上 下
1 / 6

プロローグ

しおりを挟む
退廃的な街の夜空に『白色の火花』が打ち上がった。
それを合図に闘技場コロシアムの両陣営から人と獣が現れた。
首には首輪が枷られ太腿には焼印が押されており、
ボロボロの服と武器の為腰には片刃の刀を提げている。
そして闘技場の観客席の一部には頭部全体を覆う三角頭巾を被った者達が二色に別け占拠していた。
全席2000としてその3割である600人が最前列の居る計算だ。
「っ」
その余りの異様な光景に嫌悪感を表す者も少なからず存在した。
そんな彼に左手側に居る白装束の集団は歓声を上げる。
「「「使徒キューピットォオオオ!!」」」
獣は二足歩行で獰猛な狼の顔を持ち雑じり気のない純粋な殺意が目をギラつかせている。
「「「死者の兵団エインヘリアルゥウウウ!!」」」
右手側に居る黒装束の集団は檄を飛ばす。
その様子を俯瞰し見届けた奏者は銅鑼を響かせ合図を送った。
「アアアアアアアア!!」
最初に動いた方の青年は掌を人狼ヴェアウルフに向ける。すると蜃気楼を創り出しながら赤い魔法陣が展開される。
それを察知したのか人狼は四足歩行で駆け出した。
「火の球ファイアボール!!」
焔を収束した球体が放たれるが人狼はそれを噛み裂き飛散させた。
だが飛散させた火種は寄り集まり白い光球となり人狼の口内に入り込む。
「っ!!!!爆炎エクスプロージョンンンンン!!」
牙の隙間から光が漏れ出したかと思うと内部から爆破され人狼の身体は地面に倒れた。
目玉と鼻が潰れ牙が砕け散り顎が大きく外れている。
「……フ……!フゥ!!」
目を見開きながら恐る恐る刀を抜き放つ。
抜かれたそれは刀と言うには余りにもお粗末な見た目をしている。
刃毀れが酷く最早『ノコギリ』と言えば通じるその形状の刀を男は人狼の胸に突き刺す。
「ハハ……!」
ピクリとも動かない人狼を見た男は渇いた笑いを溢す。
「ハハハッ!」
嬉しさの余り両耳を引っ張ると人間の耳はポロリと零れ落ちた。
そして懐を弄り切り取られた尖った耳を取り出す。
「やっと……!やっとだ!!」
彼は両耳の切断面を焼き尖った耳をくっ付けた。
それなのに歓喜の涙を流している。
「僕は『闘技場のチャンピオン』を殺す事が出来た!!
60年ぶりに森妖精(エルフ)に戻る事が出来るんだ!」
今までの経緯から見て彼は森妖精(エルフ)らしい。
観客の怒号が聞こえないかのようにエルフの青年はただただ咽び泣いていた。

……この世界の妖精族には様々な種類がある。
鍛治を生業とする土妖精(ドワーフ)。
木に寄生する樹妖精(ドライアド)。
森の恵みで生きる森妖精(エルフ)。
砂漠に生きる闇妖精(ダークエルフ)。
この中で最も価値が高いのはドライアドであり低いのはエルフだ。
と言うのもドワーフの造る武器は戦争時に重宝しダークエルフは広義的なキメラである為、共に価値が高い。(捕獲し辛くもあるが)
逆にエルフは全ての妖精の中で最も価値が低い。
聡い知恵を誇る彼等であるが、それはこの世界には何の役にも立たない。
知恵は奪えば正義なのだ。奪い独占し支配に役立てる。
『知恵ある者』はこの世界に二人としていらないのだ。
この世界の一部の人間達はそんな考えからエルフの国を襲撃し女を捕縛し奴隷として売り払っている。
恐らく彼もその内の1人なのだったのだろう。
(ザシュ)
飛ばされたエルフの片腕が地面に落ちた。
驚愕の顔で目を見開くエルフ。
「……良い夜だ」
何処からか青年の声が聞こえてくる。
呆気に取られていると倒れた筈の人狼はむくりと起きだした。
そして落ちた腕を拾い口を開き食べた。
小刻みな良い音がやがて咀嚼音に変わる所で喉を大きく鳴らし呑み込む。
細胞が活性化されているのか喪失した箇所がみるみる再生していく。
「齢16の獣に殺される300歳の亜人。哀れにも程があるよ」
それは獰猛な顔をする筈の人狼の声だった。
余りの出来事に尻餅を突く男。
耳が振動し徐々にではあるが剥がれつつある。
「貴方からは魔力素マナの匂いが酷く漂う。
恐らく造り替えられてしまったんだろう」
それを聞いた男の眼から大粒の涙が溢れ出る。
「わ……私は……。いや僕??」
震える口で何かを呟くが要領を得ない。
そんな男に近づく人狼だが混乱した男は呆然と動けないでいる。
「貴方は60年前に平和なエルフの森から連れ出された男娼。妻と120歳の一人娘が居て彼女達も奴隷商に連れられ行方知れず。確か森では『勇者』と名高たかったとか?」
どことなく憐れみを感じさせる瞳を片腕の男に向ける人狼。
人狼が一歩進むと森妖精は二歩後ずさる。
その度に観客席から煩わしい歓声が上がる。
「いや。まぁ今や影も形もないけど」
前半は幼く後半は毅然とした口調で答えた。
「現在の貴方の主人は270歳程年下の男。
彼の父と祖父の代から60年間三代亘り貴方を飼っていた」
「その現在の御主人は私の御主人と仲良し。以来30年来の付き合いらしいが私は貴方の事を知らなかった。エルフと言えど有象無象の一つにしか数えられず貴方はたった今280歳年下のしかもモンスターの血を濃く受け継ぐ亜人に殺される……遺言はあるか?」
人狼は太く鋭利な爪で森妖精の首を刎ねる為横薙ぎをした。
その間森妖精(エルフ)は走馬灯を見た。混濁した記憶は不確かな映像を移ろいゆく。家族の思い出や部族の中で誉れ胸を張った誇らしい思い出。
そして冒険を決意し60歳ほどの幼い娘を妻と仲間に託し旅立ったあくる日の朝の思い出。


白装束を着た右の者達は金貨を投げ入れる。
黒装束を来た左の者達は持ち込んだ食料を投げ入れる。
それは『恵みの雨』として闘技場コロシアム全体を満たしていく。
セピアの目にはその光景が森を潤す雨に見えた。
首が落ち開かれた目は徐々に渇いていく。
意識を失う直後ポチャリと眼球に水滴が落ちるのに気付く。
人狼は顔を天に向けて吼えていた。
遠吠えが闘技場中に響き渡る。
彼はそんな勇ましい光景を見届けたのを最期にこの世から去った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

八神 凪
ファンタジー
   旧題:久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い  【第二回ファンタジーカップ大賞 編集部賞受賞! 書籍化します!】  高柳 陸はどこにでもいるサラリーマン。    満員電車に揺られて上司にどやされ、取引先には愛想笑い。  彼女も居ないごく普通の男である。  そんな彼が定時で帰宅しているある日、どこかの飲み屋で一杯飲むかと考えていた。  繁華街へ繰り出す陸。  まだ時間が早いので学生が賑わっているなと懐かしさに目を細めている時、それは起きた。  陸の前を歩いていた男女の高校生の足元に紫色の魔法陣が出現した。  まずい、と思ったが少し足が入っていた陸は魔法陣に吸い込まれるように引きずられていく。  魔法陣の中心で困惑する男女の高校生と陸。そして眼鏡をかけた女子高生が中心へ近づいた瞬間、目の前が真っ白に包まれる。  次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。  「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。  困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。    元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。  なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。  『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』  そう言い放つと城から追い出そうとする姫。    そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。  残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。  「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」  陸はしがないただのサラリーマン。  しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。  今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――

超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する

神尾優
ファンタジー
山田博(やまだひろし)42歳、独身は年齢制限十代の筈の勇者召喚に何故か選出され、そこで神様曰く大当たりのチートスキル【超越者】を引き当てる。他の勇者を大きく上回る力を手に入れた山田博は勇者の使命そっちのけで異世界の散策を始める。 他の作品の合間にノープランで書いている作品なのでストックが無くなった後は不規則投稿となります。1話の文字数はプロローグを除いて1000文字程です。

貞操逆転世界の温泉で、三助やることに成りました

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
貞操逆転で1/100な異世界に迷い込みました 不意に迷い込んだ貞操逆転世界、男女比は1/100、色々違うけど、それなりに楽しくやらせていただきます。 カクヨムで11万文字ほど書けたので、こちらにも置かせていただきます。 ストック切れるまでは毎日投稿予定です ジャンルは割と謎、現実では無いから異世界だけど、剣と魔法では無いし、現代と言うにも若干微妙、恋愛と言うには雑音多め? デストピア文学ぽくも見えるしと言う感じに、ラブコメっぽいという事で良いですか?

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

処理中です...