44 / 145
7月と兄弟
7月と兄弟 11
しおりを挟む
翌日、わたしは図書館にいた。この間ふと読んだ小説が思いのほか面白く、続きを探していたのだ。
だが、前回読んだ本の隣に続巻は無く、あたりを見回すと、隣の棚の一段高い場所に目当ての本は納まっていた。
台を使えば簡単に届くだろうけれど……でも、頑張れば届くような気がする。
つま先立って手を伸ばすと、指が背表紙に触れる。
もう少し、というところで背後から誰かの手が伸びてきて本を抜き取る。
「はい、この本で良いのかな?」
「あ、ありがとうございま……」
お礼を言いかけてはっとする。
本を取ってくれたのは、アルベルトだった。
差し出された本を受け取るかどうか迷っていると、アルベルトは気まずそうに眼鏡を指で押し上げる。
「そんなに警戒しないでくれよ……って言っても無理な話か。昨日はすまなかったね。酷い事したと思ってる。君は二度と話しかけるなって言ったけど、どうしても謝りたくてさ。ちょうどこの建物に入っていくのが見えたから……」
「……昨日のことなら、別にもう怒ってませんよ」
「えっ? あれを怒ってないって、君、聖人かなにか!?」
目を丸くするアルベルトに、わたしは説明する。
「ああ、いえ、わたしの家はきょうだいが大勢いたんですよ。だから喧嘩だとか揉め事は毎日のように起きていて……でも、家の中ではみんな仲良くしましょうって言われていたし、実際そうしないと暮らしていけませんでした。たとえ殴り合いの喧嘩をしても、翌日になれば自然と仲直りしてたんです。その感覚が残っていて、どんなに腹の立つ事があっても、一日経つと平気になるように出来ているんですよ」
それは事実だった。孤児院での長年に渡る習慣が、わたしの中の怒りという感情を持続させないようにしていた。
それに、クルトにも気晴らしに付き合って貰ったので、ほとんどいつも通りに戻っていた。
「だから、怒ってはいませんけど……本に変な細工してませんよね?」
「してない、してないよ。大丈夫だって。ああ、もう、どうしたら信用してもらえるかな……」
アルベルトは自身の潔白を示すかのように、手にしたハードカバーの本をひっくり返してわたしに見せる。
おそるおそる受け取ると、彼の顔にようやく安堵の色が浮かんだ。
「その本、オレも読んだことがあるよ」
「ほんとですか?」
驚きの声を上げるわたしにアルベルトは頷く。
「うん。結構面白かったような気がする。でも、結末は知らないんだ。読んだ当時、この図書館には途中までしか置いてなくてさ。ずいぶん前の事だったから、今日手に取るまで忘れてたよ。こうして見る限り、いまだに続きは配架されてないみたいだね」
そう言って本棚を見回す。
「えっ、それじゃあ、わたしもこの本の結末がわからないままって事ですか? そんなあ……」
せっかくここまで読んだというのに、それでは生殺し状態ではないか。
そう考えたところでわたしはふと思いつく。
「でも、ほら、ただ単にこの棚に置かれていないだけで、続きはこの図書館に存在するのかも」
「間違って別のジャンルの棚に置かれているって事かな?」
「うーん……それだと書架の整理をする職員が気付いて、正しい場所に並べ直すと思うんですよね」
「それじゃあ、どういう事?」
「ええと、出版元が変わったとか……」
「だとしても、同じ棚に並んでないのは変だと思うなあ」
「でも、本の大きさ自体が変わったとしたら?」
わたしは持っている本を胸の辺りに掲げる。
「たとえば、この小説はハードカバーですけど、出版元が変わった際に文庫本として刊行されたのかも……もしかして、この小説は既に完結していて、かつては全巻揃っていたのかもしれません。でも、途中の巻から紛失してしまった。これだけたくさんの本がある場所なら、よくある事でしょう。紛失に気付いた図書館側は当然補完しようとしますが、それが出来なかった。その場合、考えられる理由は、絶版になったか、出版社がなくなったかで、本が入手できなくなったから。でも、もしもその後で別の出版元が改めて刊行したとしたら、図書館側もそれを取り寄せて配架するんじゃないかと思うんです。けれど、この本棚にはこの小説の続きは置いていない。なぜなら大きさが違うから」
アルベルトは黙って話を聞いている。
「ふつう、内容が同じだとしても大きいハードカバーの隣に小さな文庫本は並べませんよね。その分同じ大きさの本を並べたほうが棚の空間の無駄が少ないですから。だから、そういう理由でこの本の続きが置いてあるとしたら、ここではなく文庫本の棚のはずです」
そこまで言って、わたしは慌てて付け加える。
「ああ、あくまでもこの本の続きがあると仮定した場合の可能性のひとつとしての話です。この小説も元々ハードカバーしか存在しない上に未完、もしくは紛失したままなのかもしれません。むしろ、そっちの確率のほうが高いですね。でも、せっかく面白いのに続きがないなんて残念だし、あったらいいなという、わたしの都合のいい願望も含めて考えてしまいました」
話を聞き終えたアルベルトは、興味深そうな目をわたしに向ける。
「へえ、君って結構想像力が逞しいんだね。でも、案外当たってるかもしれないよ。コーヒーに混ぜ物をしたことにも気
が付いたし、勘がいいのかな」
その言葉にはっとする。
「……聞いていいですか? どうして、昨日はあんな事を? わたし、あなた達に何かしました?」
怒ってはいないが、やっぱり気にはなる。
おそるおそる問うと、アルベルトは慌てて首を振り。
「それは……」
と話し始めた。
だが、前回読んだ本の隣に続巻は無く、あたりを見回すと、隣の棚の一段高い場所に目当ての本は納まっていた。
台を使えば簡単に届くだろうけれど……でも、頑張れば届くような気がする。
つま先立って手を伸ばすと、指が背表紙に触れる。
もう少し、というところで背後から誰かの手が伸びてきて本を抜き取る。
「はい、この本で良いのかな?」
「あ、ありがとうございま……」
お礼を言いかけてはっとする。
本を取ってくれたのは、アルベルトだった。
差し出された本を受け取るかどうか迷っていると、アルベルトは気まずそうに眼鏡を指で押し上げる。
「そんなに警戒しないでくれよ……って言っても無理な話か。昨日はすまなかったね。酷い事したと思ってる。君は二度と話しかけるなって言ったけど、どうしても謝りたくてさ。ちょうどこの建物に入っていくのが見えたから……」
「……昨日のことなら、別にもう怒ってませんよ」
「えっ? あれを怒ってないって、君、聖人かなにか!?」
目を丸くするアルベルトに、わたしは説明する。
「ああ、いえ、わたしの家はきょうだいが大勢いたんですよ。だから喧嘩だとか揉め事は毎日のように起きていて……でも、家の中ではみんな仲良くしましょうって言われていたし、実際そうしないと暮らしていけませんでした。たとえ殴り合いの喧嘩をしても、翌日になれば自然と仲直りしてたんです。その感覚が残っていて、どんなに腹の立つ事があっても、一日経つと平気になるように出来ているんですよ」
それは事実だった。孤児院での長年に渡る習慣が、わたしの中の怒りという感情を持続させないようにしていた。
それに、クルトにも気晴らしに付き合って貰ったので、ほとんどいつも通りに戻っていた。
「だから、怒ってはいませんけど……本に変な細工してませんよね?」
「してない、してないよ。大丈夫だって。ああ、もう、どうしたら信用してもらえるかな……」
アルベルトは自身の潔白を示すかのように、手にしたハードカバーの本をひっくり返してわたしに見せる。
おそるおそる受け取ると、彼の顔にようやく安堵の色が浮かんだ。
「その本、オレも読んだことがあるよ」
「ほんとですか?」
驚きの声を上げるわたしにアルベルトは頷く。
「うん。結構面白かったような気がする。でも、結末は知らないんだ。読んだ当時、この図書館には途中までしか置いてなくてさ。ずいぶん前の事だったから、今日手に取るまで忘れてたよ。こうして見る限り、いまだに続きは配架されてないみたいだね」
そう言って本棚を見回す。
「えっ、それじゃあ、わたしもこの本の結末がわからないままって事ですか? そんなあ……」
せっかくここまで読んだというのに、それでは生殺し状態ではないか。
そう考えたところでわたしはふと思いつく。
「でも、ほら、ただ単にこの棚に置かれていないだけで、続きはこの図書館に存在するのかも」
「間違って別のジャンルの棚に置かれているって事かな?」
「うーん……それだと書架の整理をする職員が気付いて、正しい場所に並べ直すと思うんですよね」
「それじゃあ、どういう事?」
「ええと、出版元が変わったとか……」
「だとしても、同じ棚に並んでないのは変だと思うなあ」
「でも、本の大きさ自体が変わったとしたら?」
わたしは持っている本を胸の辺りに掲げる。
「たとえば、この小説はハードカバーですけど、出版元が変わった際に文庫本として刊行されたのかも……もしかして、この小説は既に完結していて、かつては全巻揃っていたのかもしれません。でも、途中の巻から紛失してしまった。これだけたくさんの本がある場所なら、よくある事でしょう。紛失に気付いた図書館側は当然補完しようとしますが、それが出来なかった。その場合、考えられる理由は、絶版になったか、出版社がなくなったかで、本が入手できなくなったから。でも、もしもその後で別の出版元が改めて刊行したとしたら、図書館側もそれを取り寄せて配架するんじゃないかと思うんです。けれど、この本棚にはこの小説の続きは置いていない。なぜなら大きさが違うから」
アルベルトは黙って話を聞いている。
「ふつう、内容が同じだとしても大きいハードカバーの隣に小さな文庫本は並べませんよね。その分同じ大きさの本を並べたほうが棚の空間の無駄が少ないですから。だから、そういう理由でこの本の続きが置いてあるとしたら、ここではなく文庫本の棚のはずです」
そこまで言って、わたしは慌てて付け加える。
「ああ、あくまでもこの本の続きがあると仮定した場合の可能性のひとつとしての話です。この小説も元々ハードカバーしか存在しない上に未完、もしくは紛失したままなのかもしれません。むしろ、そっちの確率のほうが高いですね。でも、せっかく面白いのに続きがないなんて残念だし、あったらいいなという、わたしの都合のいい願望も含めて考えてしまいました」
話を聞き終えたアルベルトは、興味深そうな目をわたしに向ける。
「へえ、君って結構想像力が逞しいんだね。でも、案外当たってるかもしれないよ。コーヒーに混ぜ物をしたことにも気
が付いたし、勘がいいのかな」
その言葉にはっとする。
「……聞いていいですか? どうして、昨日はあんな事を? わたし、あなた達に何かしました?」
怒ってはいないが、やっぱり気にはなる。
おそるおそる問うと、アルベルトは慌てて首を振り。
「それは……」
と話し始めた。
0
お気に入りに追加
175
あなたにおすすめの小説
舞姫【中編】
友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。
三人の運命を変えた過去の事故と事件。
そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。
剣崎星児
29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。
兵藤保
28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。
津田みちる
20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。
桑名麗子
保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。
亀岡
みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。
津田(郡司)武
星児と保が追う謎多き男。
切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。
大人になった少女の背中には、羽根が生える。
与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。
彼らの行く手に待つものは。

ダブルの謎
KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる