7月は男子校の探偵少女

金時るるの

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7月と兄弟

7月と兄弟 5

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 翌日から、クルトは例のおかしな親切心を発揮する事はなく、以前のような状態に戻った。
 そちらのほうがいちいち言動に気を遣う必要もなくなるので、わたしとしても助かるのだが。
 でも、彼はどうして急にあんな風になってしまったんだろう。そしてどうしてまた何事も無かったように元に戻ったのか。
 それがわからなかった。

「ねえ、クルト、聞きたいことがあるんですけど」

 わたしが声を掛けると、向かい側のソファで本を読んでいたクルトが顔を上げる。

「どうして最近変だった……」

 そこまで言いかけて慌てて言い直す。

「ええと、どうして変に親切にしてくれたんですか?」

「別に、俺はそんな事したつもりはない」

 それだけ答えて再び本に目を落とそうするので、わたしは引き止める。

「うそ。お茶を淹れてくれたり、お菓子を買ってきてくれたり、明らかにおかしかったですよ。それに、わたしが課題を押し付けようとしたのに気付いて、クルトは『自分の馬鹿さ加減に呆れる』って言ってましたよね。それって、親切にしたつもりが、逆にそれを利用されるなんて馬鹿みたいだっていう意味で言ったんじゃないんですか? 親切にしてた自覚があるからこそ、そんな発言をしたし、あんなに怒ったんですよね?」

 そう言うとクルトは持っていた本を閉じ、大きく溜息をつく。

「……そうだよ。お前の言ったとおりだ。そこまでわかってるなら、もう良いだろ」

「わたしが知りたいのは、どうしてクルトが急にそんなことしたのかという事です。もう気になって気になって、夜しか眠れません」

「ねえさまみたいな事を言うのはやめろ」

 うーん、なかなか話してくれない。
 その時、わたしはふと思いついて口を開く。

「……パン」

「うん?」

「教えてくれないのなら、わたし、クルトの目の前で、デッサンに使った後の木炭まみれのパンを食べます」

 それを聞いた途端、クルトの顔が驚愕で歪む。

「お、お前、それはもう食べないって約束しただろう!?」

「約束したのは『パンの耳』です。だから、今度はパンの耳以外を食べます。本気ですよ。わたしは木炭がついてても気にしませんよ」

 クルトは額に手を当て顔を伏せる。

「……わかった、話すから……だから、それは本当にやめてくれ。なんであんなものを平気で口にできるんだ。恐ろしい……」

 思いつきで言ったが、案外効果的だったようだ。
 しかし、話すと言いながら、クルトはなかなか口を開こうとしない。
 それでも辛抱強く待っていると、やがてぽつりと話し出す。

「……この前、お前に言っただろう? 『きょうだいみたいに扱われるのは迷惑だ』って。確かにあれは俺の本心だが、わざわざ口に出す必要はなかった。我ながら酷い事を言ってしまったと思って……」

「え? まさか、それだけで?」

 クルトは腕組みをして首を横に振る。

「それだけじゃない。お前と取引したこと。秘密をばらされたくなければ言う事を聞けだなんて……あの時はねえさまの【お願い】の為に必死だったとはいえ、そんなの、やっぱり卑怯だろう? でも、俺はお前みたいに問題を解決する能力は無いし、もしもお前が困っていたとしても、助けになれる気がしない。だから、せめて別の事で埋め合わせをしたいと思って……」

 それを聞いてふと思った。もしかしてクルトはあの取引の事、ずっと気にしてたのかな。表面上はそんな素振りも無かったけど、心の底ではずっと引っ掛かっていたのかもしれない。行き過ぎた親切は彼なりの贖罪だったんだろうか。

「でも、それならそうと言ってくれたら良かったのに。急に親切にされたらびっくりしますよ」

 わたしの言葉にクルトは眉を顰める。

「それはおかしいだろう。お前がもしも俺の立場だとして『いつぞやは大変申し訳ないことをしたので、お詫びさせてください』とわざわざ宣言してから行動に移すのか?」

「えっ……それは、しませんけど……」

「そうだろう? それなら俺が別に何も言わなくても問題ないはずだ」

「でも、クルトの親切はちょっとやりすぎと言うか、違和感があるというか……」

「おかしいな。ねえさまにはそんなふうに言われた事はないんだが」

「えっ……あの、もしかして、ロザリンデさんにも同じことしてるんですか?」

 おそるおそる尋ねるわたしに、クルトは頷く。
 うそ……ロザリンデさん、あの予測できないクルトの親切にどうやって対処してるんだろう。すごいな。
 そんな事を考えていると、クルトが口を開く。

「でも、お前は結構調子に乗りやすいみたいだし、そういう事をするのはもうやめた」

「えー、でも、それを言うなら、クルトだって結構かっとなりやすいですよね」

 そう言うと、クルトは気まずそうに目を逸らす。

「それも踏まえてやめたんだ」

 その様子からして、あの夜の事をまだ少し気にしているみたいだ。堪え切れなかったとは言え、泣いてしまったのがまずかったのかも。
 わたしは慌てて両手を振る。 

「で、でも、そんな事しなくても大丈夫ですよ。わたし、今までクルトに色々なものを貰いましたし。服とか、お菓子とか。このマフラーだって、前のに比べると暖かいし、軽いし、肌触りだってすごくいいし、気に入ってるんです。美意識のためとはいえ、嬉しかったです。大切に使いますね」

 その言葉に、クルトは小さな声で呟く。

「別に、美意識のためだけじゃ……」

 途中からよく聞こえなかった。わたしが聞き返すより早く、クルトが続ける。

「こうしてよく見ると、そのマフラー、お前に似合ってる」

「え、そうですか? ありがとうございます」

 お礼を言うと、クルトが小さく笑う。

「俺の美意識に従って選んだんだから、似合って当たり前だけどな」
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