本屋の賢者は、星の唄で眠りにつきたい

蒼乃ロゼ

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第十話 理屈【シェイド】

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「……」
『……』

 幼少の頃のシェイドにとって、冒険者ギルドというのはまさに憧れの場所で、いつか自分がそこで活躍することを夢見た場所だ。

 しかし、今となっては失望しかない。
 『魔法』という、魔物を倒すのに必要な力を賢者から都合よく借り受ける者たち。
 彼らは同じ賢者である神術師には敬意は表しても、魔朮師への扱いというのはひどいものだった。

「お前さ、分かってんの? 誰のせいで危険な目にあったと思ってんだ!!」
「ご、ごめんなさ……」
「魔物見たぐらいで怯えやがって……使えねぇ。要領の悪いお前なんかと組む奴、他にいるワケねぇだろうがよ! だったら死ぬ気でやったらどうだ! なぁ!?」

 ギルドへ向かおうとしていると、その入り口横にて儚い美貌を持つ金髪の青年がパーティのメンバーと思われる男二人に責め立てられていた。
 恐らく魔朮師であろう青年と契約する魔族の姿は見えない。
 気まぐれで常に一緒にいる訳ではないのか、はたまた契約を破った時にだけ現れるのか。
 むしろ、アルバスのように常に人間と一緒にいる魔族の方が珍しかった。
 魔族の性質というのは人間のそれとは異なるものだった。

「お願いですから、叩かないで……」
「調子にの──」
「お、おい」

 男の右手が高く上がったのを見て、分かりやすく側まで寄った。

「……っ、ち」

(気分が悪い……が)

 それが人間の世界だ。
 咎める者もごく少数。
 それも、戦力が減るからだの、やる気がどうだだの、魔朮師当人の心を気にする者などいなかった。

 だが、実際シェイドにだってそういう未来があったのかもしれない。
 たまたま縁あってルネとの関係を築いているが、もし六年前に彼と出会っていなければ。『そういうもの』として扱ったのかもしれない。

 目の前の男たちは、愚者を気に掛ける特異な男の目を搔い潜ろうと足早にその場を去った。

「……」
『そのためならば、使ってもよい』
「ん?」

 足元の世界を往く者は、シェイドに何らかの許可を出した。

『人間の、魔朮師への扱いに変革をもたらす行為なれば、我は特に何も言うまい』

 それは恐らく、シェイドの脳裏にほんの一瞬でも浮かんだ残酷な行為に対する答えだ。

「手伝いはしねぇのかよ」
『……それが出来れば、苦労はせんのだがな』
「? ……まぁ、あんたはともかく。ルネが、嫌がるだろ」
『分かっておるではないか』

 力による変革がルネに幸せをもたらすなら、もうとっくに彼がそうしていたはずだ。
 ルネは人間が自分たちをどう思っているかを知った時にすら、それを望まなかった。
 『人間を傷付けない』という制約があるのはもちろんのことだが、人間を傷付けなくてもどうにかする術はあったはず。
 それをしないのは、自分を傷付ける存在ですら守りたいと思ったのだろう。

(何がそうさせるんだ)

 魔朮院の方針がよくないのはもちろんだ。
 その思想の元に育ったのであれば、疑問すら抱かなかったのも分かる。
 しかしルネは勤勉で、院を出てからもよく学び、人間が極端な思考を持っていることに気付いたはず。

 そうしないのは、なぜなのか。

 シェイドには、ルネに関して分からないことがまだ多くあった。

『聞けばよいではないか』

 苦虫を潰したような表情をしていたためか、まるでシェイドの心を見透かしたように言う。

「……言えるわけがないだろ」

 もしそれが純粋な優しさからくるものなら、自分の意見はルネの心を否定するようなもの。
 シェイドはルネが守りたいと思うのなら、それにならいたかった。

『……気付いた時にはもう遅い、はならんようにな』
「え?」
『ふんっ』

 助言のような言葉を残し、アルバスは足早にギルドの扉をくぐった。


 ◆


「──ふぅ」

 魔法で強化された剣は、いとも簡単に魔物を切り裂いた。

『この程度で疲れていてはな』
「あんたも手伝えよ」
『我の仕事ではない』
「あっそ」

 ずどん、と重い音が響き渡ると、木々の合間で静かに息をひそめていた鳥が飛び立った。
 それとは対照的に、全く意にも介さない猫の姿も。

「ったく、硬ぇ」

 鉱石のような肌を持つ魔物は、魔法はおろか刃も弾く。
 Aランクに区分された討伐対象は『ロックスティング』という大蛇。
 人の何倍もの大きさのそいつが森に現れたと昨日ギルドに一報が入り、シェイドが今朝討伐依頼を受注した。

「イイ値がするだろうな」
『さてな』
「……早く、自由にさせてやりたい」
『……』

 魔朮師が生計を立てていく上で最も自由で実入りがいいのは冒険者。
 最も不自由で実入りが良いのは『身売り』とされる。
 恐らくルネは、早く自由になることを望んでいるに違いない。
 シェイドはその気持ちを汲んで、早いところ彼の返済を終えたかった。

『終えたら、どうする』

 アルバスの言葉の先には、聞こえない何かがあるようだった。

「……他種族の街に、連れていきたい」
『ほう?』
「いや、どこだっていい。ルネが行ったことのない場所へ、連れて行ってやりたい」

 昨日言えなかった言葉を確かめるように言う。

『あれにそう言えばいいではないか』
「……」

 出来るならシェイドもそうしたかった。
 だが、シェイドの心には魔法を奪ったことに対する罪悪感と、共に在りたいという欲。
 二つの相反する想いがあった。

「ほんとは、一緒にいるべきじゃねぇよ」

 魔朮院のやり方を見てそう思う。
 ルネの大切なものを奪った自分が、どれほど罪深いことをしてしまったのかと。

『あれがそう言ったわけでもあるまい』
「……いつか、傷付ける」

 そしてルネを大切だと思う度に躊躇する。
 魔朮院での教えに従って生きてきたルネは、本来愛情を伴って行う行為を『生きるため』に必要な行為だと教わっていた。

 他の人々と同じように、当たり前に愛される。
 そのために必要なものが、ルネには多く課せられた。

「一緒になりたくねぇよ」

 自分だけは違うと認識してもらいたい。
 ルネが認識してきた『愛情表現』はあまりに順番を飛ばしすぎている。
 彼らはルネを傷付ける存在であった。
 だからシェイドは、ルネを傷付けたくなくて義務に徹した。

「いいよな、あんたは。猫ってだけで膝元を独占できてさ」

 本当は理由わけもなく触れたい。
 名前を呼びたい。
 真っ白な肌に口付けたい。
 欲を満たして、愛を伝えたい。

 それは一種の賭けのようなもので、僅かな希望があったとしても一歩間違えればアルバスとの契約を破る行為であった。
 シェイドは自分から、『理由』すら無くなってしまうのを恐れた。

『……お前がそれを言うか。やはり、生意気な小僧だ』
「え?」

 アルバスの声は、微かに震えていた。
 いつもの呆れたようなそれではなく、どこか寂しさを孕んだかのような声色だった。
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