嘘つき世界のサンタクロースと鴉の木

麻婆

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第二章 ポストクリスマス

埋葬林攻防戦 (1)

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 国際埋葬林管理研究連盟。日本支部。研究開発室。

 セキュリティゲートを前に、二森はレッドを突き付けられていた。カードをリーダーに掲げるも、電子音とともに赤いLEDが点灯する。

 細胞などの研究材料が保管されている場所。警備の厚い研究開発室のなかでも、いっそう厳重な場所だ。とはいえ、二森の身分証、兼セキュリティカードであれば、開かないレベルのドアではないはずだった。

「やあ、沙兎ちゃん」
「こんにちは、林崎先生」

 苛立つ二森の背中に、林崎の声がかかる。

「どうしたの?」
「こいつの調子が悪いみたい。先生、ここ開けてもらえます?」

 二森は国葬連の身分証を掲げてみせた。

「僕は室長だよ? さすがにそれはできないな」
「あらら、それは困った」

 奇妙な沈黙が、一瞬だけ二人の間に流れる。

「先生を脅して、無理やりドアを開けさせたらどうなります?」
「厳つい警備の連中が雪崩れ込んでくるね」
「そうなるよね……」

 また、小さな沈黙が訪れる。
 どこか腹を探りあっているような緊張感が、あたりに漂う。

「それで、嶽優衣子、彼女はどうだった?」
「もしかして、このドアは林崎先生の仕業?」

 会話が成り立たない。
 二森は、林崎の言葉を完全に無視。相手のペースを崩し、主導権を握ろうとしていた。

「受付に話して、警備に確認してみなさい」
「先生は、ゴジラが好きなんですか?」

 またしても、会話の内容が噛み合わない。林崎は怪訝な顔をする。

「唐突だね。なんのこと?」
「変異墓守遺伝子の話をしていたとき、先生にはゴジラの例えが通じた」
「まあね。ゴジラは有名だから」
「いえ、ゴジラは無名なんですよ。だって、存在すらしないんだから。まあ、似たような作品は生まれていましたけどね」

 林崎の怪訝な顔は、無表情に変わる。そして、諦めたような、すこし困った笑顔に変わった。

「ケアレスミスというやつかな……」
「四季ノ国屋が流通させていない作品。この物語世界には存在しない作品。それを知っている、あなたは誰?」
「沙兎ちゃんの身分証では、それ以上はもう進めないよ」

 林崎もまた、意図的に会話を成立させまいとしているようだった。

「あらら、どうしてまた」
「君なら、新生墓守がどうであれ、結局はまずここに来ると思ってね。見張っていたら、ごらんのとおりだ」

 今度は、二森が怪訝な顔をする。

「どういう意味?」
「沙兎ちゃんは、一番良心が痛まない選択をすると思ってね。生きた墓守をどうこうするよりも、のほうを選ぶだろう?」
「自分で屠殺するよりも、スーパーに並んだ肉を買うほうが楽だもの」
「そのお手々はもう真っ赤なのにねえ。甘えは後悔を生むよ」

 ため息一つ。
 二森はジャケットの内側からハンドガンを抜き取った。銃身とほぼ同じ大きさのサプレッサーが装着されている。

「大きなお世話だ。それよりも、あなたは誰?」
「国葬連、日本支部の研究開発室室長。技術部調査課の課長である君の部下だよ」
「そっちじゃないほう」
「そうだよね……。さすがにもう、とぼけるのは無理があるよね。すまない、ウォッチマン」
「なに? 誰?」

 林崎は両手をゆっくりと上げながら、自身の身分を語り始める。

「僕は、“楽園”の構成員である君の敵――カウンター・フォー・シーズンの元メンバー」
「CFS……!」
「撃つかい? いままで、何人が君の前に倒れたんだろうね」
「でも、元ってどういうこと? わたしが国葬連に潜入するということを予見して、CFSが先生をあらかじめ送り込んだんじゃなくて?」
「いいや。僕はリビルド直後からずっとこの物語世界にいる。沙兎ちゃんを国葬連に招き入れたのは僕だよ。そうでもしなければ、一年かそこらで課長になんてなれるものか」

 二森の顔は血の気を失っていく。
 林崎の言葉の裏には、情報を流している者の存在がうかがえた。四季ノ国屋――創作サークル“楽園”内部に、外部へ情報を流している者が存在するのだ。

「どうして、わたしを招き入れた? どうして、わたしがサークル構成員だと知った?」
「君の上司と取引したからだね」
「上司だって? ふーん、どうかな。それは本当にサークル構成員で、わたしの上司かな?」
「馬鹿みたいなお面を被って、馬鹿みたいな名を名乗ったよ。ウォッチマンだってさ。覚えはある?」

 時雄だ。
 と、二森はなかば確信し、内心で舌打ちをした。

「いまさら隠す必要もないだろうから、すべて話すよ。というか、最初は隠すつもりなんてなかった。だから、銃を下ろしてくれないか? 腕が疲れる」

 二森はすこし躊躇したが、ゆっくりと銃口を下ろした。

「ありがとう。やっぱり、僕は沙兎ちゃん好きだな」
「いいから話して」
「わかったよ。話はこうだ。まず、CFSと新生CFSは、思想の違いから対立している。その対立は、いまも激化の一途をたどっている」
「内輪もめか。最悪」
「まったくだ。僕はそれに嫌気がさしていてね。内部抗争なんて、ほんとうに最悪だ。まるで内側から腐っていく果物だよ。だから、あるとき僕はCFSから姿を消した。そして、四季ノ国屋に近づき、ウォッチマンと取引をした」
「敵の敵は味方って感じか」
「そうだね。もっとも、僕も“楽園”も、互いを味方だとは思っていない。敵視さえしている。だから、沙兎ちゃんは護衛役と監視役の二つを担っているんだろう。どうやら君自身はなにも知らないようだけどね。もしものときは、そいつで僕の頭を吹き飛ばせと言われると思うよ」
「具体的な取引の内容は?」
「ホントになにも聞かされてないんだな。僕の要求は主に二つだ。一つ目は、新生CFSの壊滅。これに関しては、“楽園”にとっても脅威だろうから、要求するまでもなかったかも知れない」
「二つ目は?」
「僕の身の安全だ。“楽園”に情報が流れたと知れたら、新生CFSはもちろん、内部抗争真っただ中だということを隠したいCFSも、犯人を血眼で探すだろう」

 林崎の言葉を聞いて、二森はガラスの向こうに視線を送る。研究に勤しむ研究員のなかに、CFSが紛れ込んでいる可能性があるからだ。

「林崎は偽名でね。本当の僕は、四年前の“あの崩壊”のとき、逃げ遅れて死んだことになっている。だから、CFSは僕がまだここで生きていることは知らないだろう。それに、“楽園”に協力してもらって、研究員の素性はとことん調べた。彼らは現地人だよ」
「なるほど。それで、こっちの要求は? ウォッチマンは情報の一部だけで満足した?」
「いいや。君を国葬連に招き入れること。すでに国葬連で研究室室長をしていた僕が、あれこれと手を尽くした。この物語世界を調査するなら、ここは持って来いの場所だろう?」
「なるほど。繋がった」
「最初は、てっきり君も承知なんだと思っていたよ」
「どうせ、わたしは末端だから」
「いや、そうじゃないと思う」

 うーん、と林崎は首をひねる。

「沙兎ちゃんは、きっと“楽園”の目的とか思想に、完全に同意しているわけじゃないんだろう? そう思ったよ。僕がウォッチマンでも、仔細は話さないだろうな」
「いざとなったら切り捨てるって? つまりは末端の小物じゃないか」
「違う違う。あ、いや。末端の小物ってのは合ってるだろうけれど」
「うるさい」
「ウォッチマンは、切り捨てたいんじゃなくて、守りたいんじゃないかな。たいしたことは知らない。だから、この子は見逃してくれってね」
「なんだそれ……。ウォッチマンがそう言ったの?」
「いいや、ただの勘だよ」
「守りたいんなら、元CFSと取引したリスキーな現場に送るかな? しかも重要な情報を伏せたままで」
「たしかにそうだ。たぶん、ウォッチマンは中間管理職だろうな。僕もそうだったから理解が及ぶ。矛盾や妥協を含んだ命令は、上と下の意見や状況に板挟みにされたなかで、どうにか立ち回ろうとした努力の結果だ。ただ、それは不器用な中間管理職の立ち回りだけどね。スマートなやつは、矛盾や妥協なんてみせない」
「……ぜんぶ勘でしょ?」
「まあね」

 しわと白髪が目立ち始めた笑顔。
 目の前の林崎の笑顔と、時雄の笑顔が重なり、二森はすこし狼狽した。

「でも、勘は大事だ。直感は天啓だと思ってもいい。だから、我々は直感の補強と証明に精を出すべきだ」
「そういうもの?」
「あぁ。そして、ウォッチマンは沙兎ちゃんが大好きだという天からの啓示でもある」
「キモいからその話はもういい」

 林崎は、どこか楽しそうに笑う。

「可哀想なウォッチマン」
「だから、それはもういい。……そっかそっか。大体の事情は飲み込めたよ。それで、どうしてわたしのセキュリティレベルを下げたの?」
「当たり前だろう」

 林崎の表情が真剣なものに変わり、二森のハンドガンがぴくりと反応する。

「僕は元CFSだ。“楽園”のやっていることは許せない。物語世界を崩壊に導きそうな因子を、おいそれと渡すわけにはいかない。それに、セキュリティレベルは下げてない。もともと、沙兎ちゃんはそれ以上進めない」
「わたし、いちおう上司なんだけど。開けてくれない?」
「だめ。研究開発室に関しては、室長の意見のほうが優先される。それに、そこから先は、“楽園”との取引には含まれていない」
「そっかそっか。フェアなことで」
「そうだろう? 君たち“楽園”とは大違いだ」

 そこで、林崎は嫌悪感をむき出しにする。温厚な彼がそこまで負の感情を表したのを、いままで二森は見たことがなかった。

「そも物語世界は壊れる。無数の物語世界が、いままさにどこかで崩壊している。そして、同じ数だけ生まれている。星の誕生と死。生命の誕生と死。それと同じだ。自然の成り行きだ。だけど、君たちはその自然に手を加える。それはいわば、自然破壊だ」
「必ずしも崩壊するわけじゃない。わたしたちは、なにも崩壊を望んでいるわけじゃない」
「そうだ。この世界のようにね。だけど、それは詭弁だ。屁理屈だと思わないか?」

 二森は、なにも答えない。
 ただハンドガンを再び構えた。

「人の悪手に見舞われた惑星の最後を見たことがあるかい? 自然破壊の成れの果てに、君たち“楽園”の目的があるのではないのか? どうして繰り返す? どうして同じだと気付かない?」

 二森は、やはりなにも答えようとしない。

「ウォッチマンの愛し子は、なにも知らないのか?」
「うるさいな」
「自然の成り行きに逆らえば、崩壊は免れない。惑星や物語世界だけの話じゃない。もっと大きな未知の崩壊が待ち受けているかも知れない。結果だけを利用するならまだしも、よく理解もしないままにシステム側を弄れば、その先に待つのはシステムダウンだ。根幹の崩壊に繋がりかねない。馬鹿でも理解できる話だろう」
「わたしには、ちょっと大きすぎる話だ。わたしは、抜き差しならない状況で、小さな理由ひとつを握ってただ足掻いているだけ」

 自身の興奮を鎮めるように、林崎はまぶたを閉じてため息をついた。

「大局を見ようとしないのは怠慢だよ、沙兎ちゃん」
「そうなんだろうね。でも、わたしは結局、人間が小さいんだ。世界や、もっと大きなもののために闘えって? そんなの無理だよ。走る理由が大きすぎると、足が止まる。大きすぎる理由は、そのうち希薄になっていくよ」
「なるほどな。そうかも知れない」
「なに? どうしちゃったの、疲れた顔して」
「その通りだよ。疲れたんだ。いまみたいに怒ったり、説得しようとしたりすることにね。だから、僕は妥協した。CFSを抜けたし、“楽園”とも協力した。僕はここで、死ぬまで小さな抵抗を続ける。自分の小さな居場所を守ることだけを考える」
「“楽園”はここだけに固執しているわけじゃないよ? 大局を見ようとしないのは怠慢では?」
「まったく……。高速ブーメランだな。そうだ。僕はもうただの怠け者だ。放って置いても大して害はないと保証しよう」

 二森は銃口で林崎に指示し、互いの位置を交換する。林崎はドア側に、二森は廊下側に移動した。

「最後にひとつ聞いていい?」
「構わないよ」
「変異墓守遺伝子を渡したくないのなら、どうして優衣子ちゃんの話をわたしにしたの?」
「ハハハッ――!」

 林崎は腹を抱えて笑い出す。

「――ハハ。あー、いや、ごめんごめん」
「なに?」
「嘘だよ。嶽優衣子の墓守遺伝子は、変異などしていない」
「はあ? ……くそっ。なにがフェアだ。この狸!」
「ハハハ、ごめんよ」
「わたしが不転化個体だって言って、ちょっと鎌をかけてみたとき、あんなに興奮してたのも演技か」
「まあね。君が現地人じゃないことは、とっくに知っていたからね。ちょっと大げさにはしゃいでみた」
「いよいよ気持ち悪いな、まったく……。まあ、まだ博打には負けてないと思ってるけどね」
「と、言うと?」

 なにも答えず、ただ微笑むだけの二森。林崎の表情が歪む。

「やれやれ。油断してると、また僕のなかのCFSが目覚めそうだ」
「気を付けてくださいよ、先生。まだ頭に穴を開けたくはないんでしょう?」
「あぁ。この物語世界とこの研究開発室が、僕は存外に気に入っているんだ」
「そう。守れるといいですね、先生の居場所」
「あぁ」

 銃を向けながら、二森は廊下をゆっくりと下がっていく。やがて林崎の顔が見えなくなると、出口へ向かうエレベーターへと駆け出した。



 ◆



 そりを牽引し、三人を乗せた苔色のバギーは、存外にゆっくりと走った。運転が難しいのかも知れない。もしくは、俺と不魚住が話し込んでいたから、運転手である優衣子は気を使ったのかも知れない。おそらく、その両方だろう。

 俺は不魚住から様々な話を聞いた。
 埋葬林、墓守、馴鹿、国葬連。いままでバラバラだったパズルのピース、そのいくつかが綺麗に収まった。

 いまも優衣子の腰にぶら下がり、しゃりしゃりと音を鳴らしているスレイベル。どこか緑色に霞んで見えるそれが、どんな作用をもたらすのかも理解した。
 異変に対し、唐突に興味を失った人々は、この音色によって鎮められたのだ。いまもどこかで、この異変を目にしては、スレイベルの音色で踵を返させられているのだろう。そして、この町を出て行ってしまった優衣子の両親もまた、同じ原理で優衣子に対する執着を失ってしまった。

 古から連綿と続き、浮かんでは消えてきたであろう埋葬林を中心とした人間模様に、俺は思いを馳せずにはいられなかった。ずっと間近でそれを感じてきた不魚住は、俺なんかよりも馳せる思いは強いだろう。それらがすべて嘘かも知れないと言われたら、俺は不魚住のように首を縦に振れただろうか。
 こうして話を聞いたことで、不魚住が背負ってきたものを、すこしでも一緒に背負えているだろうか。そんな考えは、希望的すぎるだろうか。

「なんか、すっきりしたよ」

 不魚住は、いつものゆるい笑顔でそう言った。

「そっか」
「うん。二人になにも話せないことが、ずっと辛かったから」
「いままでよく耐えたよな。俺ならすぐ話しちゃいそうだ」
「いや、巽もきっと話さなかったと思うよ。ね?」

 後部に連結された橇から、不魚住は運転手の優衣子に話しかけた。

「うん。わたしも、巽は話さなかったと思う。巽は、不魚住奨を馬鹿みたいに真面目って言うけど、どっちもどっち」
「お前もだろ」
「優衣子もだね」

 俺と不魚住が間髪入れずに言い返すと、優衣子は押し黙ってしまう。風を受け、目の前でなびく髪の毛の隙間から、真っ赤になった耳が見えた。たぶん、これは恥ずかしがっているのだろう。サタハラとか言われるのでそっとしておくが、また頭に花も咲いていた。

「見えてきた」

 優衣子の声に、俺と不魚住は視点を高くする。
 鬱蒼とした死者の木々の隙間から、あまりにも巨大な鳥居が見えてきた。これほど大きい鳥居なら、埋葬林の外からだって見えてもおかしくはない。だけど、一度も目にしたことはなかった。改めて、埋葬林という存在の異様さに気付かされた。
 自分たちの生活に密接し、切っても切り離せない埋葬林。営みの根幹にあるそれが、こうも異様であること。そして、異様であるなどと思いもしないことの異様さ。

 中心部にたどり着けば、なにかわかるかも知れない。吉と出るか凶と出るか。ほとんど博打だ。俺たちに干渉してきた何者かの思惑に、あえて乗っていく道行。その正しさと成功を俺は祈った。

「あの鳥居は、小さい鳥居に囲まれていて、根本周辺はちょっとした広場になっているはず」
「あれか」

 不魚住に言われ、前方に目を凝らすと、木々に紛れて小さな鳥居が見えた。巨大な鳥居と同じで、塗装や加工、装飾もないシンプルな造りだった。

 小さな鳥居をくぐると、視界が一気に開ける。死者の木の数が極端に減り、目を細めさせていた吹雪も唐突に止んだ。

「たしかに、すこし開けてるね」

 バギーを停止させた優衣子が、ゴーグルをぐいっと上げながら言った。

「わたしが死んだのは、もうすこし向こう――川岸だった。ぎりぎり小さな鳥居は越えてなかったんだな」

 優衣子の言葉に、思わず身がすくんでしまう。
 道中、話には聞いていた。埋葬林に侵入した優衣子を、先代の墓守様が射殺した。そして、それに心を痛めた墓守様が自殺を選んだことも聞いた。すこし特殊な墓守様で、思い出を有したままだったという。きっと、感情の抑制も機能していなかったのだろう。

 実際に先代の墓守様を見たわけではないが、どうしても優衣子とダブって見えてしまう。優衣子もまた、同じ道をたどるのではないだろうか。

 感情の抑制と、感情が削ぎ落とされた記憶。最初、墓守の優衣子に会ったときは、それらがきちんと機能していたように思えた。思い出から感情が消えうせ、ただの記録になっていた。感情の高ぶりも、ハカマモリの花が咲くと抑制されていた。

 だけど、いまはどうだろう。赤い装束に身を包み、ライフルを背負っている優衣子を盗み見る。
 昔から表情の乏しい優衣子。無表情であたりを見渡している横顔からは、なんの煩悶も感じられない。
 不意に降りかかった長寿を、優衣子は持て余してはいないだろうか。俺と不魚住は、ずっと一緒にはいられない。俺たちだけが年老いて、死んでいく。時間の感覚が、いずれ致命的なまでにズレていく。

 優衣子の口から“死”という言葉が出てきて、俺はそんなことを考えた。その恐怖に身をすくませてしまった。
 後回しにして、考えないようにしていたことだった。

「鳥居も大きいけど、その奥の御神木はもっと大きい。この目で見たのは、初めてだよ」

 広場に着くなり、ずっと御神木に手を合わせ、何事かをつぶやいていた不魚住。ため息交じりに鳥居と御神木を見上げていた。

「すごいよね。あんなの、とくに信心深くなくたって、神威みたいなものを感じざるを得ない」
「たしかにな……」

 優衣子と俺も、不魚住につられて御神木を仰ぎ見る。
 まだ遠い。巨大な鳥居も数十メートル先だ。でも、間近に迫っていると勘違いしてしまいそうな大きさだった。遠近感が狂うほど、御神木は巨大だった。

「あれが外から見えないっていうのは、やっぱり異様だよな?」
「未知の粒子が、光学迷彩のように機能しているのではないかと推測します。周辺の飛行禁止は、計器の誤動作だけが理由ではないのでしょう」
「あぁ、知らずに御神木に突っ込んだら大惨事だもんな」
「はい」

 俺の独り言のような問いに、すこし無機質な音声と答えが返ってきた。

 その知らない声に、俺は驚いて飛びのく。
 不魚住は浅葱色の袴を踏んづけて転倒している。
 優衣子は尻餅をつきながらも、目を見開いてライフルを構えている。
 俺たち三人は三様に驚いて、その闖入者から距離を取った。

「あんた、誰だ?」
「愛子です」

 俺の問いに、そいつはにっこりと微笑んだ。

 風にそよぐ黒髪の下から、なにかしらの機械が見えている。外側に取り付けているというより、内部構造が見えているという感じがした。異様なほど滑らかで美しい肌と、それにそぐわぬ武骨な金属機構。
 白いシャツに黒いズボンというシンプルな服装に、長くて黒いエプロンが下がっている。本屋などの店員のようだった。胸元の名札には、“愛子”とある。

「サトの命を受け、皆様の埋葬林ツアーを阻止しに来ました。言うことを聞かないヤンチャさんであった場合、愛子は実力行使に移ります」
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