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3人目の転生者

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 それから数週間後、ここは人の国、大理石の白壁に囲われたファイラスの城、王の間。

 天井には壮大な壁画が描かれ、立派な硝子細工のシャンデリアが吊るされている。

 床には立派な真紅の絨毯が引かれていた。

 そこに静かに整列した重曹騎士団が見守る中、一部の権力者達が会合を行っている最中であった。

 ファイラスでは現在、第一王子レッツ、第二王子ゴウ、そして第一王女のシズクの三人による統治が行われていた。

 そう、音風 雫はファイラスの王女として守と同時期に転生していたのだ。

「お兄様方、私は他国と争うことは反対です!」
「だ、黙れっ! 王女であるお前に決定権はないし、俺達は方針を変えるつもりはないっ!」

 シズク王女と王子達の口論が静かに城内に響き渡る。

 激情型である第一王子レッツはシズク王女の態度に激昂し、頭上の王冠を激しく床に叩きつけ、怒りをあらわにする。

 その様子を見て、周囲の大臣や宰相などはおろおろし、たじろぐばかり。

「……兄上のおっしゃる通りだ。もう確定事項なんだよこれは……。お前は頭を冷やしに城外に散歩に行ってきなさい……いい子だから、な?」

 温和で優しい第二王子ゴウは素早い動きで王冠を拾う。

 それを第一王子に手渡し、そのままシズク王女の前に立ちふさがる第二王子ゴウ。 

「分かりました……。失礼します……」

 雫は王子達に一礼すると、言われるがまま静かに城外に出て行く。

 城外からかなり離れた川岸に出た雫は周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認すると大きく深呼吸する。

「レッツ王子のバッカヤロー! イノシシ武者――――――――――――っ!」

 そして、今のその気持ちをぶつけるかの如く、助走をつけ大きく腕を振り絞り小石を川に投げつけるのだった。

「えいっ!」

 ドポンという鈍い音とともに、川に緩やかに広がる波紋。

「あ―――――――すっきりした!」

 落ち着いた為か、雫は川と真逆の方向に目向ける。

 そこにはゴシック様式の立派な赤レンガで建てられた美しい城塞が眼下を覆いつくしていたのだ。

「いつ見ても壮大なお城よね。東京ドームの5個分くらいの大きさってとこかしら?」

 壮大な城塞の素晴らしい眺めに、気持ちが落ち着いた雫は草むらに静かに腰を下ろす。

 晴天の為か、草むらから何とも言えない香が立ち込める。

「……あーあ、せめて前王と王妃が生きていたならなあ……」 

 雫は座ったまま再び小石を川に投げ、考え事をする。

 雫がぼやくのには訳があった。

「……だいたいさ、この国は第一王子の発言権が強すぎるのよね……」

 というのは、雫は王女としてそれなりの発言権はもっているものの、如何いかんせん男性でないと言うことだけで、上から三番目の発言権があるというのがこの国の現状だ。

 なお、前王と王妃などの権力を持った前世代は先の大戦で軒並み戦死していると聞く。

「転生物のお決まりのスキルだけど、私の能力は地味だしな……」

 雫はこの世界に転生した時に特殊能力を授かっており、『転生者を把握する』という、とても地味な能力を授かったのだ。

「スイだけ感知できないけど、こちらに来てないのかな」

 雫は大きなため息を着き、川を見つめる。

 澄んだ表面を見ると紫色のゴシック式衣装の自身の姿が鏡のように映っている。

 雫はそのスカートを優雅に持ち上げ草むらから静かに立ち上がり、ふと青空をゆっくりと見渡す。

 大きな雲がゆったりと流れ、聞こえるのは小鳥がさえずる小声と静かに流れる川のせせらぎだけ……。

 雫は元々財閥のお嬢様であるが故に、人を使うことと情報収集能力には秀でていた。

 その為ザイアードに2人がいることも、ファイラスの王子二人の思惑によって大戦が始まることも把握していた。

 更には、最近エルシードの使者から提供された『国宝級マジックアイテム』いわゆる切り札が大戦のきっかけになっていることも。

 残念ながらこの切り札の効果まではまだ把握できていない、王子達の情報のガードが堅いのである。

 様々な情報を把握はしつつあるが、如何せん王子達の監視が厳しく自由に動けないのが辛い現状であった。

 だが、雫の涙ぐましい情報収集の成果により、この城からなんとか抜け出せる可能性を見つけたのである。

「あ……」

 ゆったりと流れる雲は何となくだけど学達の顔によく似て見えた……。

「大戦が始まる前に、2人に会えればね。まずはそこからかな……」

 雫は静かに決意を胸に秘め、城内に戻っていくのだ……。
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