異世界弓師~作るおっさんと、射るエルフ~

蒼乃ロゼ

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異世界と弓作り

四十五話 時間を掛ける、ということ

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 黙々と作業を続ける。
 上手くることのできた糸を木の棒に巻き付けながら、少しずつ、少しずつ進めていく。
 全く別の作業なのに、まるで弓を打つ時と同じ感覚だ。

 俺やじいさんはこういう時『弓の声を聞く』と称するように、手触りや重さ、材料の調子を見ながら細かく調整していく。
 最近の言葉でいえばゾーンに入るというのか、普段は考え事が多い方だがその時ばかりは雑念も消えた。

「エルフの者たちは、なにを考えているんだ?」
「ん?」

 ふと、唯一気になったことが言葉として口を出た。

「なんだい?」
「弓を作ったり、弦を作る時って……なにを考えながらやっているのかなって。気になって」
「ああ、そういうことか」

 ウィンハックは「そうだなぁ……」と言いながら、自分が普段物作りをする時の様子を思い起こす。

「俺はけっこう、無心な方なんだ」
「分かるよ」

 特に最後の工程。弓に弦を張る時。
 烏兎うとかけはしにより、完全に和合と成す状態。

 それは心おだやかな時にだけする。
 じいさんは常々そう言っていた。

 なにせ心身弓の一体というのは、和を意味する。

 心が穏やかでなければ、弓は引けない。
 なら、引手と同じく弓の気性も和を保っている方がいい。
 さらに言えば、弓を作る時にも。

「心を無にするというか、心を一定に保つって、本来は難しいことだよな」

 異世界に来た当初を思い出す。

 その直前には己の不甲斐なさや悔しさが胸の内を占め、そうして異世界に来て訳の分からなさに混乱する。

 普段弓作りで『和』というものに馴染みある俺ですら、いつ何時でも冷静になるというのは難しいことだった。

「そうだな……だからこそ、それらと向き合い精霊様のことを考えている時は、心穏やかなのかもしれないな」
「! ……無心じゃなくて、……ひたむきってことか」

 俺やウィンハックが作業をする時の心の状態は、瞑想めいそうのような本当の意味でのじゃない。

 『そのもの』のことだけを考えているからこそ、その他のことが何も頭をよぎらない。

 本当の意味での集中。その声だけを聞くということ。
 だからこそ僅かばかりの変化にも気付けるんだ。

「だから答えとしては、そのことばかり考えている……かな?」
「そうだな、うん。そうだよな」

 実際、今黙々と作業していた時に長年後悔している早気はやけのことや、異世界に対する不安が顔を覗かせただろうか?
 問題として頭の片隅で認識していても、その瞬間は間違いなくナガテのことだけを考えていた。

 灯台下暗し、ではないけれど。
 職人として当たり前のことを、再認識できたような気がした。



 ◇◆◇



「よし! ……にしても手が痛い」
「できましたわー!」

 ルナリアと力を合わせながら、なんとか一束分のナガテを粗い糸にすることができた。
 ほっそりとしていたはずの糸紬の棒は、紡がれた糸によって丸々としていた。

「お疲れさん」
「次はどうするんだ? ウィンハック」
「お、まだまだやる気だねぇ。じゃあいよいよナガテとミライ草。両方を使って弦に仕上げていくぞ」
「そろそろ仕上げか……!」
「わたくしまだまだ手伝えますわ!」

 次にウィンハックが持ってきたのは、新たな水の入った容器。

「ルナリア様がいらっしゃるなら、これだけでいいかな」
「それって……お湯か?」
「そうそう」

 再び手本としてウィンハックが工程を実演してくれる。

「コーヤ、そっちの端持っておいてくれ」
「こうか?」

 俺は言われたとおり、ウィンハックが手に取ったナガテの糸とミライ草の紐、その両端を引っ張るようにして持つ。

「こんな感じで──」

 そしてウィンハックはお湯に手を浸し、濡れた手のままナガテとミライ草、それぞれを同じ方向にねじりながら巻いて一つの弦に仕上げていく。

 そのねじり加減は密にぎゅっとするというよりも、やや斜め気味に巻いて全体が太くなりすぎないように。
 正直一度見ただけでは絶対にできないと思われる繊細さだ。

「これもねじるのは同じ方向にな」
「うわー……難しそうだ」

 さっそく俺が持っていた部分をルナリアに持ってもらい、ウィンハックからバトンタッチを受けて実践。

「こう……」

 慎重に、ウィンハックに言われたことを脳内で再生しながら微調整しつつ、ようやくひとねじり。
 その間うまく呼吸ができたかどうか分からないほど息が詰まる。

「い、息が……」
「ハハッ、大丈夫さ」

 時折ウィンハックはねじり終わった部分をお湯に浸した手でしごく。
 こうした微調整でどうにかなるとは思うが、それにしたって緊張する。
 なにせ一回巻くのを失敗したら、台無しになってしまいそうだからだ。

 いつも弓に張っていた麻弦のことを思い出す。
 均一に美しい撚りがかかった麻弦は、一種の芸術品のようだった。

 俺は一回巻くだけでも大変なのに、熟練の弦職人というのは本当にすごい。

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