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第十二話 加速
しおりを挟むその日、シェイドは戻らなかった。
「お、オーナー。店、閉めますね……?」
「ええ、ありがとう。ラミロ」
「その……僕、泊ってもいいですか?」
一般的な魔朮師への認識からして、ラミロに言えることは何もなかった。
しかし世話になった者に対しての心配はもちろんあったのだろう。
ラミロは上手く言葉を紡げずにいた。
「……すみません、ラミー。一人で、考えたくて」
「! そ、そうですよね。えっと、じゃ、じゃぁまた……明日!」
「はい。また明日」
にこりと笑顔を向けて、ルネは応えた。
夕食は気を利かせてラミロが用意し、二階へと持ってきてくれた。
魔法を使える者がいないので、今夜は風呂には入れないだろう。
(何か、あったのだろうか)
シェイドはともかく、アルバスすらも戻ってこないのは珍しい。
魔族が一緒にいる以上身の危険の心配はないのだが、理由が気がかりだ。
なにより、今夜は側に居て欲しかった。
「シェイド……」
月明りの元、窓辺にて寝そべる。
以前ルネが寝入った時に掛けてくれたシェイドのシャツを、ぎゅっと握りしめてその存在を感じようとした。
(ラミーにお店を譲渡して、私の家財は……シェイドが使ってくれるかな? あとは…………それくらいか)
むしろ、自分が人間であると証明できる物の方が少ないことに笑いがこみ上げてきた。
「はぁ」
シェイドもアルバスも、ラミロさえも。
魔法を忘れた愚者に良くしてくれる者は、ゼロではなかったと知れた。
それだけで充分幸せなことなのかもしれない。
魔朮院で教わった時には、『愚者』とは大罪人のような印象を受けたからだ。
(それでも……、求めてしまう)
もっと一緒に同じ時を過ごしたかった。
申し訳ないと想う心が見えなくなるほど、シェイドに触れていたかった。
初めてアルバスと会った時には、魔法を求める『人間』と認めてもらい。
そしてシェイドの瞳には、同じ人間として憧れの存在のように映った。
他の人間が当たり前に享受することを得るのが困難な魔朮師にとって、これほど幸運な出会いはなかっただろう。
「ラミーも、不思議な人だな」
本屋を開くにあたって、シェイドが連れてきた彼。
三度の飯より本が好きと豪語していて、とても気が合った。
彼も魔朮師だとか人間だとか、そのようなことを気にする質ではなかった。
魔法書をよく読み、他種族の考えも多く取り入れているのでそうなったのだろう。
(寂しいな)
仕方のないこととはいえ、別れは惜しい。
だが、駄々をこねることが許される立場でもない。
もし自分が居なかったら、シェイドはきっと今頃大金持ちだったのかもしれない。
あらゆる可能性を彼から奪ったのだから。
(シェイド)
暗闇に浮かぶ、漆黒を持つ男。
夜のようだと思ったその瞳は、自分の姿以外の何かで輝いている。
その姿が背を向けると、遠ざかっていく足音が聞こえてくるかのようだ。
時が早まっただけ。
そう理解してはいても、ルネにはまだ時間が足りなかった。
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