勇者は浮気する

仁科

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勇者は浮気する 2

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 一通りの案内が済んだ頃には、勇者はくたびれ、王は生き生きとし、そしてお父さんと呼ばれることを待ちわびていた。

「さあ、そんな君にサプライズがある」

 サプライズという言葉が大好きな王は、口ひげをさすりながら得意げに言った。サプライズだからといって勇者の気力が回復するわけでもなく、彼は適当に口を答えた。

「なんですか」
「君に、一つだけ案内していない部屋があるだろう?」
「屋上ですか」
「屋上ないよ! お城の屋根ってすっごい傾いてるもん!」

 王はいつになくノリノリである。それだけ娘の亭主と話すのが嬉しいのか、はたまた自分を一向にお父さんと呼んでくれない焦りからか。それは本人にしかわからない。王は気を取り直して言った。

「君の部屋って、まだ案内してなかったよね」
「あぁー、そうですね」

 一方の勇者は、もはや喋るのさえ面倒になっていた。上の空で王の話を聞いていると、視界の端にぼんやりと人影が見えた。どうにも勇者はその人影が気になり、王ガン無視でそちらの方に目を向けた。

 そこには、見た目は王女より少し年上の、物静かそうな使用人の女性がいた。そしてそのまま、勇者はなにも考えず、ぼーっとしていた。なぜ、ぼーっとしているのだろうと思いながら、ぼーっとしていた。

「どうした?」

 王が話しかけてくるまで、勇者はまるで何も気にできなかった。

「あ、ああ、すみません」

 もう一度、視線を使用人がいたほうに戻す。しかし、そこには誰もいない。首を傾げながら、また視線を王の方に戻した。

「ジャジャーン!! これが君の新しいお部屋だ!」

 新しいお部屋には、まるで興味がなかった。あの女性は誰なのか、あの女性は何者なのか。勇者の頭は、それでいっぱいだった。

「見てよこのアンティークな椅子。ああ、なんかバキっていったけど。そしてまたこの木の机ね。太ーい木一本削り出して作ったオーダーメイドだよ。凄くなぁい?」

 王は王女さながらにうるさく騒ぎまわる。DNAの仕組みは、これで例えられたらよくわかる。しかし、いくら王が騒ぎ立てようと、勇者の耳には、これっぽっちも届いていない。

「そしてなんとこのお部屋、うちの娘と一緒に住む部屋なのさ!!」
「ああ、そうですね、王様」
「んもぅ!!」

 サプライズには驚いてくれないし、お父さんとも呼んでくれないし、王にとっては踏んだり蹴ったりだ。しかし、国一つを治める王たるもの、これだけでへこたれるような男ではない。

「あいにく今は娘はいないんだけどね……」

 王は奥への扉を、もったいぶるような間を持って開ける。

「ジャーン! 君たちのために新しく私が買ってきた、ダブルベッドだよ!」
「ああ、はい」
「……付き合ってくれてありがとう。良い夜を」

 王は逃げるように部屋を、いや、逃げていった。今にも溢れそうな涙を必死に閉じ込めながら、二人の部屋から逃げていった。

 一人取り残された勇者は、ネジの一本抜けたアンティークな椅子に、ストンと座り込んだ。あの女性は誰だったのか。未だに気になって気になって仕方がないのだ。

「ねえ」

 突然、真後ろから声が聞こえてきた。勇者は思わず跳ね上がる。振り向いてみると、声の持ち主は、さっき見た使用人の女性だった。

「ど、どうしたんですか」
「いいよいいよ、勇者さん。あまり大きな声出さないで」

 女性からは、何かと謎に満ちたオーラを感じられた。なんとも言い難い、何とも定義できないオーラを、感じられた。勇者はなんとか一人になりたかった。この女性とは、なるべく二人きりになりたくなかった。

「人の部屋ですよ!?」
「掃除しに来ただけよ」
「僕今来たばっかりですから、汚れてませんよ」
「王様がさんざん暴れてたじゃない」

 どうにか女性を追い返そうにも、淡々と言葉を打返される。これ以上ちょこまか口を出しても無駄だ。勇者はそう考えた。ありのままの言葉で、この使用人に、ここから出ていってもらおう。

「この部屋から出てください! 一体あなたは、何をしに来たんですか」

 女性はニヤリと笑みを浮かべる。こちらを向いて、ただ口角だけを動かした。

「掃除よ」

 それだけ言い残して、女性はまたおもむろにほうきを動かした。

「違う、掃除じゃない! 何か他の目的があるはずだ!」

 勇者はどうしても女性を追い出したかった。しかし、こうではもはやただの言いがかりだ。女性は、ちりとりに向けていた目をこちらに移し、また先程と似たような表情をしてから、言った。

「あなたが悪いのよ」
「えっ?」
「あなた、さっき私をずっと見てたでしょう」
「んん、まあ」

 女性はほうきを立て掛け、こちら側に行きすぎなほど近寄る。背の高くない勇者の顎に、彼女の目線がピッタリとくっついた。

「なんであんなにずっと、私を見てたの?」
「それは、その……」
「あなた、本当に王女さまのこと愛してる?」
「いや……」

 女性の圧力に、勇者はぐっと目を閉じる。この人の目を見てはいけない、自然とそう思った。しかし、女性はまだまだ言葉を続ける。

「王女さまを愛しているっていうのに、他の女のことをジロジロ見つめるって。どういうことかな」

 迫りくる女性の迫力に、勇者はついに決心した。この際、全てこの女性に言ってしまおう。

「王女なんて愛してない! 王様なんてお父さんじゃない! こんなのもうやってられないよ!」
「フフ。よく言えたわね」

 大声に息の切れる勇者の口が、また別の口によって閉ざされた。勇者はそれを、拒むことはなかった。

「このベッド、今使わないと、新品のままなんて、もったいないわよね」

 勇者は、千切れそうな心臓の鼓動に、希望と不穏を感じていた。

 一方その頃、王は。

「今なんか『王様なんてお父さんじゃない』って聞こえなかった?」
「さあ、気のせいじゃないですかね」
「はぁ。ついに幻聴まで聞こえるようになってきたか」
「頑張りましょうよ、王様」
「そうだよな、いつか絶対に、お父さんって言わせてやるぜ!」
「そここだわるんですね」

 どうもお父さんと呼ばれることに、相当なこだわりがあるようだ。
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