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第十三話 影

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「従魔登録、行かないとな」
『でしでし!』

 従魔登録に行くことは伝えたので、屋敷でも自由にしていいとヴィクターには言われた。
 上着の内側ではなく、俺と共に歩いたり、周りをくるくると旋回している様はずいぶんと楽しそうだ。

「そういえば、聖獣はなにか食べるのか?」
『ンー? まりょくがイチバンでし! でもおいしいゴハンたべたい……カモ?』
「そういうものなのか」

 うさぎと言ったら野菜か?
 水うさぎは水草ばかり食べているんだろうか?
 それとも異世界のうさぎは案外肉食なのかもしれない。
 分からん……。
 
「まぁ、ギルドで見てみるか」
『んみ~♪』

 返事をしながら擦り寄ってくる。
 毎度のことながらかわいい。

 一度部屋に戻り支度をすると、俺たちはギルドを目指した。


 ◆


「!」
「!!」
「!?!?」
「あ、あの……」

 ギルドへ登録をしに来ると、受付にいた職員三人が驚きの表情で固まった。
 どっかで見たなこれ。

『ぷぅ~?』

 小首を傾げるかのように右に傾くルリ。
 あぁ、やめろ。それは俺にも効く。

「っはぁ、はぁ」

 分かる。業務中は大声出せないよな。
 呼吸が苦しそうだ。

「かわいいいいいいいい!!!!」

 そういや一人、大声出す人がいたな。

「……従魔登録、してもいいか?」
「ハッ! すいません、つい」
「名前はルリだ」
「はい、ルリちゃんですね!」

 もうちゃん付けなのか……。

「でも、いいんですか……? その、こんなことを言ったらあれですけど、辺境うさぎ種は見た目はパーフェクトですけど、戦闘にはあまり役に立たないかと……」

 見た目はパーフェクトなんだな。

「いいんだ。俺はべつに戦力を補充したいわけじゃない」
「な、なるほどっ!」

 大した自信だな、とか思われただろうか?

「────ほぉ、大した自信だなぁ?」
「……」

 また、でた。
 赤髪の剣士。
 ルリは声には出さないものの、不機嫌そうにプイッとそっぽを向いている。
 それすらかわいい。

「成り行きで拾っただけだ」
「さすが、元Aランクパーティの魔導師サマ。余裕そうでなにより」

 こっちの領に来て、これだけの敵意を感じるのは魔物以外では久々だな。
 気を付けないと。

「……もういいか? 従魔登録は済んだ。受付前で騒ぐのは、他の者に迷惑がかかる」
「ああん!? なんだぁ、その言い方──ッ」
「っ!」

 相手が声を荒げたと同時、俺の影がザワついたのを感じる。
 それは感覚的なもので、他の者はまったく気にも留めていない。

「まずいな……」
「ハァ!?」
「場所を変えよう」
「あんたっ、なんっ、えぇ!?」

 状況的にはマイペースとも思える発言に、相手の男は面食らったようだ。

「も、モルドさん……」
「すまない、騒がせたな」

 受付の女性が心配そうに見守る中、俺は堂々と男の横を通り場所を変えるために移動した。

「あんのヤロォ……ッ!」

 後ろから不機嫌そうな足音を確認しつつ、ギルドを出て辺りを見回し、人の少なそうな路地へと入り込む。
 突き当たりに差し掛かると、振り向いて男と対峙した。

 ルリは肩に乗り、なおもプイッとしている。
 かわいい。
 まぁルリの声はこいつに聞こえないだろうからな。

「おい!! なんなんだ、お前は!!」
「それはこちらのセリフだ。俺はあんたに何かした覚えはない。俺のことが気に入らないなら視界に入れなければいいだろう」

 ヴィクターから噂のことでデュナメリ家に遠慮することはないと言われた以上、俺も言いたいことだけはハッキリと言っておく。
 これは別に、相手を傷付ける行為ではないからな。

「──なっ! ……チッ。だったら言ってやるよ。
 オレは実力でBランクまで登ってきた! お前のように、王都で良からぬ噂が広がるような詐欺師に、領内で好き勝手されたくねぇ!」

 なるほど。動機としては正義感からなのか。
 地元愛が強いがゆえの言動かもしれない。
 褒められたやり方ではないのだが。

「その点については安心していい。俺は自分の実力を過信しているわけじゃないが、Aランクとしてやってきた自負はある。
 それに、俺は元々デュナメリ家の魔法教師として招かれた。
 領に対して間違ったことを侵せば、真っ先に自分の身に返ってくる立場だ」
「! 領主の……?」
「だから、あんたの心配事はないに等しい。……ギルドで騒ぐのはこれきりにしてくれ」
「くっ! だが、あんたの実力をオレは知らん!」
「ギルドの査定に文句をつけるのか?」
「ちがう! オレは聞いたぞ、お前が『滅竜』に拾われたことをいいことに、自分の腕も磨かずパーティに寄生しているだけだと!」

 これは確か、『剣聖』を目指すパーティの剣士──リーダーのアレクスに魔法禁止の剣術大会で強化魔法をかけろと言われ、断ったあとから広まった噂だな。

「はぁ。だったら、俺はどうやって魔導師になるんだ……」
「そ、それはっ──」
「そんなに疑うのなら、大精霊に来て頂くか?」
「バ、バカにしやがって……!!」

 バカにはしていないんだが。
 だが、元のパーティメンバーもそうだ。

 目に見えない精霊の存在を疑うというのに。
 本心では自分でも精霊が見たい、精霊の力を利用したいと思い、俺への妬みから根も葉もない噂を流す。

 確かに彼らは魔力が強い者の前に姿を現すだろう。
 だが、それだけじゃないんだ。

 彼らは、彼らの存在を信じる者にこそ力を貸す。
 例え、目には見えなくとも。
 力を借り受けることは可能なのだ。

「俺はあんたの魔力のことを言いたいわけじゃない。
 精霊は、人が思うよりも──」
「うるせぇッ!!」

 自分の主張が通らないことに、苛立ちが限界を迎えたのだろう。
 男は俺に殴り掛かろうとした。

「────ッ!?」

 だが、振り上げた拳は下ろされることなく、何かの力により妨げられた。
 ルリはなにかを悟り、片耳がピーンと上を向く。

「……」

 男の腕を片手で制しているのは、全身真っ黒の男。
 どこかのエージェントのような黒いコート、顔のラインで切り揃えられた真っ黒な髪。
 分けられた前髪は左耳にかけられ、紫色のピアスが光っている。

 男の右腕を止める左手にはグローブ。右手はコートのポケットに突っこんでいる。
 その内面が読めないアメジストのような瞳は、男を黙って射抜く。

「ゼヤ」
「な、なんだコイツ!? どっから現れた……?!」

 ゼヤは無言で男の腕をひねる。

「いっタタタタタ!!!! お、おいっ! やめろ!」
「ゼヤ、もういいよ。やめてあげてくれ」

 俺がそう言えば、彼は無言で腕を下す。
 その表情からは何を考えているのか、全く読めない。

「卑怯だぞ! 仲間を呼んだのか!?」

 いきなり殴ろうとして何が卑怯なんだ……。

「言っただろう、元々教師として来たんだ。
 冒険者として仲間を募るような時間はない」
「じゃ、じゃぁコイツは……?」
「精霊は、人が思うよりも人を想っている」

 さっき言い掛けたことを、今度はきっちり言葉にした。

「……? え、ま、まさか」
「彼は闇の大精霊。あんたに見えるよう実体化してくれているんだ」
「……」

 俺も口数は多くないが、彼は更に上をいく。

「な、なんで」
「彼は、自分たち精霊のことで俺たちがいさかいを起こすことを良しとしていない」
「──!」
「彼らは人々の目に映らないことよりも……。
 見えないことにより、人々が争うことの方が悲しいんだ」

 だから、俺も王都では何もしなかった。
 噂の真偽を、一つ一つ精霊の手を借りて証明することもできた。

 でも、人が勝手に言い始めただけのことに、彼らの手を煩わせるのが申し訳なかったんだ。まして、身内間のしょうもない話なら尚更。

 それなら俺が我慢するだけで済む話。
 そう思って王都では過ごしていた。

「だから、俺の実力はともかく……彼らの存在については疑わないでほしい」
「……ッ」

 大精霊を目の当たりにした驚きは、男の怒りを一時的にでも忘れさせた。
 しばらく地面に視線を落とし何かを考えたあと、踵を返して去って行った。

「はぁ」
「すまない。我の存在が、不和を招いた」
「また言っているのか? 気にしないでくれと言っただろう」

 俺や剣士の男よりも背が高く、スラリとしたゼヤは……うん。
 他の大精霊同様、美形だ。
 いつもは無表情だが、今は心なしか落ち込んでいる気がする。

『ムンッ!』
「……? セイレンの遣いか?」
「あぁ、水うさぎの姿をとってくれているが、聖獣だそうだ。
 たぶん、ゼヤを慰めてくれているんだよ」
『ミミッ!』
「……」

 闇の精霊というのは、目撃情報も少ない。
 魔力がどうと言うよりは、彼らはふだん、闇に潜むものだそうだ。
 闇魔法には攻撃や拘束、デバフのような効果が多いため、人々からはあまりよく思われていないのも事実。

 それもあって、バカバカしい噂でもニーズヘッグの件では俺を疑う者もいたんだろう。

「? どうした?」
「……」

 ゼヤは時折、俺の影に紛れて護衛のようなことをしてくれている。
 どうやら彼が加護を授けたのは俺が初めてのようで、他の大精霊よりも会う機会が多い。
 実体化してまで助けてくれたのは久しぶりな気がするが。

『にゅーーーー!?』
「ちょっ!?」

 何を思ったのか、ルリが乗る側とは反対の肩に顎を乗せてきた。
 な、何を考えているんだ……!?

「ゼヤ、ち、近い……!」

 最近はかわいい存在たちとばかり絡んでいたためか、美形耐性がやや落ちている。
 左にはもふもふ。
 右には美形。
 ナンダコレ。

「そ、そうだ! み、右手! 見せてくれるか?」

 彼が俺に興味を示すこととなった原因。
 その一つを確認する。
 ゼヤは言われるがまま右手を差し出してくれた。

「……」
「うん。侵蝕は止まっているな」

 右手の半分ほどはグローブをしていないというのに、真っ黒だ。
 手の甲辺りはかろうじて侵されていない。

「モルドのおかげだ」
「俺の影が気に入ったんなら、いつでも来てくれ。
 ……あ、突然でてきて驚かすなよ?」

 笑いながら冗談を言えば、

「さてな」

 ふっ、とわずかに微笑みながら返される。

 び、美形こええええ!!??
 男の俺でも一瞬ドキッとしたわ。

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