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第六話 人間と魔族
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「……」
ルネはベッドの上でぼんやりと考えていた。
『みゃ』
共にシーツに沈むアルバスが何か言いたげなのを察し、ルネは魔力の波長を彼へと合わせた。
「──どうした? ルネ」
すると、予想よりも高い位置より声が聞こえる。
その声はよく知った声なのに、ルネには久しく聞いたもののように思えた。
「アルバス様……! 人型を、とられているのですか?」
最後に見たその姿は、人外の美しさと妖しさを有した朱髪の男。
今のルネよりも遥かに長かったその髪は、人がどれだけ手入れを施しても追い付かないほど艶やかで。
不遜で尊大ながら、誰も逆らうことのできない美しい金色の瞳は、猫の姿をした時もよく目にしていた。
胸元の開いた服の合間からは、褐色の肌が見る者を誘った。
違う種族だと思わせるのは何も美貌だけではない。
先の尖った耳はエルフたちにも似ていて、彼が人間ではないのだと知らせた。
上に覆いかぶさるように体を寄せると、アルバスはルネの耳元で問う。
「何が、お前を悩ませる?」
玉唇から漏れた言葉は、それだけで至上の宝物のようだ。
聞き入るだけで身を震わす声は、聴覚の研ぎ澄まされたルネには余計に甘く聞こえた。
「い、いえ。なにも──」
「我に嘘は通じないぞ?」
「……、はい」
アルバスには人間に言葉を吐かせる方法など、いくらでもあった。
それをしないのは、他ならないルネだからだ。
「……また彼に、迷惑を掛けてしまいます」
ルネの脳裏には金貨が五枚浮かんだ。
「いいではないか。あれは意外と稼いでいるぞ」
「でっ、でも。私は、本当は」
魔朮院というのは歪な場所だった。
せめて友人のようなものが持てる環境であれば、違ったのかもしれない。
だが、規律の厳しい場所でそれを望めば、罰がやってくる。
あの場所でルネが唯一気兼ねなく言葉を交わせたのは、大人たちが逆らうことのできない魔族のアルバスだけだった。
「迷惑を、掛けたくないのに……それを、望んでしまう」
シェイドがルネの支払いを実質肩代わりするのは、偶然とはいえその力の恩恵を引き継いだからだ。
誠実で優しいシェイドがそうするのは、ルネにとって自然なことのように思えた。
だから本来、ルネは自分がその手を払う役目だと考えた。
彼はまだ若く、その将来は希望に満ち溢れているのだからと。
「もちろん、貴方とも……離れたくありません。……人間は、浅ましい生き物ですね」
「魔族もそう変わらんぞ」
「そう、ですか?」
「あぁ」
まるで覚えがあるかのようにアルバスは言う。
「なぜ、魔法ではなかったのだ」
「え?」
ぽつりと漏れたそれは、恐らく契約の際に交わした言葉を指すのだとルネは考えた。
「…………なぜでしょう」
──安心しろ、命までは取るまい。だが、力を得るのに代償が無いなどとは思うな
──その時は……命の次に、お前にとって大切なものを貰い受ける
ルネにとって、自分の価値は『魔法』だった。
いや、幼い時分にはそんなことを考える余裕すらなく。ただ、自分の生きる目的は魔法を得ることにあるとだけ理解していた。
それが、あの眼差しに映る自分を見た瞬間、別のものに置き換わっていた。
人は他人の中で世界を広げる。
ルネは、あの時に初めて知った。
誰にも向けられたことのないその眼差しの中に、初めて知る自分の姿を見た。
ルネはベッドの上でぼんやりと考えていた。
『みゃ』
共にシーツに沈むアルバスが何か言いたげなのを察し、ルネは魔力の波長を彼へと合わせた。
「──どうした? ルネ」
すると、予想よりも高い位置より声が聞こえる。
その声はよく知った声なのに、ルネには久しく聞いたもののように思えた。
「アルバス様……! 人型を、とられているのですか?」
最後に見たその姿は、人外の美しさと妖しさを有した朱髪の男。
今のルネよりも遥かに長かったその髪は、人がどれだけ手入れを施しても追い付かないほど艶やかで。
不遜で尊大ながら、誰も逆らうことのできない美しい金色の瞳は、猫の姿をした時もよく目にしていた。
胸元の開いた服の合間からは、褐色の肌が見る者を誘った。
違う種族だと思わせるのは何も美貌だけではない。
先の尖った耳はエルフたちにも似ていて、彼が人間ではないのだと知らせた。
上に覆いかぶさるように体を寄せると、アルバスはルネの耳元で問う。
「何が、お前を悩ませる?」
玉唇から漏れた言葉は、それだけで至上の宝物のようだ。
聞き入るだけで身を震わす声は、聴覚の研ぎ澄まされたルネには余計に甘く聞こえた。
「い、いえ。なにも──」
「我に嘘は通じないぞ?」
「……、はい」
アルバスには人間に言葉を吐かせる方法など、いくらでもあった。
それをしないのは、他ならないルネだからだ。
「……また彼に、迷惑を掛けてしまいます」
ルネの脳裏には金貨が五枚浮かんだ。
「いいではないか。あれは意外と稼いでいるぞ」
「でっ、でも。私は、本当は」
魔朮院というのは歪な場所だった。
せめて友人のようなものが持てる環境であれば、違ったのかもしれない。
だが、規律の厳しい場所でそれを望めば、罰がやってくる。
あの場所でルネが唯一気兼ねなく言葉を交わせたのは、大人たちが逆らうことのできない魔族のアルバスだけだった。
「迷惑を、掛けたくないのに……それを、望んでしまう」
シェイドがルネの支払いを実質肩代わりするのは、偶然とはいえその力の恩恵を引き継いだからだ。
誠実で優しいシェイドがそうするのは、ルネにとって自然なことのように思えた。
だから本来、ルネは自分がその手を払う役目だと考えた。
彼はまだ若く、その将来は希望に満ち溢れているのだからと。
「もちろん、貴方とも……離れたくありません。……人間は、浅ましい生き物ですね」
「魔族もそう変わらんぞ」
「そう、ですか?」
「あぁ」
まるで覚えがあるかのようにアルバスは言う。
「なぜ、魔法ではなかったのだ」
「え?」
ぽつりと漏れたそれは、恐らく契約の際に交わした言葉を指すのだとルネは考えた。
「…………なぜでしょう」
──安心しろ、命までは取るまい。だが、力を得るのに代償が無いなどとは思うな
──その時は……命の次に、お前にとって大切なものを貰い受ける
ルネにとって、自分の価値は『魔法』だった。
いや、幼い時分にはそんなことを考える余裕すらなく。ただ、自分の生きる目的は魔法を得ることにあるとだけ理解していた。
それが、あの眼差しに映る自分を見た瞬間、別のものに置き換わっていた。
人は他人の中で世界を広げる。
ルネは、あの時に初めて知った。
誰にも向けられたことのないその眼差しの中に、初めて知る自分の姿を見た。
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