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7月と兄弟
7月と兄弟 3
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その日の夕食時、妙なことが起きた。クルトが自分の分のデザートをわたしにくれたのだ。
フランツがいなくなって以来、部屋から食堂までのかけっこ勝負はしていないから、貰う理由も無いはずなのだが。
どうしたのかクルトに訪ねると「今日は食べたい気分じゃない」という答えが返ってきたので、そういうことなら、と素直に貰っておいた。
不思議な事はその日だけではなかった。それ以降、なんだかクルトが優しくなった気がする。
と、いっても、わたしが教師から言い付かっていた掃除を一緒にしてくれたりだとか、鉛筆を削るのを手伝ってくれたりだとか、そういう些細な事なのだが。
だから最初は自分の思い過ごしなのではと思った。けれど、やっぱり夕食時にクルトは自分のデザートをわたしにくれた。
これはおかしい。
でも、その一方で、この程度の親切ならば普通に考えてよくある事なのでは、とも思う。何かのきっかけで、クルトが人間として当然あるべき思いやりの心に目覚めただけなのかもしれない。今までの彼の態度がちょっとアレだったから、その落差に違和感を覚えているだけで。デザートだって本当に食べたくないだけかも。
どうにも判別できなかったので、試してみることにした。
部屋に二人でいるときを見計らって、少し大きめの声で独り言を言う。
「あー、なんだか喉が渇いたなー。お茶でも飲もうかなー」
少しわざとらしかったかな……
ちらりとクルトの様子を伺うと、彼はわたしの下手な演技に何か言うこともなく、読んでいた本をテーブルに置いたかと思うと、食器棚からポットを取り出して部屋を出る。
え? うそ、まさか、ほんとに……?
信じられない気持ちでいると、暫くしてお湯の入ったポットを持ってクルトが戻ってきた。
そして、テーブルに手早く二人分のカップを並べると、お茶を注いでわたしの前に置く。
唖然としていると、クルトが自分のカップを持ち上げながら不思議そうな顔を向ける。
「どうしたんだ? お茶が飲みたかったんだろう?」
その言葉に我に返り、慌てて頷く。
「そ、そうなんです。ありがとうございます」
カップに口を付けながら考える。
今までだって紅茶を淹れてくれる事はあったが、あくまでクルト自身が飲みたい時のついでのようなもので、普段は各自で用意するというのが暗黙の了解となっている。
だからこんな事はすごく珍しい。
でも、もしかして、クルトも今ちょうどお茶が飲みたい気分だったのかもしれない。
わたしは少し考えて、再びわざとらしい独り言を呟く。
「そういえば、さっき売店で見たペパーミントクリーム、おいしそうだったなー。食べてみたいなー」
この部屋には他に買い置きのお菓子がいくつかあったが、そこには無いはずのお菓子の名前を言ってみた。
するとクルトは再び部屋を出て行く。そしてまた戻ってきたとき、その手にはペパーミントクリームの箱があった。
やっぱりおかしい。急に親切になったのもそうだが、ちょっと怖い。何が怖いって、あれをして欲しい、これをして欲しいとはっきり言ったわけでも無いのに、確認もせずに行動に移してしまうところだ。
もしも真冬に「スノードロップが見たい」だとか呟きでもしたら、彼は躊躇いなく雪深い森に分け入っていくんだろうか。そんなのちょっとどころじゃない。怖すぎる。
ペパーミントクリームを齧りながらこっそりとクルトの顔を伺う。
一体どうしたのか聞いてみようか? このままおかしな状態が続いても居心地が悪い。
一旦はそう考えたものの、もしかして悪いことばかりでは無いのでは、と思い直す。
たとえば日曜日でもなんでもない日に、学校の外に出たいと言えば連れて行ってくれるかもしれない。
とりあえず下手なことを言わないように気をつけながら、もう少し様子を見てみよう。
フランツがいなくなって以来、部屋から食堂までのかけっこ勝負はしていないから、貰う理由も無いはずなのだが。
どうしたのかクルトに訪ねると「今日は食べたい気分じゃない」という答えが返ってきたので、そういうことなら、と素直に貰っておいた。
不思議な事はその日だけではなかった。それ以降、なんだかクルトが優しくなった気がする。
と、いっても、わたしが教師から言い付かっていた掃除を一緒にしてくれたりだとか、鉛筆を削るのを手伝ってくれたりだとか、そういう些細な事なのだが。
だから最初は自分の思い過ごしなのではと思った。けれど、やっぱり夕食時にクルトは自分のデザートをわたしにくれた。
これはおかしい。
でも、その一方で、この程度の親切ならば普通に考えてよくある事なのでは、とも思う。何かのきっかけで、クルトが人間として当然あるべき思いやりの心に目覚めただけなのかもしれない。今までの彼の態度がちょっとアレだったから、その落差に違和感を覚えているだけで。デザートだって本当に食べたくないだけかも。
どうにも判別できなかったので、試してみることにした。
部屋に二人でいるときを見計らって、少し大きめの声で独り言を言う。
「あー、なんだか喉が渇いたなー。お茶でも飲もうかなー」
少しわざとらしかったかな……
ちらりとクルトの様子を伺うと、彼はわたしの下手な演技に何か言うこともなく、読んでいた本をテーブルに置いたかと思うと、食器棚からポットを取り出して部屋を出る。
え? うそ、まさか、ほんとに……?
信じられない気持ちでいると、暫くしてお湯の入ったポットを持ってクルトが戻ってきた。
そして、テーブルに手早く二人分のカップを並べると、お茶を注いでわたしの前に置く。
唖然としていると、クルトが自分のカップを持ち上げながら不思議そうな顔を向ける。
「どうしたんだ? お茶が飲みたかったんだろう?」
その言葉に我に返り、慌てて頷く。
「そ、そうなんです。ありがとうございます」
カップに口を付けながら考える。
今までだって紅茶を淹れてくれる事はあったが、あくまでクルト自身が飲みたい時のついでのようなもので、普段は各自で用意するというのが暗黙の了解となっている。
だからこんな事はすごく珍しい。
でも、もしかして、クルトも今ちょうどお茶が飲みたい気分だったのかもしれない。
わたしは少し考えて、再びわざとらしい独り言を呟く。
「そういえば、さっき売店で見たペパーミントクリーム、おいしそうだったなー。食べてみたいなー」
この部屋には他に買い置きのお菓子がいくつかあったが、そこには無いはずのお菓子の名前を言ってみた。
するとクルトは再び部屋を出て行く。そしてまた戻ってきたとき、その手にはペパーミントクリームの箱があった。
やっぱりおかしい。急に親切になったのもそうだが、ちょっと怖い。何が怖いって、あれをして欲しい、これをして欲しいとはっきり言ったわけでも無いのに、確認もせずに行動に移してしまうところだ。
もしも真冬に「スノードロップが見たい」だとか呟きでもしたら、彼は躊躇いなく雪深い森に分け入っていくんだろうか。そんなのちょっとどころじゃない。怖すぎる。
ペパーミントクリームを齧りながらこっそりとクルトの顔を伺う。
一体どうしたのか聞いてみようか? このままおかしな状態が続いても居心地が悪い。
一旦はそう考えたものの、もしかして悪いことばかりでは無いのでは、と思い直す。
たとえば日曜日でもなんでもない日に、学校の外に出たいと言えば連れて行ってくれるかもしれない。
とりあえず下手なことを言わないように気をつけながら、もう少し様子を見てみよう。
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