本屋の賢者は、星の唄で眠りにつきたい

蒼乃ロゼ

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第十六話 聖浄なる炎【シェイド】

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「──今日は野営だ」
「あぁ」

 陽も落ち、馬たちもそろそろ一日の稼働限界を迎える。
 フレドは不本意だと言いそうな表情でシェイドへと告げた。

「今、どの辺だ?」

 比較的話の通じるギレンへと声を掛ける。

「国境の五つ手前の集落をさっき過ぎたところだよ」
「そうか……」

 早馬ほど速度の出ない馬車だ。それも仕方ないことではある。
 シェイドはルネに何も知らせず遠くへ来てしまったことに、どこか焦りを感じていた。

『くくっ』
「……あんだよ?」
『いや。自分で気付かぬものかと』
「はぁ?」

 アルバスは、何か面白いものでも見付けたかのように声を弾ませる。

『何を焦るのだ』
「そ、そりゃルネが、心配で──」
『ラミロが居るのにか?』
「!? あ、当たり前だろっ」

(ん……? 当たり前、……なのか?)

 もはや長年心を占める割合のほとんどがルネであるシェイドにとって、それは普通のことであった。

『我より長く生きるあやつが側に居るのだ。何も身の危険はあるまい』
「け、けど」
『確かに……ルネは美しいな』
「ハァ!?」
『それとも、他の男に守らせるのが嫌なのか?』
「~ばっ、バカ。……そういうんじゃ、……」

(……そう、なのか……?)

 この六年間。その白い手を取るのは、常に自分だった。
 アルバスから言われなくても、ルネを守るのは自分だと思って共に過ごしてきた。
 冒険者である以上、日中はどうしてもラミロ任せになるのだが。
 少なくとも夜に離れることは、初めてのことだった。

「な、何が言いたいんだよ……」
『ふん。誰が言ってやるものか』

 自分から話を振っておきながら、不満そうにそっぽを向くアルバス。

(なんだってんだ)

 アルバスは多くを語らない。
 いつだって意見を多く交わすのはルネのことだった。

(ハッキリ言わねぇと、何が言いてぇのか────)

 そこで気が付いた。

 ──あれにそう言えばいいではないか

 先刻アルバスに言われたことを思い出す。
 そうだ。
 言葉が足りないのは、何も他人だけではなかった。
 自分だってそうだ。
 ルネをどう想っているのか本人に伝える前から、他の誰かに守ってもらうことが……不安?

(っ、ダセェ)

 その役目は、他の誰かはもちろん、ルネにも譲りたくはなかった。
 ルネの自己肯定感というものは、その生い立ちから恐ろしいほどに低い。
 自分で自分を掬い上げる前に、シェイドはルネに必要なものを自分こそが与えたかった。

 『魔法』がなければ生きている価値がないと思い込んでいるルネに、他でもない自分が伝えなければならない。

「──おいっ、準備手伝えよ」
「! あ、あぁ」

 馬車を降りてアルバスと話し込んでいると、野営の準備をしていたフレドから声が掛かる。
 ギルドが手配してくれた御者は、疲れているだろうにウェンリィの指示を聞きながら火を起こしているところだった。

(……頼まないのか)

 魔法を使うシェイドに言えば、一瞬でもたらす炎。
 それを利用しないのは、例え一時でも仲間と思っていないのか。
 それとも、人を傷付けることのないルネとは違い、シェイドを利用することにどこか躊躇いを感じているのか。

 ともかく、御者と協力しシェイドは夜を越す準備を手伝った。


 ◆


「~っ」

 ぐっと伸ばして体の疲れを少しでも和らげる。
 細切れの睡眠は、自宅で眠る時ほどの効果はないようだ。

 夜は交代で見張りを行った。
 やはりシェイドの労力を平等に考慮してのローテーションというのは、ルネとは大きく異なるものだった。

(蔑む……というよりは、怖いのか)

 魔法がもたらす大きな恩恵。
 それは同時に恐ろしさをももたらすのだと彼らは本能で分かっているようだ。

 魔朮院で育った魔朮師は、みな一様に従順だった。
 そういう教育の元育ったからだろう。
 シェイドのように、反抗される恐れのある魔朮師というのは珍しかったのだ。

『……』
「? どうした」

 早々に起きていたアルバス。
 足元にて動きのない彼を心配しシェイドが様子を見れば、耳が横にピンと寝ている。
 どこか警戒しているようだ。

『面白いことになりそうだな』
「あんたの言う『面白い』は、大体が面倒事なんだよな……」
「シェイド!」

 そこへ声が掛かる。
 フレドは、珍しくどこか浮足立った様子だった。

「なんだ?」
「会わせたい人たちがいる」
「は?」
「いいから、来い!!」

(誰のことだ……?)

 討伐依頼というのは、他のパーティとの合同だったのだろうか。
 疑問を胸に着いて行けば、昨夜築いた簡易的な調理場の周りに人が集まっていた。

「……?」

 フレド、ウェンリィ、ギレン、それから御者。
 共に夜を越したこの四人以外に、もう二人いた。

「彼が?」
「そうだ」
「ご苦労」
「そろそろ頃合いだな」

 顔には見覚えがないが、真っ白なローブを身に纏ったその姿には覚えがある。

(神術師……? いつの間に)

 二人の男は、民衆から多くの支持を得ている者たちだ。
 彼らがフレドと何かを話すと、四人が足早に馬車の元へと駆け込んだ。

「!? お、おい──」
「じゃあな、シェイド!! おかげで儲かったぜ!!」
「はぁ!?」

(な、なんだってんだ!?)

 訳も分からずただ茫然と急発進した馬車の後姿を見送るシェイド。
 その進路は、昨日まで向いていた方向とは真逆だった。

『だから言ったではないか、面白そうだと』
「ぜってぇ面倒事だわコレ……」
アルバス──、魔族にしては尊大な名だ」

 シェイドより二回りほど上の男は、シェイドの足元で慌てる様子もなく佇む猫へと視線を送る。
 その視線はどこか責め立てているかのようだ。

「? 名前に、なんか意味あんのか?」
『さあな』
「あんたは『炎』って感じだよな」

 その赤毛を見てシェイドは言う。
 特に意にも介さないアルバスは、神術師へと問う。

『聞こえているのだろう。さて、何をしてくれるのだ?』

 どこか楽し気に言う。

「ふむ。やはり、魔族は魔族……」
「いや、今のところ魔族関係ないだろ」
「知らないのか? 魔族とは、その名に従って生きる者たち。ある者は欲望のままに愉悦を求め、ある者は欲望のままに人間を傷付ける。いくら人に協力的な姿を見せようとも、その本質は人間とは異なるのだよ。そこの者の求めるものは見当もつかないが、人間と同じように接するのは危険だぞ」
「……だったら、あんたらはどうなんだ?」

 シェイドは聞いていて腹が立った。

「?」
「あんたらは、魔朮師や魔法を忘れた賢者に対して──ただのひとつも傷を付けていないと言えるのか?」
「……ふむ」
「解釈の違いだ、青年よ。人間には余地がある」
「余地?」
「その短き生涯の中で学び、理性を身に着け、最期の時まで己に己を問う。魔族には、そういった感性はないのだよ」
「ああ、そうかよ。だったらずいぶん都合のいい理性だなぁ?」
「……なに?」

 シェイドは可笑しかった。
 その理屈で言えば──

「魔朮師とは、必要な犠牲。そう言いたいのか?」
「……」

 ただ魔物へ対抗するだけなら、神術師という優れた者たちがいる。
 確かにその力を得られるかどうかは運任せ。
 大昔の人間が、魔族に力を借りる方が遥かに効率的だと考えるのも分からないでもない。

 ただ、あれから人間は増え、その考えも多様化した。
 それでも魔朮師という存在だけは変わらない。
 人を傷付ける魔族のことを糾弾するのに、同じ種族である人間が人間を傷付ける行為は非難しないのだ。

 それで成り立つ何らかのものが、多くあるのだろう。

「長命種族の考えにすら影響を及ぼす人間の姿……。そりゃ、大層な生き様だな?」

 比較的考えを変えようとしないエルフ達ですら、人間の現状を憂いている。
 元来その役目は人間の内から広まらなければならないはずだ。

「……話は通じぬか」

 やれやれとでも言うように、一人の神術師は手をかざす。

「魔族のみと思ったが……、────滅するがいい」
「!?」

 瞬間、男の掌より出でた炎。
 炎と形容するには不思議な、白を帯びたそれは天上の神が授けた力。
 燃やしたいものだけを天へと送り、その塵すらも残さない聖浄なる炎。

 魔族にとっては、最も人間を脅威に感じる魔法。
 愚者が身を売る際主の元まで送り届ける彼らは、脱走しないようその力をもって脅し、遂行するのだ。
 仮に焼き尽くしたとして、証拠は残らないのだから。

「ばっ!」

(バカ、そんなことしたら──!!)

 シェイドは恐れた。
 どれほどの熱さをもたらすか分からない炎でも、神術師たちの怒りでもなく。

「【聖葬アンヘイル】」
「「!?」」

(あー……)

 やはり、こうなった。
 二人の男に同様の炎が纏わりつく。
 それも、掌どころか体全体を覆うほどの白き炎。
 突然のことに驚きを隠せない男たちは、喚いた。

「な、なんだこれはぁっ!!??」
「ひいいぃ!!」
「──動くなよ」

 今が好機と、シェイドは一人の男の喉元にその刃を後ろから立てた。

「っ!!」
「や、やめよ!」
「うるせぇなぁ。そっちから仕掛けてきたんだろ」

 面倒そうに言えば、シェイドは麗しい姿となったアルバスを見た。

「キレたのか?」
「いや? 少々耳障りではあったが」
「! ま、まさか。なっ、なぜ魔族が聖浄の魔法を──」
「さて。我もそれが知りたいと思い、人の声に応えたのだ」

 二人の男は何一つ傷の付かない己の姿を見て驚愕した。
 『燃やしたいものだけを送る』魔法。
 つまり天上の神々がもたらす力を、魔神の子であるアルバスが使うのだから。

「気分はどうだ? 人が人を傷付ける感覚というのは」
「「!?」」
「アルバス……」

 身を傷付けていなくても。
 その心は深く傷つき、時に命すら脅かす。

 ルネの心に刻まれた、目には見えない傷跡を多く見てきたアルバスは、不敵な笑みを浮かべていた。

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