7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と兄弟

7月と兄弟 11

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 翌日、わたしは図書館にいた。この間ふと読んだ小説が思いのほか面白く、続きを探していたのだ。
 だが、前回読んだ本の隣に続巻は無く、あたりを見回すと、隣の棚の一段高い場所に目当ての本は納まっていた。
 台を使えば簡単に届くだろうけれど……でも、頑張れば届くような気がする。
 つま先立って手を伸ばすと、指が背表紙に触れる。
 もう少し、というところで背後から誰かの手が伸びてきて本を抜き取る。


「はい、この本で良いのかな?」

「あ、ありがとうございま……」


 お礼を言いかけてはっとする。
 本を取ってくれたのは、アルベルトだった。
 差し出された本を受け取るかどうか迷っていると、アルベルトは気まずそうに眼鏡を指で押し上げる。


「そんなに警戒しないでくれよ……って言っても無理な話か。昨日はすまなかったね。酷い事したと思ってる。君は二度と話しかけるなって言ったけど、どうしても謝りたくてさ。ちょうどこの建物に入っていくのが見えたから……」

「……昨日のことなら、別にもう怒ってませんよ」

「えっ? あれを怒ってないって、君、聖人かなにか!?」


 目を丸くするアルベルトに、わたしは説明する。


「ああ、いえ、わたしの家はきょうだいが大勢いたんですよ。だから喧嘩だとか揉め事は毎日のように起きていて……でも、家の中ではみんな仲良くしましょうって言われていたし、実際そうしないと暮らしていけませんでした。たとえ殴り合いの喧嘩をしても、翌日になれば自然と仲直りしてたんです。その感覚が残っていて、どんなに腹の立つ事があっても、一日経つと平気になるように出来ているんですよ」


 それは事実だった。孤児院での長年に渡る習慣が、わたしの中の怒りという感情を持続させないようにしていた。
 それに、クルトにも気晴らしに付き合って貰ったので、ほとんどいつも通りに戻っていた。


「だから、怒ってはいませんけど……本に変な細工してませんよね?」

「してない、してないよ。大丈夫だって。ああ、もう、どうしたら信用してもらえるかな……」


 アルベルトは自身の潔白を示すかのように、手にしたハードカバーの本をひっくり返してわたしに見せる。
 おそるおそる受け取ると、彼の顔にようやく安堵の色が浮かんだ。


「その本、オレも読んだことがあるよ」
「ほんとですか?」


 驚きの声を上げるわたしにアルベルトは頷く。


「うん。結構面白かったような気がする。でも、結末は知らないんだ。読んだ当時、この図書館には途中までしか置いてなくてさ。ずいぶん前の事だったから、今日手に取るまで忘れてたよ。こうして見る限り、いまだに続きは配架されてないみたいだね」


 そう言って本棚を見回す。


「えっ、それじゃあ、わたしもこの本の結末がわからないままって事ですか? そんなあ……」


 せっかくここまで読んだというのに、それでは生殺し状態ではないか。
 そう考えたところでわたしはふと思いつく。


「でも、ほら、ただ単にこの棚に置かれていないだけで、続きはこの図書館に存在するのかも」

「間違って別のジャンルの棚に置かれているって事かな?」

「うーん……それだと書架の整理をする職員が気付いて、正しい場所に並べ直すと思うんですよね」

「それじゃあ、どういう事?」

「ええと、出版元が変わったとか……」

「だとしても、同じ棚に並んでないのは変だと思うなあ」

「でも、本の大きさ自体が変わったとしたら?」


 わたしは持っている本を胸の辺りに掲げる。


「たとえば、この小説はハードカバーですけど、出版元が変わった際に文庫本として刊行されたのかも……もしかして、この小説は既に完結していて、かつては全巻揃っていたのかもしれません。でも、途中の巻から紛失してしまった。これだけたくさんの本がある場所なら、よくある事でしょう。紛失に気付いた図書館側は当然補完しようとしますが、それが出来なかった。その場合、考えられる理由は、絶版になったか、出版社がなくなったかで、本が入手できなくなったから。でも、もしもその後で別の出版元が改めて刊行したとしたら、図書館側もそれを取り寄せて配架するんじゃないかと思うんです。けれど、この本棚にはこの小説の続きは置いていない。なぜなら大きさが違うから」


 アルベルトは黙って話を聞いている。


「ふつう、内容が同じだとしても大きいハードカバーの隣に小さな文庫本は並べませんよね。その分同じ大きさの本を並べたほうが棚の空間の無駄が少ないですから。だから、そういう理由でこの本の続きが置いてあるとしたら、ここではなく文庫本の棚のはずです」


 そこまで言って、わたしは慌てて付け加える。


「ああ、あくまでもこの本の続きがあると仮定した場合の可能性のひとつとしての話です。この小説も元々ハードカバーしか存在しない上に未完、もしくは紛失したままなのかもしれません。むしろ、そっちの確率のほうが高いですね。でも、せっかく面白いのに続きがないなんて残念だし、あったらいいなという、わたしの都合のいい願望も含めて考えてしまいました」


 話を聞き終えたアルベルトは、興味深そうな目をわたしに向ける。


「へえ、君って結構想像力が逞しいんだね。でも、案外当たってるかもしれないよ。コーヒーに混ぜ物をしたことにも気
が付いたし、勘がいいのかな」
 

 その言葉にはっとする。


「……聞いていいですか? どうして、昨日はあんな事を? わたし、あなた達に何かしました?」


 怒ってはいないが、やっぱり気にはなる。
 おそるおそる問うと、アルベルトは慌てて首を振り。


「それは……」


 と話し始めた。
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