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弓師とエルフ
二十一話 ワイルドボアのステーキ~果実ソース添え~②
しおりを挟むミラウッドは迷いのない動きで次々と手を動かした。
スライスしたワイルドボアの肉にしっかりと塩を振る。
少し浸透させている間に、ソース用の果物をボウルに張った水でしっかりと洗う。
この前朝食用に食べた、桃のような甘さとベリーの酸味を合わせ持つ桃色の実で、ピスカというらしい。
それを軽く潰しておくようだ。
「ずいぶん手慣れてるなぁ」
「ふふ。他のエルフよりも、野営や他種族と食事をする機会があるからだろうか」
「? ……あ、冒険者だからか!」
面倒見がいいのも頷けるな。
「種族や文化の違いには、『食』に関するものも多くあって面白いものだ」
「人間の食事も口に合うんだな」
「そうだな。最近では外の味に慣れたエルフも多いが、中には苦手意識のある者もいる。好みが違うというのは、エルフも同じのようだ」
「へぇ、面白い……。ミラウッドも、初めは苦手だったのか?」
「ふむ。そうだな……ただ、どちらかといえば好奇心の方が勝った。私の両親は、エルフの中でも特に外の世界に惹かれた者たちだったからな。私も自然とそうなった」
「! ご両親が?」
「そうだ。……まぁ、そのせいでというのも変な話だが──」
「あっ」
もしかして……外で亡くなった、のかな。
だから長年一人暮らしなのか。
「えっと、ごめん」
「? 気にすることはない。命に限りある者、いつしかその時はくる。むしろ、大昔であれば考えられないことだ。エルフが外の世界で果てるのは」
「……ミラウッド」
冒険者になったのも、両親が惹かれたという外の世界を見たいがゆえなんだろうか。
「──さて、お楽しみはこれからだぞ?」
「! きたきた」
ミラウッドはまたも雰囲気を払拭するかのように話を変える。
そうしてかまどに近づくと、身をかがめて薪をくべはじめた。
「え、石が……!?」
「魔術の一種だ」
そこへポケットから取り出した、綺麗な赤い石をぎゅっと握って薪に投げ入れると、途端に火が点いた。
「森には火を司る精霊様はそう多くない。私たちが火の魔術を使うと、たまにふらっと立ち寄ってくれるがな。エルフにとっても、火については魔術を使うことの方が多い。今のは火の魔力を多く含んだ鉱石を媒介にしたんだ」
「火種みたいなもんか……すごいな」
ミラウッドは火で温まったかまどへ、壁に掛けられたフライパンを乗せる。
そこへ焼く前から美味しさが伝わってくるワイルドボアの肉を投入した。
「この音は、なかなか替えの利かないものだな」
「いい音……!」
フライパンに乗せた瞬間、肉の焼けるいい音が聞こえた。
脂身の多い肉だ。
熱せられたと同時に、肉の脂がじわっと溶け出す。
まるで脂が躍っているかのような音。
先に油を引かなくても焦げ付かずに上手く焼けている。
『なんだぁ?』
『まぁまぁ、なんの音かしら? なんなのかしら?』
聞こえてきた音につられ、言葉の応酬に一区切りを設けた精霊二人がミラウッドに近寄る。
「ワイルドボアのステーキだってさ」
『へぇ~』
『あらまぁ! わたくし初めての経験ですわ! ええ、そうですわ』
「お二方の口に合えばいいのですが」
謙遜しつつも肉をひっくり返し、徐々に完成へと導くミラウッド。
「……」
なんか、じいさんとばあさんが居た頃を思い出すな。
最近は食事といえば一人でとることが多く、仕事もわりと一人で黙々とやる静かな方だし、賑やかな時間というのがほとんどなかった。
懐かしいな。
『どーした?』
「ん? いや……なんか、嬉しくて」
「嬉しい?」
「ああ。……よく分からない人間にもこうして優しくしてくれて、なんか……うまく言えないけど」
『ふーん』
『まぁまぁ、コーヤさまはその魔力だけでも稀有な存在と言えますのに……』
「みんながそう言っても、俺はあんまり実感できないんだよな」
聖樹にも似た魔力……。
仮に珍しいものだったとしても、エルフたちは精霊が眠っている間も森と共に生きようと前を向いている。
精霊を呼び起こす必要がこの先無ければ、自分の役割というのはミラウッドのことを手伝うくらいだ。魔力がどうとか、あんまり関係ない。
手に職という意味で弓作りを手伝うにしても、この世界の弓は作り方がまるで違うし、平和に慣れた俺が彼らの望むような弓を作れるとは思わない。
「コーヤ。前にも言ったが……エルフには、人間とちがって時間がある。迷いがあるのなら、焦る必要はない」
「ミラウッド……うん、ありがとう」
もし俺が、ここではない場所に異世界転移していたら……もっと大変な思いをしていたのかもしれない。
元の世界に帰りたいかは分からないけど、少なくとも異世界で転移した先がこの村で本当によかったと思う。
「さあ、仕上げだ」
「おお」
表面をカリッと焼いた肉は、それだけでも美味しそうだ。
トングで肉を皿へと取り出す。
さらにミラウッドは肉を焼いたフライパンに、さきほど潰した果実のピスカと塩胡椒、なんらかの液体を加えてひと煮たちさせる。
「それは?」
「ワインだ。人間の街で買ってきた。稀に行商人も村に来るぞ」
「やっぱり行商人も来るんだな」
きっと冒険者に護衛してもらってくるんだろうな。
『ではお野菜はこちらに乗せますわ! ええ、乗せますの』
「ありがとうございます。ルナリア様」
肉の乗った平皿に野菜と肉、そして完成したピスカソースを肉の周囲にオシャレに掛ける。
「──完成だ」
「う、うまそう……!!」
『ほーイイ香りだ』
『どきどきですわぁ!』
ワイルドボアのステーキ、完成だ!
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