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第4章 小泉奏音 - ユータは、ユータよ
第37話 変なことをしたら承知しないからね!
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火曜日も練習に熱が入り、一年生の有志生徒たちは一通りの動作を身につけることが出来た。後は水曜日の本番を待つばかりとなったが、朝から雨が降って球技大会は一日順延となった。
吹奏楽部時代の朝練の影響からか、早い時間帯に学校へ向かうのがすっかり癖となってしまった。以前は柚希と一緒に通うのが憂鬱だったが、最近は小泉さんと高橋さんも僕と一緒に通っている。そのためか、柚希と一緒のバスになったとしても気にならなくなった。
バスを降りて昇降口へと向かい、一番乗りで一年三組の教室に入る。
いつものようにカバンの中身を自分の机にぶち込み、カバンを横にかけると小泉さんは外の景色を見ながらため息をついた。
「楽しみだったけど、こればかりは仕方ないわね。アタシたちも一生懸命練習してきたのに」
「そうだね。でも、もう一日練習出来るからいいじゃないか」
「ユータったら、そんなこと言わないでよ。一日練習を増やしたとしてもアタシたちが疲れるだけよ。それにね……」
小泉さんはぶっきらぼうな話し方をしながら、人目を気にせずソックスをめぐりあげた。華奢ながらも鍛え上げられた脚の付け根部分には、痣のようなものが少しだけ見えた。
「痣のケアが大変なのよ。だから、早く終わってほしいのよね」
そう話すと、小泉さんはため息をついた。
小泉さんの話はもっともだ。日野先生の話だと、トップを務める子は脚の付け根部分に手の形をした痣が出来るそうだ。それに、誰が支えるかによって痣の出来方が変わるとも話していた。
練習の時はいつも米沢さんが小泉さんを支えているのは分かるが、先輩たちはどうなのだろうか。
「小泉さんを支えているのって、米沢さんだっけ?」
「そうよ。キッズチア時代からずっと支えてもらっているわ。他の子にも支えてもらったことがあったけど、アタシのことをよく分かっているマリンが安定しているわ」
「なるほど。佐藤先輩は?」
「スズカ先輩とハルカ先輩よ。あの二人は元々空手をやっているから体幹がしっかりしているのよ。握力が人一倍あるから、佐藤先輩の痣はアタシよりも半端ないわ」
小泉さんの話を聞いて、バスケの練習で体育館を訪れた日のことを思い出した。
佐藤先輩のふくらはぎには、誰かが脚を掴んだ跡が鮮明に残っていた。練習中の佐藤先輩はシャツとスパッツ、長めのソックスを穿いていた。痣を隠すためだとしたら、小泉さんの説明も納得がいく。
「日野先生の話だと、痣が出来るのはまだしも捻挫なんてザラだし、腰痛になることだってあるのよ。マリンが捻挫して代役を務めたのは聞いているわよね?」
「もちろん」
「それなら話は分かるわ。以前も話したと思うけど、チアをやっていたら怪我なんてしょっちゅうだし、下手したら死ぬことだってあるからね」
「入部届をもらった時も話していたね」
「よく覚えているじゃない」
「まあね」
僕が笑顔を見せると、小泉さんもそれで返す。雨音を聞きながら他愛のない話をしていると、引き戸の開く音が教室内に響いた。
「おはよう」
挨拶をして教室内に入ってきたのは後藤だった。
日本人でありながら欧米系の血を引いているようにも見える顔とブロンドの髪の毛には水滴がついていて、雨に降られながらこっちにたどり着いたのだろう。
後藤はハンカチで軽く顔を拭うと、僕たちの顔をじろじろと見つめた。
「お前ら、二人とも、朝から駄弁っていたのか」
「おはよう、テツ」
「おはよう。小泉さんも一緒だったのか?」
「Of course.」
小泉さんはネイティブ顔負けの英語で後藤に答えると、いつにも増してにやけた表情を見せた。ガタッと音を立てて立ち上がると、後藤の目の前にやってきて前傾姿勢で後藤に向かって言う。
「ゴトー、アンタはアタシたちの晴れ舞台を見られなくて残念に思うわよね?」
「な、いきなり何を言い出すんだ!」
「だって、球技大会は雨で一日順延だからね~。アタシたちのスカートがUFOのようにヒラヒラと舞うところを撮りたくて仕方なかったでしょ?」
「なっ、何を言い出すんだよ! 俺は変態じゃないぞ! 被写体の様子を見るためには仕方ないんだ」
「でも、眼福とは思っているんでしょう?」
「当然だ。こないだも言ったよな、このことは」
「……やれやれ」
テスト前に自習した時と同じように、小泉さんは「まるで成長していない」と言わんばかりに首を横に振った。
「こないだも言ったように、犯罪にならないようにだけはしときなさいね」
「分かっているさ、何度も言わせるなよ。大体俺はだな……」
「『普通の高校生です』とでも言いたいんでしょ?」
「当たり前だ」
後藤は胸を張って答えると、小泉さんは呆れた表情を見せる。僕は二人のやり取りを傍から眺めながら、今日の授業の準備を始めようとした。
「ユータ、もう勉強の準備に入るわけ?」
「当たり前だよ。何せ今日の分は雨で延期になっただろう?」
「それもそうね。こちらも勉強の準備に入りましょう。……それと、ゴトー」
「な、何だよ?」
「明日と明後日、変なことをしたら承知しないからね!」
「うぐっ……」
小泉さんは後藤に指を差して強い口調で言い放つ。後藤は言葉に詰まって何も言えなくなり、おとなしく授業の準備を始めていた。
僕が勉強をしていると、また引き戸を引く音が教室内に響いた。ため息交じりで教室に入ってきたのは、サッカー部の千葉だった。その顔は自信満面のイケメン面ではなく、意気消沈しているようにも見えた。
あの千葉までもが意気消沈しているのは仕方ない。
僕は自分に言い聞かせて、放課後の練習を楽しみにしながら今日の授業の準備を進めた。
吹奏楽部時代の朝練の影響からか、早い時間帯に学校へ向かうのがすっかり癖となってしまった。以前は柚希と一緒に通うのが憂鬱だったが、最近は小泉さんと高橋さんも僕と一緒に通っている。そのためか、柚希と一緒のバスになったとしても気にならなくなった。
バスを降りて昇降口へと向かい、一番乗りで一年三組の教室に入る。
いつものようにカバンの中身を自分の机にぶち込み、カバンを横にかけると小泉さんは外の景色を見ながらため息をついた。
「楽しみだったけど、こればかりは仕方ないわね。アタシたちも一生懸命練習してきたのに」
「そうだね。でも、もう一日練習出来るからいいじゃないか」
「ユータったら、そんなこと言わないでよ。一日練習を増やしたとしてもアタシたちが疲れるだけよ。それにね……」
小泉さんはぶっきらぼうな話し方をしながら、人目を気にせずソックスをめぐりあげた。華奢ながらも鍛え上げられた脚の付け根部分には、痣のようなものが少しだけ見えた。
「痣のケアが大変なのよ。だから、早く終わってほしいのよね」
そう話すと、小泉さんはため息をついた。
小泉さんの話はもっともだ。日野先生の話だと、トップを務める子は脚の付け根部分に手の形をした痣が出来るそうだ。それに、誰が支えるかによって痣の出来方が変わるとも話していた。
練習の時はいつも米沢さんが小泉さんを支えているのは分かるが、先輩たちはどうなのだろうか。
「小泉さんを支えているのって、米沢さんだっけ?」
「そうよ。キッズチア時代からずっと支えてもらっているわ。他の子にも支えてもらったことがあったけど、アタシのことをよく分かっているマリンが安定しているわ」
「なるほど。佐藤先輩は?」
「スズカ先輩とハルカ先輩よ。あの二人は元々空手をやっているから体幹がしっかりしているのよ。握力が人一倍あるから、佐藤先輩の痣はアタシよりも半端ないわ」
小泉さんの話を聞いて、バスケの練習で体育館を訪れた日のことを思い出した。
佐藤先輩のふくらはぎには、誰かが脚を掴んだ跡が鮮明に残っていた。練習中の佐藤先輩はシャツとスパッツ、長めのソックスを穿いていた。痣を隠すためだとしたら、小泉さんの説明も納得がいく。
「日野先生の話だと、痣が出来るのはまだしも捻挫なんてザラだし、腰痛になることだってあるのよ。マリンが捻挫して代役を務めたのは聞いているわよね?」
「もちろん」
「それなら話は分かるわ。以前も話したと思うけど、チアをやっていたら怪我なんてしょっちゅうだし、下手したら死ぬことだってあるからね」
「入部届をもらった時も話していたね」
「よく覚えているじゃない」
「まあね」
僕が笑顔を見せると、小泉さんもそれで返す。雨音を聞きながら他愛のない話をしていると、引き戸の開く音が教室内に響いた。
「おはよう」
挨拶をして教室内に入ってきたのは後藤だった。
日本人でありながら欧米系の血を引いているようにも見える顔とブロンドの髪の毛には水滴がついていて、雨に降られながらこっちにたどり着いたのだろう。
後藤はハンカチで軽く顔を拭うと、僕たちの顔をじろじろと見つめた。
「お前ら、二人とも、朝から駄弁っていたのか」
「おはよう、テツ」
「おはよう。小泉さんも一緒だったのか?」
「Of course.」
小泉さんはネイティブ顔負けの英語で後藤に答えると、いつにも増してにやけた表情を見せた。ガタッと音を立てて立ち上がると、後藤の目の前にやってきて前傾姿勢で後藤に向かって言う。
「ゴトー、アンタはアタシたちの晴れ舞台を見られなくて残念に思うわよね?」
「な、いきなり何を言い出すんだ!」
「だって、球技大会は雨で一日順延だからね~。アタシたちのスカートがUFOのようにヒラヒラと舞うところを撮りたくて仕方なかったでしょ?」
「なっ、何を言い出すんだよ! 俺は変態じゃないぞ! 被写体の様子を見るためには仕方ないんだ」
「でも、眼福とは思っているんでしょう?」
「当然だ。こないだも言ったよな、このことは」
「……やれやれ」
テスト前に自習した時と同じように、小泉さんは「まるで成長していない」と言わんばかりに首を横に振った。
「こないだも言ったように、犯罪にならないようにだけはしときなさいね」
「分かっているさ、何度も言わせるなよ。大体俺はだな……」
「『普通の高校生です』とでも言いたいんでしょ?」
「当たり前だ」
後藤は胸を張って答えると、小泉さんは呆れた表情を見せる。僕は二人のやり取りを傍から眺めながら、今日の授業の準備を始めようとした。
「ユータ、もう勉強の準備に入るわけ?」
「当たり前だよ。何せ今日の分は雨で延期になっただろう?」
「それもそうね。こちらも勉強の準備に入りましょう。……それと、ゴトー」
「な、何だよ?」
「明日と明後日、変なことをしたら承知しないからね!」
「うぐっ……」
小泉さんは後藤に指を差して強い口調で言い放つ。後藤は言葉に詰まって何も言えなくなり、おとなしく授業の準備を始めていた。
僕が勉強をしていると、また引き戸を引く音が教室内に響いた。ため息交じりで教室に入ってきたのは、サッカー部の千葉だった。その顔は自信満面のイケメン面ではなく、意気消沈しているようにも見えた。
あの千葉までもが意気消沈しているのは仕方ない。
僕は自分に言い聞かせて、放課後の練習を楽しみにしながら今日の授業の準備を進めた。
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