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二章
7話
しおりを挟むキラキラと太陽が反射して湖が光り、高い建物に遮られず雲ひとつない青空が視界いっぱいに広がる。
そんなサンドリースは、田園風景が美しい水郷の田舎町。
澄んだ空気が新鮮で、エルは緑生い茂る野原に寝そべると大きく息を吸い込んだ。
ここに来て一年と半年が経とうとする。
エルとロウが王立騎士団に追われる身となって逃げこんだ先は国境沿いのサンドリース、王都からずいぶん離れた僻地だ。
ここまでくれば安心だろうと、ようやく腰を落ち着かせた地であるが五年と過ごすつもりは無いと事前にロウに言われており、頃合いを見て隣国へ移る予定を計画している。
彼等は一年と半年の時を心穏やかに過ごして来たのだ。
時間の流れとは何と早いものか、この地にたどり着くまで紆余曲折あったものの、無事平和に暮らせている。
「風が気持ちいい…」
サッと頬を掠める心地の良い風に自然と頬が緩んだ。
気持ちよく寝転んでいると、視界に大きな瞳と鼻が映り込む。それは大きく毛並みの良い美しい犬であった。
「ハリー、わたくしを呼びにきてくれたの?」
エルはゆっくりと体を起き上がらせると、ハリーの艶やかな毛並みを優しく撫でた。
「ワンっ!」
「そうね、早いところ家に戻るわ。昼食の買い出しに行かなきゃならないものね。ハリー、貴方ついてきてくれる?」
ハリーはフンっと踵をかえして、早く行くぞと言わんばかりに一瞥をよこす。
長い尻尾を風車のように回してる辺りから、肯定ととってもいいんだろうか。相変わらず素直さに欠けるが、エルはそんな可愛らしい犬を微笑ましく眺めると、後を追って街の方に向かった。
サンドリースの商店街は、国際色豊かであった港町ルーベルと比べると、大分雰囲気はガラリと違う。
サンドリースでは目新しいものは数少なく野菜や果物類の食物が豊富に売り出されている。
そして誰一人として慌ただしく歩いてる様子もなく、皆がゆったりと買い物を楽しんでいた。
エルは人混みに飲まれることなく商品を見て回れることに気楽さを覚え、田舎町の暮し易さに魅力を感じていたのだ。残念なことに長く暮らすことは出来ないが。
鼻歌交じりに売り出されている品を見て回っていると横から声が掛かかった。
「若奥さんじゃないか、ワンちゃんも一緒かい?」
振り向くと恰幅の良い中年の女性が、片腕に籠を抱えて立っていた。
「で、ですから若奥さんじゃ有りません…」
「ふふっ、冗談さ。兄妹なんだもんねぇ」
口元に手を当ててニヤニヤ笑っている様子は、どうもエルとロウが兄妹であるという話を信じていないようだ。
サンドリースに二人が越して来た時、町では貴族の綺麗な若者夫婦が駆け落ちしてきたのだと噂の的になり好奇の目が集まった事で、少し居心地の悪さを感じる事となった。
エルやロウは町人から話かけられるたび、自分達は貴族でもないし、兄妹なのだと話したのだが、皆が本当に信じてくれたのかは怪しい所である。
現に目の前の女性は信じていない様なのだから。
エルはロウと同じように銀に染めた髪をジッと見つめ、矢張り髪色を一緒にしても兄妹に見えないかと眉を下げた。
「エルちゃん、何か困ったことがあったらいつでも頼りなよ。こんな田舎で苦労もあるだろうし」
エルは心配気に笑いかけてくれる彼女の優しさにじんわりと胸が暖かくなった。
それじゃあ、と去っていく女性を笑顔で見送り、ハリーの急かすような視線に苦笑しながらも買い物を再開する。
昼食の献立を考えながら、お肉や野菜を手に取る。自分だけならば昼食など簡単に済ませるのだが、今日の昼食は珍しくロウも一緒だ。というのも彼は日頃、仕事のため昼日中に帰って来ることはないのである。
その仕事内容についてロウは詳しく教えてくれないが、エルは体力仕事ではないかとみていた。なにせいつも朝仕事に出かける時も、帰って来る時も異常なほどに彼はよくご飯を食べる。
一体身体のどこに入るのか分からない程に沢山食べるロウが、ただの大食らいかもしれな可能性はあるけれど…
気付けばエルは腕にいっぱいに食材袋を抱えていた。少し買いすぎたかと後悔するも、ロウの食べる分も考えれば少ないぐらいかもしれないと思い直す。
そんな時、スカートの裾がクイっと引かれた。
「ハリー、どうしたの?」
ハリーは重そうに袋を抱えるエルを見かねたのか、彼女の腕の中にある袋を引っ張って口に咥え早足で歩き出した。
しかし、少し歩くとチラリと後ろを振り返りエルの様子を気にして歩く速度を合わせてくれる。
ハリーは少々へそ曲がりな所はあるが、それを含めて愛らしく、美しい犬である。
エルはハリーと長い帰路を穏やかな気持ちでゆっくりと歩いた。
家に帰ると荷物を降ろし早速料理に取り掛かった。今日は新鮮なお肉も手に入った為、豪華な昼食にしようと気合いを入れる。
ロースに切り込みを入れその間にローズマリーを詰める。軽く味付けをしたら、たっぷりとオリーブオイルをかけ焼いて、そこにご近所の方々から頂いた野菜を並べてさらに焼く。
部屋中に立ち込める香ばしい匂いにお腹の虫が鳴った。
もう少し我慢とばかりに、エルは他の料理に目を向けスープやデザートを作り上げていく。
完成間近に迫ったところで、玄関の扉がガチャリと開いた。
「ロウおかえ…り?」
「…す、スカーレット…君なの、か…?やっと、やっと会えた…っ!」
そこに居たのはロウでもない、見知らぬ金髪の美しい青年だった。
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来たーーー~~!☆o(^-^o)(o^-^)o☆
頑張れウィレム!
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w(・∀・)人(・∀・)ニヤニヤ
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更新待ってました〰️(///ㅅ///)♡
ウィレムさん スカーレットに逢って取り戻せることを応援します☆
大変お待たせいたしました!ウィレムには今後とも頑張ってもらう予定です!!