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異世界と弓作り
最終話 旅立ち
しおりを挟む「コーヤ」
「! ミラウッド」
「おかえりなさいですわー!」
ヨルディカさんとアンセルさんも伴って、ミラウッドが帰ってきた。
セローは離れたところでのんびり横たわっている。
「よっ」
「お邪魔するよ」
「ヨルディカさん、アンセルさんも」
「アンセルでいいぜ? おれらもコーヤって呼ぶからよ」
「そうそう。遠慮は要らないよ」
「じゃ、じゃぁ……お言葉に甘えて」
ミラウッドの冒険者仲間という二人は、ずいぶん気さくな人物だ。
エルフたちが警戒していないところを見ると、この村にも過去足を運んだことがあるようだ。
「! これはまた……見事な」
ミラウッドは俺の手元の弓に気付くと、驚いた表情を見せる。
「えっと、『侯星』って名前にしようかなと……」
「弓に名を?」
「ドワーフの業物みてぇだな」
アンセルは自分の背中の大剣を小突いて言った。
「それだけ魂を込めて作ってくれたということだ。……感謝する」
「俺こそ、とても勉強になったよ」
ミラウッドに感謝しつつ、さっそくそれを手渡した。
「……! 不思議と手に馴染む……」
ミラウッドはその場で数回素引きをしてみせた。
「鑑定したらさ、魔力伝導効率が『A+』だったから、良いものができたとは思う」
「「「A+!?」」」
三人は一斉に驚くと、互いの顔を見合わせた。
「鑑定が使えるのはまだしも……、A+だなんてあんた。どれだけの逸品なんだい」
「いや、でも弓って素材が大事というか。聖樹の枝から作ったし、そうなるのも必然というか」
「へー。熟練の弓師みたいなこと言うんだな」
アンセルは感心したようにミラウッドの手にある弓をまじまじと見つめた。
「……あのさ!」
「なんだ? コーヤ」
俺は意を決してミラウッドに言う。
「ミラウッド、このまま行っちゃうんだよな……?」
「……」
無言は肯定ととるべきだろうか。
「コーヤ、だが──」
「だったら俺も、一緒に連れて行ってくれ!!」
「!!」
しっかりとミラウッドの眼を見て、俺は勇気を振り絞って言った。
「足手まといなのは分かってる。でも、この村で一番世話になったミラウッドのためにもっと何かしたいと思ったんだ。エルフたちの弓作りには及ばないけど、弓の調整ならできるし、矢作りもこれから覚える。鑑定を使って、素材採取の役にも立てると思う。……なにより、もっとミラウッドから学びたいことが、たくさんあるんだ」
「…………コーヤ」
最後の最後で、わがままとも言える素直な気持ちを吐き出した。
どうせお別れかもしれないんだ。
出来ることがあるなら、試す。
危険な旅とは思う。だが、自分の力とは言えないが俺には精霊二人の加護もある。
『遠くに行きたい』と願った心の本質は、失った何かを別の場所で見付けたい。
きっとそういうニュアンスが含まれていたと思う。
俺はじいさんのような師であり、家族であり、尊敬できるようなそんな人物を……ここで見付けたんだ。
「……」
「ほーら、だから言ったじゃないか」
「え?」
「あんたら似た者同士だよな~」
言葉に詰まるミラウッドとは対照的に、ヨルディカとアンセルがニヤニヤと笑っている。
「ヘルリザードのさ、皮が欲しいっていうから。理由を聞いたら、コーヤが欲しいかもしれないって」
「そんで、『どうせなら一緒に連れて行けば?』って言ったんだが……」
「連れて行きたいが、危険な目に遭わせるのも申し訳ないって言うしさ」
「っ、二人とも、止めないか」
珍しく慌てた様子で二人の言葉を遮るミラウッド。
「……危険だぞ?」
「うん、分かってる」
「それに、特にルナリア様は森の……」
「わたくしなら大丈夫ですわ! なんと言っても、今はコーヤさまの元がわたくしの帰る場所ですので! ええ、ご心配なく!」
「素直に外の街に興味があるって言えよ」
ルナリアとセローには既に話して了承済だった。
セローは元々旅人のようなものだったし、ルナリアにいたっては人間の少女姿になったことで、ファッションやアクセサリーなんかに興味が出てきた様子。
人の街に行ってみたいという気持ちがわいてきたらしい。
「……」
「……」
真剣に悩むミラウッド。
真面目な彼は、脳内で俺を連れだって旅するメリットとデメリットとを必死に比べている最中だろう。
「…………コーヤ」
「……」
「これからも、──よろしく頼む」
「!! ああ!」
「おー」
「一件落着かねぇ」
「よかったですわね、コーヤさま!」
「オレはうるせぇのはイヤなんだが……」
危険もあることは承知だ。
でも、それ以上に得るものがきっとある。
未知の素材。エルフの森のような未知の景色。
知らない人々、知らない街。
それらを共に目にする仲間。
俺は弓師として一流にはなれなかったかもしれない。
でも、師である祖父の望んでいたように相手を見て物作りをする。
それが今、異世界でできている。
恐い、難しい、不安。
いろんな感情もあるなかで、『やりたい』『楽しい』『嬉しい』という感情の方が輝いて見える。
まるで弓道を始めたばかりの俺のようだ。
あの頃の俺は、何を思って弓を引いていただろう?
たしかに所作や心の調和に気を配ってもいたが、それ以上に的に矢が中る瞬間の俺は理屈を上回るほどに夢中だった。俺は、それが楽しかったんだ。
大人になると早気となり苦しんだ。
同時に精神修養の意味を見出すため、弓を引くことを『楽しい』と思うのは若い世代のものだと考えてしまった。
違う。
きっと全部だ。
『和』というのは、楽しくて、苦しくて、嬉しくて、辛い。
均衡を保つというのは、全部を受け入れた上で自分を確立させることだ。
そうした心が在りつつも、弓そのもののことを考えて引く。
異世界という場所で気付いたのは、結局のところ弓道で必要な精神の礎。
俺はただただ、弓が好きなんだ。
──終わり──
==========
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