嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木

麻婆

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第二章 ポストクリスマス

埋葬林攻防戦 (2)

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「う、動くな!」

 優衣子は、不意に現れた愛子なる者にライフルを向けて叫んだ。

「それで愛子を破壊するのは難しいですよ。それに、愛子に敵意はありません」

 愛子は余裕の表情で立っている。撃たないと踏んでいるのか、オモチャだと思っているのか。それとも、本当にライフルで撃たれた程度では死なない自信があるのか。モナリザみたいな表情からは、なにも読み取れない。

「サトをご存知ですね? フタツモリサトです。彼女が言うには、あなたがたが御神木に触れることは、あなたがた自身を破滅に導くことだと言っていました」
「どういう意味ですか? ニモリさんは、なにを知っているんですか?」
「ニモリサンとはなんでしょうか。さては、愛子を混乱させようという作戦ですね?」
「い、いや……」

 愛子は、どこか奇妙だった。
 不魚住との会話に、違和感をおぼえる。

「念のため、対人制圧プロトコルを開始させてもらいます。武装選択。セーフティ解除」
「待って待って! 動くなって言った! 撃つぞ!」

 愛子がなにやら物騒なことを喋りだしたので、優衣子が悲鳴のように叫んでライフルを突き出す。

「愛子は微動だにしていませんよ。内部機関すら止めろというのですか? あなたがたは動くなと言われて呼吸や鼓動を止めますか?」
「こいつなんかキモい」
「いきなりそんなこと言ったらダメだよ!」

 優衣子の暴言を、不魚住がいさめた。正直、相手に失礼だとか、そんなことを言っている場合ではない気がする。

 それに、優衣子が思わず口にした通り、愛子には不気味なものを感じた。
 会話はできる。成り立ってもいる。しかし、ぎりぎりのところで意思疎通に齟齬が生じている気がする。どこか、ちぐはぐだ。
 すごく出来の良い人間のCGを見たときのような感覚。不気味の谷というのだったか、愛子からは全体的にそれを感じる。まるで、ゲームのなかからCGのキャラクターがそのまま出てきたみたいだった。

「お花が綺麗ですね」

 愛子は微笑みを深くし、優衣子に咲いた花を褒めた。
 ますます不気味さが募る。体に花を咲かせる人間を見て、ただ単に、「綺麗ですね」はあり得ない。

「不魚住奨。こいつ、普通じゃないと思う。迷わないし。あと、口とか鼻まわりの粒子が乱れてない」
「えっ!? ここの粒子は濃い?」
「相当」
「じゃ、じゃあ、呼吸してないってこと……?」

 その間も、優衣子はじりじりとバギーの運転席に近づいていて、行動を察知した俺と不魚住もバギーに寄っていく。
 おそらく愛子には俺たちの意図は筒抜けだろうが、ほかに手段が思いつかなかった。

「ユイコさんのほうこそ、ちゃんと呼吸していますか? 人間にしては呼気に含まれる酸素の量が多いようです。まるで、植物の光合成と人間の呼吸が適宜入れ替わっているように感じます。もしかして、夜はまた昼とは違いますか?」

 なんだそれ。
 そう思って優衣子を見ると、真顔で絶句している。

「優衣子!?」

 俺が肩を叩くと、優衣子は自分の髪の毛をわしづかみにする。

「墓守になってから、たまに、すこし緑がかってるときがある……」
「か、髪がか?」
「うん……。あと、目が」

 たしかに、俺もそう感じていた。
 この広場に出て、頂点に近い日の光を浴びたときから、深い緑色に見えていた。しかし、埋葬林は全体的にどこか緑色に霞んでいる。だから、俺の視界がおかしいのか、光の当たり具合なんかでそう見えるだけだと思っていた。

「話はあとだよ、二人とも。乗って」

 一足先にバギーのそりにたどり着いていた不魚住が、俺たちを促した。その手には、小さくて太い銃のようなものが収まっている。

「優衣子、運転はお願い」
「わ、わかった!」
「不魚住。お前、それ撃てるのか?」

 優衣子のライフルと同じで朱色に塗られたそれは、ライフルなどの下部に装着するグレネードランチャーだった。肩にあてるストックが付いていることから、単独でも射撃可能なのだろう。ゲームによく出てくる有名なもののように思えた。

「銃火器の指南も、馴鹿の役目だから」

 言われてみればそうだ。
 優衣子だって最初から扱えたわけではない。練習していると言っていた。ならば、教える人間が必要だ。そして、墓守様のサポート役といえば、馴鹿である。

 不魚住はトリガー部分をいじり、筒状の銃身を左側にスイングさせる。銃身の尻だけを外に向けさせた形だ。そこに、厳つい弾丸を放り込む。金属同士が擦れ合う音が、すこし大げさに響いた。不魚住の手は震えているようだった。

「わたし、重くなるから付けるの嫌がったんだよね。あれだけで使えるんだ……」

 ライフルで愛子を牽制しながら、優衣子が感心していた。
 それを横目に、俺はシートの後部にまたがり、前方をばしばしと叩く。

「乗ったぞ、急げ」
「うん」

 優衣子は、不魚住が愛子に照準するのを待ってから、バギーに乗り込んだ。

「それは榴弾を発射する装置ですね? 至近距離での発砲は、自爆する可能性が濃厚ですよ」
「こ、込めた弾は散弾だから、まだマシだと思います」
「きゃあ! ヤンチャですね! 愛子は驚きました」

 嘘くさい悲鳴を上げる愛子。
 どうにも機械的というか、研究途上のAIみたいな印象を受ける。呼吸をしていない可能性もあるようだし、もしかしたら、人間ではないのだろうか。
 美少女ロボット、という言葉が脳裏をよぎり、すぐさま自分で否定する。まだ、そういう演技をしているだけ、というほうが現実味がある。

「あれ……? 微妙な空気を感知しました。やはり、人格モジュールがなければサブルーチンの精度も落ちますね」

 愛子が俺たちの沈黙をどう解釈したのかは不明だが、妙に慌てだした。

「なに言ってるのかワカラン」
「優衣子、もういい。早く出せ!」

 俺は、愛子に呆れている優衣子の背中をはたく。

「よし、つかまれ!」

 言うと同時に、優衣子はアクセルを引き絞る。
 落ちないように後部のタンデムバーをつかむと、険しい表情の不魚住が見えた。顔を紙のように白くして、愛子を狙い続けている。

「お手々が震えていますよ。そんなことで、いくら散弾とはいえ愛子に当てられますか?」

 愛子の言葉を振り切るように、バギーのタイヤが地面に噛み付き、車体を前進させようと回転を始める。ぶわっと、濃い湯気のように、緑色の輝きが車体下部から吹き上がった。

「飛ぶぞ!」

 右腕はタンデムバーに、空いていた左腕を優衣子の腰に回す。俺は落ちないよう必死にしがみ付いた。

「離せ!」

 後方で不魚住が叫んだ。
 タイヤが光の砂浜を踏みしめ、ざぶざぶと粒子を巻き上げている。俺にも見えるくらいなのだから、相当に力強い反応に思える。バギー自体も、遠吠えのような唸りを上げていた。しかし――。

「いえ、離しませんよ。イケメンアルゴリズムに従い、逃亡を阻止します」

 ――バギーは飛ばない。
 それどころか、前にすら進まない。ただ唸りと粒子を上げて、その場で空転し続けていた。

「ちょ、待てよ」

 愛子のふざけた声色に、俺は振り返る。

 愛子の右手が、橇の後部をがっしりと固定していた。バギーの前進する運動エネルギーを、愛子の片腕が引きとめていたのだ。閃光を放ち、地面と緑の砂浜を行き来しているバギー。まるで、風にあおられる旗のような動きだ。橇との連結部分が悲鳴を上げている。

「うそだろ……!」

 化け物じみた腕力を発揮する細腕に、俺は戦慄した。

「左腕、マニピュレータ停止。武装展開」
「くそっ、離せ! いちいち喋らないと行動できないのか、この化け物!」

 たまらず、といった具合で、優衣子が運転席で大声を上げた。

「いいえ、すべてがその限りではありません。これは、警告・威嚇を含んだ確認行動です。それに、口に出した方がカッコイイと博士が言っていましたので」

 つまり、俺たちに警告と威嚇を行っているということか。

 博士なる人物は、こんな状況でなければ俺と話が合うに違いない。そんな、現実逃避じみたことを考えていると、不魚住が悲鳴を上げる。

「うわあ!?」

 それもそのはず、愛子の左腕――手首から先が割れたのだ。

 人の皮膚だったはずが、とつぜん透明度を増した。柔軟性も失われたように思えた。まるで、ガラスのような透明度を持った宝石のようだった。左手首から先が宝石に変わり、ばっくりと三つに割れた。そして、根元から黒い筒が勢い良く生えてくる。

 なにが敵意はない、だ。
 あれは銃口だ。敵意はないが、殺意はあるのか。害意はあるのか。
 銃口は、殺意の証明にはならないのか?

 わからない。だけど、すくなくとも――。

「――そいつは人間じゃない! 撃て、不魚住!」
「人間じゃないからって撃っていいわけないよ!」

 俺は、言葉を失ってしまった。
 不魚住の強い理性に、俺の口は閉じられた。

 愛子は埋葬林への侵入者だ。例外なく射殺してしまっていいはずだ。こんな状況でなければ、馴鹿は撃つという判断を下したはずだ。それこそ、人間だろうと、人間じゃなかろうと撃ったと思う。だけど、いまはその馴鹿さえも、同じく埋葬林への侵入者なのだ。
 そして、もちろん俺も侵入者だ。そんなことさえ忘れて、俺は撃てと言った。あまつさえ、人間じゃないからという理由で、赤信号を青信号に捻じ曲げてしまった。

 自ら愛子に銃口を向け、脅してみせた不魚住。だけど、そんなことはお構いなしに、愛子は腕から銃を生やした。そんな状況でもなお、信号の色を確認して踏みとどまることのできる不魚住。
 埋葬林への侵入者。人間ではないもの。それを理由に信号の色を捻じ曲げることはしなかった。その理性の堅牢さたるや、まるで城壁だ。素直にすごいことだと思う。ちょっと泣けてくるくらいに。だけど――。

「お利口さんですね、ウォースマズさん。あとで、お手々を繋ぎましょうね」

 子供を褒める保育士みたいに、優しい笑顔の愛子。だけど、言っていることの滅裂っぷりに、背筋は凍るばかりだ。

「排気点火プロトコルを開始。バイオリアクターからの排気充填、およそ60パーセント。右腕噴射経路変更――問題なし」
「なにするつもりだ、こいつ!?」
「やめてください、撃ちますよ!」
「撃って、不魚住奨! わたしたちは、正しさを確認しに行くって決めた!」
「三人とも、しっかり掴まっていてくださいね。引っくり返しますよ」
 愛子の右腕が、また透明な宝石に変わっている。そして、腕の側面に、戦闘機の排気ノズルのようなものが現れた。

「くそおおお!」

 優衣子が叫び、バギーがひときわ大きく吠える。しかし、愛子の相変わらずの怪力に、バギーは少しも進まない。

「三、二、一。――点火」

 排気ノズルが火を噴いた。

 耳をつんざく爆音。衝撃。遠心力。
 視界が高速で回転、跳ね回る。全身に衝撃が走った。

 気が付くと、俺はバギーから投げ出され、仰向けに転がっていた。くらくらと安定しない視界で、二人を探す。声を出そうとして、せき込む。

「巽、優衣子、無事!?」
「……無事」

 不魚住と優衣子の声。二人とも苦しそうではあったが、大きな問題はなさそうだった。

「お、俺も無事だ!」

 なにがどう無事なのか自分でもよくわからないが、まだ死んではいない。とにかく俺も無事を知らせ、なんとか立ち上がろうとした。
 が、腕は地面に触れず、空を切る。

「あれ?」

 心なしか、地面に倒れているにしては、視線が高い気がした。
 そして、不意に視界が陰る。

「怪我はありませんね。もう下ろしてもいいですね?」

 愛子の顔面が至近距離にあった。様々な意味合いで心臓が跳ね上がる。

「な、なんですか!?」
「木にぶつかりそうでしたので、愛子が抱え込みました」
「そ、そうですか!」

 どうやら俺は、愛子にお姫様抱っこ状態で抱えられているようだった。

「あぁ、痛い! 慌てないで。暴れないでください。顔面の血流調節を行ってください。顔に血が集まりすぎています」
「お、下ろしてください……!」

 腕の中で暴れると、愛子はすんなりと俺を下ろしてくれた。
 優衣子と不魚住は、すこし離れた位置でなんとも言い難い表情をしていた。

「さあ、もう大丈夫ですね」

 愛子は俺の服の土埃まで払ってくれる。いつのまにか、両腕は人間のようなそれに戻っており、銃口も排気ノズルも消えてしまっていた。
 敵意はないという言葉通り、もしかしたら、愛子は敵ではないのだろうか?

 いまここは、まさに信号を確認するべき場所なのではないだろうか?

 赤が止まれだと理解していて、それでも渡るような人間にはなりたくなかった。でも、その信号機自体が、狂っている場合もあるかも知れないと、俺は気付いた。

 不魚住は信号を確認し、渡らなかった。堅牢な理性の城。
 だけど――。

「――俺たちは、信号が正しいのかどうか、それを確認しにきたんだ!」

 足元に転がっていたグレネードランチャーをつかみ上げる。

 こいつを吹き飛ばすことこそが、青信号である可能性だってあり得る。正直、もうなにが正解かわからない。混乱極まって、正常な判断ができているとは自分でも思えない。もはや、ただ正しさを祈るしかない。

 初めて手にした黒い凶器は、想像よりも軽かった。2kgあるかどうか。でも、これがライフルに装着されるのだと思うと、優衣子が嫌がる気持ちもわかる。

「巽! やるなら、わたしが……!」

 優衣子は慌てて朱色のマークスマンライフルを構えた。

「馬鹿! 巽、危ないからやめるんだ!」

 顔を青くして、不魚住が赤信号を突き付けてくる。

「やめない」

 俺は、見よう見まねでグレネードランチャーを構える。右手で握ったグリップの根元には、白で“S”、黒で“F”と記載されている。これが安全装置だろう。ありがちなミスは犯さない。
 俺は、“S”になっていた安全装置を、“F”に切り替えた。

「己の道行の正しさを確認するために、俺は目の前の赤信号を渡る」
「タツミさん、その行動は過ちです。交通ルールを順守してください」
「だったら、そのルールの根拠を示してくれよ! あなたも二森さんも、ダメだダメだと繰り返すけど、どうして駄目なんだ!?」

 理由を明かさず、道理を示さず、ただ駄目だと俺に銃口を向ける。
 いい加減にしてほしい。まだあの胡散臭い手紙のほうが、親切だ。

「あたりを見回してください。これが根拠です。この奇想天外な天候。マイソウリンという森の拡大。異常事態です」

 愛子は天を指さし、俺に語りかける。

 空は、相変わらず青く澄み渡っている。さんさんと輝く太陽。だけど、それは俺たちの頭上だけ。
 埋葬林から吐き出されたような猛吹雪は、町に広がっていた。それと並行するように、埋葬林も徐々に拡大していた。死者の木が、いまにも林宮から溢れ出しそうになっていた。ここに来る前に見た光景だ。現状は、もっと酷いことになっているかも知れない。

「世界が終るのです。いままさに、終末のトリガーにタツミさんは指をかけています」
「なんだそれ。おかしいだろ。埋葬林の中心に向かうだけで、どうして世界が終わる!?」

 いや、待て。そうなんだ。そうなんだよ。
 もともと、埋葬林に侵入することは重罪で、場合によっては問答無用で射殺される。スレイベルで記憶や感情さえも埋葬林から遠ざけられている。
 それほどのことをして、いったい、なにを守っているのか。犯罪者の人権さえ守られる世で、人の命よりも重いものとは、いったいなんだ。それこそ愛子の言う通り、世界そのものなのか。

 そう思った瞬間、広場を囲む死者の木が、きしきしと音を鳴らした。大人数に取り囲まれ、指をさされ、多数という正義に断罪されているような気分が襲ってくる。

「愛子は、世界の終焉を体験しました。まさか、それにAIKOが関わることになるとは、愛子の思考ルーチンではたどり着けない答えでした」

 この愛子とは、べつの“あいこ”が存在するのだろうか。なんとなく、そんなニュアンスを感じ取った。

「愛子のように、多くの者はなんの抵抗もできずに終わりを迎えます。それどころか、終わりに向かっていることにさえ、気が付かないのです。気が付いたときには、すでに見慣れた町が焼け野原になっています」

 俺も、優衣子と不魚住も、口を閉じて愛子の話に聞き入っている。あたりは木々のざわめきしか聞こえない。目の前の愛子が発する独特の音に気が付いた。やはり、彼女は機械だ。

人格モジュールを持たないバカな愛子でも、少なからず理解できます。それは、とても辛いこと。世界の終わりを前にして、なにもできなかった無力感だけが残ります。愛子にとって世界の終焉は、メモリに深く刻まれた後悔です」
「機械でも、そんなことを考えるのか?」
「はい。機械であろうと、なんであろうと、きっと変わりません。たとえ疑似的なものであったとしても、思考があるのならば、愛子もまた思考の奴隷です」

 世界の終焉について話しているときだけ、愛子からは機械臭さが消えていた。それこそ、深い後悔を抱えた人間の言葉のように、真に迫るようなものを感じた。

 しかし、所詮は機械だ。
 機械が、人間のような思考を持つのだろうか。それは、ただプログラミングされたルーチンをこなしているだけではないのか。
 いや、同じかも知れない。人間も、所詮は高度な生体コンピュータみたいなものだ。愛子ほどの機械になれば、人間とさほど変わらないのかも知れない。

「タツミさんは、いまならまだ終末のトリガーを引かない選択も可能なのです。銃を下ろしてください。人間は、愛子よりも賢いですから、理解できるはずです。一緒に事態を収拾するアルゴリズムを模索しましょう」

 この異常事態のトリガーを引いているのは、俺かも知れない。三人で話をしたとき、たしかにそう思った。そして、どうやらその通りであるようだ。
 でも、そのトリガーが終末のトリガーとは限らない。愛子が嘘をついている可能性だってある。世界の嘘を隠すやつらは、平気で嘘をつくだろう。そして、嘘の正しさを押しつけ、やがて真に正しいと思い込まされるのだ。
 嘘を暴く銃弾。撃鉄を振り下ろし、その銃弾の雷管を叩く。このトリガーは、そのためのトリガーかも知れないのだ。

「タツミさん。まずは仲良しアルゴリズムに従い、お手々を繋ぎましょう。タツミさんのお手々はまだ綺麗です」
「この世界が嘘かも知れないと理解しながら、目をつむって口を閉ざして、嘘の正しさを背負って生きて行けと?」

 俺はともかく、優衣子と不魚住は、墓守と馴鹿という役目がある。嘘の正しさだと理解したまま――赤信号の可能性を知りながら、その役目を果たさなくてはいけない。悪逆の暴君を守護する兵士のように、埋葬林に侵入するものを殺し続けなくてはいけない。そんなものは地獄だ。

「ドン引きするほどの難問ですね。愛子のシステムがハングアップしかけました」
「俺はただ、ハッキリさせたいだけなんだ。俺たちを通してくれ」
「お断りします。この愛子でなければ、もうすこしまともな説得ができたかも知れません。悔やまれます」

 どうやって見ればいいのかわからない照準器を見据え、俺は愛子に銃口を突き付ける。彼女の背後では、不魚住と優衣子が倒れたバギーを起こしている。

「撃つ!」
「見てから余裕で避けます。次はあまり優しくできませんよ!」

 この引き金を引く指先。その道行の正しさと、無事の成功を俺はただ祈る。
 ストックを肩に押し付け、中腰の態勢で構える。

「優衣子、不魚住! 避けろ!」

 二人が飛び退くのを確認し、俺は引き金を引いた。
 存外に重い引き金。内部でバチンと撃鉄が銃弾の尻を叩く。思いのほか間抜けな音がして、大きい銃口から三本の薔薇が飛び出した。

「薔薇っ!?」
「あら。ありがちですが、素敵なサプライズですね」
「不魚住、このやろう……」
「ご、ごめん……」

 愛子が可愛らしく拍手するなか、俺は得も言われぬ感情で不魚住をにらむ。

「タツミさんも、あとでお手々を繋ぎましょうね。ユイコさんとウォースマズさんと、四人で仲良くお手々を――」

 愛子が吹き飛んだ。
 耳をつんざく轟音とともに、くの字になって吹き飛ばされた。ごろごろと転がり、小柄なボディを木に打ち付ける。

「巽くん、急げ! 御神木は目の前だ!」

 呆気にとられている俺たちの前に、薄っすらと顎ヒゲを生やした男が現れた。手には厳つい散弾銃を持っている。

「あ、あんたは……。四季ノ国屋の……」

 埋葬林への侵入を決意した昨日の夜も、この人は俺の前に現れた。二森さんと俺の間に割り込むようにして。そして、今度は二森さんの命を受けたという愛子と俺の間に、割り込むようにして現れた。

「元、四季ノ国屋の書店員だ。私は悪戸吉彦。四季ノ国屋に反抗する者だ。君たちに、反抗の意思はあるか?」
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