観世音寺に龍は昇る

菅原みやび

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5話 観世音寺に龍は昇る

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 護衛も指で数える数になり、道真公や亜子も憔悴しょうすいしきっていた。

 その姿は正直痛々しい……。

『……すまないが、今夜から私はしばらく元の姿に戻る』

 飛梅はそんな姿を遥か頭上から見下ろしながら、俺に語りかける。 

(なるほど、きっと疲れ切った道真公の前に、元の梅の木の姿で会いたいんだろう。飛梅の奴、道真公に一句読まれるくらい、愛情を貰っていたしね……)

「いいさ、元々借り物の姿だしな。お蔭で俺も消えなくて済んだし、それに……」

 そう、俺の目的である亜子を助けることも出来た。

(うーん、それはいいとして、問題はこれからどうやって元の世界に戻るかだけどなあ……)

『元の世界に戻る方法なら、私に考えがあるぞ……』 
「え? マジ? それ早く!」

『それにはしばらく力を取り戻さねばならぬ……。それも含めて今夜私はこの地に根を再びおろすのだ……』
「な、なるほど、で、俺に何か出来ることは?」

『私からしばらく離れ、娘にそれを伝えてこい。時が来れば私は再び動くと』

(あ! そういや嵐の時に亜子だけは俺達の龍の姿を見せていたっけ)

「なるほど、じゃ早速いってくる」
『うむ、しばらくしたら私の元に戻って来い』

 地上に根を降ろし大きな梅の木となった飛梅から離れ、俺は亜子のいる屋敷に急いで向かう。

「え! ええええ! あれ龍之介と飛梅が動かしていた龍だったの⁉ じ、じゃあ飛梅伝説は実は龍になって?」

 屋敷の亜子の部屋に響き渡る大声。

 ついでに飛梅から伝えられたことも亜子に話す。

「な、なるほど……わ、わかったわ。じゃあ、しばらく時を待ちましょう」

 こうして、しばらく俺達は飛梅の力が戻るまで待つことになる。

 翌日の朝。

「お、おおおお……。こ、このひと際大きい梅はま、間違いない……。が、しかしどうやってここまで?」

 その間、こんな感じで道真公が飛梅がここに来ているのを驚いた姿を見た。

(ま、そりゃ驚くよな……) 

 更には、京都に住まわれる天皇様のいる方角に向かい無実を述べお辞儀したりする姿も見た。

 不思議な事に飛梅はその間、全く言葉を発しなかった。

 おそらく無駄なくエネルギーを蓄える為だろうけど。

 ……そんなこんなで数か月後。

『約束通り、お前達を元の時代に返そう。龍之介は私のもとに、亜子は私にまたがりなさい』

 再び龍と化した俺達は亜子を乗せ、高く高く大空へ昇っていく。

 それはいいとして……。

「えっと、何処まで飛んでいくの?」

 白い雲を上に上に登っていく木龍に、不安を感じる亜子と俺。

 だってさあ、「コレ、大気圏を突き破るんじゃね?」ってくらい高くまで飛んでるんだもんよ。

「……」

 俺達の言葉を無視したように、無言で急降下していく飛梅。

 高層ビルのエレベーターを急降下するような、異様な感覚に襲われる俺達。

「えっ! コレ地面にぶつかるんじゃ?」
「き、きゃああああ!」

 当然、大絶叫を上げる俺達。

 だが、龍と化した飛梅は、スピードを緩めることなくむしろ加速して流星の如く落ちていく!

 まるで雷が落ちたような凄まじい音がし、俺達は太宰府の地に降り立つ!

 でも、何やら違和感がある。

(俺達は屋敷の中に……いる?)

 ガラス窓? から覗く外の世界……。

 先程と同じように周囲に梅の木が多数植わっているが……。

(あ、あれ⁈ 道真公が住んでいた、や、屋敷が無い!)

 それに真向いの遠くを見渡すと、見慣れた民家やアパートが散見される。

 当然、車道もあるし、そこにはバスやら自動車がせわしく走っているではないか!

「あ、この感じもしかして」
「現代!」

 俺らは元気よく飛び起きる。

(気が付くと、俺達の真上には白い布団がかけられていた? はて?)

「うわわっ! よ、良かったあ2人ともピクリとも動かないから心配したんだよ!」

 気が付くと、観世音寺の住人斎藤さんが俺達2人に抱きついていた。

 ……俺は現在の状況を瞬時に考察する。

(えっと、な、なるほど、この感じだと俺も亜子の隣で寝ていた状態というわけか……。うーんとなると、この不思議体験、お世話になっている斎藤さんには当然スジとして話すべきだよな……)

「えっと、実はですね……」

 俺達は顔を見合わせ、斎藤さんに不思議体験を簡単に話す。

「……信じがたいが、今の落雷騒ぎは、龍化した飛梅が地面に落ちたということで辻褄つじつまはあうね」

 なるほど耳を澄ますと、斎藤さんの自宅の周りの住民達が騒いでいる声が聞こえてくる。

 騒ぎ声の内容からは、政庁跡に植えてあるひと際大きい梅に雷が落ちたんだとか、龍が空から落ちてくるのを見たとか……。

「はあ……。しかし、この騒ぎどうしたものか……」

 斎藤さんは頭を掻き困っている様子だ。

「大丈夫です! 自分たちのケツは自分で拭きます! 斎藤さん看病ありがとうございました。行こう亜子!」
「うん!」

 斎藤さんに軽くお辞儀をし、亜子の手を取り屋敷を飛び出す俺。

 俺には考えがあった。

 俺はポケットから携帯を取り出し、親友の哲雄に電話する。

「もしもし、龍之介お前今何処に? ……って何っ! それ面白そうだな!」

 それから数十分後……。

 すっかり日が暮れ、オレンジ色に染まった夕陽と空をバックに、哲雄とクラスメイト達は太宰府政庁跡に集結する。

「じゃいくぞ皆っ! ……俺達は龍だ!」
「……私達は龍だ!」

 俺達は夕暮れの中、政庁跡を叫びながら元気に走っていく!

 俺達が走っているこの姿は遠くから見ると、きっと1つの点に見えることだろう。

 その点と点が繋がり、まるで一匹の蛇のように蛇行しながら俺達は向かっていく。

 俺は走りながら考える。

(道真公の死後、京都であった落雷騒ぎ……。あれは現代に戻った飛梅が激怒し、龍化して起こしたものじゃないかって……) 

「面白そうなことしてんじゃん! 俺達も混ぜろよ!」

 ノリがいい別のクラスの男女を巻き込み、俺達は【かまど神社】へ向かい元気に走って行く!

(理由は夜に学校の修学旅行イベントがあるから。何でもそこでライトアップイベントがあるらしく、有名な歌手も来るらしい)

「なるほど、考えたね。これじゃ雷や龍どころの騒ぎじゃないし、まるで祭りだよ」

 数十人から百人規模に膨れ上がった、若い熱き昇龍達が観世音寺から宝満山を登っていく。

 斎藤は観世音寺の地でソレを見つめ、「天神様どうか、この若き昇龍達を立派に成長する様をどうか天から見守ってください」と……太宰府天満宮の方角に向い、静かに一礼するのだった。
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