さらさら電鉄

仁科

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何かとは何か

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「もう一度詳しく説明しましょうか?」
「いやぁ……説明されてもわからないと思うのでいいです」
「そうですか」

 一連の会話が終了すると、二人とも何もしない時間が生まれた。営業マンとしてはあってはならないことなのだが、どうにも収集がつかない。今ここで、状況を理解できていないのは俺だけなのだ。なのにどうして会話が続けられようか。俺にはわからない。

「この前、自殺志願者の方がいらっしゃったんですよ」
「え゛ぇ!」

 唐突な話題。平常なトーンで話し始めるようなものではない。ただ、またここで会話を切ってしまうとさらに気まずい。俺は惰性で会話を続けてしまおうと決意した。

「自殺志願者?」
「ええ。数週間前ですかね」
「その人は、なぜここに来たんですか」
「私に聞かれてもわかりませんよ。それこそ、本人にしかわかりません。そもそも私は、あなたがなぜここにいるのか知らないんですから」
「はあ……そうですよね」

 確かに、そう言われればそうだ。俺はこの鉄道のことがよく理解できていないように、運転士さんにとっても俺のことなど理解できない。ましてや、俺がどのようにしてここにありついたかなんて、知ったってどうにもならない。運転士さんは、また俺に顔を向け、続けた。

「色々と話しかけてみるんですが、全く受け答えてくれなくて。なんとか話を聞いてみると、自殺スポットに向かおうと最寄り駅に行くと、それがうちの電鉄に変わってたみたいで。とりあえず乗ってみたら案の定だったっていうわけです」
「そんなことがあるんですか」
「それがあるらしいんですよね。終駅に着くまでは、ほとんど会話もしてくれなかったんですが、電車を降りると、そこは自分の故郷だったらしいんです。あとに聞いた話によれば、温かい家族と同郷の友人に包まれて、今では家業を手伝っているらしいです」
「へえ……」

 不思議な話だ。いったいこの電鉄では何が起こっているのか。そもそも『さらさら電鉄』だなんて聞いたことがない。このエピソードがあったのかさえまだ疑いの余地があるし、この状況はもはや拉致状態にも近い。何から何までわからなさすぎる。考えるたびに脳が熱々に燃え盛るようだ。

 そういえば、俺は最初に何を質問していただろうか。そうだ、思い出した。「ここは誰が利用するのか」と聞いていた。その答えはまだもらっていない。これさえわかれば、あるかどうかもわからない答えに繋がるかもしれない。

「ちなみになんですけど、ここってどういった方が利用されるんですか」

 まるで初めて聞いたかのように振る舞う。もちろんすぐにバレた。

「あ、たしか最初に聞かれてましたよね。すみません、話が脱線してしまって」

 電車だけに? と思ってしまった俺は愚かだった。運転士さんは、俺とまっすぐ目を合わせて、言い放った。

「強いて言うなら、何かを強く求める人……かな」
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