10 / 15
新世界(3)
しおりを挟む
「君さあ、星々ちゃんと仲良かったんだっけ?」
死ぬほど面倒なことになってきた。
「い、いや。全然」
「そっかあ? さっき、ずいぶん楽しそうに話してたように見えたけどね」
黒岩から逃げるように校舎を出た。そんな俺に長峰が話しかけてきて、人目につかない場所へ押し込んだ。
箱型の建造物が乱雑に並んだ街。行き交う電動車や人々からの死角。普通の人間は用のない、路地奥。配電、変圧設備に、俺は押し付けられていた。
「黒岩が話しかけてきた。べつに楽しくもなんともない話だった」
西茂森に対する、黒岩みたいなことを俺は言った。間違ってはいない。黒岩が勝手に近寄ってきただけだ。
「じゃあさ、もう星々ちゃんには近付かないでくれる? 彼女は俺が守るからさ」
長峰の端正な顔が、嫌らしく狡猾な笑みで歪む。その笑みがあまりにも似合いすぎていて、拍手したくなった。
べつに、長峰と黒岩がどうなろうと知ったことではない。勝手にすればいい。自分でも言い飽きてきたが、どうでもいい。本当に、どうでもいい。
「わかったよ」
これで、黒岩の願いは叶う。西茂森の代役として、カースト上位に立つための拠り所として、女子連中からの嫌がらせの盾として、長峰を利用することができるのだから。
「男同士の約束なー。もし破ったら……」
長峰はもったいぶるように間を置く。目を伏せ、視線を俺から外す。そんな仕草もいちいち様になっている。
「破ったら?」
「話は変わるけどさ」
「なんでだよ」
「神人って、なんで消えたんだろうね」
話、変わってねえよ。
黒岩に近づいたら、西茂森のようにお前も殺す。そう脅された。そういう認識で間違いないだろう。
長峰は、犯行に使われた血まみれのナイフを拾ったのだ。それを腰にぶら下げ、まるで自分が犯人であるかのように見せている。でも、口では絶対に肯定しない。
こいつは、殺人犯になりたいわけじゃない。西茂森を殺したかったわけでもない。暗黙の共通悪であった、西茂森を倒した勇者になりたいだけだ。それも、なるべく美味しいところだけ、綺麗なところだけをさらって食いたいんだ。
「じゃ、そういうことで。……あれ? ところで、お前さ」
「なんだよ」
「名前、なんだっけ?」
「鶴ヶ坂義兼」
「ヨシカネ? 変な名前だな」
「ほっといてくれ。どうでもいいだろ」
まったくだ、と言って長峰は去って行った。
血まみれのナイフを自慢げにぶら下げて、その効果を見積もって、クラスでうまく立ち回ろうとしている。そして実際、本人の打算通りになっているのだろう。
ただ、やつにとって誤算があるとすれば、そのナイフを俺に対して誇示したこと。そして、本当はナイフじゃなくて、馬鹿みたいにデカいモンキーレンチだったということだ。
西茂森が死んで、変わったと思っていた世界。でも、実際は西茂森が長峰に置き換わっただけだった。2ストロークエンジンが、4ストロークエンジンに変わったようなものだ。誤解覚悟で大ざっぱに言えば、行程が増えただけ。やっていることは、実質的には変わらない。
配電、変圧設備に背中を預けているせいだろうか。これまでは、絶縁体でできているのかと思うほど通電しなかった点火プラグに、ざわざわとした通電の予感を覚えた。
それは、苛立ちや怒りに似ている。墜落した貨物ロケットを見た時に感じた気持ちにも似ていた。
胸の内で圧縮された可燃性の気持ちが、いまにもシリンダを破裂させて溢れそうだった。排気でもしなければ、中毒死してしまう。この地下シェルター街のように、自家中毒で死んでしまいかねない。
早くしてくれ。誰か。みんな――俺は、スパークを待ち望んでいるんだ。きっと。
エンジンに火を灯せ。ピストンに爆発の勢いを乗せろ。
俺は、西茂森の時には感じなかった、明確な殺意を抱いていた。
いや、あの時は目を逸らしていた。
何が、『世界が終るから西茂森は死ぬ』だ。そんなわけがない。俺が殺した。
世界の終わりのせいになんて、できない。させない。俺のせいだ。俺のものだ。
あの殺意を――そして、この殺意を他の何者にも渡さない。
他人にとって俺の殺意が他ならぬ悪意そのものであったとしても、俺にとっては違う。
俺は確かに見たんだ。殺意の先に、雨上がりの幻想を確かに見た。とても綺麗だったんだ。
死ぬほど面倒なことになってきた。
「い、いや。全然」
「そっかあ? さっき、ずいぶん楽しそうに話してたように見えたけどね」
黒岩から逃げるように校舎を出た。そんな俺に長峰が話しかけてきて、人目につかない場所へ押し込んだ。
箱型の建造物が乱雑に並んだ街。行き交う電動車や人々からの死角。普通の人間は用のない、路地奥。配電、変圧設備に、俺は押し付けられていた。
「黒岩が話しかけてきた。べつに楽しくもなんともない話だった」
西茂森に対する、黒岩みたいなことを俺は言った。間違ってはいない。黒岩が勝手に近寄ってきただけだ。
「じゃあさ、もう星々ちゃんには近付かないでくれる? 彼女は俺が守るからさ」
長峰の端正な顔が、嫌らしく狡猾な笑みで歪む。その笑みがあまりにも似合いすぎていて、拍手したくなった。
べつに、長峰と黒岩がどうなろうと知ったことではない。勝手にすればいい。自分でも言い飽きてきたが、どうでもいい。本当に、どうでもいい。
「わかったよ」
これで、黒岩の願いは叶う。西茂森の代役として、カースト上位に立つための拠り所として、女子連中からの嫌がらせの盾として、長峰を利用することができるのだから。
「男同士の約束なー。もし破ったら……」
長峰はもったいぶるように間を置く。目を伏せ、視線を俺から外す。そんな仕草もいちいち様になっている。
「破ったら?」
「話は変わるけどさ」
「なんでだよ」
「神人って、なんで消えたんだろうね」
話、変わってねえよ。
黒岩に近づいたら、西茂森のようにお前も殺す。そう脅された。そういう認識で間違いないだろう。
長峰は、犯行に使われた血まみれのナイフを拾ったのだ。それを腰にぶら下げ、まるで自分が犯人であるかのように見せている。でも、口では絶対に肯定しない。
こいつは、殺人犯になりたいわけじゃない。西茂森を殺したかったわけでもない。暗黙の共通悪であった、西茂森を倒した勇者になりたいだけだ。それも、なるべく美味しいところだけ、綺麗なところだけをさらって食いたいんだ。
「じゃ、そういうことで。……あれ? ところで、お前さ」
「なんだよ」
「名前、なんだっけ?」
「鶴ヶ坂義兼」
「ヨシカネ? 変な名前だな」
「ほっといてくれ。どうでもいいだろ」
まったくだ、と言って長峰は去って行った。
血まみれのナイフを自慢げにぶら下げて、その効果を見積もって、クラスでうまく立ち回ろうとしている。そして実際、本人の打算通りになっているのだろう。
ただ、やつにとって誤算があるとすれば、そのナイフを俺に対して誇示したこと。そして、本当はナイフじゃなくて、馬鹿みたいにデカいモンキーレンチだったということだ。
西茂森が死んで、変わったと思っていた世界。でも、実際は西茂森が長峰に置き換わっただけだった。2ストロークエンジンが、4ストロークエンジンに変わったようなものだ。誤解覚悟で大ざっぱに言えば、行程が増えただけ。やっていることは、実質的には変わらない。
配電、変圧設備に背中を預けているせいだろうか。これまでは、絶縁体でできているのかと思うほど通電しなかった点火プラグに、ざわざわとした通電の予感を覚えた。
それは、苛立ちや怒りに似ている。墜落した貨物ロケットを見た時に感じた気持ちにも似ていた。
胸の内で圧縮された可燃性の気持ちが、いまにもシリンダを破裂させて溢れそうだった。排気でもしなければ、中毒死してしまう。この地下シェルター街のように、自家中毒で死んでしまいかねない。
早くしてくれ。誰か。みんな――俺は、スパークを待ち望んでいるんだ。きっと。
エンジンに火を灯せ。ピストンに爆発の勢いを乗せろ。
俺は、西茂森の時には感じなかった、明確な殺意を抱いていた。
いや、あの時は目を逸らしていた。
何が、『世界が終るから西茂森は死ぬ』だ。そんなわけがない。俺が殺した。
世界の終わりのせいになんて、できない。させない。俺のせいだ。俺のものだ。
あの殺意を――そして、この殺意を他の何者にも渡さない。
他人にとって俺の殺意が他ならぬ悪意そのものであったとしても、俺にとっては違う。
俺は確かに見たんだ。殺意の先に、雨上がりの幻想を確かに見た。とても綺麗だったんだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

〜響き合う声とシュート〜
古波蔵くう
青春
夏休み明け、歌が禁じられた地域で育った内気な美歌(みか)は、打ち上げのカラオケで転校生の球児(きゅうじ)とデュエットし、歌の才能を開花させる。球児は元バスケのエースで、学校では注目の的。文化祭のミュージカルで、二人は再び共演することになるが、歌見兄妹(うたみきょうだい)の陰謀により、オーディションとバスケの試合が重なってしまう。美歌の才能に嫉妬した歌見兄妹は、審査員の響矢(おとや)を誘惑し、オーディションの日程を変更。さらに、科学部の協力を得た琴夢(ことむ)が得点ジャックを仕掛け、試合は一時中断。球児は試合とオーディションの両立を迫られるが、仲間たちの応援を背に、それぞれの舞台で輝きを放つ。歌見兄妹の陰謀は失敗に終わり、二人はSNSで新たな目標を見つける。美歌と球児は互いの才能を認め合い、恋心を抱き始める。響き合う歌声と熱いシュート、二つの才能が交錯する青春ミュージカル! 「響き合う声とシュート」初のオマージュ作品!
執事👨一人声劇台本
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
青春
執事台本を今まで書いた事がなかったのですが、機会があって書いてみました。
一作だけではなく、これから色々書いてみようと思います。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
僕は 彼女の彼氏のはずなんだ
すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は
僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく

努力の方向性
鈴ノ本 正秋
青春
小学校の卒業式。卒業生として壇上に立った少年、若林透真は「プロサッカー選手になる」と高らかに宣言した。そして、中学校のサッカー部で活躍し、プロのサッカーチームのユースにスカウトされることを考えていた。進学した公立の中学校であったが、前回大会で県ベスト8まで出ている強豪だ。そこで苦悩しながらも、成長していく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる