上 下
4 / 22

第三話 魔朮師

しおりを挟む

「──」

 窓際で舞う鳥の声で目を覚ます。
 固い枕でなくなったのは残念だというように、ルネはシーツに沈んだ体を素早く起こした。
 知らぬ間にベッドへと運ばれているのは、いつものこと。

 ルネは一日の内、二度目覚める。
 シェイドの眠りを見届け、己も緩やかに眠りについた後。
 シェイドが仕事へと出掛け一人になり、昨夜のぬくもりを求め窓辺にて浅い眠りについた後。

 前者の時は決まって、シェイドがルネを抱えてベッドへと送る。
 共に眠りにつくことはない。

「おはざいマース!」

 扉を隔てた先にて、ラミロの声がした。

「はよ」

 シェイドの声も聞こえる。

『みゃ』
「あ、アルバスもおはよー」
「今日は俺ら居ないからな」
「ハーイ」

 元気だ、とルネの口許には自然と笑みがこぼれた。

「──ルネ? 起きてるか」

 扉から高い音が鳴ると、呼ぶ声がする。

「はい。今行きます」

 ベッドの左側を降りて、右に三歩。
 そうして右に六歩ほどで扉へと到着する。

 たどり着けば、掌に剣だこの出来た温かい手がルネの右手を触れた。

「ん」
「ありがとう」

 顔を洗うために魔道具のある場所へと連れられる。
 二階であれば必要もないそれは、週に一度のご褒美のように思えた。
 冒険者の仕事──依頼、というのは朝がもっとも多い。
 ふだん朝に目覚める時には食事の用意されたテーブルだけがルネを迎えた。

「オーナー、新刊読みました~?」

 顔を洗い終え、シェイドがルネの髪を軽く整える。
 食事の席に誘導されると、ラミロが正面から声を掛けた。
 足元にはふわりとした感触も。

「魔法書は読んでもらったよ」
「じゃ、それは店に出しておきますねー」
「うん」

 本屋『アステリア』の経営方針は、それほど具体的には示されていない。
 オーナーであるルネの意向も、一従業員であるラミロの意向も等しく採用された。
 古本から新しい本まで。
 棚で区分けされてはいるものの、取り扱いは様々だ。
 特に売れ筋は魔法書。
 その内容は魔法の扱い方というよりは、『魔法を扱う者たちの著書』の意味合いが強い。
 他種族の考えにも触れることができる、よい媒体であった。

「面白かったです~?」

 シェイドが気を利かせ、余ったベーコンエッグをラミロの分まで用意した。
 ラミロはルネのおこぼれをもぐもぐと口にしながら問う。

「大元はいつもの文献と同じだったから、結構ページ飛ばしたかも」
「デスヨネ~~」
「新しい発見はないようだね」
「まー、そんなんあったらオーナーも苦労しな──」
「おい」

 ラミロが軽く言いかけた言葉を、シェイドは強く制した。

「あっ、ゴメンなさい……」
「いいんだよ」

 人間は、近年魔法に関する研究で新しい成果を見いだせていない。
 歴史は長いが進歩はない。

 はるか昔、他種族の魔法に関する声を集め始めた草創期。
 それらを文献にまとめ起し、紐解いていく萌芽期。
 そして、創世記。

 人間は二つ、魔法形態を成立させた。

 一つは他種族のように神に対して祈りを捧げ続け、彼の者の理念を汲み取りそれに従って聖道を行く者。
 彼らは『神術師しんじゅつし』と呼ばれ、後に国々の要職に就くことが多い。

 メリットとしては、神は人間に与えた魔法を奪わない。
 求道者が道を違えたとしても、そのものの改心を信じて罰を与えないのだ。
 あるいはそもそも人間に期待を持っていないのかもしれないが。

 デメリットとして、その祈りや行動が神の視線をもたらすかは、明日かも十年後かも、はたまた死の間際かも分からないことだ。一度も見初められない者もいる。
 複数の神の視線が交わることもあるが、基本的には寿命が最も短い人間には難しいことだった。
 ただ、その敬虔なる姿は民衆にとって尊きもの。
 魔法を得られなくとも、社会的な地位は高い。


 一方は、魔神が生み出した種族である魔族。
 彼らと契約を交わし、その力を得ることだ。
 魔をもって魔を制す。それを理念とした道を行く者、『魔朮師まじゅつし』と呼ばれた。
 人間と同じ世界に住む分神々よりも声が届きやすいのが特徴で、遅くとも一年以内に祈りが届くことがほとんどだ。

 気まぐれで残忍な魔族もいれば、人間と変わらない魔族もいる。
 魔族が興味を示さず去った場合は再び魔族を呼ぶ。
 呼び声に応じた魔族にすぐさま殺されることもあれば、恋人のように大切に扱われることもある。
 それはもはや運としか言いようもなく、一般の者がこの道を行くことはない。

 では、先人たちはこの不安定な道を求める際に、誰を契約者に挙げたのか?

 それは、身寄りのない子供たちだった。
 『朮』とは、魔を祓う白き花。
 魔朮師とは、魔を祓う責務を担った無垢な存在のことだ。

「……えっと、今日は、お出掛け……デスよね」
「うん。店番頼んだよ」
「ハイッ! もう、お店はドーンと任せてください! だからそのぉ~……」
「ふふ。私も気を付けて行ってくるね」

 ラミロはルネの笑顔にほっとした様子で急いで朝食を平らげた。

「っでは! 店の準備してきマース!」
「はい、行ってらっしゃい」

 慌ただしく元気な足音を聞き届けると、ルネは口元に笑みを浮かべた。

「……」
「?」

 息を吐いた音が聞こえる。
 ルネがその方向へと顔を向けると、「いや、なんでも」と言葉が返ってきた。

「支度、するか」
「はい」

 シェイドのご飯はいつでも美味しい。少なくともルネにとってはそうだ。
 だが週に一度のこの日は、六年前から研ぎ澄まされた味覚も麻痺したかのように鈍った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

偽物の僕は本物にはなれない。

15
BL
「僕は君を好きだけど、君は僕じゃない人が好きなんだね」 ネガティブ主人公。最後は分岐ルート有りのハピエン。

処理中です...