本屋の賢者は、星の唄で眠りにつきたい

蒼乃ロゼ

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第九話 魔法書

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「──エルフの書ですか?」
「さっすがオーナー♪」

 客の引いた本屋の隅で、店を所有する者と従業員は談笑していた。

「ページを捲る音が軽やかでしたし、製紙技術に優れている種族。魔石を砕いたインクはどの種族にも言えることですが、地属性の魔石でしたら彼らの土地が最も多く産出されます。なにより、紙に触れた時の魔力。エーデの祝福を受けた植物から作られているのでしょう」
「うんうん、正解デース!」
「……しかし、最近では人間の技術力も向上しています。彼らは、取引によって得た人間の生産物を使うことも増えていると聞きます。魔石を砕いたインクは古い書か、もしくは硬派な書に見られることが多いのですが……」
「たしかにっ、新刊にしては変ですよね~」
「昨日の本も、そうでした」

 ルネは、以前から本の内容もであったが、装丁や紙そのもの、インクに本の持つ香り。それらも好んだ。
 生産の得意な種族が打ち出した各々の色、特に教義のない魔族たちの自由な論調。
 知識以外の面でも記した者の特色を見ることができた。

「まぁ、自由なエルフもいるんじゃないですかね~」
「ふふ。そうかもしれませんね」

 寿命の長い種族にとっての一年とは、人間でいえば一日のようなのかもしれない。
 その分人間はその日その日で心を多く揺らし、変化に富んだ人生を送る。
 長命な種族よりも多く悩み、そして多く感動した。

 彼らから見れば、人間の心の動きは瞬きのような速さに見えるだろう。
 だから他種族の変化というのは、長いスパンで訪れる。
 人間が彼らの変化を感じ取ることができるのは、非常に幸運なことと言えるはずだ。

「じゃ、表に出しておきますね~」

 そう言ってカウンターから出たラミロは、売り場の中でも新刊を集めたコーナーへと持っていく。
 本棚に差された本は背表紙しか姿を見せないが、平らなテーブルに並べて表紙を見せることで新しい本への興味を客に注いだ。

「ラミーは今、何を読んでいるのですか?」
「え~っとですねぇ」

 ラミロは店番の最中は、よく本を読んだ。
 客も読書家が多く、お目当ての本や自分の好みに合った本を自分で選んでいくことがほとんどで、声を掛けられることは少ない。
 よくあるのはプレゼントで贈るための意見を求められたり、案内では見付けきれない本の所在を尋ねられたりすることが主だ。

「んー、どっちかって言うと、査読さどく中ですかね~」
「え?」
「いいえ~」

(査読……? 魔法書以外のジャンルかな)

 他者の記述を読んで、内容の整合性や妥当性を確認すること。
 確かに本を人並以上、いや賢者以上に読むラミロであれば、それを求められることもあるだろう。
 しかし彼がよく読むジャンルは魔法書であった。
 魔法を持たないラミロにそれを要求するのは難しいことだ。

「お昼は超~簡単なものですけど、いいですかー?」
「はい、もちろんです。お手数をお掛けいたします」
「いえいえ~お気になさらず♪」

(知り合いの著者とかかな)

 ラミロは自分の家と本屋を往復するばかりで、人と接する機会はここ以外にないと言っていた。
 もしかすれば本屋の客に頼まれたのかもしれない。
 ラミロがいかに接することのできる世俗を狭い範囲だと思っていても。
 少なくとも現在のルネにとっては、想像のできない広い世界を往く者のように思えた。

「──あ、昨日ってどれ読んだんですか~?」
「昨夜もエルフの魔法書でした。なんでも、『神々の視線と、その行方について』という本で」
「おっ! でした~?」
「そうですね……」

 共に読書家のふたり。
 自分たちが読んだ本の意見交換は日常的で、特にルネにとっては初めてできた同好の士のようなもの。
 積極的に意見を求めてくるラミロと話すのは、どこか心地が良かった。

「多角的な意見を呈するエルフの方は珍しいけれど、私はすごく好きでした」
「! やっぱりオーナーとは話が合うなぁ♪」
「?」

(好きな著者なんだろうか)

 入荷したい新刊の選書は基本的にはラミロに任せている。
 売れ筋はラミロに聞けば分かるものの、実際に来店する客の好みを把握しているわけではない。
 ルネは問われることはあっても、自分の意見を押し通すようなことはなかった。

「つまるところ著者の見解は、『天上の神々と魔神とは同一の神の表裏のことで、つまり魔族とは神々が視線を逸らした人々の欲、あるいは神々の中に生じた疑念の産物』と言いたいのですよね、きっと」

 それは人間にとって、あり得ない論調だった。
 特に神術師にとっては耐え難い推察である。
 神聖視する存在と、疎ましい存在が同一のものであると言うようなものだからだ。

 だが、ルネにとってはどこか納得のいくものでもあった。

 魔族をあれだけ蛇蝎の如く嫌う人もいれば、自分のようにアルバスを初めての友のように思う者もいる。

 神々だろうが、魔族だろうが、人間だろうが。

 どんな存在においてもたった一言でその者を表すことなど不可能だとルネは感じた。

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