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7月と慌ただしい日曜日
7月と慌ただしい日曜日 4
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食後のお茶を飲んでいると、この間と同じようにフレデリーケさんに車椅子を押されたロザリンデさんが入室してきた。
さりげなくフレデリーケさんの様子を伺うと、彼女もこちらへと顔を向けた。
目があったと思った瞬間、彼女ははっとしたように顔を伏せてしまった。心なしか顔を赤らめているようにも見える。
うーん……これは、わたしの事を男性として意識しているという事なんだろうか。
それともクルトの言っていたように、痛々しい台詞を吐いた恥ずかしい人という認識をされているのか。
後でクルトにも意見を聞いてみよう。
挨拶を済ませると、ロザリンデさんはわたしを見てにっこりと笑う。
「ユーリくん、また来てくれたのね。嬉しいわ。私ね、ユーリくんともっとお話したいと思っていたのよ。ああ、別に変な意味じゃなくてね。クルトと仲良くしてくれるお友達ってどんな人なのかなあって、詳しく知りたかったの。クルトって、自分からはほとんどお友達の事を話してくれないから」
その言葉にわたしとクルトは顔を見合わせた。
ロザリンデさんは以前に逢ったときと同じように微笑んでいるし、フレデリーケさんのように顔を赤らめることもない。
この様子を見ると、やっぱりわたしの思ったとおり、彼女は弟の友人という存在に興味があっただけみたいだ。
でも、その事がこんなにもあっさりとロザリンデさん本人の口から明かされるなんて、なんだか拍子抜けだ。
自分の姉がわたしに異性として好意を抱いている訳ではないとわかったからか、クルトは明らかにほっとしたような顔をしている。
これで彼のおかしな誤解も解消されただろうが、わたしは釈然としないものを感じていた。
あれだけ騒いでいたのは一体なんだったのか。おまけにお風呂を覗かれて、嘘の愛の告白までしたなんて……それってクルトが早とちりをしなければ避けられたんじゃないだろうか。こんなに簡単に真相がわかったのならば、なにも慌てて今日逢わなくても良かったのでは。
クルトがお姉さんの事を慕っているのは傍目にもよくわかる。でも、少し過保護すぎるというか……
けれどその一方で、仮に今の自分に家族がいたのなら、思いっきり甘やかしたり、逆に思いっきり甘やかされたいとも思う。そう考えると、もしもわたしがロザリンデさんの立場だったら、クルトみたいなきょうだいは結構理想に近い部分があるかもしれない。
でも、彼はロザリンデさんと同じようにはわたしに接してはくれない。当たり前だ。わたしたちは家族じゃないんだから。
いつのまにか溜息が漏れていた。
こんな事を考えてもどうしようもない。それでなくても今日はいろいろな事が起きて、まだ朝だというのになんだか疲れてしまった。
わたしはテーブルの上の砂糖壷を引き寄せると、スプーンに山盛りの砂糖を紅茶の中に何杯も落とした。
「ユーリくんのお父様って、どんなお仕事をされてるの?」
「へっ?」
ロザリンデさんの問いに不意を突かれて、まぬけな声を上げてしまった。
「あの、ええと……」
わたしは答えに詰まる。
わたしにとって父親といえば教会の神父様がそれに近い存在と言えるが、それをそのまま伝えるわけにもいかない。
学校でも似たような事を尋ねられた事はあったが、その度に言葉を濁しては誤魔化していた。
「こちらのお宅に比べたら、わたしの家なんて大した事はありませんよ。ましてやロザリンデさんにお聞かせするほど面白いわけでもありませんし……」
「あら、それは買い被りすぎよ。うちだって大した事ないのよ。それに、さっきも言ったでしょう? 私、クルトのお友達について詳しく知りたいの」
困った。曖昧に誤魔化そうとしたがそうはいかないみたいだ。
かといって、あまり具体的な作り話をしてもぼろが出そうで怖い。
必死にそれらしい言葉を捻り出す。
「ええと、わたしの家は、その……農作物の流通に関わっていたりだとか……」
孤児院の畑で野菜を育てていたのであながち間違いとも言えない。
これ以上家庭環境について詳しく聞かれないように、わたしは自分から適当な話を振る。
「知ってます? 作物を収穫した後に残った余分な葉っぱって、そのまま畑に埋め戻すんですよ。そうすると余計なごみが出ないし、肥料にもなるんです」
「へえ、さすが詳しいのねえ」
ロザリンデさんが感心したように頷く。
「そうだ。俺も彼から聞いて知った事があって――」
クルトが横から遮るように口を挟む。
「ホウライアオカズラというハーブがあるんだが、不思議な事に、その葉で淹れたお茶を飲むと暫く甘みを感じなくなるんだ。俺も実際に試したが、ビスケットの味がまったくわからなくなった」
それを聞いたロザリンデさんは目を丸くする。
「まあ。なんだか魔法みたいねえ。そのハーブって、うちの庭には生えていないのかしら?」
「興味があるなら今度持ってこよう。学校の温室にあるはずだから」
「あら嬉しい。楽しみにしてるわ。その時はとびっきりの甘いお菓子を準備しておかなくちゃいけないわね……ああそうだわ、お菓子といえば、最近とってもおいしいケーキを食べたのよ。今日も同じものを用意してあるから、あとで皆で頂きましょうね」
「わあ、本当ですか!? 楽しみです!」
わたしは思わず声を上げるが、その途端クルトに睨まれた気がした。
……なんだろう? 何か失礼な事言ったかな?
わけもわからず口を噤むが、クルトはこちらに顔を向けながら口を開く。
「そういえば、以前に街で食べたケーキが美味いって言ってなかったか? ほら、噴水の近くの」
その何か言いたげな瞳を見て理解した。彼は話題を変えようとしているのだ。わたしの出自に関わることを避けるために。急にホウライアオカズラの話を持ち出したのもその為なんだろう。
わたしはそれに合わせるように慌てて頷く。
「ええと……そうそう。カフェでイチジクのタルトを食べたんですけど、とってもおいしかったですよ」
「本当? それなら私も今度試してみようかしら」
ロザリンデさんは両手を合わせて目を輝かせる。
「あと、チョコレートのおいしいお店もあって――」
そうやって暫くお菓子の話に花を咲かせる。大抵の女性はこういう話題に興味を示すものなのだ。ロザリンデさんも例外ではないらしい。
クルトの助け舟もあり、なんとかわたしの家庭の事についてそれ以上聞かれずに済みそうだった。
そのことにほっと胸を撫で下ろした。
「私、街の事はあまりよく知らないから、そういうお話を聞けると嬉しいわ。あ、そうそう、街といえば――」
ロザリンデさんは急に何かを思い出したようにくすりと笑う。
「この間ね、クルトが日曜日でもないのにこのお屋敷に来て『学校の中に戻りたいから手伝って欲しい』ってメイドたちに頼んだそうなの。どうもこっそり学校を抜け出して街に行ってたらしいのよ。それでその後どうしたかって言うとね、倉庫から梯子を持ち出して、それを学校の塀に立てかけて、そこから中に戻ったんですって。おかしいわよねえ。ふふ」
「なっ!?」
その途端クルトが勢いよく立ち上がり、身を乗り出すようにテーブルに手を付く。
「ど、どうしてねえさまがその事を……!?」
「あら、秘密にしていたつもり? 残念でした。このお屋敷の中で起こった事で、私の知らない事なんてないのよ?」
ロザリンデさんは少し得意げに答える。
それってもしかして、わたしにマフラーを買ってきてくれた日の事ではないだろうか。
てっきりロザリンデさんに許可を貰っていたのかと思っていたけれど、どうやら無断でやらかしていたようだ。
「でもね、クルト」
そこでロザリンデさんは窘めるような口調になった。
「あなたも知っていると思うけど、この家にはほとんど女の子しかいないのよ? あなたの都合で余計な力仕事をさせるのはやめて頂戴ね? あなたが学校に戻った後、女の子だけで梯子を持って帰るのは大変だったみたいなんだから」
「……すみません」
俯いてクルトは大人しく椅子に腰を降ろした。悪戯を咎められた子供みたいにしゅんとしている。
こんな彼の姿を目にするのは初めてかもしれない。やっぱりロザリンデさんには弱いみたいだ。
それを見てちょっと気の毒になってきた。あのマフラーが原因ならば自分にも責任はある。でも、取り成そうにも理由が理由だけに、口を出して良いものか躊躇ってしまう。
「美意識が傷つくから」なんて、そんな理由で校則を破って学校を抜け出して、使用人にも迷惑をかけた事がロザリンデさんに知られたら、クルトは余計怒られるんじゃないだろうか。というか、自分だったら絶対怒る。
わたしは少し考えた後、心の中でクルトに謝りながら無言を貫くことにした。
他愛の無いおしゃべりを再開して暫くすると、ロザリンデさんに対する警戒心は薄れていった。わたしの出自についての話題にさえ気をつけていれば、彼女と過ごす時間は楽しかった。
常に微笑んでいるような柔らかい雰囲気を纏って、どんな話にも興味深そうに相槌を打ってくれる。
さっきクルトの行動を咎めた時だって、声を荒げる事も無く、優しく言い聞かせるようだった。それに美人だし。こんなお姉さんのいるクルトが羨ましい。
そんな事を考えながら、ふと壁の時計に目を向けて、わたしは思わず立ち上がる。
「いけない、もうこんな時間……! わたし、行かないと……!」
「あら、どうかしたの?」
慌てるわたしにロザリンデさんが不思議そうな目を向ける。
「すみません、今日はこのあと用事があるのでこれで失礼させて頂きます」
「まあ、そうなの? 残念だけどそれなら仕方がないわねえ」
ロザリンデさんは一瞬目を伏せた後、帰り支度をするわたしに声を掛ける。
「ねえ、ユーリくん。あなたさえ嫌でなければ、これからもこうしてこの家に遊びに来てもらえると嬉しいんだけれど。どうかしら? 私、もっとユーリくんとお話したいわ」
「はい。わたしで良ければ喜んで」
ロザリンデさんの微笑に応えるように頷くと、挨拶もそこそこに、わたしは飛び出すように部屋を後にした。
さりげなくフレデリーケさんの様子を伺うと、彼女もこちらへと顔を向けた。
目があったと思った瞬間、彼女ははっとしたように顔を伏せてしまった。心なしか顔を赤らめているようにも見える。
うーん……これは、わたしの事を男性として意識しているという事なんだろうか。
それともクルトの言っていたように、痛々しい台詞を吐いた恥ずかしい人という認識をされているのか。
後でクルトにも意見を聞いてみよう。
挨拶を済ませると、ロザリンデさんはわたしを見てにっこりと笑う。
「ユーリくん、また来てくれたのね。嬉しいわ。私ね、ユーリくんともっとお話したいと思っていたのよ。ああ、別に変な意味じゃなくてね。クルトと仲良くしてくれるお友達ってどんな人なのかなあって、詳しく知りたかったの。クルトって、自分からはほとんどお友達の事を話してくれないから」
その言葉にわたしとクルトは顔を見合わせた。
ロザリンデさんは以前に逢ったときと同じように微笑んでいるし、フレデリーケさんのように顔を赤らめることもない。
この様子を見ると、やっぱりわたしの思ったとおり、彼女は弟の友人という存在に興味があっただけみたいだ。
でも、その事がこんなにもあっさりとロザリンデさん本人の口から明かされるなんて、なんだか拍子抜けだ。
自分の姉がわたしに異性として好意を抱いている訳ではないとわかったからか、クルトは明らかにほっとしたような顔をしている。
これで彼のおかしな誤解も解消されただろうが、わたしは釈然としないものを感じていた。
あれだけ騒いでいたのは一体なんだったのか。おまけにお風呂を覗かれて、嘘の愛の告白までしたなんて……それってクルトが早とちりをしなければ避けられたんじゃないだろうか。こんなに簡単に真相がわかったのならば、なにも慌てて今日逢わなくても良かったのでは。
クルトがお姉さんの事を慕っているのは傍目にもよくわかる。でも、少し過保護すぎるというか……
けれどその一方で、仮に今の自分に家族がいたのなら、思いっきり甘やかしたり、逆に思いっきり甘やかされたいとも思う。そう考えると、もしもわたしがロザリンデさんの立場だったら、クルトみたいなきょうだいは結構理想に近い部分があるかもしれない。
でも、彼はロザリンデさんと同じようにはわたしに接してはくれない。当たり前だ。わたしたちは家族じゃないんだから。
いつのまにか溜息が漏れていた。
こんな事を考えてもどうしようもない。それでなくても今日はいろいろな事が起きて、まだ朝だというのになんだか疲れてしまった。
わたしはテーブルの上の砂糖壷を引き寄せると、スプーンに山盛りの砂糖を紅茶の中に何杯も落とした。
「ユーリくんのお父様って、どんなお仕事をされてるの?」
「へっ?」
ロザリンデさんの問いに不意を突かれて、まぬけな声を上げてしまった。
「あの、ええと……」
わたしは答えに詰まる。
わたしにとって父親といえば教会の神父様がそれに近い存在と言えるが、それをそのまま伝えるわけにもいかない。
学校でも似たような事を尋ねられた事はあったが、その度に言葉を濁しては誤魔化していた。
「こちらのお宅に比べたら、わたしの家なんて大した事はありませんよ。ましてやロザリンデさんにお聞かせするほど面白いわけでもありませんし……」
「あら、それは買い被りすぎよ。うちだって大した事ないのよ。それに、さっきも言ったでしょう? 私、クルトのお友達について詳しく知りたいの」
困った。曖昧に誤魔化そうとしたがそうはいかないみたいだ。
かといって、あまり具体的な作り話をしてもぼろが出そうで怖い。
必死にそれらしい言葉を捻り出す。
「ええと、わたしの家は、その……農作物の流通に関わっていたりだとか……」
孤児院の畑で野菜を育てていたのであながち間違いとも言えない。
これ以上家庭環境について詳しく聞かれないように、わたしは自分から適当な話を振る。
「知ってます? 作物を収穫した後に残った余分な葉っぱって、そのまま畑に埋め戻すんですよ。そうすると余計なごみが出ないし、肥料にもなるんです」
「へえ、さすが詳しいのねえ」
ロザリンデさんが感心したように頷く。
「そうだ。俺も彼から聞いて知った事があって――」
クルトが横から遮るように口を挟む。
「ホウライアオカズラというハーブがあるんだが、不思議な事に、その葉で淹れたお茶を飲むと暫く甘みを感じなくなるんだ。俺も実際に試したが、ビスケットの味がまったくわからなくなった」
それを聞いたロザリンデさんは目を丸くする。
「まあ。なんだか魔法みたいねえ。そのハーブって、うちの庭には生えていないのかしら?」
「興味があるなら今度持ってこよう。学校の温室にあるはずだから」
「あら嬉しい。楽しみにしてるわ。その時はとびっきりの甘いお菓子を準備しておかなくちゃいけないわね……ああそうだわ、お菓子といえば、最近とってもおいしいケーキを食べたのよ。今日も同じものを用意してあるから、あとで皆で頂きましょうね」
「わあ、本当ですか!? 楽しみです!」
わたしは思わず声を上げるが、その途端クルトに睨まれた気がした。
……なんだろう? 何か失礼な事言ったかな?
わけもわからず口を噤むが、クルトはこちらに顔を向けながら口を開く。
「そういえば、以前に街で食べたケーキが美味いって言ってなかったか? ほら、噴水の近くの」
その何か言いたげな瞳を見て理解した。彼は話題を変えようとしているのだ。わたしの出自に関わることを避けるために。急にホウライアオカズラの話を持ち出したのもその為なんだろう。
わたしはそれに合わせるように慌てて頷く。
「ええと……そうそう。カフェでイチジクのタルトを食べたんですけど、とってもおいしかったですよ」
「本当? それなら私も今度試してみようかしら」
ロザリンデさんは両手を合わせて目を輝かせる。
「あと、チョコレートのおいしいお店もあって――」
そうやって暫くお菓子の話に花を咲かせる。大抵の女性はこういう話題に興味を示すものなのだ。ロザリンデさんも例外ではないらしい。
クルトの助け舟もあり、なんとかわたしの家庭の事についてそれ以上聞かれずに済みそうだった。
そのことにほっと胸を撫で下ろした。
「私、街の事はあまりよく知らないから、そういうお話を聞けると嬉しいわ。あ、そうそう、街といえば――」
ロザリンデさんは急に何かを思い出したようにくすりと笑う。
「この間ね、クルトが日曜日でもないのにこのお屋敷に来て『学校の中に戻りたいから手伝って欲しい』ってメイドたちに頼んだそうなの。どうもこっそり学校を抜け出して街に行ってたらしいのよ。それでその後どうしたかって言うとね、倉庫から梯子を持ち出して、それを学校の塀に立てかけて、そこから中に戻ったんですって。おかしいわよねえ。ふふ」
「なっ!?」
その途端クルトが勢いよく立ち上がり、身を乗り出すようにテーブルに手を付く。
「ど、どうしてねえさまがその事を……!?」
「あら、秘密にしていたつもり? 残念でした。このお屋敷の中で起こった事で、私の知らない事なんてないのよ?」
ロザリンデさんは少し得意げに答える。
それってもしかして、わたしにマフラーを買ってきてくれた日の事ではないだろうか。
てっきりロザリンデさんに許可を貰っていたのかと思っていたけれど、どうやら無断でやらかしていたようだ。
「でもね、クルト」
そこでロザリンデさんは窘めるような口調になった。
「あなたも知っていると思うけど、この家にはほとんど女の子しかいないのよ? あなたの都合で余計な力仕事をさせるのはやめて頂戴ね? あなたが学校に戻った後、女の子だけで梯子を持って帰るのは大変だったみたいなんだから」
「……すみません」
俯いてクルトは大人しく椅子に腰を降ろした。悪戯を咎められた子供みたいにしゅんとしている。
こんな彼の姿を目にするのは初めてかもしれない。やっぱりロザリンデさんには弱いみたいだ。
それを見てちょっと気の毒になってきた。あのマフラーが原因ならば自分にも責任はある。でも、取り成そうにも理由が理由だけに、口を出して良いものか躊躇ってしまう。
「美意識が傷つくから」なんて、そんな理由で校則を破って学校を抜け出して、使用人にも迷惑をかけた事がロザリンデさんに知られたら、クルトは余計怒られるんじゃないだろうか。というか、自分だったら絶対怒る。
わたしは少し考えた後、心の中でクルトに謝りながら無言を貫くことにした。
他愛の無いおしゃべりを再開して暫くすると、ロザリンデさんに対する警戒心は薄れていった。わたしの出自についての話題にさえ気をつけていれば、彼女と過ごす時間は楽しかった。
常に微笑んでいるような柔らかい雰囲気を纏って、どんな話にも興味深そうに相槌を打ってくれる。
さっきクルトの行動を咎めた時だって、声を荒げる事も無く、優しく言い聞かせるようだった。それに美人だし。こんなお姉さんのいるクルトが羨ましい。
そんな事を考えながら、ふと壁の時計に目を向けて、わたしは思わず立ち上がる。
「いけない、もうこんな時間……! わたし、行かないと……!」
「あら、どうかしたの?」
慌てるわたしにロザリンデさんが不思議そうな目を向ける。
「すみません、今日はこのあと用事があるのでこれで失礼させて頂きます」
「まあ、そうなの? 残念だけどそれなら仕方がないわねえ」
ロザリンデさんは一瞬目を伏せた後、帰り支度をするわたしに声を掛ける。
「ねえ、ユーリくん。あなたさえ嫌でなければ、これからもこうしてこの家に遊びに来てもらえると嬉しいんだけれど。どうかしら? 私、もっとユーリくんとお話したいわ」
「はい。わたしで良ければ喜んで」
ロザリンデさんの微笑に応えるように頷くと、挨拶もそこそこに、わたしは飛び出すように部屋を後にした。
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