7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と顔のない肖像画

7月と顔のない肖像画 4

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「こんなの絶対無理ですよ!」


 石畳の道を歩きながらわたしは声を上げる。


「今更何を言い出すんだ。俺の頼み事を引き受ける約束だっただろう?」

「確かに約束しましたけど、限度ってものがあるじゃないですか! まさかこんなおかしな頼み事だったなんて……完全にわたしの処理能力の範囲を超えてます!」

「おかしな頼み事だと踏んでお前を連れてきたんだ。簡単だったら俺ひとりで引き受けてる。それに、ねえさまもお前に期待しているようだし……」

「わたしの事、ロザリンデさんになんて説明したんですか?」

「俺のルームメイトで、ねえさまの頼み事に協力してくれる人物だと伝えてある。今回の件も、概要は事前に少しだけ聞いていたが、どうも厄介そうだと感じてお前を連れて行く事をあらかじめ手紙で知らせておいた」


 なるほど。だから初対面なのに色々話してくれたのか……。


「あれ? でも、そのためにわたしを連れてきたのなら、お風呂に入らされたり、着替えさせられたりしたのには何の意味が……?」

「酷い格好でねえさまの前に出すわけにはいかないだろう?」

「……それだけの理由で?」

「充分な理由じゃないか。それにしても、あのねえさまが夜しか眠れないだなんて……ああ、いたわしい」


 この人、本気で言ってるのかな……。

 確かに、先ほどの二人のやり取りを見るだけでも、クルトがお姉さんの事を特別に思っているのはなんとなく伝わってきた。休日ごとに逢いに行っていたようだし。でも、ちょっと度が過ぎているような。


「なんだ?」


 見つめていたら目が合ってしまった。


「あ、ええと……意外とお姉さん思いだなと思って」

「『意外と』は余計だ。当たり前だろ。家族なんだから」

「……家族かあ」


 わたしは自分の育った孤児院の人々の顔を思い浮かべた。彼らの事を『家族』と呼んでいたが、血の繋がりはなく、厳密には本当の家族ではない。それは最近思い知ったつもりだが、それでも、その人たちが困っていたら力になりたいし、助けてあげたいという気持ちもある。だが、彼らにはもう逢えない。どんなに彼らの傍に寄り添い、支えたいと願っても、それは二度と叶わないのだ。
 だから実のお姉さんの近くにいられるクルトの事が、素直に羨ましいと思う。


「いいなあ……」


 思わず呟くと、クルトが一瞬はっとした後、気まずそうに目を伏せる。
 どうやら彼もわたしの家族事情について思い出したらしい。まずい。無意識とはいえ余計な事を口走ってしまった。これでは変に気を遣わせてしまうじゃないか。
 案の定、それをきっかけにお互い黙り込んでしまう。
 どうしよう。何か話さないと……。
 焦るとなおさら言葉が浮かばない。妙な空気のまま暫く歩いていると、やがてクルトがぽつりと口を開く。


「最初、ねえさまの【お願い】は些細なものだったんだ。庭に咲いている花が欲しいだとか、街で評判の店のケーキが食べたいだとか。けれど、俺が大人しくねえさまの願いを聞き続けたのが原因なのか、徐々にエスカレートしていって……ある時なんて、真冬に『さくらんぼが食べたいわ』だとか言い出して、国中に使いを出して探し回った事もあった。けれど、どんなに無茶な内容でも、俺はねえさまの願いを叶えてやりたいと思ってる」


 もしかして、時々クルトが上の空だったのも、それに関係あったのかな? この不可思議な【お願い】の事で頭を悩ませていたから?


「お前に初めて会った日の、あのカフェでの件や、テオが話していた噴水での件を知って、もしかするとお前になら、俺にはどうにもできないようなねえさまの【お願い】を叶えられるかもしれないって思った。お前、言ってたよな。『才能』が認められてクラウス学園に通う事になったって。俺が思うに、お前には普通の人間にはない洞察力がある。それを元に真実を導き出す能力も。それがお前の『才能』なのかもしれない。俺にはとても敵わない才能だ


 まさか。自分にそんな才能があるなんて、にわかには信じられない。
 わたしの戸惑いをよそにクルトは続ける。


「お前の、その……『家族』について知っていながら、自分の家族の事を頼むだなんて無神経だと判ってる。けれど、今回の件は俺ひとりではどうにもならないんだ。だからお願いだ。お前のその力を貸してほしい」


 わたしの性別がばれて以来、強引で高圧的な態度だったクルトがこんな風に言ってくるなんて、ちょっとびっくりしてしまった。
 その真剣な眼差しに、思わずどきまぎして目を逸らしてしまう。


「……わたしの事、買いかぶりすぎです。わたしだって、できれば力になりたいですよ。でも、正直期待に応えられるかどうか」


 どうして肖像画の顔の部分だけが塗りつぶされていたのか。先ほどの話を聞いて、わたし自身もその真相に興味はあったが、自分が解き明かせるとは到底思えなかった。けれど、目の前の少年はそれをやれと言うのだ。


「そんな事を言うな。これから行く先で何か判るかもしれないだろう? お前には、何がなんでもこの件を解決させてもらわないと困るんだ。俺とねえさまのために」

「そう言われても……」


 なおも自信が持てずに躊躇うわたしの耳に、クルトの呟きが届く。


「……五百クラール銀貨」

「え?」

「噴水に投げ込むために援助するって約束……あれを反故にしても良いんだぞ」

「えっ? そんな、ひどい! 一度は協力してくれるって言った事を、そんな簡単に!」

「それが嫌なら、この問題を解決するためにもさっさとついてこい。時間が惜しい」


 完全にいつものクルトに戻った。さっきのは一体なんだったんだろう。
 しかし援助を盾にとるとは卑劣。これが上流階級のやり方か……! きたない。貴族きたない。
 とはいえ、機嫌を損ねて本当に援助の約束を反故にされても困る。それ以上反論もできず、おとなしくクルトの後に続く。
 わたし達は、問題の肖像画を描いたという画家のアトリエへ向かっていた。正直、どこから手を付けたらいいのか見当もつかなかったが、クルトの提案で肖像画家のフェルディオ・ヴェルナー氏に話を聞こうという事になったのだ。
 それに、どうもロザリンデさんが、問題の肖像画を現在保管しているという例の男性に


「私がその謎を解明してみせます」


 というような事を言ったらしく、彼女の願いを叶えたいというクルトは尚の事後に引けず、少しでも絵の手掛かりが欲しいらしい。
 うーん。ロザリンデさんて、おっとりしているようで結構思い切りの良くて無責任な事言うなあ……。
 とりあえず、顔が黒く塗り潰されているという、聞くだけで恐ろしげな肖像画は今のところ見なくて済むようだ。少しほっとした。
 道すがら、わたしは尋ねる。


「クルトは、一体誰が何のために、肖像画の顔の部分を黒く塗り潰したんだと思いますか?」

「俺か? 俺は、そうだな……持ち主の少年が自分でやった、かな。肖像画の中の自分は健康な姿のままなのに、実際の自分はどんどん病み、衰えていく。その落差に耐えられなくなって顔を塗り潰したんだ」

「うーん……結構重いですね……」


 唸るわたしにクルトは続ける。


「女でも、年を取ってかつての自分の美貌が失われるにつれて、鏡を極端に遠ざけたり破壊したりするようなのがいると聞いた事がある。それと似たようなものじゃないかと思ったんだ」

「でも、それだと顔だけを塗りつぶした意味がわかりません。そんなに嫌なら肖像画ごと処分してしまえばいいはずです」

「そうなんだよな。燃やすなり引き裂くなりしたほうがよっぽど手っ取り早い……そういうお前はどう思ってるんだ?」


 聞かれて、少し考える。


「わたしは……もしかして案外単純な理由なんじゃないかなと」

「と、いうと?」

「ええと、肖像画の持ち主である男の子が、何かの拍子にうっかり顔の部分を汚してしまって、なんとか元に戻そうと試行錯誤したものの、どうにもならなくて、いっその事塗り潰してしまえ……となったとか」

「そんな馬鹿な」

「ほら、何か物を壊してしまったり、粗相をした時に、その証拠を隠そうとした事ってありませんか? 子どもなんかは特にありがちです。それと同じで、男の子は自分のせいで肖像画が台無しになった事を知られたくなかったから、誰にも見せなかったしベッドの下に隠したりしたんです。絵画ごと処分しなかったのは、それが男の子にとって大切なものだったから。自分が気に入っているものや価値のあるものなら、壊れても中々捨てられないのと一緒です。いくら絵画とはいえ、進んで自分の顔を塗り潰すなんて、普通しませんよね。でも、自分の不注意でどうにもならないほど汚れてしまったのなら、もう真っ黒にしたほうがましだと思ったりするんじゃないでしょうか。まるで小さなしみを隠すために布全体を染めるように」

「そんな、まさか……確かに俺も子どもの頃に似たような事をした記憶はあるが……いや、でも、どうだろう……」


 わたしの説に一応は納得したのか、その後クルトは何か考え込みながら「いざという時は、ねえさまにそう説明しようか」だとか呟いていた。
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