上 下
20 / 60

十九 独白【別視点】

しおりを挟む
「シンシア、おいたが過ぎたな。……ここで少し反省していろ」
「ちょっとぉ!」

 扉を閉め、光の聖女と称した彼女を部屋に押し込めた。

「あとは頼んだぞ」
「はっ!」

 衛兵に見張りを任せ、事実上軟禁状態にする。
 これから父や重臣にいろいろと言われることだろう。

 それを想像すれば、自然とため息が出るのも仕方ない。



 ーー私は、いや……俺は。

 最後は彼女に、選んで欲しかった。


『リュミネーヴァ・レ・レイ・ローゼン! 私は、お前との婚約を破棄する!』


 彼女に、疑問を口にして欲しかった。

 いつも、いつでも変わらず強く美しい彼女に。
 少しでも、自分のことで動揺して欲しかった。

(たとえ、国のために婚約を破棄することが決められていたとしても)

 彼女の心を、覗きたかった。
 だから、本来秘密裏に進めていたことを、あの場をつかって大々的に行った。

 それは自分のエゴなのか、それとも。
 そうすることで彼女を悪意から守ろうとしたのか。
 分からない。

 危うく、シンシアに彼女を傷付けられそうになった。
 少し癪だが……あの男に保険を掛けておいて、本当によかった。

 本来魔皇国との均衡が壊され、戦争が起きてもおかしくない状況で。
 彼女は国を救い、この国の英雄となった。

 俺の婚約者としても、さらに申し分のない。
 未来の国母の地位を確立していた。

(なんの憂いもなかったはず、だったのに)

 シンシアが現れたことで、第二王子派の連中はシンシアを取り込もうとした。
 それは、魔皇国にとっても脅威になることで、父である国王はあらゆる状況を加味し。
 俺と、シンシアの婚姻こそが最も国を平定できる。

 そう、判断された。

 頭では分かっている。
 もともと、それほどリュミと自分との間になにか。
 確かなものは、なかった。


 十二歳以前、周りは敵だらけ。
 同い年のメーアスとウルムは心からの友ではあったが、自分の抱える次期王としての立場。
 それを守れるほどの力は、まだ彼らになかった。

 だから俺は、すべて自分で判断するしかなかった。
 誰にも、心をみせようとはしなかった。

 それが、結果。
 彼女との溝を深めるに至った訳だが。

 それでも。
 彼女は俺に求めない。求めなかった。

 俺に取り入ろうとする大人も。
 俺を排しようとする大人も。

 だれもが、その眼に別の欲望を宿していた。

 だけど、彼女はどうだ?
 すべてを兼ね備えた彼女の、自信ある姿はあらゆる者を魅了し。

 俺には、王位も、名誉もなにも。
 なにも、求めない。
 その眼にはただの、ライエンしか映っていなかった。

 それが、幼いころからあらゆる欲望に晒され続けてきた俺にとって、どれほど心地の良いものだったか。
 一人の人間だと、確認できる唯一の時間。

 何にも縛られず、呼吸が整う時間。

 実際、婚約したての頃はその完璧な姿がどこかまぶしくて。
 立場や才能、恵まれた容姿。
 俺と、似たようなものを持つにも関わらず、周りから手を差し伸べられる彼女が妬ましくて。
 初めは、苦手だった。

 だけど……。

 彼女は俺を求めない。
 それが、心地よかったはず。
 それなのに。

 いつしか彼女から、『自分だけを見て欲しい』という言葉を期待した。

 彼女に嫉妬していたと同時に、手に入らないものにこそ、焦がれていたのだと思う。

 愛とはきっと、手に入らない。
 焦がれるものであると、思い違いをしていた。

 大切なことは、いつだって失って気付く。
 どんなに恐れていても、言葉にすることが必要な時はあると。

 彼女の、その『在るがまま』の姿勢に甘え、自分が愛される努力を怠ったのだとも。
 形式的な手紙や贈り物をしたところで、自分の想いや誠意が伴わなければ、それは無いも同じだ。

 『リュミはどう思う?』
 『なにを望む?』
 『私のことを、どう思っている?』

 言葉にすることを、恐れすぎた。


 俺はたしかに間違えた。

 彼女との婚約が成立し、次代の王は何もなければ……自分だ。
 メーアスもウルムも、エルドナーレも支えてくれる。
 王となること自体は、決められた運命だ。

 そのことが不満なのではない。
 ただ、そのままいけば、彼女の口から。

 もし、王でなかったとしても。
 ただの何者でもないライエンだったとしても。

 ……それでも自分を選んだのだと。
 彼女の麗しい口から、欲しい言葉が聞けないような気がした。

 奇しくも当時は第二王子派の暗躍が目立った。
 それもあり、王位にふさわしくないをするのには十分意味があった。

 俺は、確かめたかったのだろうか。
 彼女の心を。

 そんなことをしても、人の心は手に入らないと。
 自分が良く知っているはずなのに、だ。

(我ながら、不器用なものだ)

 愛されることのなかった自分は、愛し方を知らない。

 育った環境から……、耳触りのいい言葉が、反吐がでる欲望からくるものだと知っていたから。

 でも、どうだっただろう。

 彼女の言葉には、少なくとも嘘はなかった。

 令嬢らしくない、という。
 魔物の討伐でさえ、俺には彼女の一面を垣間見える愛すべき事だった。


 魔皇国に攻め入られず、それでいて対等で。
 ナレド公国に隙を与えないことで、魔皇国にも利があり。
 また、魔力とは血脈で受け継がれることが多いのだから。
 その血を王家に入れることは将来の安泰も意味する。

 シンシアが現れたことで、俺が今まで彼女の気持ちを試そうとしてきたことは、すべて婚約を破棄するための良い材料となってしまった。
 父上も、俺と彼女のあいだに確かなものはないと知っている。

 彼女が自分を愛せない理由を、さらに作り上げてしまった。

 時は、もどせない。
 で、あれば。

 このまま黙っているとは思えない第二王子派。
 シンシアの異常な魔力と言動。
 ナレド公国。

 婚約を破棄した彼女に降りかかるすべての悪意から、守れるのは。

 彼しかいない。

(王とは、孤独な者だ)

 ユールティアス。
 お前は、守れるか?

 幼き頃より、魔族のなかでもより強大な闇の魔力を抱える男。

 闇の魔力とは、他の属性とちがい。
 己の内から、自身をも蝕む魔力。
 外からの魔力を供給しなければ、自我をうしなう恐れがある。

 俺とは違い、外からの圧力よりも常に自分と向き合う必要のある宗主の血統。

 彼女はお前のために託したんじゃない。
 万が一、己の為だけに彼女を利用しようとしたのなら。

 その時は。


「……そんな時がこないことを、祈るばかりだ」

 自分が成し得なかったことを。

 俺と同じ孤独を持つ男に、託す。

 悔しくない訳がない。

「さて、義母上と我が弟はどう出るのかな」

 だが、それ以上に。

 彼女を守れること。

 それが、それだけが償いなのだ。

 無能を演じるのはこれまでだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

異世界転生したら幼女でした!?

@ナタデココ
恋愛
これは異世界に転生した幼女の話・・・

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

乙女ゲームに転生した世界でメイドやってます!毎日大変ですが、瓶底メガネ片手に邁進します!

美月一乃
恋愛
 前世で大好きなゲームの世界?に転生した自分の立ち位置はモブ! でも、自分の人生満喫をと仕事を初めたら  偶然にも大好きなライバルキャラに仕えていますが、毎日がちょっと、いえすっごい大変です!  瓶底メガネと縄を片手に、メイド服で邁進してます。    「ちがいますよ、これは邁進してちゃダメな奴なのにー」  と思いながら

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

処理中です...