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0 ぎっくり転生

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「──は?」

 野菜用のうね、水草用に作った手作りの池。
 花が元気にゆらめく花壇に、薬草やハーブを集めた薬草園。
 実をつける果樹や観賞用の低木。つるを絡ませるために組んだ木。
 まるで、植物の楽園。
 
 その一角でよっこいしょ、と薬草を摘むために屈んだ腰から、不吉な音が聞こえた。
 乾いたその音が、外だというのにやけに響いて虚しい。
 やばいな、腰をやってしまったかな。なんてのんきなことを考えた瞬間。
 
 ──突然、頭のなかに映像が駆け巡り……前世の記憶が甦ってきた。
 いや、……なによこれ!
 もしかして、……異世界転生ってやつ!?

 意外と冷静に現実を受け止めているのには、ちょっとした訳がある。

「おう……。これが、シークイン様の言ってたやつか」

 いつか言われたあの言葉を思い出す。

 わたしはハニティ。
 修行中の魔女。
 地属性の魔法が得意。
 
 魔法使いが少数派というか、むしろぞんざいに扱われるような世界で、魔法使いのトップオブトップとも言うべき大魔女を目指して日々邁進中。

 …………ってほど頑張ってもなく、それなりに自分が出来る範囲で修行中の身。
 なんか気付いたら、地属性が得意な大魔女──恵土けいどの魔女の次期候補らしい。
 プレ大魔女だ。

「ははぁ、前世のわたしも自然が好きだったと」

 この世界に生きた記憶と、さっき甦った記憶はびっくりするほど綺麗に同居している。
 それはもう、見事なまでに。

 日本という場所で暮らしていたわたしは、都市部ではなく田舎に住んでいたようで、幼少から自然に馴染みある生活だったようだ。
 特に祖父母の家に遊びに行った時には、山菜採りや家庭菜園の収穫に精を出していたらしく、その経験もあって造園会社が手掛けていたガーデニング関連商品を扱うお店で働いていた。
 ちなみに両親との仲はよろしくなく、隣のちょっと大きな市に出て一人暮らしだった模様。

「んで?」

 転生することになったきっかけ……。まぁ、前世の最期の瞬間なんだけど。

 休日にひとりでハイキングスポットの整備された山道を歩いていたら、手すりを兼ねたロープの外側になんか珍しい! と思ったキノコを発見して。
 ちょっと近くで観ようとしたら、屈んだ拍子に腰をやってしまい。
 どうやら場所がわるかったらしく、そのまま足を滑らせて崖から落ちた……らしい。

 いや、ほんと。
 なんと言いますか……。

「ど、ドジ~」

 ぎっくり転生した模様。
 理由は不明だけど。
 足元には気を付けよう、これ大事。テストに出ます。
 そして、……当たり前だけど危険だからロープの外には行くな、大事。

 仕事は主に園芸用品を扱っていたけど、中にはハーブや家庭菜園用の種苗を扱っていて、なんとなく地属性が得意ってことには納得できる。
 もう一回いうけど、なんで転生したかは不明。

 スコップに移植ゴテ、霧吹きに枝切りバサミ。
 育苗用のポリ鉢に、ジョウロ。ポリタンクに軽量カップ。
 畝をつくる時のガイドにするタコ糸や支柱に結びつけるビニール紐。

 けっこう店の品揃えはよかった気がする。
 造園会社が、家庭菜園のプチブームを見越して建てたからホームセンターの園芸コーナーが、好評につき拡張しました! って感じ。
 力仕事ってイメージがどうしてもあるけど、女性にも入りやすく、それでいてオシャレすぎない綺麗な外観で、男性にも女性にも好評。
 我が会社ながらキャーステキー! と思ってた。
 会社推しという新ジャンル。

 趣味が自然派だったとはいうものの、アクティブ! ってほどでも、人付き合いが得意な訳ではない。
 むしろ草木が関係しない日なら、ほぼ引きこもり。
 自然と対話しすぎた? 中二だった?
 中二……かは分からんけど、たしかに他の趣味といったらゲームや漫画で、特にRPGを好んでプレイした。
 まぁ、なかにはね……趣味をバカにする人もいたからね……。
 人間ってめんどうだね……、ってなってたのかも。
  
 ……とかなんとか、ある程度の人物像は思い出せるけど。
 今の存在が定着しすぎているのか、前世の名前だけは全くわからん。
 まっっったく、分からん。

「二十八歳で足を滑らせて、わたしは今十八歳と」
 
 ちょうど働き始めた時だ。
 なんか、社会人経験がリセットされた感じだなぁ。

 魔女っていうからには、前世の自分からしたらもっとド派手なイメージがあるけど、わたしは……うーん。
 地味?
 いや、たしかにお肌はキレイだし、意外と顔も整ってはいるけども。
 前世はふつう~だったんだけどねぇ。

 中世末期というか、近世というか。
 中近世っていうの? ファンタジーな世界の娘さんが着てそうな服。
 デコルテはわりと広めに開いてるけど、白いブラウスは長袖。
 その上から緑のベストっぽいのを着て、緑のスカートは足元を覆うまで長い。
 ……地味、よね? 二つの世界観がいきなりドッキングしたから、ちょっと混濁してる。
 自分の感覚が一瞬迷子。

 なにせ、他の魔女たちがとんでもない迫力美女ばかりなのだ。
 比べるのもおこがましい、恥ずかしいくらい。

「茶髪だしなぁ」

 前世とそう大差ない黒と茶色の入り混じった長い髪は、大魔女になるともっとハツラツと茶色? 黄色? になるらしい。
 うーん、やっぱり地味?

 魔力がない人に多くみられる黒や白系統の髪だけど、実は逆にかなりの魔力を秘めていることが多いらしく。
 上手く属性に変換できないと、その内暴走するらしい。

 魔力がない人同士から生まれる子に、突然そういった子が現れるケースもあるみたい。
 実はご先祖様に魔法使いがいたとか、そういう感じかな?
 親が一人でも魔法使いだと、魔力をもって生まれるケースがほとんどだけど……。
 魔力って、血で継承なんだろうか? 今魔法使いはかなりの少数派だから、よく分からん。

 ──ともかく。まぁ、好きな土や草木に一番近い魔女だから、別にいいけどね。
 地味万歳。
 
 むしろ、注目をいやでも浴びる大魔女たちは大変そうだ。
 ……それを目指してるんだった。オカシイナ。

「ん?」

 よっこらしょ、と地面に落ちたかごを拾えば、近くで魔力の揺らぎが感じられた。

「おっかしいな、結界張ってあるんじゃないの」

 一応、師匠にあたる現・恵土の魔女様が周辺に結界を張ってくれて、魔物はそうそう来ないはず。
 まぁ、来てもここはわたしのテリトリーだから魔法で対処できるけども。

 いやねぇ、物騒。
 
 大昔と違って、魔力をもつ人が少なくなったこの世界では、魔物も同様に魔力持ちは少ない。
 ってことはだ。

「強い魔物、ねぇ」

 一応、警戒するに越したことはない……か。

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