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しおりを挟むわたしは本日付けで、エリディモ帝国の第五皇子アキルス様の専属メイドとして働くことになりました。
元は公爵家の侍女として一生懸命、誠心誠意、いえ、死ぬほど働いていた私だったが、その仕事ぶりを買ってもらえ公爵様に第五皇子の専属メイドにと、推薦状を王城に出してもらうことがついに叶った。
皇帝の覚えめでたい公爵様の推薦ならと事はスムーズに進み、あれよあれよという間に今に至る。
最初から皇子付きという訳でもなく、慣れぬうちは、王城のあらゆる雑用メイドとして仕事をこなして来た。
(おかげで王城の雰囲気や働く者たちの顔も一式覚えれたのではないかしら?)
しかし、王城で今後仕える予定の第五皇子アキルスの顔を一度も見かけていないのは不思議なことだった。
布地の質がいいメイド服は未だに違和感が拭えないけれど、そんなことを気にする余裕も与えさせてもらえず、次から次へと仕事が舞い込んで慌ただしい毎日。
今も侍女長に急かされて、手早く着替えをすませているところだった。
そして、今日はついに初対面となる第五皇子、アキルス様に挨拶参りすることになった。
「無礼がないように」
それだけ告げると侍女長は私をアキルスの部屋前に置いて、そそくさと消えてしまった。
(え、それだけですか…?私と皇子は初対面ですし、この場合自己紹介に付き合って、仲を取り持ってくれるものではないの?)
もういいやと諦めて部屋のドアをノックすると、ガタゴト騒がしい音がした後すぐに返事が返ってきた。
「入るな」
「失礼します」
入室拒否を無視してズカズカと部屋に入った。
「今度のメイドは耳でも聞こえないのか。それとも身分の弁えも知らない馬鹿か」
「エリディモの神聖なる天上の子よ。本日よりアキルス様つきになりました」
「自己紹介とかいいから、出てけよお前」
「ヘーデで御座います。お見知り置きを」
「……」
呆れたように手を額に当てるアキルスは、勝手にしろと、長ソファに寝転がった。
私は勝手にしろという言質をとった為、部屋の奥のクローゼット前まで行くと勢いよく開け放った。
「きゃぁあ!」
「お掃除するので出てっていただけますかミス・ヘレン」
部屋に入る前の騒々しさは彼女が原因であったようだ。
クローゼットの中にはメイド服をはだけさせているグラマラスな侍女、ヘレンが怒っているのか、恥じらっているのか、顔を真っ赤に染め上げていた。
「さきほど侍女長があなたを探しておいででしたよ」
自分の身体を抱きしめ、口をワナワナと震わせている彼女は私をギロリと睨んだ。
「あ、あんた、あのオールドミスにチクったらタダじゃおかないから!」
ヘレンは慌てて部屋を飛び出していった。
「……邪魔しねぇなら専属メイドなんぞ無視するつもりでいたけどな。お前、なにが目的かしらないが余計なことすんな。チッ、今からがお楽しみだっつのに」
(彼は確か十五歳だった筈、よね?身長も高いし、顔付きも大人びているから十八、九くらいに見えるけれど…ませているのね)
深い溜息が出てしまう。
第五皇子がやはり噂通りの人物だった事への落胆が大きかった。百聞は一見にしいたのです。
今から先が思いやられると疲労感が押し寄せてきた。
「なぁ、俺から楽しみを奪っておいて責任もとらねぇつもりかよ」
気付けばアキルスが机を挟んで、私に覆いかぶさるように背後に立っていた。
「アキルス様、困ります」
「っていう割には困ってないように見えるが。お前も俺に可愛がってほしいくちかよ」
「…キモ」
「…何か言ったか」
「いえ、なにも」
誤魔化すため、ニッコリと笑みを浮かべる。
(危ない危ない。侍女生活で染み付いていた対応が剥がれ落ちて、口を滑らすところだったわ)
気を引き締め直したところで、アキルスは私の顎を乱暴にグイッとあげてくる。
「俺は親切だから忠告してやるよ。第五皇子専属の仕事を降りろ。何もしらねぇで馬鹿みたいにのこのこ引き受けた仕事なら未練もないだろ」
「いえ、せっかく承った仕事ですので」
私がすぐに拒否すると途端ガラリと表情が変わった。
「直接言わないと分かんねぇ?…馬鹿面晒したアホに周りをうろつかれると虫唾が走んだ失せろって言ってんだよ」
アキルスの瞳孔は開ききっており、底知れない狂気をはらんでいた。
「仕事ですので」
「…うぜぇよ、お前」
スッと細まった瞳に目線がいった。視線が奪われているうちに、アキルスの手は私の首元にあった。
「マジで殺──」
パシャ!!
反射的に殴らず、水をかけるだけで止まった私を褒めてほしい。
境遇上、殺気には敏感なのだ。危険を察知して王族に無礼をはたらいてしまったのは仕方がないだろう。
「お前…俺に、何をしたのか分かってるのか…?」
身分柄、逆らわれたことが無かったのか、アキルスは髪から水を滴らせながら呆然と口にした。
しかし、私もここまで馬鹿にされるのは久し振りで、腹が立ったのだから水の一つも可愛いものだろう。
「水をかけたの。お望みならもう一杯いかが?お坊っちゃん」
「……」
完全に敬語も忘れて馬鹿にしかえしてしまった。これは怒るかしら…
「……お手上げだ、勝手にしろ」
拍子抜けとはこのこと。
本日二回目の勝手にしろを頂戴してしまった。
アキルスは今までの事が嘘であったかのよう、ケロリとして面倒臭そうに髪をかきあげまた長ソファにドスリと寝転がった。
(怒り狂うと思ったけど、横柄でただの我儘っ子って訳でもなさそう。もしかして怒ってたのは演技だったのかしら)
それなら皇子への評価を今一度見直してみてもいいかもしれない。
アキルス皇子とは一応長く付き合って行く予定だから、怒りん坊じゃない人が好ましい。喧しいのは嫌いなのだ。
私はタオルを手に取るとアキルス皇子に近寄って髪に触れた。
「っ、何すんだテメェ」
アキルスは驚いたのか身体を大きく仰け反らした。
「水を掛けてしまったので、拭き取っているのです」
「お前の神経は図太いのか?それともアホなだけか?勝手にしろといったが、俺には構うな」
「貴方様に構うことが仕事ですので」
「~~ぁぁあ!もう、好きにしろ」
面倒くさくなったのか、アキルスは私に好きなように髪の毛を拭かせた。
皇子のくせに髪を拭かれるのは慣れていない様子でむず痒そうにしているのが少々微笑ましかった。
(それにしても綺麗な赤髪。少し癖っ毛で性格の横柄さが滲み出てるみたい。…人の髪に触るのはいつぶりかしら…そう、あの子の柔らかい銀髪を──)
「──い、おい!メイド、聞け!」
「…ああ、すみません。少し考え事を」
「優しくて親切な俺が、脅しの効かない間抜けなお前に普通に忠告してやる」
やはり、彼がさっき怒り狂ってたのは演技だったのだ。といっても横柄な物言いには変わらないが。
「第五皇子専属は死ぬ。例外なくな。お前も早いとここの仕事降りた方がいいぜ。俺はこれ以上何も言わねぇから。最後の忠告だ」
「…まぁ、心配して下さっているのですか?皇子は意外と優しいのですね」
「はっ!俺が優しいって?冗談も休み休み言えよ」
アキルスが照れているのかと、チラリと顔をのぞき見れば、苦々しい何とも言えない表情を浮かべていた。
(王族もきっと複雑ね……)
「兎も角、仕事を降りるつもりはありませんよ。私には使命がありますから」
「……そうかよ。その使命のために無駄死にでもなんでもしてろ」
「……そのつもりですよ」
アキルスは一瞬こちらに目をよこし、そっぽを向いて一言呟いた。
「…お前嫌いだ」
「私はアキルス様のこと案外嫌いではありませんよ。むしろ好きです」
心からの言葉だった。ひさびさに嘘偽りなく口から出た言葉だった。アキルスの生意気な態度は
(あの子に似ているから)
拗ねたように口を尖らせて嫌いだという姿は見た目より幼く見えて、思わず笑みが溢れてしまった。
「なっ…!!?やっぱ馬鹿だお前は!」
アキルスはスクリと立ち上がって声を荒げると、窓からぴょんと逃げ出してしまった。
「ここ何階だと思ってんのよ…アキルス様は」
第五皇子アキルスとの初対面は意外にも、メイドの無礼にも怒らない変わった主人であることを知り好感触で終わった。
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