上 下
28 / 35
第1章 風の大都市

神風 side:Prior

しおりを挟む
眠りについた少年に小さな聖獣が寄り添っている。
見た目は平均的な聖獣に比べて小さくて、特有の真っ白な毛も持っていなければ羽も毛に埋もれている。
それでも少年を癒そうと必死に白魔法を使う姿は立派な聖獣そのものだ。

「あとは貴方に任せてもいいかしら。」

私はそっと彼を癒していた手を止め、聖獣の頭を撫でる。
ぴ、ぴ、とさっきよりちょっとだけ勇ましさを含んだ鳴き声が帰ってくる。

彼らに背を向け、大司教の方に向き直る。

隣には私が魔法で召喚した銀龍、頭上には聖獣の群れがワンワンと鳴き声を上げて飛び回っている。

それにしてもやっぱり大規模にやりすぎたせいか、見上げればぽっかりと空いた穴の向こうに空が広がっており、そのちょうど真ん中に月が輝いている。

屋敷はきっと見るも無惨な姿になっているだろう。一応訳ありの場所とはいえ歴史的な建築物だから半壊していると知ったら母になんと言われるだろうか。
ともかく奴が兵を撤退させていて本当によかった。

「くそっ、こんな筈では。銀龍がこの都市を訪れていると知ってわざわざ急いで弱体化させる魔法を練り上げたのにぃっっっ。」

優しい好青年の仮面が剥がれた男は、醜く叫び散らかしながら地団駄を踏む。

私はセレスで生まれ、彼の下で洗礼を受けた。 
冗談が好きで、明るい性格でセレスの民に愛される大司教エイモンド。
教会で礼拝があるたびに優しく人々に教えを説く彼を、同じ聖エメラルディアを崇めるものとして尊敬すらしていた。

妹とジョンを守るために必死で戦っていた私は、本当は心の中で話し合いで解決すればいいのにって思っていた。
結局話せば話すほど最悪な面ばかり露呈して聞くに堪えなかったけれど。


私が憧れた人はもうどこにも居ないみたい。


「もう終わりなの。わかるでしょ?」

「いいや、まだ、まだなんだ。後ちょっとなんだよぉ。そうだ、銀龍様は今代の当主とは仲が悪いならわかるでしょう。
こいつらの傲慢さを!他の大都市ではわざわざ大会まで開いて指導者を選んでいるというのに、セレスは自分達だけが主なんだと民を洗脳し、堂々と権力を意のままにしているのだ。崇高な貴方、私と共に憎き女を倒しましょう!」

「いや、セレスはこれでいいのだ。そもあの女は我を嫌っているが我はむしろ彼女は素晴らしい為政者だと思う。
それにこの都市の基盤は宗教、そして血によって交わされた数多くの契約もある。セレスの系譜だけがここを安定して運営させられることを大司教のお前が1番よくわかっているはずだが。」

「ぐぅっ。」

「今までお前の邪悪な思想はその綺麗に飾り立てた言葉でうまく隠せていたのだろうが、上位存在たる我には効かぬ。野望、欲望、それらの感情は話さずとも伝わってくるものなのだ。ただ……いや、これはもう良いな。今更だ。」

少しだけ銀龍様が悲しげに俯く。それでも目線は私の方に向け、次の行動を起こすように促す。

「聖獣達、押さえつけて。」

私の命令を聞いた彼らは空中をふわふわと飛ぶのを止め、意気揚々と大司教目掛けて急降下していく。いくら彼が強い力を持つとはいえ、上位存在より分かたれし獣の本気には叶わないだろう。

「お姉さま、聖女様みたい。」
いつのまにかジョンの隣で小さい聖獣と共に寄り添っていたタルファが熱を帯びた表情で声をあげる。
確かに彼女と同じ金髪で緑目の少女が銀龍様を従え、月のスポットライトを浴びながら聖獣に命令を下す様子は側からみれば聖女の再来に見えるだろう。

「う、動けない。よくも、よくも。」

惨めにもがき続けるこの男をこれ以上直視したくなかった私は短剣を握る手に力を込める。

「……殺してもいいかな。」

けれど、私は聖女にはなれない。
はじめて絵本を読んだ時、悪をも許すエメラルディア様に心酔し私もこんな人になりたいと夢見ていた。
民を傷つけ混乱に陥れようとした男を、セレスの人々に嘘をつき続けた男を、いつかは善人になるだろうと許すことができるだろうか。

無理だ。

私は意を決して短剣を持ち上げる。しかし、それが振り下ろされることはなかった。

「いや、やめておけ。その宝剣は人を刺すためのものではない。それにこれ以上お前が手を汚せばジョンが悲しむ。」

優しい声が私を諭す。
彼だってこの地を守るものとして男を許せないはずなのに、その目はどこまでも穏やかだった。
そしてそのまま彼は翼をはためかせ、呪文のような咆哮を響かせる。

「な、何をしたんだ。うわぁ、体、体が動かない。」

彼の声が途絶え、聖獣の群れがさっと彼から遠ざかる。

そこには氷漬けになった大司教が苦しそうな顔をしたまま時を止めていた。

「銀龍様は、風の龍ではなかったのですか?」

「別に、人間だって自分の得意な属性以外も使うだろう。」

「……そういうことにしておきましょうか。」

「お姉さま。もう全部終わりましたか?」

タルファがおずおずと私に話しかける。

「ええ、大蛇の後処理とか大司教への罰を考えるとか色々あるけどとりあえずは終わりよ。早くお家に帰りたいですわね。」

「や、やったあ。」

へなへなと崩れ落ちるタルファ。そして彼女はそのまますやすやと夢の中へと落ちてゆく。
この子はまだ9歳なのにここ数日で1番怖い目にあって、苦しくて痛い思いをしたのだ。
たくさん休んで心と体についた傷をしっかり治して欲しい。

「ん、んん。」

彼女と入れ替わるようにして少年が身じろぎ、目を覚ます。

「うわっ、お前ちび茶じゃないか!なんでこんなところに?うへへへ、もふもふだ。」
ボロボロの格好なのに気持ち悪い反応ではしゃぐジョン。銀龍様はうげえ、というような表情をしている。 

「其奴はずっと貴様のそばで癒やしの魔法を使い続けていたのだ。」

「そうなのか!?ちび茶はなんて偉いんだ。ありがとう、お父さんお前を産んだ身として成長が嬉しいよ。」

「ぴぴぴぃ」

「1日目で父親面ってなんて図太い精神をしているのかしら。」

「いやその前に人間の少年が聖獣を産むのは異常事態だろう。」

ほぼ同時に突っ込む私と銀龍様。母はこの方を嫌っていたけれど、私たちは案外相性がいいのかもしれない。
そしてその様子を見ていたほかの聖獣達も彼に群がってゆく。

「お前達も来たのかぁ。よーしひとりずつもふもふしてやるからな!」

さっきまでの緊迫した雰囲気が嘘のようにもふもふに飲み込まれてしまった。

私は大きくため息をつく。
それでもいつだって人を気遣って、みんなの行く先に光を灯してくれる彼を見ると思わず笑みが溢れるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...