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五十一 正義の在り処③

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「……エメラルダか」
「お怪我はありませんか?」
「大事ない」

 エメラルダ嬢。ナレド公爵家のご令嬢。
 ユールの元婚約者候補で、現在のナレド公国と魔皇国の関係を思えばむずかしい関係。

 だが、二人の関係は……そうは見えない。

(……ほんと、お似合いの二人よね)

 シンシアが居なかったら、彼女がヒロインと言っても差し支えないだろう。
 まばゆいばかりのその輝きが、やけに心に響く。

 彼女ではなく、私でないといけない理由。
 そんなの、ナレド公国が魔皇国の属国だからだろう。

 自分の国に属する者から魔力をもらうより、他国にもらえば弱体化もできる。

(分かってはいるんだけどねぇ)

 頭ではさまざまな理由付けがなされ、そして一つ一つを納得する。
 自分の立場や、国同士の駆け引き。
 そのどれを見ても、彼のしていることは最善だ。
 ……だが、心が。
 心が、うまく……働かない。

「ユール様、落ち着いたらいらしてね……。お待ちしておりますわ」
「……ああ」

 思考に沈んだ間、なんらかの約束が交わされたようだ。

(まぁ、私には関係ないし)

「……リュミ?」
「……なんでしょう?」
「ぼんやりしているけれど、大丈夫かい? ……レイセル殿に何か?」
「いいえ、ただ少し。……疲れただけですわ」

 答えのない堂々めぐり。
 考えたとて、なにもならないはずなのに。

 どうして。
 なぜ。
 なんで。

 それがずっとめぐって、そう。
 少し……疲れているんだ。
 そうに、違いない。

「……そうか」
「ーーでは、私はウルムの所に参ります。ユールティアス様、リュミネーヴァ嬢のことは頼みましたよ」
「ああ、感謝する」
「リュミネーヴァ嬢、この件はまた……殿下と話して、貴女にもお伝えしますね」
「ええ、お願いしますわ」

 そうだ。
 変なことを考えている場合ではない。

 魔物に、ウルム。
 大混乱の原因は、結局判明していないのだ。

(シンシアは光の魔法……、ウルムはともかく、魔物に対してはーー)

 仮に自分の予想が正しかったとして、それは一国の王族に対する疑いだ。
 どこまで探れるか……。

「リュミ?」

(ーーあっ)

 しまった。

 乾いた音がひびく。
 伸ばされた手が、無情にはたかれた。
 それは、いつかの教室で見た光景。
 体が無意識にそれを拒絶し、相手に否定を与える。

「……っ、すまない」
「い、いえ。こちらこそすみません、突然で驚いたものですから……」

(ちがう)

 私は今、彼に……疑問を抱いているんだ。
 ずっと心にあったそれを、二人の者に指摘され。
 おまけに自分のアイデンティティである魔力、それを利用されるのではないかと。

 彼を、心の底からは信用しきれてないんだ。

(情けない)

 自分の目で見たものを信じればいい。
 彼のそれは、一国の主となる者として愛情がないにせよ、十分に私を護ってくれる。
 感謝こそすれ、疑うなんて……恩知らずだ。

 でも、分からない。
 きっといつかのように、私たちには言葉が足りないんだ。

(原作と違うとはいえ、私は身分ある者。……繰り返すだけなんだわ)

 私は、魔のレ・ローゼンの一族。
 彼にとっての私の価値とは、きっとなのだろう。

 そしてその事実に落胆をする。
 私の心がなによりも、分からないのだ。

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