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新世界(1)
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遅れて学校に顔を出すと、思いもよらない異変が起こっていた。
「光輝。お前が西茂森を殺したって、まじ?」
「さあ? どうだろうね」
西茂森がクラスから消えて安堵していたのは、俺だけではない。いつ暴れ出すか分からない西茂森は、クラスのたいていの連中にとっては厄介な存在だった。 例え全ての矛先が、最終的に俺に向かうとしてもだ。
「すげえな、長峰。あいつウザかったからなあ! 正直、助かったよ」
「俺は何も知らないよ。それに、クラスメイトの失踪を助かった、なんて言うもんじゃないよ」
含みを持たせたような笑顔で、長峰はやんわりと否定している。それじゃあ、肯定しているようなものだ。
長峰は西茂森の件を利用して、クラスでの地位向上を図っている。クラスの女子、男子に囲まれて嬉しそうに茶髪をかき上げているのを見て、そう思った。たまたま、そうなったのか。いや、違うだろう。意図的だ。じゃあ、いつからだ。
思い返してみると、この一週間のクラスの中心は長峰光輝だった。もともと高かったカーストを底上げし、地盤を固めようとしている。
べつに、クラスや学校での地位なんて気にしない。殴られたり、牛乳をぶっかけられたり、教科書が飛んできさえしなければいい。
俺の手柄を横取りされようと、俺に危害が加えられないのであれば、気にしない。どうでもいい。
「良いの?」
いつの間にか、かつての西茂森の机に黒岩星々が腰かけていた。急に話しかけられて、少し驚いた。
「な、なにが?」
「鶴ヶ坂でしょ、神人やったの」
黒岩は、まったくの無表情で俺に言い放った。
整った顔の無表情は、威圧感を覚える。ただ、無表情はいまに始まったことではない。もともと表情の乏しい奴だった。笑っているところを見た覚えがない。だから、これが黒岩のニュートラルなのだと思っている。怒っているわけではないのだと思う。
しかし、思い返せば、俺は黒岩をほとんど視界に入れたことがない。会話をした覚えさえない。そんな俺の薄い印象なんて、当てにならないのではないか。本当は、表情豊かな明るい人間であってもおかしくはない。
つまり、滅茶苦茶に怒っているかも知れないということだ。恋人を殺した犯人を憎むのは、当然の反応だ。対象を間違えているだけだ。正確には、間違えてはいないのだが。
ちょっと怖くなってきた。
「あのままで、良いの?」
沈黙してしまった俺に、黒岩は再度問いかけてきた。目線は長峰に送られている。
黒岩が何を考えているのか分からない。何を根拠にして俺を疑っているのか。そして、何を思って殺人犯に話しかけてきたのか。
「良いも悪いもない。俺は関係ない。やったのは長峰光輝だろ?」
俺は、すべて長峰に押し付けることにした。やつも欲しがっているのだから、ちょうどいい。
「そうなの?」
「そうだろ。そういう顔してる」
「顔が喋るの?」
ちょっと面倒くせえな、こいつ。
まともに話したのは、これが初めてだ。想像していたよりも、黒岩は難解な奴だった。相変わらず無表情で、冗談のつもりで言っているようには思えない。
「長峰は肯定してない。なのに、なんで?」
「態度が肯定してる」
「顔はどこいった?」
うるせえな、こいつ。
西茂森が消えて、せっかく学校に安寧が訪れたはずなのに、今度はやつの恋人とやらが食ってかかってきた。復讐のための犯人捜しだとしたら、とんでもなく厄介だ。西茂森の親ですら、そんなことはしていないというのに。
「ゴミとゴミ、お似合いじゃーん」
「ねー」
突然、冷や水をぶっかけられた。
クラスの女子数人が、黒岩に人工繊維のティシューを投げつけていった。使用済みで汚い。この場所を、いまだにゴミ捨て場だと思っている。センター南の大穴と同じ扱いだ。
しかし、俺だけならまだしも、黒岩まで同等の扱いを受けていることには違和感を覚える。不思議に思って黒岩をよく見てみると、制服や上履きが薄汚れている。茶色い髪の毛も乱れていた。
「ありゃ、なんだ?」
「女」
「知ってる。なんで黒岩に敵意を向けてんの、と聞いてる」
黒岩は、少し考えるような間を取った。前髪の下で、青い目が俺を見つめていた。その視線が怖くなって、俺は机に突っ伏すような体勢になった。黒岩のつま先だけを見るようにする。
「鶴ヶ坂が、神人を殺したことと繋がってくる」
「殺してねえって。まだ死んだとも限らない」
「神人の失踪に関係がある」
「まあ、なるほどね」
「え……」
暴力でカースト上位に居座っていた、西茂森。その恋人である黒岩もまた、カーストの上位にいたのだ。それが、西茂森の失踪で黒岩の地位は失墜した。つまり、元カースト上位者への憂さ晴らしというわけだ。もとから下位にいた奴より、上位から転落した奴のほうが、扱いは酷いと予想する。黒岩の薄汚れた着衣からも、それが知れる。
「いまの説明で、鶴ヶ坂は状況を理解した?」
「そりゃあな。なんとなくは」
「天才か?」
「いやいや……」
なんなんだ、こいつ。
本当に、何が目的か図りかねる。
「光輝。お前が西茂森を殺したって、まじ?」
「さあ? どうだろうね」
西茂森がクラスから消えて安堵していたのは、俺だけではない。いつ暴れ出すか分からない西茂森は、クラスのたいていの連中にとっては厄介な存在だった。 例え全ての矛先が、最終的に俺に向かうとしてもだ。
「すげえな、長峰。あいつウザかったからなあ! 正直、助かったよ」
「俺は何も知らないよ。それに、クラスメイトの失踪を助かった、なんて言うもんじゃないよ」
含みを持たせたような笑顔で、長峰はやんわりと否定している。それじゃあ、肯定しているようなものだ。
長峰は西茂森の件を利用して、クラスでの地位向上を図っている。クラスの女子、男子に囲まれて嬉しそうに茶髪をかき上げているのを見て、そう思った。たまたま、そうなったのか。いや、違うだろう。意図的だ。じゃあ、いつからだ。
思い返してみると、この一週間のクラスの中心は長峰光輝だった。もともと高かったカーストを底上げし、地盤を固めようとしている。
べつに、クラスや学校での地位なんて気にしない。殴られたり、牛乳をぶっかけられたり、教科書が飛んできさえしなければいい。
俺の手柄を横取りされようと、俺に危害が加えられないのであれば、気にしない。どうでもいい。
「良いの?」
いつの間にか、かつての西茂森の机に黒岩星々が腰かけていた。急に話しかけられて、少し驚いた。
「な、なにが?」
「鶴ヶ坂でしょ、神人やったの」
黒岩は、まったくの無表情で俺に言い放った。
整った顔の無表情は、威圧感を覚える。ただ、無表情はいまに始まったことではない。もともと表情の乏しい奴だった。笑っているところを見た覚えがない。だから、これが黒岩のニュートラルなのだと思っている。怒っているわけではないのだと思う。
しかし、思い返せば、俺は黒岩をほとんど視界に入れたことがない。会話をした覚えさえない。そんな俺の薄い印象なんて、当てにならないのではないか。本当は、表情豊かな明るい人間であってもおかしくはない。
つまり、滅茶苦茶に怒っているかも知れないということだ。恋人を殺した犯人を憎むのは、当然の反応だ。対象を間違えているだけだ。正確には、間違えてはいないのだが。
ちょっと怖くなってきた。
「あのままで、良いの?」
沈黙してしまった俺に、黒岩は再度問いかけてきた。目線は長峰に送られている。
黒岩が何を考えているのか分からない。何を根拠にして俺を疑っているのか。そして、何を思って殺人犯に話しかけてきたのか。
「良いも悪いもない。俺は関係ない。やったのは長峰光輝だろ?」
俺は、すべて長峰に押し付けることにした。やつも欲しがっているのだから、ちょうどいい。
「そうなの?」
「そうだろ。そういう顔してる」
「顔が喋るの?」
ちょっと面倒くせえな、こいつ。
まともに話したのは、これが初めてだ。想像していたよりも、黒岩は難解な奴だった。相変わらず無表情で、冗談のつもりで言っているようには思えない。
「長峰は肯定してない。なのに、なんで?」
「態度が肯定してる」
「顔はどこいった?」
うるせえな、こいつ。
西茂森が消えて、せっかく学校に安寧が訪れたはずなのに、今度はやつの恋人とやらが食ってかかってきた。復讐のための犯人捜しだとしたら、とんでもなく厄介だ。西茂森の親ですら、そんなことはしていないというのに。
「ゴミとゴミ、お似合いじゃーん」
「ねー」
突然、冷や水をぶっかけられた。
クラスの女子数人が、黒岩に人工繊維のティシューを投げつけていった。使用済みで汚い。この場所を、いまだにゴミ捨て場だと思っている。センター南の大穴と同じ扱いだ。
しかし、俺だけならまだしも、黒岩まで同等の扱いを受けていることには違和感を覚える。不思議に思って黒岩をよく見てみると、制服や上履きが薄汚れている。茶色い髪の毛も乱れていた。
「ありゃ、なんだ?」
「女」
「知ってる。なんで黒岩に敵意を向けてんの、と聞いてる」
黒岩は、少し考えるような間を取った。前髪の下で、青い目が俺を見つめていた。その視線が怖くなって、俺は机に突っ伏すような体勢になった。黒岩のつま先だけを見るようにする。
「鶴ヶ坂が、神人を殺したことと繋がってくる」
「殺してねえって。まだ死んだとも限らない」
「神人の失踪に関係がある」
「まあ、なるほどね」
「え……」
暴力でカースト上位に居座っていた、西茂森。その恋人である黒岩もまた、カーストの上位にいたのだ。それが、西茂森の失踪で黒岩の地位は失墜した。つまり、元カースト上位者への憂さ晴らしというわけだ。もとから下位にいた奴より、上位から転落した奴のほうが、扱いは酷いと予想する。黒岩の薄汚れた着衣からも、それが知れる。
「いまの説明で、鶴ヶ坂は状況を理解した?」
「そりゃあな。なんとなくは」
「天才か?」
「いやいや……」
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