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7月の入学
7月の入学 16
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その後、テオはその件がきっかけで退学になったが、生徒達に動揺を与えないためという名目で、事件の真相は公にはなっていない。わたし達も他言しないように釘を刺された。そんなのおかしい思ったが、半ば有無を言わさず了承させられた。
もし、あの時自分がテオに殺されていたとしても、誰にも知られないまま、密かに処理されていたんだろうか。そう考えると少し怖くなる。
フランツもまた、命に別状はなかったが、すぐに元の生活を続けるのは難しいらしく、療養のために再び顔を見る事もなく学園を去っていった。
わたしは不思議だった。何故フランツがあの時コーヒーを飲んだのか。彼はコーヒーを「苦い泥水」と呼び、嫌っていた。彼のストレートにものを言う性格を考えると、たとえテオとの関係が悪くなくとも断っていて不思議はなかった。
もしかしたら、フランツはあの日、自身の体質の事をテオに打ち明けようとしていたのではないか。あるいはそれまでの事を謝ろうと思っていたのかもしれない。だからテオの誘いを断ることなく、嫌いなコーヒーを口にしたのではないか。
そして、それはあの日のわたしの言葉がきっかけだったと考えるのは傲慢だろうか。でも、もしもわたしがもっと早くフランツと話をしていれば、この悲劇は避けられたかもしれない。そう考えると胸の中に苦いものが広がる。
もちろん、あくまでわたしの推測であって、今となっては確かめるすべもない。
しいんとした部屋のソファに座り、床を見つめる。部屋の絨毯は新しいものに取り替えられ、あの事件を思い起こさせるものはもう何も見当たらない。
わたしはマフラーの上から首に触れる。そこにはテオに締められた時の跡がうっすら残っているはずだが、それもすぐに消えるだろう。そうしたらまた、何事もなかったように日々が過ぎて行くのだろうか。
「まだ首が痛むのか?」
はっとして顔を上げると、いつのまにかクルトがそばに立っていた。
「ああ、いえ、もう大丈夫です。マフラーはちょっと伸びてしまいましたけど……クルトが助けてくれなかったら、もっと伸びてたかも」
あの後、クルトがわたしを部屋まで運んで介抱してくれたらしく、気付けばわたしは寝室のベッドの上に横たわっていて、その傍らには心配そうな顔をした彼がいたのだ。
そんなクルトに変に気を遣わせまいと明るい口調を心がけるが、ふと、あの日から疑問に思っていたことを尋ねる。
「あの、クルトはどうしてあの日、あのあずまやにいたんですか?」
「散歩だ」
クルトはこともなげに答える。
本当だろうか? それにしてはタイミングがよすぎる。もしかして、後を付けられていた? だとすれば、どうして?
黙り込んでいると、わたしの隣に腰を下ろしたクルトが口を開く。
「俺も聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんですか?」
一呼吸置いた後、クルトがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ユーリ、お前、女だろう?」
もし、あの時自分がテオに殺されていたとしても、誰にも知られないまま、密かに処理されていたんだろうか。そう考えると少し怖くなる。
フランツもまた、命に別状はなかったが、すぐに元の生活を続けるのは難しいらしく、療養のために再び顔を見る事もなく学園を去っていった。
わたしは不思議だった。何故フランツがあの時コーヒーを飲んだのか。彼はコーヒーを「苦い泥水」と呼び、嫌っていた。彼のストレートにものを言う性格を考えると、たとえテオとの関係が悪くなくとも断っていて不思議はなかった。
もしかしたら、フランツはあの日、自身の体質の事をテオに打ち明けようとしていたのではないか。あるいはそれまでの事を謝ろうと思っていたのかもしれない。だからテオの誘いを断ることなく、嫌いなコーヒーを口にしたのではないか。
そして、それはあの日のわたしの言葉がきっかけだったと考えるのは傲慢だろうか。でも、もしもわたしがもっと早くフランツと話をしていれば、この悲劇は避けられたかもしれない。そう考えると胸の中に苦いものが広がる。
もちろん、あくまでわたしの推測であって、今となっては確かめるすべもない。
しいんとした部屋のソファに座り、床を見つめる。部屋の絨毯は新しいものに取り替えられ、あの事件を思い起こさせるものはもう何も見当たらない。
わたしはマフラーの上から首に触れる。そこにはテオに締められた時の跡がうっすら残っているはずだが、それもすぐに消えるだろう。そうしたらまた、何事もなかったように日々が過ぎて行くのだろうか。
「まだ首が痛むのか?」
はっとして顔を上げると、いつのまにかクルトがそばに立っていた。
「ああ、いえ、もう大丈夫です。マフラーはちょっと伸びてしまいましたけど……クルトが助けてくれなかったら、もっと伸びてたかも」
あの後、クルトがわたしを部屋まで運んで介抱してくれたらしく、気付けばわたしは寝室のベッドの上に横たわっていて、その傍らには心配そうな顔をした彼がいたのだ。
そんなクルトに変に気を遣わせまいと明るい口調を心がけるが、ふと、あの日から疑問に思っていたことを尋ねる。
「あの、クルトはどうしてあの日、あのあずまやにいたんですか?」
「散歩だ」
クルトはこともなげに答える。
本当だろうか? それにしてはタイミングがよすぎる。もしかして、後を付けられていた? だとすれば、どうして?
黙り込んでいると、わたしの隣に腰を下ろしたクルトが口を開く。
「俺も聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんですか?」
一呼吸置いた後、クルトがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ユーリ、お前、女だろう?」
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