悩んでいる娘を励ましたら、チアリーダーたちに愛されはじめた

上谷レイジ

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第3章 佐藤眞耶 - 球技大会の前に

第29話 ささやかな気持ちです

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「お疲れさまでした、優汰君」
「お疲れ様です」

 練習が終わった後、僕たちはラウンジで休憩を取っていた。五人でひとつのテーブルに座るわけにはいかないと思って、空いている席から椅子を一個だけ借りてテーブルを囲むようにして談笑のひと時を過ごしていた。

「はい、これは私からの差し入れです」

 佐藤先輩がスポーツバックから飲み物を取り出すと、全員が一心不乱になって口にしていた。佐藤先輩が秘密だと話していたのは、まさにこのことだったのか。
 ゴールを決めた後で、僕たちは実践に近い形式で何回か入れ替わるようにして練習した。最初はディフェンス役を買って出た高橋さんや米沢さんに苦戦した。しかし、回数を重ねるに従って二人の包囲網をかいくぐってシュートを決められるようになった。体育の授業では苦戦しているのに、どうしてなのだろうかと不思議に思わざるを得ない。

「優汰君、今日は練習してどうでした?」
「今までは失敗ばかりしていたのに、今日はスムーズに動けましたね」

 佐藤先輩の問いかけにそう答えると、隣に座っている小泉さんが僕のことを見ては何度もうなずいては意地悪そうな笑顔を浮かべた。

「うん、うん。体育の実技になると、いつも千葉をはじめとした体育会系の連中に負けているからね、ユータは」
「こ、小泉さん! いくらなんでもそれは……」
「だってそうじゃない? だから千葉に見くびられるのよ。新体操部の部室掃除をした日も来るのが遅かったけど、もしかして千葉に掃除を押し付けられたんじゃないの?」

 隣に座っている小泉さんが疑惑の目で僕を見つめる。
 確かにその通りで、もし千葉が掃除をやってくれていれば遅刻せずに済んだはずだ。

「そ、それは……」
「どうなのよ?」

 そう問いかけられたら、その通りだとしか答えようがない。

「小泉さんの思っている通りさ。だけど、キチンと言ってやったよ。『お前も手伝えよ、練習の準備運動だと思って』、ってね。そうしたら千葉も納得したけど」

 僕がそう話すと、小泉さんは呆れた顔を見せてから両手を広げる。

「アンタねぇ、千葉あいつを調子づかせないでよ。あいつはこう見えて後藤並のスケベな野郎だってアタシたちの間で知られているんだからね!」
「そうね。千葉君は練習試合の時に私をエッチな目で見ていたからね。千葉君とエッチするくらいだったら、優汰君とエッチしたほうがましよ」
「奈津美の言う通りね。私もどちらかというと苦手かな、ああいったタイプは」

 高橋さんに次いで米沢さんも小泉さんに同調する。二人とも苦虫を噛み潰した顔をしていることから、千葉に対していいイメージを持っていないことが伝わった。千葉には申し訳ないけど、他人を見下しているようではいい選手にはなれないぞと伝えておこう。
 一年生同士で会話が弾む中、佐藤先輩が立ち上がって僕のもとへと歩み寄って声をかけた。

「優汰君、先ほどのことですけどね」
「それって、スムーズに動けたってことですか?」
「そうですね。体育の時間はどうなんですか?」
「いつもだったら体育会系の生徒に足を引っ張られている感じですね。それに……」
「それに?」
「幼なじみのことがありましたからね」

 そう、僕は勉強が得意な反面、スポーツは良くて人並み程度だった。その一方で柚希は小学校時代から目を見張るような活躍を続けていた。
 陸上の記録会に何度も参加したこと、水泳大会でも水泳部の生徒をものともしないスピードで二十五メートルを完泳した。柚希が活躍するたびに、スポーツでは活躍の場がない僕は柚希よりも劣っていると感じるようになった。無論、友達作りにおいてもだ。
 柚希にコンプレックスを抱いていたせいもあって、今までの僕はスポーツへの苦手意識が強かった。しかし、今日に限ってはそんなことを忘れて前もってイメージした通りの動きが出来た。男女の体力差があるとはいえ、ディフェンスをかいくぐってのシュート練習では相手の隙を伺ってシュートを放つことが出来た。なおかつ、何度もゴールポストに収めることも出来た。
 僕の心の中を読んでいたのかどうかは伺う由もないが、佐藤先輩は笑顔を見せながら穏やかな口調で話しかけてきた。

「その子って、ひょっとしてスポーツが得意ですか?」
「そう思っても構いません」
「でも、今はその子とは別れたんですか?」
「もちろんです。こないだ彼氏が出来たとの報告を受けました。ただ、その時に彼女からひどいことを言われましたけどね」

 そう、彼女は僕を友達作りのきっかけとして利用していた。友達欲しさのために僕を利用し、中学校ではわざわざ吹奏楽部に入った。小学校の頃にリコーダーの演奏があまり上手ではなかったにも関わらず、だ。
 しかし、中三の時には楽器の演奏にも慣れてきて、演奏会では僕と変わらない腕前を見せることが多かった。甲子園の予選会でも暑い中で楽器演奏を続けていたから、熱意は僕とほぼ同等、もしくはそれ以上はありそうだ。しかも、友達作りに関しては僕よりも何倍も上手で、吹奏楽部の内外に友達が居る。これで性格が良ければと思うけど、こればかりは仕方がないだろう。何せ、柚希の母親は面子を重んじる人なのだから。

「でも、過ぎたことを気にしても仕方がないじゃないですか。優汰君は優汰君、あの子はあの子ですよ」
「僕は僕、あいつはあいつ、ですか」
「そうですよ。奏音ちゃん、文化祭の出来事から優汰君のことを話題にしていましたよ。『ユータの信念は”I am what I am俺は、俺だ”よ』って休憩時間になると話していましたから」
「つまりは、自分の信念を大事にしろ、と……」

 そう答えると、佐藤先輩は無言でうなずいた。
 確かに、自分の信念があるからこそ僕は今まで辛いことがあっても乗り越えてきた。柚希に何を言われようが、僕は僕だと貫き続けた。
 もし僕の中にそのような信念がなかったら、どうなっていただろうか。サヨナラを言われた途端に立ち直れず、孤独な人生を送ることになっただろう。
 しかし、そうはならなかった。不良漫画を読み続けたことで、あの街で抗争を繰り広げる熱い男たちの魂が心の中に宿った。それに加え、小泉さんが居たおかげで吹奏楽部を離れて、チア部のマネージャーとして新たな一歩を踏み出すことが出来た。
 感慨に浸っていると、佐藤先輩は柔らかくて可愛らしい手を肩に乗せる。

「優汰君は今のままで変わらなくても構いません。他人を羨まず、自分の信念を持ち続けてください。そうすれば、今以上にいいことが起こりますから。これからもチア部のマネージャーとしてよろしくお願いしますね」

 佐藤先輩の一言を聞いた途端、僕は力強く「はいっ!」と返事をした。
 他人は他人、自分は自分。自分を変えることはない。
 僕は僕らしく、自分を信じて歩けばいい。そうすれば、今日のように必ず道は開ける。
 先輩たちと一緒に練習して、本当に良かった。
 柚希に掛けられていた呪いが一つ解けた、そんな気がした。
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