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第一章 ロストサンタクロース
鈴の音が響くとき (2)
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「なあ。鈴の音、うるさくねえか?」
金髪は片耳を押さえ、顔をしかめている。
「あぁ? いや、もうずいぶん前に鳴り止んだろ……」
ジャージはあたりを見回し、息を止めて耳を澄ました。
降り続ける雪が耳を打つ音。積雪を踏みしめる足音。それ以外は聞こえなかった。リーダーも足を止め、三人は耳を澄ます。いよいよ、あたりは迫るような静寂と暗闇に包まれた。
ごくりと、喉を鳴らしたのは誰だったか。ともすれば気が狂いそうになる静けさに耐えかね、リーダーは足を踏み鳴らす。
「そんなもん聞こえねえよ。進むぞー」
「待てよ、嘘だろ……? シャンシャンシャンシャン、アホみてえにうるせえだろ!?」
なおも食い下がる金髪。その足はもはや隠しようもない震えに支配されていた。
「お前いったいどうし……たんだ? ……おい。なにしてんだお前!?」
尋常ならざる二人のやり取りに、リーダーはハッとして振り返る。
彼の目に映ったのは、瞳を虚ろに漂わせ、棒立ちになっている金髪の男だった。やがて、スコップと足を引きずるように、金髪の男はあらぬ方角に歩き出す。
「なんなんだ、いったい……。おい、戻れ!」
リーダーの制止も聞かず、金髪はずるずると体を引きずり、まだ誰の足跡もない木々の間を進んで行ってしまう。
「ど、どうする!? まさかサンタクロースに殺されるとかいう都市伝説って、あれのことじゃねえよな。あいつ、どこ行くんだよ!?」
金髪の異常な振る舞いに感化され、ジャージも今や同じく全身の震えを抑えられなくなっていた。
「落ち着けよ! サンタは硬実を届けてくれるプレゼント野郎のことだろ。なんだ、殺されるって。聞いたことねえよ!」
リーダーはスコップを足元に打ち捨て、ジャージの襟元をひねり上げる。が――、
「あ、あんたこそ落ち着けよ! サンタは墓守様だろ!? 墓を守ってんだよ。墓荒らしは……殺、され……」
ジャージの瞳が、虚ろに落ちていく瞬間を見た。思わず悲鳴を上げて、飛び退くように離れたリーダーは尻餅をつく。
「くそっ。ふざけんなよ。お前ら、俺を担いでんじゃねえだろうな!?」
ずる、ずる、とジャージもまた、虚ろな顔を引っさげて、金髪の後を追い始める。
リーダーは苛立たしそうに溜息をついて、ごろりと寝転がった。引き返そうか、このままひとりで硬実を探そうか、彼は逡巡する。ハンドライトが投げる光の束を見つめ、なかば諦めて帰ろうかと思い始めた。しかし、そのとき、彼はそれに気付いた。
音がまったくしなくなったのだ。
今しがた、歩いていったばかりの二人。その足音が、この静寂の中でまったく聞こえなくなった。ぞくりと心臓が跳ね上がる。
「……なんのつもりだ」
あたりは、ハンドライトなしでは本当の暗闇だ。リーダーは手元に転がったライトを引っ掴み、彼らが歩いていった方角に向けた。果たして、そこに足跡はあった。ほっと安堵の溜息が漏れ、同時に怒りが込み上げる。つまり、二人は途中で止まったということを意味する。
「あいつら……!」
ライトで前方を照らし、もう一方にスコップを持ち、赤いジャケットをひるがえして二人を追うリーダー。
「おい、戻って来い……!」
しかし、リーダーの足はすぐに止まった。彼は、あり得ないものを見た。
樹木が重なり合うようにして、宙にアーチを描いていた。緑の葉には、水気の多い雪が積もっている。ときおり、その雪が滑り落ちて新雪を叩く。その音は、まるで木々が囁きかけているようだった。その事実を伝えようとしているかのようだった。
「おい……。どこいった?」
引きずるように続いていた二人分の足跡は、アーチの下で忽然と消えていた。
ハンドライトに浮かび上がる光景は、新雪に染まった埋葬林だ。先行したはずの二人は、足跡も残さずに消えていた。うるさいほどの静寂の中、ぼたぼたと重たい雪が顔面を叩く。「ここはお前たちのいるべきところではないぞ」と、木々から雪が落ちる。「ほら、あの二人はもう消えたぞ」と。
四月。春近しと生き物たちが這い出る季節。そんな常識は通用しない。
目の前の異常さを、リーダーはようやく真に異常だと認識した。ここは、生ある人間の踏み入って良い場所ではなかった。ここは、この世における死者の住まう場所。死者の杜なのだ。生者の世界において唯一、死者が主役である場所。生ある彼は、この場所では異物以外のなにものでもない。
過呼吸にも似た己の息づかいに気付いて、リーダーの心は折れた。引き返そう。そう決意して、彼は内ポケットの磁気コンパスを取り出した。
「うああぁあっ!?」
磁気コンパスの磁針が、猛烈な勢いで跳ね回っていた。ぐるぐると回るなんてものではなく、引きちぎれんばかりに右へ左へと動いている。投げ捨てた磁気コンパスは、ハンドライトの明かりの中で狂ったように暴れ続けていた。
「くっそが……!」
バカになってしまったコンパスを蹴り上げ、どこまでも続く死者の群れを睨みつけたリーダーは、一直線に走り出した。
埋葬林には端がある。まっすぐに移動し続ければ、必ず端にあたるのだ。アマゾンの熱帯雨林じゃあるまいし、すぐに抜けられる。遊歩道の全長だって六キロメートル程度だったはずだと、彼は雪藪を割って全力で走り出した。
そのときの彼の耳には、鈴の音は届いていなかった。
金髪は片耳を押さえ、顔をしかめている。
「あぁ? いや、もうずいぶん前に鳴り止んだろ……」
ジャージはあたりを見回し、息を止めて耳を澄ました。
降り続ける雪が耳を打つ音。積雪を踏みしめる足音。それ以外は聞こえなかった。リーダーも足を止め、三人は耳を澄ます。いよいよ、あたりは迫るような静寂と暗闇に包まれた。
ごくりと、喉を鳴らしたのは誰だったか。ともすれば気が狂いそうになる静けさに耐えかね、リーダーは足を踏み鳴らす。
「そんなもん聞こえねえよ。進むぞー」
「待てよ、嘘だろ……? シャンシャンシャンシャン、アホみてえにうるせえだろ!?」
なおも食い下がる金髪。その足はもはや隠しようもない震えに支配されていた。
「お前いったいどうし……たんだ? ……おい。なにしてんだお前!?」
尋常ならざる二人のやり取りに、リーダーはハッとして振り返る。
彼の目に映ったのは、瞳を虚ろに漂わせ、棒立ちになっている金髪の男だった。やがて、スコップと足を引きずるように、金髪の男はあらぬ方角に歩き出す。
「なんなんだ、いったい……。おい、戻れ!」
リーダーの制止も聞かず、金髪はずるずると体を引きずり、まだ誰の足跡もない木々の間を進んで行ってしまう。
「ど、どうする!? まさかサンタクロースに殺されるとかいう都市伝説って、あれのことじゃねえよな。あいつ、どこ行くんだよ!?」
金髪の異常な振る舞いに感化され、ジャージも今や同じく全身の震えを抑えられなくなっていた。
「落ち着けよ! サンタは硬実を届けてくれるプレゼント野郎のことだろ。なんだ、殺されるって。聞いたことねえよ!」
リーダーはスコップを足元に打ち捨て、ジャージの襟元をひねり上げる。が――、
「あ、あんたこそ落ち着けよ! サンタは墓守様だろ!? 墓を守ってんだよ。墓荒らしは……殺、され……」
ジャージの瞳が、虚ろに落ちていく瞬間を見た。思わず悲鳴を上げて、飛び退くように離れたリーダーは尻餅をつく。
「くそっ。ふざけんなよ。お前ら、俺を担いでんじゃねえだろうな!?」
ずる、ずる、とジャージもまた、虚ろな顔を引っさげて、金髪の後を追い始める。
リーダーは苛立たしそうに溜息をついて、ごろりと寝転がった。引き返そうか、このままひとりで硬実を探そうか、彼は逡巡する。ハンドライトが投げる光の束を見つめ、なかば諦めて帰ろうかと思い始めた。しかし、そのとき、彼はそれに気付いた。
音がまったくしなくなったのだ。
今しがた、歩いていったばかりの二人。その足音が、この静寂の中でまったく聞こえなくなった。ぞくりと心臓が跳ね上がる。
「……なんのつもりだ」
あたりは、ハンドライトなしでは本当の暗闇だ。リーダーは手元に転がったライトを引っ掴み、彼らが歩いていった方角に向けた。果たして、そこに足跡はあった。ほっと安堵の溜息が漏れ、同時に怒りが込み上げる。つまり、二人は途中で止まったということを意味する。
「あいつら……!」
ライトで前方を照らし、もう一方にスコップを持ち、赤いジャケットをひるがえして二人を追うリーダー。
「おい、戻って来い……!」
しかし、リーダーの足はすぐに止まった。彼は、あり得ないものを見た。
樹木が重なり合うようにして、宙にアーチを描いていた。緑の葉には、水気の多い雪が積もっている。ときおり、その雪が滑り落ちて新雪を叩く。その音は、まるで木々が囁きかけているようだった。その事実を伝えようとしているかのようだった。
「おい……。どこいった?」
引きずるように続いていた二人分の足跡は、アーチの下で忽然と消えていた。
ハンドライトに浮かび上がる光景は、新雪に染まった埋葬林だ。先行したはずの二人は、足跡も残さずに消えていた。うるさいほどの静寂の中、ぼたぼたと重たい雪が顔面を叩く。「ここはお前たちのいるべきところではないぞ」と、木々から雪が落ちる。「ほら、あの二人はもう消えたぞ」と。
四月。春近しと生き物たちが這い出る季節。そんな常識は通用しない。
目の前の異常さを、リーダーはようやく真に異常だと認識した。ここは、生ある人間の踏み入って良い場所ではなかった。ここは、この世における死者の住まう場所。死者の杜なのだ。生者の世界において唯一、死者が主役である場所。生ある彼は、この場所では異物以外のなにものでもない。
過呼吸にも似た己の息づかいに気付いて、リーダーの心は折れた。引き返そう。そう決意して、彼は内ポケットの磁気コンパスを取り出した。
「うああぁあっ!?」
磁気コンパスの磁針が、猛烈な勢いで跳ね回っていた。ぐるぐると回るなんてものではなく、引きちぎれんばかりに右へ左へと動いている。投げ捨てた磁気コンパスは、ハンドライトの明かりの中で狂ったように暴れ続けていた。
「くっそが……!」
バカになってしまったコンパスを蹴り上げ、どこまでも続く死者の群れを睨みつけたリーダーは、一直線に走り出した。
埋葬林には端がある。まっすぐに移動し続ければ、必ず端にあたるのだ。アマゾンの熱帯雨林じゃあるまいし、すぐに抜けられる。遊歩道の全長だって六キロメートル程度だったはずだと、彼は雪藪を割って全力で走り出した。
そのときの彼の耳には、鈴の音は届いていなかった。
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