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第三話 魔朮師
しおりを挟む「──」
窓際で舞う鳥の声で目を覚ます。
固い枕でなくなったのは残念だというように、ルネはシーツに沈んだ体を素早く起こした。
知らぬ間にベッドへと運ばれているのは、いつものこと。
ルネは一日の内、二度目覚める。
シェイドの眠りを見届け、己も緩やかに眠りについた後。
シェイドが仕事へと出掛け一人になり、昨夜のぬくもりを求め窓辺にて浅い眠りについた後。
前者の時は決まって、シェイドがルネを抱えてベッドへと送る。
共に眠りにつくことはない。
「おはざいマース!」
扉を隔てた先にて、ラミロの声がした。
「はよ」
シェイドの声も聞こえる。
『みゃ』
「あ、アルバスもおはよー」
「今日は俺ら居ないからな」
「ハーイ」
元気だ、とルネの口許には自然と笑みがこぼれた。
「──ルネ? 起きてるか」
扉から高い音が鳴ると、呼ぶ声がする。
「はい。今行きます」
ベッドの左側を降りて、右に三歩。
そうして右に六歩ほどで扉へと到着する。
たどり着けば、掌に剣だこの出来た温かい手がルネの右手を触れた。
「ん」
「ありがとう」
顔を洗うために魔道具のある場所へと連れられる。
二階であれば必要もないそれは、週に一度のご褒美のように思えた。
冒険者の仕事──依頼、というのは朝がもっとも多い。
ふだん朝に目覚める時には食事の用意されたテーブルだけがルネを迎えた。
「オーナー、新刊読みました~?」
顔を洗い終え、シェイドがルネの髪を軽く整える。
食事の席に誘導されると、ラミロが正面から声を掛けた。
足元にはふわりとした感触も。
「魔法書は読んでもらったよ」
「じゃ、それは店に出しておきますねー」
「うん」
本屋『アステリア』の経営方針は、それほど具体的には示されていない。
オーナーであるルネの意向も、一従業員であるラミロの意向も等しく採用された。
古本から新しい本まで。
棚で区分けされてはいるものの、取り扱いは様々だ。
特に売れ筋は魔法書。
その内容は魔法の扱い方というよりは、『魔法を扱う者たちの著書』の意味合いが強い。
他種族の考えにも触れることができる、よい媒体であった。
「面白かったです~?」
シェイドが気を利かせ、余ったベーコンエッグをラミロの分まで用意した。
ラミロはルネのおこぼれをもぐもぐと口にしながら問う。
「大元はいつもの文献と同じだったから、結構ページ飛ばしたかも」
「デスヨネ~~」
「新しい発見はないようだね」
「まー、そんなんあったらオーナーも苦労しな──」
「おい」
ラミロが軽く言いかけた言葉を、シェイドは強く制した。
「あっ、ゴメンなさい……」
「いいんだよ」
人間は、近年魔法に関する研究で新しい成果を見いだせていない。
歴史は長いが進歩はない。
はるか昔、他種族の魔法に関する声を集め始めた草創期。
それらを文献にまとめ起し、紐解いていく萌芽期。
そして、創世記。
人間は二つ、魔法形態を成立させた。
一つは他種族のように神に対して祈りを捧げ続け、彼の者の理念を汲み取りそれに従って聖道を行く者。
彼らは『神術師』と呼ばれ、後に国々の要職に就くことが多い。
メリットとしては、神は人間に与えた魔法を奪わない。
求道者が道を違えたとしても、そのものの改心を信じて罰を与えないのだ。
あるいはそもそも人間に期待を持っていないのかもしれないが。
デメリットとして、その祈りや行動が神の視線をもたらすかは、明日かも十年後かも、はたまた死の間際かも分からないことだ。一度も見初められない者もいる。
複数の神の視線が交わることもあるが、基本的には寿命が最も短い人間には難しいことだった。
ただ、その敬虔なる姿は民衆にとって尊きもの。
魔法を得られなくとも、社会的な地位は高い。
一方は、魔神が生み出した種族である魔族。
彼らと契約を交わし、その力を得ることだ。
魔をもって魔を制す。それを理念とした道を行く者、『魔朮師』と呼ばれた。
人間と同じ世界に住む分神々よりも声が届きやすいのが特徴で、遅くとも一年以内に祈りが届くことがほとんどだ。
気まぐれで残忍な魔族もいれば、人間と変わらない魔族もいる。
魔族が興味を示さず去った場合は再び魔族を呼ぶ。
呼び声に応じた魔族にすぐさま殺されることもあれば、恋人のように大切に扱われることもある。
それはもはや運としか言いようもなく、一般の者がこの道を行くことはない。
では、先人たちはこの不安定な道を求める際に、誰を契約者に挙げたのか?
それは、身寄りのない子供たちだった。
『朮』とは、魔を祓う白き花。
魔朮師とは、魔を祓う責務を担った無垢な存在のことだ。
「……えっと、今日は、お出掛け……デスよね」
「うん。店番頼んだよ」
「ハイッ! もう、お店はドーンと任せてください! だからそのぉ~……」
「ふふ。私も気を付けて行ってくるね」
ラミロはルネの笑顔にほっとした様子で急いで朝食を平らげた。
「っでは! 店の準備してきマース!」
「はい、行ってらっしゃい」
慌ただしく元気な足音を聞き届けると、ルネは口元に笑みを浮かべた。
「……」
「?」
息を吐いた音が聞こえる。
ルネがその方向へと顔を向けると、「いや、なんでも」と言葉が返ってきた。
「支度、するか」
「はい」
シェイドのご飯はいつでも美味しい。少なくともルネにとってはそうだ。
だが週に一度のこの日は、六年前から研ぎ澄まされた味覚も麻痺したかのように鈍った。
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