉に女性が顔を強張らせたような気がした。


「おかあさん!」


 その時、子供の声がしたかと思うと、部屋の奥から小さな女の子が駆け寄ってきた。
 女性と同じ赤毛をお下げにして両肩の上に揺らしている。スカートの上に付けているエプロンには、片隅にテントウムシの刺繍があった。
 女の子はわたしの手にしたハンカチを見ると


「あっ、それ、あたしのハンカチ! かえして! かえして!」


 と声を上げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を伸ばす。


「あ、ええと、どうぞ……」


 唐突な女の子の登場に戸惑った上、その勢いに押されて、わたしはハンカチを手渡す。
 女の子が満面の笑みで受け取ったのを確かめると、母親である女性は


「この子、このハンカチがお気に入りでね。わざわざ届けてくれてありがとう、助かったわ。それじゃ、仕事があるからこれで失礼しますね」


 そう言ってわたしが何か言いかける前にドアを閉めてしまった。
 ドアの外側に飾られた蹄鉄をみつめながら、つい先ほどまで目の前にいた母娘の姿を思い返す。

 もしかして、そういう事だったのかな……
 ……だとしたら、わたし、失敗したかもしれない。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

舞姫【中編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。 剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。 桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 亀岡 みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。 津田(郡司)武 星児と保が追う謎多き男。 切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。 大人になった少女の背中には、羽根が生える。 与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。 彼らの行く手に待つものは。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

ダブルの謎

KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...