17 / 145
7月の入学
7月の入学 16
しおりを挟む
その後、テオはその件がきっかけで退学になったが、生徒達に動揺を与えないためという名目で、事件の真相は公にはなっていない。わたし達も他言しないように釘を刺された。そんなのおかしい思ったが、半ば有無を言わさず了承させられた。
もし、あの時自分がテオに殺されていたとしても、誰にも知られないまま、密かに処理されていたんだろうか。そう考えると少し怖くなる。
フランツもまた、命に別状はなかったが、すぐに元の生活を続けるのは難しいらしく、療養のために再び顔を見る事もなく学園を去っていった。
わたしは不思議だった。何故フランツがあの時コーヒーを飲んだのか。彼はコーヒーを「苦い泥水」と呼び、嫌っていた。彼のストレートにものを言う性格を考えると、たとえテオとの関係が悪くなくとも断っていて不思議はなかった。
もしかしたら、フランツはあの日、自身の体質の事をテオに打ち明けようとしていたのではないか。あるいはそれまでの事を謝ろうと思っていたのかもしれない。だからテオの誘いを断ることなく、嫌いなコーヒーを口にしたのではないか。
そして、それはあの日のわたしの言葉がきっかけだったと考えるのは傲慢だろうか。でも、もしもわたしがもっと早くフランツと話をしていれば、この悲劇は避けられたかもしれない。そう考えると胸の中に苦いものが広がる。
もちろん、あくまでわたしの推測であって、今となっては確かめるすべもない。
しいんとした部屋のソファに座り、床を見つめる。部屋の絨毯は新しいものに取り替えられ、あの事件を思い起こさせるものはもう何も見当たらない。
わたしはマフラーの上から首に触れる。そこにはテオに締められた時の跡がうっすら残っているはずだが、それもすぐに消えるだろう。そうしたらまた、何事もなかったように日々が過ぎて行くのだろうか。
「まだ首が痛むのか?」
はっとして顔を上げると、いつのまにかクルトがそばに立っていた。
「ああ、いえ、もう大丈夫です。マフラーはちょっと伸びてしまいましたけど……クルトが助けてくれなかったら、もっと伸びてたかも」
あの後、クルトがわたしを部屋まで運んで介抱してくれたらしく、気付けばわたしは寝室のベッドの上に横たわっていて、その傍らには心配そうな顔をした彼がいたのだ。
そんなクルトに変に気を遣わせまいと明るい口調を心がけるが、ふと、あの日から疑問に思っていたことを尋ねる。
「あの、クルトはどうしてあの日、あのあずまやにいたんですか?」
「散歩だ」
クルトはこともなげに答える。
本当だろうか? それにしてはタイミングがよすぎる。もしかして、後を付けられていた? だとすれば、どうして?
黙り込んでいると、わたしの隣に腰を下ろしたクルトが口を開く。
「俺も聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんですか?」
一呼吸置いた後、クルトがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ユーリ、お前、女だろう?」
もし、あの時自分がテオに殺されていたとしても、誰にも知られないまま、密かに処理されていたんだろうか。そう考えると少し怖くなる。
フランツもまた、命に別状はなかったが、すぐに元の生活を続けるのは難しいらしく、療養のために再び顔を見る事もなく学園を去っていった。
わたしは不思議だった。何故フランツがあの時コーヒーを飲んだのか。彼はコーヒーを「苦い泥水」と呼び、嫌っていた。彼のストレートにものを言う性格を考えると、たとえテオとの関係が悪くなくとも断っていて不思議はなかった。
もしかしたら、フランツはあの日、自身の体質の事をテオに打ち明けようとしていたのではないか。あるいはそれまでの事を謝ろうと思っていたのかもしれない。だからテオの誘いを断ることなく、嫌いなコーヒーを口にしたのではないか。
そして、それはあの日のわたしの言葉がきっかけだったと考えるのは傲慢だろうか。でも、もしもわたしがもっと早くフランツと話をしていれば、この悲劇は避けられたかもしれない。そう考えると胸の中に苦いものが広がる。
もちろん、あくまでわたしの推測であって、今となっては確かめるすべもない。
しいんとした部屋のソファに座り、床を見つめる。部屋の絨毯は新しいものに取り替えられ、あの事件を思い起こさせるものはもう何も見当たらない。
わたしはマフラーの上から首に触れる。そこにはテオに締められた時の跡がうっすら残っているはずだが、それもすぐに消えるだろう。そうしたらまた、何事もなかったように日々が過ぎて行くのだろうか。
「まだ首が痛むのか?」
はっとして顔を上げると、いつのまにかクルトがそばに立っていた。
「ああ、いえ、もう大丈夫です。マフラーはちょっと伸びてしまいましたけど……クルトが助けてくれなかったら、もっと伸びてたかも」
あの後、クルトがわたしを部屋まで運んで介抱してくれたらしく、気付けばわたしは寝室のベッドの上に横たわっていて、その傍らには心配そうな顔をした彼がいたのだ。
そんなクルトに変に気を遣わせまいと明るい口調を心がけるが、ふと、あの日から疑問に思っていたことを尋ねる。
「あの、クルトはどうしてあの日、あのあずまやにいたんですか?」
「散歩だ」
クルトはこともなげに答える。
本当だろうか? それにしてはタイミングがよすぎる。もしかして、後を付けられていた? だとすれば、どうして?
黙り込んでいると、わたしの隣に腰を下ろしたクルトが口を開く。
「俺も聞きたいことがあるんだが」
「はい、なんですか?」
一呼吸置いた後、クルトがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ユーリ、お前、女だろう?」
0
お気に入りに追加
175
あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
舞姫【中編】
友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。
三人の運命を変えた過去の事故と事件。
そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。
剣崎星児
29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。
兵藤保
28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。
津田みちる
20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。
桑名麗子
保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。
亀岡
みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。
津田(郡司)武
星児と保が追う謎多き男。
切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。
大人になった少女の背中には、羽根が生える。
与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。
彼らの行く手に待つものは。

ダブルの謎
KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる