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あの時のように

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「え? じゃあ?」
「生きている可能性はある。実は俺の父さんは日本の地上特派員、通称『レッドサン』の三期生のメンバーとして派遣されているんだ」

 俺は自分の気持ちを落ち着かせるように、コーラまみれになったテーブルをハンカチで拭いていく。

「え、ええっ! なんだそれ? あっ! じ、じゃあ優が警官になろうとしてるのって?」
「そうだ俺も、父さんの後を追う」

 な、なるほど……。

 今日の歴史の授業を受けて、更には今の話を聞いて、優が努力していることの理由に合点がいった……。

 『いい大学に入り、警官のエリートになればレッドサンのメンバーになれる』と優は考えているのだろう……。

(す、スゲー奴だなコイツ……)

 俺は素直に感心した。

 それに比べて俺は、ネットゲームの事でしょげていたしな。

(う、ううっ、なんだか恥ずかしくなってきた)

「言っとくが別に俺のことは気にしなくていいぞ」
「へ?」

 俺は間の抜けた返事をする。

「自分が好きでやろうとしていることだ。『世界の為に』とかそんな大それたものじゃない。ただ『外の世界が見たい』それだけなんだ」
「そ、そうか」

「もしかしたらお前がゲームが好きで、ファンタジーの世界を冒険するのと、少し似ているのかもな……」
「あ、ああ。そういわれると不思議と俺も共感できるし、素直に応援できるな」

 ただ、ゲームと違い、命がけということになるわけだが……。

「ま、そういうことでお前はお前のしたいことをやれ。人には役割があるしな」
「あ、うん。じ、じゃあスッキリしたし帰るわ」

「おう、またな」

 ……数十分後、俺は自室に戻り、一人で面接の練習をする。

 自分の将来に向かって頑張っている優に負けたくないから。

 と……面接官がいいそうなお決まりの言葉は……。

「貴方がこの会社に来た理由はなんでしょうか? って……あ……」

 よくよく考えると、数日前に優が俺に質問した内容って面接の内容そのものなんだよな……。

 俺は心の中で優に「サンキュー」と感謝する。

「では、特技などがあれば……って、面接時間も決まっているだろうし歌も選曲したがいいな」

 ということで、俺は選曲した歌の練習もすることに。

 俺は体の力を抜き深く深呼吸し、そっと目を閉じる……。 

 これは俺なりの歌を歌うときのリラックススタイル。

 俺は口を大きく開き、高らかに声を出していく。

(今日は色々といい話が聞けた。だから、きっといい歌が歌えそうだ。そう、あの時のように……)
 
 俺は1年前のあの時を思い出す。

   ♢

 ……1年前。

 例のVRゲーム、ファンタジークエストにインしていた時、俺はとても不思議な体験をする。

 方向音痴である俺は『新世界樹の森』の中でギルドメンバーとはぐれ、孤立することとなる。

 ということで、人の良い桃井さんが俺を探しに向かってくれることになり、俺は森の中でしばらく待つことになった。

 うーん……これは恥ずかしい。

 すっげー暇だったので、俺は歌を歌って待つことに……。

 その時不思議な現象が起きる……。

 視界がぐにゃりと歪み、俺は見たこともない場所に。

 いや、先ほどの森と同じ場所ではあるが……何かが、そう、何かが違う?

 ソレが何か確かめるために、俺は注意深くジッと目を凝らす……。

 が、いまいち違いが分からない。

 「五感で感じろ」と俺の好きな映画の人物が言っていた名ゼリフをふと思い出し、今度は静かに目をつぶる。

(……ああ、風が心地よい。それに緑の爽やかないい香りがする……。緑が深いからか、酸素もおいしい……。……なるほど、このことか)

 ということは……俺はその異変の正体に気が付いてしまう。

 これはVRの世界のはず……。

 だから俺は本当はリアルの世界ではせまっ苦しい自室にいるはずなのだと。

 だから、VRの世界で風の感覚や、緑の香りを感じること自体がおかしいのだ!

 これを確かめる手っ取り早い方法……俺は、VRメットのスイッチを切り、おそるおそるそれを取る。

(え……? もしかして俺は夢を見ているのか?)

 何故なら、俺はまだ森の中にいたのだから……。

「だ、誰か! 瑠璃さん? 桃井さん――――――! 誰か――――――」

 俺はあらん限りの声で叫んだ……。

 ……が誰の返事もない。

「く、くそっ! どうしてこんな事に……。こ、これはきっとバグだ……じゃないと可笑しいだろ……」

 俺は独り言をブツブツ言いながら、無我夢中であたりをがむしゃらに走り回っていく。

 走れば走るほど、踏みつけた草の感触のソレと風の感触を感じられ、それが生々しい現実だと思い知らせれる。

(く、くそっ、一体どうなって? ソレに一体ここは?)

 額から滲みでる汗を拭い、周りを再び注意深く見る俺……。

「……たまえ」
「ん……?」

(何か今、声が聞こえたような?)

 俺はその何か聞こえた方向に必死になって走っていくのだが不思議な光景を見ることになる。

 深い森から外れたその場所は陽光が刺し込み、まるで光のカーテンのように広がっている……。

 とても眩しい、不思議な、不思議な空間……。
 
 そのちょっとした開けた広場。

 眩しくてよくは見えないが……白い服を着た誰かが手を大きく広げ、歌っているのが見えた。

(た、助かった……人がいた)

 その事実に俺は安堵し、少しホッとする。

「あ、あの……」

 俺はその人に話しかけようとしたが……出来なかった。

 その人が歌っていた歌が、その……何と形容したらいいか分かんないけど、とても素晴らしく神々しくて……。

 気が付いたら、俺はその歌が終わるまで聞きほれていた。

「誰……?」

 その人は、こちらに気が付き、ゆっくりと近づいてくる。

 最初は逆光で眩しくてはっきり見えなかったが、その人が近づてくるにつれくっきりと姿が見えてきた……。

 陽光に照らされフワリとなびくく金色の髪、それはまるで本物の金糸の束のようで……。

 こちらを見つめる瞳は……まるで澄んだブルーダイヤモンドのようでとても綺麗だ……。

(い、いや……? よく見ると、左目はあ、赤っ?) 

 そう、まるで深紅のルビーのようなそれでいて透き通った不思議な瞳。

(右目はブルーで左目はレッド……? オッドアイってやつか……。なんて、なんて綺麗で神々しくて……)

 俺はしばらくその神秘的な瞳に魅了され、見入ってしまう。

 これはまるで、ファンタジー世界の、そう……。

「えっ! て、天使……?」

 そう、よく見ると彼女の背には6枚の白い柔らかな羽があったのだ!

 よく見ると太陽の光だけで眩しいんじゃない……何やら後光が刺しててとても眩い。

 その人、いや天使? は驚いて俺に向かってこうつぶやいたのを、今でもハッキリ覚えている。

「えっ! どうしてここに人間が……?」と……。

「……え? それ、どういう意味ですか?」 

 俺は天使に問う。

 理由は、リアリティ溢れるこの森に違和感を感じるから。

「……ココは人が来れる場所じゃないハズなんだけど?」 

 彼女はマジマジと俺を見つめ、俺の周りをゆっくりと回ってくるが……。

 正直、スッゲー恥ずかしいし、照れマス。

(だ、だってさあ……青と赤の宝石のようなオッドアイで俺を見つめてくるんだもん)

 それにこの世のものとは思えない透き通った声。

 更には柔らかそうな白い羽がまるで俺を撫でまわすように揺らめいてくるから。

(お、おかしいな? このゲームってまだ天使キャラは実装されていないハズだけど……? ということはもしかしたら彼女はゲームの開発者であって、未登録のアバターを着ているだけかもしれないし、そう考える方が自然だよな……)

 い、色々とパニック状態の俺。

(そ、そうだ! と、とりあえず彼女にここが何処か聞いてみよう。これでなにかしろ白黒ハッキリする、うん……)

 俺は緊張の為汗ばんだ拳を力強く握りしめ、彼女に話しかける。

「あ、あの、ここって何処なんですかね? ゲームのファンタジークエストの森の中だとは思うんですが……?」

 ちなみに俺の顔は多分、紅葉のように真っ赤だったと思う。

「え? ゲーム? それちょっと詳しく?」

 俺の顔を覗き込み、何やら興味深々の彼女?

「あ、えっと……実はですね」

 俺は正直に、ここに来た経緯を彼女に話すことにした。

「ああ……なるほど、それで……君がね」

 彼女は深く頷き、何やら納得している様子。

「な、何か知っているんですか? ココは何処なんですか!」
「……知りたい?」

 彼女は少しほほ笑み、俺のもとに少し歩み寄る。

「そ、そりゃ……?」

 魅力的な彼女に気圧され、思わずうつむき後ずさる俺。

「じゃあ、教えてあげる……」
「……え?」

 俺は思わず驚きのその言葉を放ってしまう。

 何故なら、俺はいつの間にか彼女に抱きしめられていたのだから。

 まるで、時間が一瞬飛んだ? そんな感覚。 

(ああ……とても温かい……。それになんだかいい香りがするし、体中がふわふわする……)

 そのあまりの心地よさに、意識が揺らぎ眠りそうになるが。

(い、いやいや……! そ、そうじゃなくて! 俺は彼女から此処が何処か聞こうとしていただろう!)

 よく目を凝らすと、驚いたことに俺の視界は天使の純白の羽に包まれているではないか!

「あ、あの……これは一体?」

 俺は飛びそうになる意識をなんとか保ちながら、彼女に問いかける。

「儀式……」
「へ……?」

(な、何の?)

「貴方に回答を出すための確認の儀式よ。だからジッとしてて……ね……?」
「あ……ハイ」

 正直訳が分からなかったが、俺に選択肢は無いし、それに……。

 それに、この状態はとても心地良かったので、そう答えるのが正解だと俺は思ってしまった。

 更に、俺の周囲を抱擁している白い羽が、ゆっくりとゆっくりと俺の体を次第に包み込んでいく。

 ……数分間……数分間だけど長いようで短い、その時間が終わり、俺は彼女の言う儀式という名の抱擁から解放された。

 そして、不思議な事に、全身からは何やら不思議な力がみなぎっている気が……。

 か、代わりに何か、大事なモノを同時に失った気がしたが……。

 俺は若干、若干だけど何故か前かがみになり、赤面してしまう。

「……うん、どれどれ?」

 ぼーっと立っている俺の瞳を、のぞき込んでくる彼女。

「ああ……やっぱりそうだったのね。しかも両目ともなんて……だからこそ私の前に、そして此処にこれたのかもだけど……」

(何の話だろう?) 

「あ、あの……?」

 結局、俺の求めている回答を彼女から貰っていない。

「ああ、ごめんなさい。私も貴方に教える為にこうするしかなかったのよね」
「は、はあ……」

「えっとね、端的に話すと此処はゲームの世界ではないわ。現実の世界よ」
「えっ!」

 うすうす感じてはいたけど。

 けど……森とか天使とか現実離れしていたこともあり、俺はこれがゲームの世界なんだと思いたかった。

「じ、じゃあ、此処は一体何処なんですか!」

 焦りからか、俺は声を思わず感情的になり叫んでしまう。
 
「……それは詳しくは教えられないわ」
「ど、どうして……?」

(じ、じゃあ、さっきの儀式は一体何の為に?)

「だって、貴方、羽が無いでしょ?」
「そ、そりゃあ……」

 普通は羽なんかないよ、鳥じゃあるまいしさ。

「も、もしかして貴方は本物の、て、天使……?」
「……そうね、貴方達は私達を相称して、そう呼んでるわね……」

(ほ、本物……? え? じ、じゃあ俺、もしかして死んでしまったのかな……)

「え、えっと……ここってもしかして天国とかですか?」
「えっ! あ、あははは……。そ、そうじゃなくて此処は現実だってさっきから言っているでしょ?」

(ち、違ったのか。よ、良かった)

 俺は少しだけホッとした。

 が、ますます意味がわからない。

「そうね、キリがないので話題を変えましょうか。貴方家に帰りたいでしょ?」
「あ、そりゃまあ……」

 正直、家に帰れれば別にって感じだしね。

「んと、条件付きで返してあげるって言ったら?」
「え? そりゃ帰れるなら」

(天使が出す条件……。一体どんな内容なんだろうか……?)
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