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プロローグ

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 夜を閉じ込めているかのようだった。

 少なくともその瞳に映る私は、輝いているように見えた。
 まるで標のない夜の荒野、そこに輝く星のようだった。

 誰かから与えられる称号や名声はどこか他人事のように聞こえたのに。
 映し出された自分の姿は、そこはかとなく現実味を帯びている気がした。
 自分が間違いなく特別な存在だと確かめる、唯一の方法のように思えた。

 そう、思いたいだけなのかもしれない。

『────賢者さま? どうかされましたか?』
『いいや、何も』

 自分とは正反対。夜に紛れるような黒髪を持つ少年は、私をじっと見つめる。
 熱にも似たそれを確かめるように見つめ返せば、少し照れくさそうに逸らした。

『もっ、もうすぐですね!』
『そうだね』

 深い森の中を三人と二人で歩く。
 私たちは、少年にとって希望となるであろう依頼を受けた。
 病床につく母親のために薬草をと、細い体で必死に働いて貯めた金で私たちSランク冒険者へと依頼を出したのだ。

『おい、ルネ! ぼーっとすんな、気ぃ付けろ! お前しか魔法が使えないんだぞ!』
『分かっているよ』

 前を行く男たちが足を止めて振り返る。

 世界中に魔力は溢れるというのに、唯一魔法の使い方を忘れた種族──人間。
 増えすぎたためか、あるいは神からの寵愛を失ったか。
 理由は分からないがそれを取り戻すべく、先人たちは多くの犠牲を払いながらも魔法というものを思い出そうとした。

 結果、元来とは異なる方法であろう一つの解を人間は発見した。

『……にしても、なんで小僧が着いてくんだ?』
『将来冒険者になりたいんだと』

 赤い短髪の、いつも調子のいい剣士が問うと、緑の長髪を一つに結った弓使いが答えた。

『ふーん? まぁルネの近くにいれば危険はないが……おれたちに迷惑かけないよう気ぃ付けろよ』
『……邪魔だけはするな』

 斥候を務める茶髪の冷静な男は、低い声で少年に釘を刺す。

『は、はいっ』

 もうすぐだ、とはやる気持ちを押し殺して少年は頷いた。
 冒険者になりたいというのは、家族に楽をさせてやりたいからだと予想する。
 母親の治療費のためか、生活は苦しいようだ。
 恐らく毎度こうして冒険者に着いて回っては、情報収集をしているのだろう。
 十二ほどの若者だというのに、ずいぶん勤勉だと感心した。

『あの、賢者さま』
『なんだい?』

 再び前を見て歩みだした三人の背から視線を外し、左下より見上げるその瞳を映す。
 あぁ、やはり綺麗だ。
 彼の純真さは、私には眩しすぎる。

『どうしたら、ぼくも魔法を使えますか?』
『……』

 私はその問いに答えを持ち合わせていなかった。
 否、答えはあるのだが、答える術を持っていなかった。
 賢者とは、すなわち魔法の使い方を思い出した者。
 しかし、それには途方もない時を重ねた祈りか、あるいは代償かが必要な者を表す名だ。

『シェイド君』
『は、はいっ』

 歩みを止めて、その吸い込まれそうな瞳からなんとか抜け出そうと言葉を放つ。

『……魔法を使って、何をするのかな?』
『もちろん、魔物をたおします!』
『簡単なことではないが、彼らのように魔法がなくとも倒せるよ』

 再び三人の背に視線を戻せば、シェイドはまるで否定するかのように間へと割って入る。

『それでも、ぼくにとって魔法はあこがれなのです!』

 ──あぁ、眩しい

 その純真さは無条件に私を傷付ける。
 嫌でも自分というものを浮かび上がらせる。
 君の瞳に映った私は、果たして真実なのかい?
 私がそうであれと望んだ幻影ではないのか。

 少年に悪気はないというのに、どこか意地悪なことを言って遠ざけようとする。

『では、何を差し出せる?』
『……え?』
『人々の道具に成り下がり、同じ『賢者』の名を持つ者には蔑まれ。魔法を得る代わりに大切なものを差し出す私たちは、……君たちと同じ人間なのかい?』
『!』

 大人げないと思った。
 例えそれが本当のことだとしても。

 ただ、そうでも言わないと、彼の瞳は嘘を映し出したままになる。
 早くその幻想を解いて、現実を見なければならない。

 私たち魔朮師まじゅつしは、真なる『賢者』である神術師しんじゅつしたちの侮蔑の対象。
 魔をもって、魔を制す存在なのだから。

『憧れは、必ずしも君を救わない』

 いつかに抱いた希望の光。
 目には見えないそれを得たいと願ったあの頃の私は、もう居ないのだから。



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