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第十二話 相談
しおりを挟む「いいか、ルリ。一応君は俺の従魔……ということにしておく。
聖獣だと分かれば、なにか危険なことに巻き込まれるかもしれないからな」
『ンミミ!』
なんだその「りょうかい!」の言い方は。
かわいすぎか?
「屋敷に世話になる時は従魔はいないと言っていたからな……。
屋敷内を連れ歩いても問題ないか、ヴィクター殿に聞いてみよう」
『ぷ~♪』
そう言うとルリは宙に浮いた。
「ちょっ、浮くのは風うさぎだろ。君は水うさぎ」
『??』
「うーん。かと言って強制するのもかわいそうだ……」
そうだ、ヴィクターへの言い訳は、珍しい水うさぎがいて同族に襲われていたから保護した……とでも言おう。
「ルリ、身の上話をねつ造するが、いいか?」
本当はよくないのだが。
『イイでし! ルリ、モルドのことスキ!』
「ふぐっ」
あまりの剛速球に、思わず顔を背ける。
その言葉の破壊力をわかって言っているんだろうか?
……いや、分かってないな。
「! そう言えば、あのことも伝えておかないと……」
ギルドでの一幕。
俺に関する王都での噂が、ここでも広まる可能性があるということ。
というか、ライネリオ殿は噂を知っていても俺を雇ってくれた……んだよな?
ウィンディアからの紹介とはいえ、そう簡単に俺を信じてくれたんだろうか。
『モルド! ヴィクターは、えらいひと?』
「そうだな。この屋敷のことを何でも知っている人……かな? 使用人たちのまとめ役だ」
『! おかしら! おかしらでし~♪』
なんでそんな言葉を知っているんだ。
ご機嫌で宙に浮くルリを、ひとまず上着の内側に隠してヴィクターを探した。
◆
「──お待たせいたしました、モルドラン様」
「忙しいところすまない、ヴィクター殿」
「いえいえ。お客人をもてなすことも私共の仕事ですから」
部屋を出て、身近な使用人にヴィクターの居所を聞いたところ、呼んでくるので待っていて欲しいとこの部屋を案内された。
応接間だろうか? 相変わらずきれいに整えられた部屋だ。
調度品は華美なものよりも、落ち着いた雰囲気で統一。
客が待つ間退屈しないようになのか、本棚も二つ置いてあり、居心地がいい。
貴族や上客へ通す部屋はまた別にあるのだろう。
「それで、どういったご用件でしょうか?」
話も長くなりそうなので座るよう促すと、「では、失礼いたします」と言ってヴィクターも腰掛けた。
「あぁ、二つ耳に入れておきたいことがある」
「ほう?」
「一つはまぁ、解決が容易いと言うか。許可を得たいという話なのだが」
「? どういったことでしょうか」
「……実は、今日、その……従魔と契約してな」
「!」
「屋敷に来る時はいないと言っていたからな。注意事項も聞いていない。
貴族の屋敷でのルールにもそう明るくはないし、どうすればいいかを教えてもらえると助かる」
ひとまずはルリのことについて聞いてみる。
もし屋敷内で客人は従魔を伴えないというルールがあれば、ルリに説明しないといけないからな。
「モルドラン様の従魔……。個人的には多大な興味がございますな。
ご安心を。この屋敷では厳格なルールはございません。お客人にも、訪問時に屋敷の者へ申し出るようお願いしているだけですな」
「そうか、助かる。つい先程のことでギルドへの届け出もまだなんだ。
改めて、屋敷の者へ伝達する」
「はい、よろしくお願いいたします」
ひとまずルリについては大丈夫そうだな。
あとで届出だけはしておこう。
『~、~!』
「お」
上着の内側でルリがもぞもぞと動き出す。
俺が名前を呼んだから、反応しているようだ。
「おや、従魔ですかな」
「あぁ。……出してもいいか?」
「ええ、かまいませんよ。私も拝見したいですから」
「感謝する。ルリ、出てもいいぞ」
声を掛けると、もぞもぞと上着を這いずって俺の体に纏わりつくように膝の上へとルリが出てきた。
『ぷ!』
「「…………」」
まるで「ジャジャーン!」とでも言いそうな、ドヤ顔。
ヴィクターは一瞬声が詰まる。
「水うさぎなんだが、風うさぎの特徴も持っていてな。同族に追われていたところを保護した。……もしかすれば、特別な個体かもしれない。」
特別どころか聖獣なんだが。
それらしいことを並べるものの、ヴィクターの表情はピクリとも動かない。
「? ……ヴィクター殿?」
「……か、」
「か?」
「!? い、いえ。失礼いたしました」
今、ぜったい「かわいい」と言い掛けただろ?
分かる。気持ちは分かるぞ。
「名前は『ルリ』だ、よろしく頼む」
『たのむ~でし!』
言葉を理解できるのは俺だけのようだが、挨拶に合わせて立ち上がり手を伸ばす姿はヴィクターの心をくすぐるには十分だったようだ。
「ぐっ……、よ、よろしくお願いいたします」
分かる。分かるよ、ヴィクター。
表に出したくない心と、かわいさによって生じる爆発的な衝動。
それのせめぎ合いは、よく分かる。
「そっそれで、もう一つのお話というのは?」
「あぁ、実はそっちの方が問題でな」
迷惑をかけてしまうかもしれないという意味で、こちらの方が重要だった。
「先日、風の大精霊にお会いしてな。ライネリオ様が俺をここへと導いてくれたことには、彼女が関係していると聞いた」
「さようでございます。私も話を聞いただけではありますが」
「彼女にも、ライネリオ様にも……感謝している。俺は現状にとても満足しているのだが、一つ問題があってな」
「といいますのは?」
俺は先日ギルドで起こったことをヴィクターにありのまま話した。
ルリは膝の上で足を折り畳んで丸くなり、うとうとしている。
「なるほど……。あのお話をご存知の方がいらしたと」
「! やはり、ライネリオ様も、ヴィクター殿もご存知であったか」
「ええ。しかし、我が主人も、屋敷の者もあなたの実力はよく存じております。
それに、国王陛下の前で正式な手続きを踏んで『魔導師』となられたのですから。
噂は、噂。真実は当事者にしか分からないことです」
「あぁ。そうなんだが……。その、噂がこの領へと広まれば……」
デュナメリ家に多大な迷惑をかけてしまう。
彼らの領民からの信頼が失墜してしまうのではないか?
嫌な想像ばかりが駆け巡る。
「では、モルドラン様。こうしてはいかがでしょう?」
「?」
「屋敷での仕事が終わりましたら、ウィンドローズ内のギルドで依頼を受ける。
あるいは、その御力で領内の問題を解決する。もしくはデュナメリ家に貢献する」
「……それは、もとよりそうするつもりだが」
実際に噂を払拭するために高ランクの依頼を受けるつもりではいた。
「モルドラン様。人を信じるというものは、一朝一夕でのお話ではありません。
……ですが、残念なことに失望というものは一瞬でやってきます。
まずは、あなたの行いを積み重ねていってください。それを見てもなお噂に左右されるような方でしたら、物事の本質を見抜くことは不可能でしょう」
「……俺は、どう言われようと平気なんだ。ただ、ここの者に迷惑が……」
俯きながらそう言えば、ヴィクターは優しい笑みをたたえる。
「デュナメリ家の皆さま方はもとより、お仕えする我ら一同もそこまで弱くはないつもりです。……もちろん、本来であれば家名の威信に傷がつくことは避けるべきです。ですが、あなた様の場合でしたら風の大精霊からの推挙ですよ? これ以上信用に足る情報源はございますでしょうか」
「それは、……まぁ」
「噂に左右される方は、それを知らないだけかもしれません。
王都に蔓延する噂については……いつか、弁解の機会があればいいのですが」
王都にいた頃、噂の出所や噂の種類を把握するのは早々に辞めた。
身内しか知らないことも多く出回っていたからな。
そして俺は、……彼らに恩があった。
この異世界で、記憶がないということにして彼らに拾ってもらったこと。
魔法に適性があると分かり、いろいろと教えてもらったこと。
戦えるまで、衣食住を世話してもらったこと。
たくさんある。
だから、例え濡れ衣だったとしても……彼らの名誉が傷付くことを避けたかった。
自分さえ我慢すれば。その一心で。
「ところで、最も有名な噂である、あの──」
「闇の大精霊か」
Aランクパーティ『滅竜』の、最大にして最高の栄誉。
パーティ名の元ともなった黒いドラゴン──ニーズヘッグ討伐。
突如現れた竜は、凶悪で王国のとある一帯を荒らしまわっていた。
俺たちパーティは力を合わせ、なんとか討伐。
その時、対ニーズヘッグ用に拘束の闇魔法を使っていたからか、闇の大精霊が俺の前に現れた。
彼とで六大精霊との対話はすべて終わり、その件の報告の際に『魔導師』を拝命したわけだが……。
「あのドラゴンが、実は貴方と闇の大精霊の仕業だと……どうしてそう思えるのでしょうね」
「さぁな。俺はあの時初めて御目通り叶ったが、あの方の力は人々に恐れられている。
恐怖の対象というものは、どれも同じに見えるのだろう」
それも、言いだしたのが身内なのだから始末が悪い。
回復役である彼女は初期メンバーではなく、途中で変わったメンバーだ。
以前の回復役とはちがい、自力で精霊が見えない。
魔法に特化していたのは俺と彼女だけだったから、まぁ……。
元パーティのメンバーからすれば、俺が自作自演していようが分からないわけだ。
俺がそうするメリットもないわけだがな。
「力とは、難しいですね」
「それも、取扱いじゃなく、人から持たれるイメージって意味でな」
「はい。ですから、我々はモルドラン様のお力……信じていますよ。
決して、無茶な使い方はなさらないだろうと」
「……感謝する」
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