3 / 145
7月の入学
7月の入学 2
しおりを挟む俺には、入学当初からずっと好きだった女の子がいる。
真っ白な肌に、ピンク色の頬。下から見つめてくる上目遣いをする大きくて綺麗な瞳。さらさらの長い黒髪。そして、とても優しい性格。
俺が好きになった子は、入学当初から学校イチの美少女────結城桜十葉ちゃんだった。
純粋な彼女に、一瞬にして惹かれた。一目惚れ、だったんだと思う。優しくて可愛い笑顔をみせてくれる君を気づけば大好きになっていた。
純粋な彼女を俺で汚したくてしょうがなかった。だけど、その恋は淡く、失恋に終わった───。
桜十葉ちゃんへの想いは、告げることのできないまま叶わぬ恋となった。
桜十葉ちゃんが、あの坂口組の組長の息子、坂口裕翔の彼女だと知った途端、勝手に失望して落ち込んだ。
それ以来、桜十葉ちゃんの顔を見ることが出来なかった。桜十葉ちゃんも気づいていたと思う。俺が避けていることを。
不意に見た桜十葉ちゃんの顔がすごく寂しそうにしていたから、すぐに目を逸した。
だって、そんな顔されたら期待してしまうじゃんか……。俺に避けられて悲しいと思っている桜十葉ちゃんを、もう1度好きになってしまいそうだった。
「あははははっ!もお~こしょばいってば~!」
廊下を歩いていると突然聞こえてきた楽しそうな声。その声は、俺がずっと求めていたもので思わず声のした方を振り返った。
そこには、楽しそうに友達と笑う、桜十葉ちゃんの姿があった────。
「…っ、……!」
この気持ちを、どうしたら忘れられるのか。1度芽生えてしまった恋心は、失恋してもなお残り続けている。自分の気持ちを伝えられないことが、こんなにも辛いことだとは思っていなかった。
でも、俺は桜十葉ちゃんに気持ちを伝えることはきっと出来ない。あの日の入学式以来、桜十葉ちゃんのことをずっと避け続けてきた俺に、桜十葉ちゃんへの気持ちを伝える資格なんてきっと、どこにもない。
桜十葉ちゃんは、明るい世界に生きる子だ。どんなに辛く悲しいことが起ころうとも、それに立ち向かう強さを持っている芯の強い女の子だ。
だから、だろう。彼女の周りには、いつも笑顔が溢れている。自分に向けてくれる笑顔を見るだけで、幸せな気持ちで満たされた。
これはもう、もはや執着ではないのか…?どうしても、桜十葉ちゃんのことを諦めきれない。いや、違う。諦めたくなんかない。
だって俺は、まだこの抑えきれない感情を伝えていないのだから。
振られると分かっていても、俺は自分の気持ちを伝えたい。これが、桜十葉ちゃんのことを諦めるきっかけになるのならば……。
「おと、ちゃん……放課後、ちょっと時間くれないかな?」
俺は、桜十葉ちゃんが居る階段のところまで歩いて行き、声をかけた。
俺が話しかけたことをよっぽど驚いたのか、しばらくぽかんと口を開いて俺を見つめていた桜十葉ちゃん。でも、すぐに嬉しそうな顔でふにゃっと笑った。
「うん。…いいよ!」
期待はしない。君は、誰にでも優しいと分かっているから。だから今日、俺を振ることに心を痛めるかもしれない。だけどそこは、潔く振ってくれたらそれでいいんだ。
桜十葉ちゃんの隣に居た鈴本さんが俺を不審そうな目で見てきたけど無視だ。急に桜十葉ちゃんを避け始めた俺をよく思っていないのは分かっている。
今日で、桜十葉ちゃんへのわだかまりと、このどうしようもない気持ちを綺麗さっぱりなくそう。
俺は教室に戻り、自分の席に向かう。すると途端に、沢山の男子や女子たちに囲まれた。俺は、この学院の王子様。
みんなに好かれ、かっこいいと騒がれて結構モテるし告白もされる。男子からの好感度も良い。
だけど俺は、好きな子に振り向いてはもらえなかったただの臆病者だ。彼氏がヤクザの息子だろうと、怖がらずに奪いに行くべきだった。
俺は、もっと早く行動することが出来なかった。
今更悔やんでも仕方のないことを、いつまでもウジウジと考え続けていた。
***
「来てくれてありがとう。おとちゃん」
そういえば、“おとちゃん”という呼び方を桜十葉ちゃんの彼氏は眉をしかめてキモい言ってきた。
桜十葉ちゃんと2人きりで校舎から出てきたことをめちゃくちゃ嫉妬しているらしかった彼氏を見て、ある種の快感を覚えた。
「うん。…でも、こんなところに呼び出してどうしたの?」
あらかじめ1年生の使われていない空き教室で待っていてほしいと頼んでおいたのだ。
「おとちゃん。急に、ごめんね。まずは、……今まで避けていたこと、本当にごめん」
「えっ……!?う、ううん!そんな、謝らないで…っ」
俺が膝に付くくらいにまで頭を下げたので、桜十葉ちゃんがそう驚いたように声を上げる。
そして、俺たちの間に静かな沈黙が流れる。
俺は下げていた頭をゆっくりと上げて、恐る恐る桜十葉ちゃんの方を見た。自分が見たものが、信じられなくて目を見張った。
「おと、ちゃん……?なんで、泣いてるの」
桜十葉ちゃんは、流れ落ちる涙を拭いながら泣いていた。でも、その表情はとても穏やかで、嬉しそうだった。それに、心底ほっとする。
「だって、……ま、真陽くんにようやく話しかけてもらえたから……っ。なんで避けてるのとか、何だか怖くて聞けなくて、……でも最初に出来たお友達だったから、やっぱり話したくて、……」
ああ。俺は、なんて馬鹿だったのだろう。いつも自分の手の届くところにいた彼女を、傷つけてしまっていたなんて……。
「ごめんね。おとちゃん。本当に、ごめん……」
「…うん、いいよ。機嫌直ったから……ふふっ」
彼女は、いつもいつも、表情が豊かだ。ニコニコとした愛想を浮かべている俺なんかとは大違い。その表情はコロコロと変化して、見ていて凄く面白い。
そして、信じられないくらいに可愛いんだ。
「可愛い、……」
無意識に口に出してしまっていた俺の言葉を、桜十葉ちゃんの耳がぴくっと聞き取る。
やばい、キモがられたかな?やっぱり、好きじゃない男に可愛いとか言われても嬉しくないよね……。
「やっと、あの頃の真陽くんだね。真陽くんは、もっと自分を見せてもいいと思う」
桜十葉ちゃんが、とても大人びた表情でそう言った。その透き通るように綺麗な瞳に、俺の全てを見透かされている気がして落ち着かなかった。
「おとちゃん……?」
「真陽くんは、みんなに全てを見せても大丈夫ってこと!ずっと見てて思ったんだ。もしかしたら真陽くんは、上辺だけの関係をみんなと築いているのかなって」
とても、驚いた。桜十葉ちゃんは、俺が思っていたよりももっとずっと人の心に鋭い子だったのかもしれない。勝手に鈍感で天然な、可愛い子だと決めつけていたけれど、桜十葉ちゃんはそれだけではなかったんだ。
人の心に敏感で、感無量の優しさで、疲れた心を癒やしてくれる。その鋭さと、言葉の選び方に泣きそうになってしまう。
「私は、まだ本当の真陽くんと話したことはないよ。本当の君は、今よりもずっと人間味があって魅力的な男の子な気がするんだ」
桜十葉ちゃんはそう言って、ふわっと一輪の薔薇の大輪が咲くように微笑んだ。
桜十葉ちゃんは、どうしてこんなにも人たらしなのだろう。好きが溢れてしまって息が苦しくなる。ここまで他人に惹かれたのは、初めてだったんだ。
俺のものにしたい。俺で一色に染めたい。ずっと、隣に居たい。
決して結ばれることのない恋だと分かっていても、それでも俺は、好きという気持ちを止められない。
こんな気持ちを教えてくれたのは、君だったから。
誰かに感情を揺さぶられることも、何かに興味を持ったことも1度もなかったつまらない俺が、こんなにも本気になれたんだ。
まだ幼い時に、俺は他の人とは違うのだと悟った。
全てがつまらなく思えて、生きる意味さえも分からなかった。両親は共に海外で活躍する俳優たちで、望むものならば何だって手に入れられた。
地位と権力だって、ずば抜けて高かった。
容姿端麗。才色兼備。勉強も運動も何だって安々とこなしてしまう俺をみんなはそんな風に言っていた。
でも、俺は自分のほしいと思うものが見つからなかった。
それを見つけることが出来たのなら、俺の心は満たされると思った。
「俺、さ……感情がないんだ。みんなが楽しいと思うことも、悲しいと思うことも、自分にはどうだって良かった……。笑おうと思えば笑える。だけど、心の底から笑ったことは、1度もなかった」
君に、出会うまでは。
「おとちゃんに出会って、俺は変わったんだよ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんが目を瞠った。
だから、この恋が叶わなくてもいい。だって俺は、こんなにも心が揺り動かされる感情を、桜十葉ちゃんから貰うことが出来たから。
初恋、なんだ……。
「俺が産まれて初めて好きになった子は、桜十葉ちゃん。君だったんだよ」
こんな感情を、俺に教えてくれてありがとう。もう、欲張りなことは言わないから、だから、今は少しだけ俺の願いを聞いてほしい……。
「っ……真陽くん…っ!」
桜十葉ちゃんを、ぎゅっと優しく抱きしめた。すぐ間近で伝わる桜十葉ちゃんの体温が、とても愛おしい。
桜十葉ちゃんの両の腕はふらふらと宙を彷徨っていて、恐る恐る迷うように俺の背中に添えられた手。
「真陽くん、……私を避けてた理由、聞いてもいいかな…?」
桜十葉ちゃんは、気づいているのだろう。俺が、君の彼氏の正体を知っているということを。
「入学式のあの日、俺は坂口組の組長の息子、坂口裕翔を見た」
俺の言った言葉に、すぐ近くで桜十葉ちゃんがヒュッと息を呑むのが分かる。
「あの人、やっぱりおとちゃんの彼氏……?」
「……う、うん。そう、だよ…。だから、ごめん。真陽くんの告白は、ごめんなさい」
俺が抱きしめていた桜十葉ちゃんがぶるぶると震えながらそう告げた。
違う。違うんだ、桜十葉ちゃん。俺は君を、そんな風に怖がらせるつもりじゃない。きっと桜十葉ちゃんは、裕翔という彼氏の身の安全を暗(あん)じている。
「大丈夫だよ、おとちゃん。彼氏さんの正体は、絶対に言わないから。でも、1つだけ条件がある」
桜十葉ちゃんは涙目になりながら俺を見上げた。今は自分の腕の中にいる桜十葉ちゃんを、どうしようもなく虐めたいと思う気持ちに駆られたがそこはグッと留まる。
「な、何……?」
「これからも、俺の友達として普通に接してほしいです」
これだけでいいんだ。俺の最後の頼み事。
「へ、……?そんなことでいいの…?」
「そんなことって何…?俺にとってはめちゃくちゃ嬉しいことなんだけどなぁ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんはふっと安心したように微笑んだ。
……ガタンッ────!!!!
そんな和やかな空気が流れていた空き教室に、突然扉が激しく開かれる大きな声音が響いた。
俺は大きな音のした方を素早く振り返った。
「っ……!?坂口、裕翔…っ!」
そこには、桜十葉を抱きしめていた俺を鋭い瞳で睨みつける、ヤクザの息子、坂口裕翔が居た────。
「裕翔くん……っ!?」
桜十葉ちゃんは、俺から勢いよく離れた。
「桜十葉、帰るよ」
坂口裕翔は、恐ろしく怖い顔をして冷たい声でそう言った。パシッと桜十葉ちゃんの手を取った力がとても強かった。
桜十葉ちゃんはバツが悪そうに俯いて、その冷たい声と態度に傷ついたような悲しい顔をした。
坂口裕翔は桜十葉ちゃんを先に教室から出し、自分もそれに続いて出ようとした、その時ーーーーーーーー
「お前、いつまで俺の桜十葉の近くにいるつもりなんだよ?次指1本でも桜十葉に触れてみろ。……殺すぞ」
ヤクザの息子が言ったら、そんな言葉は洒落にならなかった……。俺の背筋が凍る。ドクドクドク、と嫌な心臓の音が耳にこだまして、冷や汗が垂れた。
桜十葉ちゃんは、怒らせてしまってらこんなにも怖い人と付き合っているんだ……。
これじゃあ、最初から叶いっこなかったな……。
俺は、桜十葉ちゃんの体温が残る腕を虚しく宙でぶらつかせた。
✩.*˚side end✩.*˚
真っ白な肌に、ピンク色の頬。下から見つめてくる上目遣いをする大きくて綺麗な瞳。さらさらの長い黒髪。そして、とても優しい性格。
俺が好きになった子は、入学当初から学校イチの美少女────結城桜十葉ちゃんだった。
純粋な彼女に、一瞬にして惹かれた。一目惚れ、だったんだと思う。優しくて可愛い笑顔をみせてくれる君を気づけば大好きになっていた。
純粋な彼女を俺で汚したくてしょうがなかった。だけど、その恋は淡く、失恋に終わった───。
桜十葉ちゃんへの想いは、告げることのできないまま叶わぬ恋となった。
桜十葉ちゃんが、あの坂口組の組長の息子、坂口裕翔の彼女だと知った途端、勝手に失望して落ち込んだ。
それ以来、桜十葉ちゃんの顔を見ることが出来なかった。桜十葉ちゃんも気づいていたと思う。俺が避けていることを。
不意に見た桜十葉ちゃんの顔がすごく寂しそうにしていたから、すぐに目を逸した。
だって、そんな顔されたら期待してしまうじゃんか……。俺に避けられて悲しいと思っている桜十葉ちゃんを、もう1度好きになってしまいそうだった。
「あははははっ!もお~こしょばいってば~!」
廊下を歩いていると突然聞こえてきた楽しそうな声。その声は、俺がずっと求めていたもので思わず声のした方を振り返った。
そこには、楽しそうに友達と笑う、桜十葉ちゃんの姿があった────。
「…っ、……!」
この気持ちを、どうしたら忘れられるのか。1度芽生えてしまった恋心は、失恋してもなお残り続けている。自分の気持ちを伝えられないことが、こんなにも辛いことだとは思っていなかった。
でも、俺は桜十葉ちゃんに気持ちを伝えることはきっと出来ない。あの日の入学式以来、桜十葉ちゃんのことをずっと避け続けてきた俺に、桜十葉ちゃんへの気持ちを伝える資格なんてきっと、どこにもない。
桜十葉ちゃんは、明るい世界に生きる子だ。どんなに辛く悲しいことが起ころうとも、それに立ち向かう強さを持っている芯の強い女の子だ。
だから、だろう。彼女の周りには、いつも笑顔が溢れている。自分に向けてくれる笑顔を見るだけで、幸せな気持ちで満たされた。
これはもう、もはや執着ではないのか…?どうしても、桜十葉ちゃんのことを諦めきれない。いや、違う。諦めたくなんかない。
だって俺は、まだこの抑えきれない感情を伝えていないのだから。
振られると分かっていても、俺は自分の気持ちを伝えたい。これが、桜十葉ちゃんのことを諦めるきっかけになるのならば……。
「おと、ちゃん……放課後、ちょっと時間くれないかな?」
俺は、桜十葉ちゃんが居る階段のところまで歩いて行き、声をかけた。
俺が話しかけたことをよっぽど驚いたのか、しばらくぽかんと口を開いて俺を見つめていた桜十葉ちゃん。でも、すぐに嬉しそうな顔でふにゃっと笑った。
「うん。…いいよ!」
期待はしない。君は、誰にでも優しいと分かっているから。だから今日、俺を振ることに心を痛めるかもしれない。だけどそこは、潔く振ってくれたらそれでいいんだ。
桜十葉ちゃんの隣に居た鈴本さんが俺を不審そうな目で見てきたけど無視だ。急に桜十葉ちゃんを避け始めた俺をよく思っていないのは分かっている。
今日で、桜十葉ちゃんへのわだかまりと、このどうしようもない気持ちを綺麗さっぱりなくそう。
俺は教室に戻り、自分の席に向かう。すると途端に、沢山の男子や女子たちに囲まれた。俺は、この学院の王子様。
みんなに好かれ、かっこいいと騒がれて結構モテるし告白もされる。男子からの好感度も良い。
だけど俺は、好きな子に振り向いてはもらえなかったただの臆病者だ。彼氏がヤクザの息子だろうと、怖がらずに奪いに行くべきだった。
俺は、もっと早く行動することが出来なかった。
今更悔やんでも仕方のないことを、いつまでもウジウジと考え続けていた。
***
「来てくれてありがとう。おとちゃん」
そういえば、“おとちゃん”という呼び方を桜十葉ちゃんの彼氏は眉をしかめてキモい言ってきた。
桜十葉ちゃんと2人きりで校舎から出てきたことをめちゃくちゃ嫉妬しているらしかった彼氏を見て、ある種の快感を覚えた。
「うん。…でも、こんなところに呼び出してどうしたの?」
あらかじめ1年生の使われていない空き教室で待っていてほしいと頼んでおいたのだ。
「おとちゃん。急に、ごめんね。まずは、……今まで避けていたこと、本当にごめん」
「えっ……!?う、ううん!そんな、謝らないで…っ」
俺が膝に付くくらいにまで頭を下げたので、桜十葉ちゃんがそう驚いたように声を上げる。
そして、俺たちの間に静かな沈黙が流れる。
俺は下げていた頭をゆっくりと上げて、恐る恐る桜十葉ちゃんの方を見た。自分が見たものが、信じられなくて目を見張った。
「おと、ちゃん……?なんで、泣いてるの」
桜十葉ちゃんは、流れ落ちる涙を拭いながら泣いていた。でも、その表情はとても穏やかで、嬉しそうだった。それに、心底ほっとする。
「だって、……ま、真陽くんにようやく話しかけてもらえたから……っ。なんで避けてるのとか、何だか怖くて聞けなくて、……でも最初に出来たお友達だったから、やっぱり話したくて、……」
ああ。俺は、なんて馬鹿だったのだろう。いつも自分の手の届くところにいた彼女を、傷つけてしまっていたなんて……。
「ごめんね。おとちゃん。本当に、ごめん……」
「…うん、いいよ。機嫌直ったから……ふふっ」
彼女は、いつもいつも、表情が豊かだ。ニコニコとした愛想を浮かべている俺なんかとは大違い。その表情はコロコロと変化して、見ていて凄く面白い。
そして、信じられないくらいに可愛いんだ。
「可愛い、……」
無意識に口に出してしまっていた俺の言葉を、桜十葉ちゃんの耳がぴくっと聞き取る。
やばい、キモがられたかな?やっぱり、好きじゃない男に可愛いとか言われても嬉しくないよね……。
「やっと、あの頃の真陽くんだね。真陽くんは、もっと自分を見せてもいいと思う」
桜十葉ちゃんが、とても大人びた表情でそう言った。その透き通るように綺麗な瞳に、俺の全てを見透かされている気がして落ち着かなかった。
「おとちゃん……?」
「真陽くんは、みんなに全てを見せても大丈夫ってこと!ずっと見てて思ったんだ。もしかしたら真陽くんは、上辺だけの関係をみんなと築いているのかなって」
とても、驚いた。桜十葉ちゃんは、俺が思っていたよりももっとずっと人の心に鋭い子だったのかもしれない。勝手に鈍感で天然な、可愛い子だと決めつけていたけれど、桜十葉ちゃんはそれだけではなかったんだ。
人の心に敏感で、感無量の優しさで、疲れた心を癒やしてくれる。その鋭さと、言葉の選び方に泣きそうになってしまう。
「私は、まだ本当の真陽くんと話したことはないよ。本当の君は、今よりもずっと人間味があって魅力的な男の子な気がするんだ」
桜十葉ちゃんはそう言って、ふわっと一輪の薔薇の大輪が咲くように微笑んだ。
桜十葉ちゃんは、どうしてこんなにも人たらしなのだろう。好きが溢れてしまって息が苦しくなる。ここまで他人に惹かれたのは、初めてだったんだ。
俺のものにしたい。俺で一色に染めたい。ずっと、隣に居たい。
決して結ばれることのない恋だと分かっていても、それでも俺は、好きという気持ちを止められない。
こんな気持ちを教えてくれたのは、君だったから。
誰かに感情を揺さぶられることも、何かに興味を持ったことも1度もなかったつまらない俺が、こんなにも本気になれたんだ。
まだ幼い時に、俺は他の人とは違うのだと悟った。
全てがつまらなく思えて、生きる意味さえも分からなかった。両親は共に海外で活躍する俳優たちで、望むものならば何だって手に入れられた。
地位と権力だって、ずば抜けて高かった。
容姿端麗。才色兼備。勉強も運動も何だって安々とこなしてしまう俺をみんなはそんな風に言っていた。
でも、俺は自分のほしいと思うものが見つからなかった。
それを見つけることが出来たのなら、俺の心は満たされると思った。
「俺、さ……感情がないんだ。みんなが楽しいと思うことも、悲しいと思うことも、自分にはどうだって良かった……。笑おうと思えば笑える。だけど、心の底から笑ったことは、1度もなかった」
君に、出会うまでは。
「おとちゃんに出会って、俺は変わったんだよ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんが目を瞠った。
だから、この恋が叶わなくてもいい。だって俺は、こんなにも心が揺り動かされる感情を、桜十葉ちゃんから貰うことが出来たから。
初恋、なんだ……。
「俺が産まれて初めて好きになった子は、桜十葉ちゃん。君だったんだよ」
こんな感情を、俺に教えてくれてありがとう。もう、欲張りなことは言わないから、だから、今は少しだけ俺の願いを聞いてほしい……。
「っ……真陽くん…っ!」
桜十葉ちゃんを、ぎゅっと優しく抱きしめた。すぐ間近で伝わる桜十葉ちゃんの体温が、とても愛おしい。
桜十葉ちゃんの両の腕はふらふらと宙を彷徨っていて、恐る恐る迷うように俺の背中に添えられた手。
「真陽くん、……私を避けてた理由、聞いてもいいかな…?」
桜十葉ちゃんは、気づいているのだろう。俺が、君の彼氏の正体を知っているということを。
「入学式のあの日、俺は坂口組の組長の息子、坂口裕翔を見た」
俺の言った言葉に、すぐ近くで桜十葉ちゃんがヒュッと息を呑むのが分かる。
「あの人、やっぱりおとちゃんの彼氏……?」
「……う、うん。そう、だよ…。だから、ごめん。真陽くんの告白は、ごめんなさい」
俺が抱きしめていた桜十葉ちゃんがぶるぶると震えながらそう告げた。
違う。違うんだ、桜十葉ちゃん。俺は君を、そんな風に怖がらせるつもりじゃない。きっと桜十葉ちゃんは、裕翔という彼氏の身の安全を暗(あん)じている。
「大丈夫だよ、おとちゃん。彼氏さんの正体は、絶対に言わないから。でも、1つだけ条件がある」
桜十葉ちゃんは涙目になりながら俺を見上げた。今は自分の腕の中にいる桜十葉ちゃんを、どうしようもなく虐めたいと思う気持ちに駆られたがそこはグッと留まる。
「な、何……?」
「これからも、俺の友達として普通に接してほしいです」
これだけでいいんだ。俺の最後の頼み事。
「へ、……?そんなことでいいの…?」
「そんなことって何…?俺にとってはめちゃくちゃ嬉しいことなんだけどなぁ」
俺の言葉に、桜十葉ちゃんはふっと安心したように微笑んだ。
……ガタンッ────!!!!
そんな和やかな空気が流れていた空き教室に、突然扉が激しく開かれる大きな声音が響いた。
俺は大きな音のした方を素早く振り返った。
「っ……!?坂口、裕翔…っ!」
そこには、桜十葉を抱きしめていた俺を鋭い瞳で睨みつける、ヤクザの息子、坂口裕翔が居た────。
「裕翔くん……っ!?」
桜十葉ちゃんは、俺から勢いよく離れた。
「桜十葉、帰るよ」
坂口裕翔は、恐ろしく怖い顔をして冷たい声でそう言った。パシッと桜十葉ちゃんの手を取った力がとても強かった。
桜十葉ちゃんはバツが悪そうに俯いて、その冷たい声と態度に傷ついたような悲しい顔をした。
坂口裕翔は桜十葉ちゃんを先に教室から出し、自分もそれに続いて出ようとした、その時ーーーーーーーー
「お前、いつまで俺の桜十葉の近くにいるつもりなんだよ?次指1本でも桜十葉に触れてみろ。……殺すぞ」
ヤクザの息子が言ったら、そんな言葉は洒落にならなかった……。俺の背筋が凍る。ドクドクドク、と嫌な心臓の音が耳にこだまして、冷や汗が垂れた。
桜十葉ちゃんは、怒らせてしまってらこんなにも怖い人と付き合っているんだ……。
これじゃあ、最初から叶いっこなかったな……。
俺は、桜十葉ちゃんの体温が残る腕を虚しく宙でぶらつかせた。
✩.*˚side end✩.*˚
0
お気に入りに追加
175
あなたにおすすめの小説
舞姫【中編】
友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。
三人の運命を変えた過去の事故と事件。
そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。
剣崎星児
29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。
兵藤保
28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。
津田みちる
20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。
桑名麗子
保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。
亀岡
みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。
津田(郡司)武
星児と保が追う謎多き男。
切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。
大人になった少女の背中には、羽根が生える。
与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。
彼らの行く手に待つものは。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる