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第1章
1話、侯爵令嬢は婚約者(仮)がお嫌い
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侯爵令嬢、シルフィは非常に困っていた。
彼女を悩ませるそれは、親同士合意のもとで決められた彼女の婚約者のことである。
結婚は家の為であることが前提で、愛のない家庭に不満はない。
シルフィは信頼し合うビジネスパートナーとして夫を支えられる妻になろうと思っていたのだ。
しかし否。
予想だにせずシルフィの婚約者にと勧められた貴人は彼女が最も苦手とする男であった。
彼女の婚約者の名はネヴィル・ハーフォード。
ハーフォード公爵家と言えば知らぬ者はおらず、代々続く名家としてその名は国中に知れ渡る。
彼の容貌にはいささか冷たさを感じるが、青みがかった癖っ毛の黒髪、切れ長の目に高い鼻、均衡のとれた顔は知性を感じさせるものであった。
そんな彼女の婚約者様は、頭が切れ、とても紳士的で、おまけにその身体は細身ではあるが逞しく色気がある美丈夫だと、社交界のマダム達の間では、たまらない。と、噂のまとである。
確かに眉目秀麗、頭脳明晰である事は認める。しかし、紳士という点では大分外れているのだと、周囲の彼に対する評価にシルフィは不満を持つ。
それはシルフィが、彼が俺様気質を越して暴君であることを良く知っているからだ。
周囲がそれに気付かないのは、それが発動するのはシルフィの前だけであるからなのである。
とにかくその報告を耳に入れた瞬間、卒倒ものであった。
父の書斎でそう告げられ、あまりの衝撃で頭が真っ白になり、シルフィは気を失ってしまった。
目を覚ませば兄、ヴィンセントの気鬱とした美しい顔が視界に入った。
顔色の悪いシルフィを心配して茶を持ってくると言った優しいヴィンセントに軽く微笑み、シルフィは今は一人にしてほしいと兄を自分の部屋に返したのだ。
そして今に至る。
とにかく混乱して何も考えられずにいた頭の方も正常に働き始めた。
取り敢えず整理する。
婚約の事であるが、まだ日にちはあるはずなのだ。
決定事項だと聞き、絶望と悲壮で頭痛が止まらなかった頭も緩和され、今からでも婚約の件は間に合うのではないかと考え始めた。
大体、自分とネヴィルを一緒にさせるという考え自体おかしいとシルフィは眉をひそめる。
向こうのほうが位が高いのだ。向こうから婚約を断って貰えば両家のこのような縁などすぐに切れる。
ネヴィルの家はシルフィの侯爵家とは違い、家族中も良好である。息子の嫁に息子が嫌う女を迎えることはあり得ないと彼女は思った。
では何故?と。
自分を嫁として公爵邸に迎え入れることで得られる利益を。
しかし、寧ろシルフィの家の方が得をする案件の方が多い様に感じられた。
向こうにとって懐に入る利益など雀の涙程ではないだろうか。
やはりこの婚約に納得は出来ない。シルフィは再度頭を痛ませた。
シルフィはネヴィルは自分の事が嫌いだと確信している。
その考えに至るには軽率だと言われようが、それは彼の行動に明確に現れていた。
ネヴィルとは家族ぐるみで色々繋がりがあり、その付き添いでネヴィルもシルフィもどちらの家にも出入りをしていたため幼馴染の様な感覚ではある。
しかし、そんな可愛らしい関係ではない事を公言しよう。
最初はそれなりに仲良くやっていたと思う。
きっかけは憶えていないが、段々とネヴィルの態度は変わり、突っかかって意地悪をしてくるようになったのだ。
シルフィの絹のような美しいと言われた銀髪を老人のようだと仲間と一緒になって馬鹿にし、白く透き通った肌に、宝石の光を写した美しい瞳に似合う、小さな顔だと褒められた顔も、マヌケでおかしな顔だと吐き捨てられた。
それからは酷かった。
ある時はお気に入りの人形を奪われた。
またある時はカエルを投げつけられた。
またまたある時は髪を引っ張られた。
一番酷かったのは公爵邸で開かれた小さなホームパーティーで起こった事だ。
彼にダンスを無理やり誘われた上で、転んだところを嘲笑されたのである。
シルフィは、居たたまれなくなり逃げたところをまた捕まえられて、お前のせいで恥をかいたから責任を取れと迫られ、睨んで反抗したところで喧嘩になった。
ついに喧嘩は激化し取っ組み合いにまで発展する。喧嘩など初めてで完全にやられるがままに回ったところでシルフィは池に突き飛ばされた。
自分が何をしたと言うのか。
シルフィはそう思いながら、口に入る冷えた水に意識を奪われた。
そこからの記憶はない。気付けば家のベッドの上であった。
目を開ければ、ヴィンセントが静かに手を握ってシルフィが目を覚ますのを待っていた。
兄は美しい顔に似合わず、公爵の餓鬼は締めておいたなど物騒なことを言っていた覚えがある。
そして、シルフィをそっと抱きしめ大丈夫、大丈夫と、優しく言う兄の穏やかな声と温もりに安心して耐え切れずわんわん泣いたのだ。
まだまだ嫌がらせは数々あり、言い尽くせ無いほどであった。
これがシルフィの事を嫌いと言わず、なんと言うのか。
それ以来ネヴィルとの接触は極力避けた。
どうしてもという時は、彼の視界に入らないように、逃げ回った。
稀に追いかけてくることもあったが、ネヴィルはどうしてかシルフィの兄に酷く怯えるため、それを利用して、そこに居もしない兄の名を叫び回って回避した。
こうして月日は流れシルフィは十七になった。ネヴィルは一つ上のため十八だろう。
兎にも角にも、婚約など嘘ではない。
シルフィは、取り敢えず公爵邸を早々に訪れる事を決めた。
公爵邸の優しき主人なら交渉に行けば息子の幸せを思って、息子が嫌う女との婚約など辞めさせるか、それが無理でもこの婚約の意図ぐらいは聞かせてくれるだろう。
シルフィはこの婚約を止めるべく行動に起こす決意を固くした。
彼女を悩ませるそれは、親同士合意のもとで決められた彼女の婚約者のことである。
結婚は家の為であることが前提で、愛のない家庭に不満はない。
シルフィは信頼し合うビジネスパートナーとして夫を支えられる妻になろうと思っていたのだ。
しかし否。
予想だにせずシルフィの婚約者にと勧められた貴人は彼女が最も苦手とする男であった。
彼女の婚約者の名はネヴィル・ハーフォード。
ハーフォード公爵家と言えば知らぬ者はおらず、代々続く名家としてその名は国中に知れ渡る。
彼の容貌にはいささか冷たさを感じるが、青みがかった癖っ毛の黒髪、切れ長の目に高い鼻、均衡のとれた顔は知性を感じさせるものであった。
そんな彼女の婚約者様は、頭が切れ、とても紳士的で、おまけにその身体は細身ではあるが逞しく色気がある美丈夫だと、社交界のマダム達の間では、たまらない。と、噂のまとである。
確かに眉目秀麗、頭脳明晰である事は認める。しかし、紳士という点では大分外れているのだと、周囲の彼に対する評価にシルフィは不満を持つ。
それはシルフィが、彼が俺様気質を越して暴君であることを良く知っているからだ。
周囲がそれに気付かないのは、それが発動するのはシルフィの前だけであるからなのである。
とにかくその報告を耳に入れた瞬間、卒倒ものであった。
父の書斎でそう告げられ、あまりの衝撃で頭が真っ白になり、シルフィは気を失ってしまった。
目を覚ませば兄、ヴィンセントの気鬱とした美しい顔が視界に入った。
顔色の悪いシルフィを心配して茶を持ってくると言った優しいヴィンセントに軽く微笑み、シルフィは今は一人にしてほしいと兄を自分の部屋に返したのだ。
そして今に至る。
とにかく混乱して何も考えられずにいた頭の方も正常に働き始めた。
取り敢えず整理する。
婚約の事であるが、まだ日にちはあるはずなのだ。
決定事項だと聞き、絶望と悲壮で頭痛が止まらなかった頭も緩和され、今からでも婚約の件は間に合うのではないかと考え始めた。
大体、自分とネヴィルを一緒にさせるという考え自体おかしいとシルフィは眉をひそめる。
向こうのほうが位が高いのだ。向こうから婚約を断って貰えば両家のこのような縁などすぐに切れる。
ネヴィルの家はシルフィの侯爵家とは違い、家族中も良好である。息子の嫁に息子が嫌う女を迎えることはあり得ないと彼女は思った。
では何故?と。
自分を嫁として公爵邸に迎え入れることで得られる利益を。
しかし、寧ろシルフィの家の方が得をする案件の方が多い様に感じられた。
向こうにとって懐に入る利益など雀の涙程ではないだろうか。
やはりこの婚約に納得は出来ない。シルフィは再度頭を痛ませた。
シルフィはネヴィルは自分の事が嫌いだと確信している。
その考えに至るには軽率だと言われようが、それは彼の行動に明確に現れていた。
ネヴィルとは家族ぐるみで色々繋がりがあり、その付き添いでネヴィルもシルフィもどちらの家にも出入りをしていたため幼馴染の様な感覚ではある。
しかし、そんな可愛らしい関係ではない事を公言しよう。
最初はそれなりに仲良くやっていたと思う。
きっかけは憶えていないが、段々とネヴィルの態度は変わり、突っかかって意地悪をしてくるようになったのだ。
シルフィの絹のような美しいと言われた銀髪を老人のようだと仲間と一緒になって馬鹿にし、白く透き通った肌に、宝石の光を写した美しい瞳に似合う、小さな顔だと褒められた顔も、マヌケでおかしな顔だと吐き捨てられた。
それからは酷かった。
ある時はお気に入りの人形を奪われた。
またある時はカエルを投げつけられた。
またまたある時は髪を引っ張られた。
一番酷かったのは公爵邸で開かれた小さなホームパーティーで起こった事だ。
彼にダンスを無理やり誘われた上で、転んだところを嘲笑されたのである。
シルフィは、居たたまれなくなり逃げたところをまた捕まえられて、お前のせいで恥をかいたから責任を取れと迫られ、睨んで反抗したところで喧嘩になった。
ついに喧嘩は激化し取っ組み合いにまで発展する。喧嘩など初めてで完全にやられるがままに回ったところでシルフィは池に突き飛ばされた。
自分が何をしたと言うのか。
シルフィはそう思いながら、口に入る冷えた水に意識を奪われた。
そこからの記憶はない。気付けば家のベッドの上であった。
目を開ければ、ヴィンセントが静かに手を握ってシルフィが目を覚ますのを待っていた。
兄は美しい顔に似合わず、公爵の餓鬼は締めておいたなど物騒なことを言っていた覚えがある。
そして、シルフィをそっと抱きしめ大丈夫、大丈夫と、優しく言う兄の穏やかな声と温もりに安心して耐え切れずわんわん泣いたのだ。
まだまだ嫌がらせは数々あり、言い尽くせ無いほどであった。
これがシルフィの事を嫌いと言わず、なんと言うのか。
それ以来ネヴィルとの接触は極力避けた。
どうしてもという時は、彼の視界に入らないように、逃げ回った。
稀に追いかけてくることもあったが、ネヴィルはどうしてかシルフィの兄に酷く怯えるため、それを利用して、そこに居もしない兄の名を叫び回って回避した。
こうして月日は流れシルフィは十七になった。ネヴィルは一つ上のため十八だろう。
兎にも角にも、婚約など嘘ではない。
シルフィは、取り敢えず公爵邸を早々に訪れる事を決めた。
公爵邸の優しき主人なら交渉に行けば息子の幸せを思って、息子が嫌う女との婚約など辞めさせるか、それが無理でもこの婚約の意図ぐらいは聞かせてくれるだろう。
シルフィはこの婚約を止めるべく行動に起こす決意を固くした。
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