8 / 22
第七話 香り
しおりを挟む「! おかえり」
いつもより随分静かな足音が部屋の前で止まると、ノックの音が響いた。
「ただい──アルバス……?」
ベッドの縁にはいつもより重い圧がかかっている。
ルネの体が少しばかりそちらへと傾いた。
「遅かったな」
「いろいろ買ってきた」
「そうか」
「ありがとう。助かります」
「おう」
買ってきた物を一度テーブルへと置きに戻り、そうして再びルネの部屋へと入る。
「……なんか、あったか?」
「いいや?」
「魔族の方は気まぐれだそうですから」
「そういうことだ」
「ふぅん?」
ベッドにすら到達するほどの一糸乱れぬ朱い髪。
妖艶な男はいたずらに笑むと、組んだ足を入れ替えてルネを優しく見つめた。
「……」
シェイドは物珍しそうな顔でアルバスを見ると、ベッドの側にあった椅子へと腰かけた。
「ちょっとは落ち着いたか?」
「はい。おかげ様で」
「我がいれば充分だな」
「猫の姿ならそーかもな」
何らかの言葉がアルバスの眉をピクリと動かす。
アルバスはおもむろに、ベッドに投げ出されたルネの右手をするりと掴む。
ルネは当たり前のようにそれを受け入れる。
アルバスは、まるでシェイドへと見せつけるように手から腕、腕から脇の下まで撫で上げると、再び掌へと触れて解放した。
「っ。おい、おっさん」
「口の減らない餓鬼だ」
面白そうに口の端をくっと上げる。
アルバスは人間の心の動きを楽しんでいるかのようだった。
「シェイド。アルバス様にそのようなことを言ってはいけませんよ」
「ほぉら、みろ」
「ハイハイ」
アルバスには誰も逆らえない。
それはもちろん魔族だからということもあるが。
ルネにとっては初めて自分を人間として接してくれた者であり、シェイドにとっては必要な存在だからだ。
「さて」
気を良くしたアルバスは猫の姿に戻ると、とんっと床に降りて部屋を出た。
「アルバス様?」
『パトロールだ』
「マジの猫だな」
『何とでも言え』
ぐいーっと体を伸ばすと、アルバスは階段を軽やかに降りていった。
「……」
「……」
残された二人には静寂が訪れる。
週に一度は毎回こうだ。
「あ、あのさ」
「はい?」
「いいもん、買ってきた」
「ふふ、何でしょう」
「風呂の時な」
「? 楽しみにしています」
シェイドは照れ臭そうにそれだけ言うと、テーブルへと戻り買ってきた物を整理し始めた。
◆
「いい香りですね」
食事を終え、シェイドが入れた湯に浸るルネ。
そこにはシェイドからの贈り物も入れられていた。
「たまにはな」
深紅の薔薇。
いくつもの花びらが湯の上を漂っている。
それらはルネを歓迎するかのように体へと纏わりつくと、気高い香りをルネへと届けた。
薔薇の香りが鼻孔を通り抜けると、それは吐息まで色づいたかのようにルネはうっとりと息を吐いた。
「ふふ」
「ん?」
「贅沢、させてもらいました」
「いいだろ、別に」
実際シェイドにはそれだけの恩があった。
魔法を引き継いだことにより、恐らくはシェイドが想定していた将来の稼ぎというのを大幅に上回っているのだ。
六年前を契機に母親の体調は良くなっているという。
ただ、賢者を墜としたことを激しく糾弾されてからは家族とも縁を切っていたが。
唯一弟とだけが、ギルドを通じて連絡を取ることができていた。
治療費だけは今なお弟を通じて送っている。
「外にいるかのようですね」
闇の中で感じるそれは、場所など関係がなかった。
一人で出歩くことができないルネの代わりに、シェイドは時折香りや味、音といった贈り物を届けた。
「金を払い終えたら──」
「え?」
「……いや」
それはいつもより極端に細い声で、花びらと共に掬った湯が落ちる音で掻き消えるほどだった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
恋の終わらせ方がわからない失恋続きの弟子としょうがないやつだなと見守る師匠
万年青二三歳
BL
どうやったら恋が終わるのかわからない。
「自分で決めるんだよ。こればっかりは正解がない。魔術と一緒かもな」
泣きべそをかく僕に、事も無げに師匠はそういうが、ちっとも参考にならない。
もう少し優しくしてくれてもいいと思うんだけど?
耳が出たら破門だというのに、魔術師にとって大切な髪を切ったらしい弟子の不器用さに呆れる。
首が傾ぐほど強く手櫛を入れれば、痛いと涙目になって睨みつけた。
俺相手にはこんなに強気になれるくせに。
俺のことなどどうでも良いからだろうよ。
魔術師の弟子と師匠。近すぎてお互いの存在が当たり前になった二人が特別な気持ちを伝えるまでの物語。
表紙はpome bro. sukii@kmt_srさんに描いていただきました!
弟子が乳幼児期の「師匠の育児奮闘記」を不定期で更新しますので、引き続き二人をお楽しみになりたい方はどうぞ。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~
乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。
【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】
エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。
転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。
エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。
死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。
「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」
「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」
全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。
闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。
本編ド健全です。すみません。
※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。
※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。
※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】
※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる