7月は男子校の探偵少女

金時るるの

文字の大きさ
上 下
35 / 145
7月と兄弟

7月と兄弟 2

しおりを挟む
「おい、そこで何してるんだ!」


 飛んできた鋭い声に、はっとして目を開けた。見れば、ひとりの少年がハンスの肩を掴んで引き離し、なかば強引に割って入ると、わたしを背に庇うようにして立ちはだかる。

 その少年は、クルトだった。
 彼のおかげでハンス達の拘束から解放されたわたしは、反射的にクルトの背中に隠れるようにして、その上着にしがみつく。


「なんだよクルト、邪魔すんなよ。ちょっとふざけてただけさ。なあユーリ。そうだろ?」

「ち、違います。この人達、無理矢理わたしの服を脱がそうと……」


 それを聞いたクルトは、わたしをハンス達の目から遮るように片手を広げる。


「ハンス、くだらない事をするのはやめろ。子どもじゃあるまいし」

「うるせえな。お前こそ、優等生ぶるんじゃねえよ。鬱陶しい」


 ハンスがクルトを睨みつけ、二人の間には張り詰めた空気が流れる。
 ハンスは今にもクルトに掴みかかりそうだ。はらはらしながらも、非力なわたしは何もできずになりゆきを見守る。
 やがてクルトが静かに口を開いた。


「いいのか? みんなが見てるぞ」


 その言葉に視線を巡らすと、いつのまにか教室中の生徒がわたし達の動向に目を向けていた。背が高くて目立つクルトが行動した事で、さすがにこの事態に気付いたらしい。
 その様子にハンスはばつの悪そうな顔をしたが、やがてこちらを睨みつけると舌打ちを残してわたし達から離れていった。





「こ、怖かった……」

「だから包帯なんて目立つって言っただろ。まったく、気をつけろよ」


 教室から連れ出され、人通りの少ない廊下の片隅で、クルトはじろりとこちらを睨む。


「そんな事言ったって、わたしは何もしてないのに、あっちが絡んできたんですよ」

「それでも対応策はあるはずだろう? ひとりで行動するのを避けるとか。ただでさえ、お前みたいなのは目を付けられやすいんだからな」

「目を付けられやすいって……どうして?」


 言っている意味がわからず尋ねると、なぜかクルトは口ごもる。


「だからその……当たり前だが、お前の見た目が男っぽくないというか……」 

「そんな理由で? うそ。孤児院にいた頃は、そんな事で苛められた男の子なんていなかったのに」

「……それは、この場所が『男子校』だからだ」

「男子校だから……? あ、わかった。さては、可愛い子の気を引くために、つい苛めたくなってしまうという、情緒面で未発達な男子にありがちなあれですね。でも、ここには女子がいないから、代わりに女の子みたいなわたしに対してその欲求のはけ口を求めてしまった。つまり、わたしの異常なまでの愛らしさが原因だと。いやあ、参ったなあ」

「能天気におかしな分析をしてる場合じゃない。お前はもっと危機感を持つべき。これから先、また同じようにあいつらに絡まれる可能性があるんだぞ。さっきだって、もう少しでお前が女だって事がばれてたかもしれなかったんだ」


 その途端、先ほどの事を思い出して、改めて血の気が引く思いがした。


「ど、どうしようクルト。またハンス達に同じような事されたら、次こそわたしの秘密がばれて退学になっちゃうかも……! そんなの困る!」


 思わず取り乱しながらクルトの上着の袖を引っ張る。


「わかった。わかったから引っ張るな……仕方ない。暫くの間は俺の近くにいろ。簡単に手を出せないとわかれば、そのうちあいつらも諦めるだろ」

「ほんと? ありがとうクルト! さすが紳士! 貴族!」

「だから妙な賛辞の仕方はやめろ。とにかく教室に戻るぞ。授業が始まる」


 ハンス達の事は心配だったが、クルトが協力してくれるというのなら暫くは大丈夫かもしれない。さっきだって、わたしの異変に気付いて真っ先に助けてくれたのだから。とりあえず胸を撫で下ろす。


「でも、男子校ってめんどくさいなあ。思ったより疲れる……」


 溜息を漏らすわたしだったが、クルトに腕を掴まれ、そのまま教室まで引っ張られていった。

 結局その日はハンス達の件に加えて、何かのはずみで包帯が解けるんじゃないかと気が気でなく、神経をすり減らして過ごすはめになってしまった。
 夕方、これ以上絡まれまいと一目散に部屋に戻ったわたしは、気疲れからかぐったりしてしまい、ひとり自室のソファに寝転がる。暫くそうしていると、ドアの開く音がして


「行儀が悪いぞ」


 というクルトの声が降ってきた。
 しぶしぶ起き上がると、彼が何か放り投げてきたので、反射的に受け止める。柔らかな感触に手の中を確かめると、そこにあったのは真新しい白いマフラー。


「お前のマフラー、穴が空いてもう使い物にならないんだろう? だったらそれをやる」

「……これ、どうしたんですか?」

「さっき街で買ってきた」

「え? 日曜日じゃないのによく外に出られましたね。どんな言い訳を使って外出の許可を貰ったんですか?」

「別に何も言ってない。敷地内を散歩している時に、いい枝振りの木をみつけたから、それを伝って塀を乗り越えたんだ」

「すごい。ずいぶん大胆な事しますね……あれ? でも、それで出るのはいいとして、どうやってまた中に戻ってきたんですか? 塀の外にもちょうどよく木が生えてるとか?」


 問うと、なぜかクルトは目を逸らした。


「それは……別にどうでもいいだろ」

「ええー、教えてくださいよ。わたしも普段から街に行きたいです。お菓子屋さんに行きたいです! いーきーたーいーでーすー!」


 手足をばたつかせて聞き出そうとするも、呆れたような眼差しが返ってくるのみ。
 まるで聞き分けのない駄々っ子のようだと気づくと、途端に自分が大まぬけに思えてきて、慌てて居住まいを正す。


「お前には真似できない方法だ。だから知ったとしても無理だろう。やめておけ」


 一体どんな方法なんだろう。気になったが、クルトは教えてくれるつもりはないらしく、話題を戻すようにマフラーを指差す。


「とにかく、今朝も言った通り、お前の結んだ変な形のリボンを見てると美意識が傷つくんだよ。かといって、俺が毎日結び直すわけにもいかないだろ? だからそれを買ってきたんだ」


 また美意識が顔を出した。そんな些細な事で傷つくようでは、そのうち何かの拍子に粉々に砕け散ってしまうんじゃないだろうか。

 それにしても――と、手元のマフラーに目を落とす。白いマフラーは今まで使っていたものとは段違いに柔らかい上に軽くてふわふわしている。こんな高そうなもの、本当に受け取っていいのかな……。
 その白い塊を手にしたまま戸惑っていると、クルトが不思議そうな顔をする。


「どうしたんだ? 気に入らないのか?」

「いえ、そうじゃなくて、なんだか申し訳ないというか……このマフラー、ほんとにわたしが貰ってしまっていいんですか?」

「お前がそれを身につけないと、これから毎日俺の美意識が傷つけられる事になるんだぞ。それに対しては申し訳ないと思わないのか? それとも少しもそんな気持ちがないと?」

「えっ? 別にそういうわけじゃ……」

「それなら決まりだな。素直に受け取れ」


 強引に話を纏めるとクルトは満足げに頷く。
 なんだか前にも似たような事があったような気がする……そうだ。確かパンの耳を食べる食べないの話になったときも、こんなふうに納得させられてしまった。

 でも、早いうちに新しいマフラーを用意しなければと思っていたから正直嬉しい。せっかくだし貰っておこうかな。クルトの美意識に感謝して。後で鈴も付けておこう。今度は大事に使うのだ。 
 首元にぐるりとマフラーを巻くと、それを見たクルトが頷く。


「うん。まあまあだな」


 そこはお世辞でも「似合ってる」だとか言うべきじゃないのかな。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ダブルの謎

KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー

処理中です...