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第3章 佐藤眞耶 - 球技大会の前に

第28話 リラックスしてくださいね

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「到着~!」
「朝早くからだというのに、利用している人が居るんだね」
「親御さんの姿が見えるから、小学校の児童みたいね」

 佐藤先輩が着替えてからアリーナに入ると、卓球のラケットで小さなボールを打ち返す音やバスケットボールをドリブルする音が響いていた。

「結構な数の子供たちがいるな」
「当然よ。何せ週末だからね」

 僕の独り言を米沢さんは軽く受け流す。チアをやっているときは情熱的な応援を繰り広げる彼女だけど、新体操部の部室を掃除したときと同じように普段は冷静で落ち着いた印象がある。チアをやっているときは明るい表情を見せる高橋さんも、米沢さん同様だった。二人の違いはお互いの髪の色と顔つきだけで、横に並ぶとまるで双子の姉妹のように見えた。

「アタシたちのスペース、あるかしら」
「大丈夫ですよ、奏音ちゃん。仕切りの向こう側からボールを弾ませる男が聞こえるでしょ」
「ホントね。そうなると、窓際に向かえば行けばいいのかしら」
「ですね。行きましょう」

 佐藤先輩の合図とともに、僕たちは仕切りの向こう側へと向かう。
 バスケットボールのコートの半分はすでに小学生たちが使っていて、親御さんが小学生たちを見守っていた。

「まずは何から始めようか?」
「何はなくとも、ストレッチですね。といっても、いつも部活でやっているものではなくて軽めのものにしましょう」

 先輩がそう話すと、僕たち五人はコートの半分のスペースで丸くなってからストレッチを始めた。その間も小学生たちの活気溢れる声が響いてくる。

「それじゃあ、誰から先にシュート練習をしますか?」

 ストレッチを終えてから、真っ先に声をかけたのはリーダーである佐藤先輩だった。五人が一様に考え込む中、真っ先に手を挙げたのはポニーテールとヘアバンドが眩しい米沢さんだった。

「私が手本を見せますね」
「真凛ちゃん、お願いできるかしら」
「任せてください。体育の授業ではいつも決めていますから」
「だからといって、ダンクはなしで頼むわ。ここの体育館、ダンクなどのゴールに負荷のかかる行為は禁止だって注意書きがあるから。それに、小学生もいるからね」
「分かっているわ、奏音。無茶はしないから」

 米沢さんは小泉さんに笑顔で答えた。
 佐藤先輩は軽く手を叩くと、僕たちに対して一列に並ぶよう指示を出した。

「それでは、一本ずつ投げて次の子に渡すという形にしましょう。それに、今の時間は小学生とその親御さんも一緒に使っていますから、五人が一通りシュートしたらいったんほかの人たちに譲りましょう」
「ハイッ!」

 僕たちがコートのセンターラインに一列に並ぶと、真っ先に米沢さんがボールを強く床に叩きつけた。そこから一気にボールを床に叩きつけてからまっすぐ走り、流れるようにシュートを決めた。

「おー……」

 その瞬間、僕たちの隣でバスケットボールの練習をしていた小学生やその親御さんからのまばらな拍手が鳴り響いた。米沢さんの動きは、見ていて艶っぽさすら感じさせるほどだった。

「どうだった? 私のシュートは」

 息を切らせながら米沢さんが僕の背後から声をかけてきた。僕の目の前では、高橋さんが米沢さんにも劣らぬ動きでゴールポストの中にボールを沈めていた。

「見事だったよ」

 僕がそう答えると、小泉さんはほかの二人に比べるとちょっとぎこちないながらもゴールを決めた。ボールはリングにはじき返されたみたいで、ちょっと残念そうな表情をしていたけど。
 佐藤先輩はさすが文武両道というべきか、小泉さんよりはスムーズな動きであっと言う間にシュートを決めた。

「優汰君、あなたの番ですよ」

 佐藤先輩は僕に声をかけると、パスする要領でバスケットボールを僕に渡した。

「リラックスしてくださいね。そうすれば、上手くいきますから」

 佐藤先輩に励まされると、僕は緊張を和らげるために深呼吸をする。
 シュートのやり方は頭の中に入っている。ボールを受け取ったらドリブルして、フリースローラインに入ってシュートを放てばいいだろう。余計な力を入れずに、二歩目のステップは力強く、ボールをリングに置くイメージで決めればいい。
 彼女たちの前、否、小学生たちが練習している中で決まるのだろうか。いや、決めて見せる。僕を見下していた柚希はもう居ないのだから。
 頭の中で動きをシミュレートして、ドリブルをしながら前へと進む。先ほどのシミュレーション同様の動きを見せると、ボールはゴールポストの中に吸い込まれていった。最初は失敗することを覚悟していたが、うまくシュートを決めることができるなんて思わなかった。
 ボールを拾い上げてから、僕は窓際で待機している先輩たちの元へと向かう。先輩たちは笑顔で僕を出迎えてくれた。

「優汰君、自信がないと話していた割に良く出来ましたね」
「はい。頭の中ではどのように動けばいいのかわかっていたので、すんなりと行けました」
「くすっ、ペーパー試験は得意だけど苦手意識が強いと思っていたから心配していましたけど、上手じゃないですか」
「いや、まぁ、その……」

 途端に顔が赤くなる。
 そうなるのも無理はない。今、僕の周りにはSクラスの美少女が四人もいる。そして、その誰もが器量良し、性格良しだ。性悪な子なんて一人もいない。僕が頭の中で考えた動きと合致した動きを見せることができたのは、周りの環境が違うからだろう。
 すると、僕の左脇には、佐藤先輩より先にシュートを決めた小泉さんがやってきた。小泉さんは猫のような目を半開きにしてから笑顔を見せて、僕に話しかけてきた。

「いつもアンタは体育の時間になると憂鬱な顔で臨んでいるのに、今日は上手くいったじゃない? ん?」
「いや、偶然だよ。小泉さんはどうだった?」
「アタシはちょっとゴールポストギリギリではじき返されたわ。ちょっと力んだのかな」
「そんなことないよ。たまたまだよ、たまたま」
「そう?」
「そうだよ。佐藤先輩もシュートを決めたじゃないか。だから気にすることないよ」
「ありがとう、そう言ってくれて」

 小泉さんはそう話すと、顔を少し真っ赤にして少しだけうつむく。
 僕たちがシュート練習をしていたコートでは、さっきまで別のコートで練習をしていた小学生のグループが室内靴を鳴らしながら軽く汗を流していた。ふと向こう側のコートを見ると、誰も使っていない様子が見て取れた。

「そちらに移って、今度はディフェンスを想定した練習をしましょうか」

 佐藤先輩がそう話すと、僕たちは無言でうなずいて荷物を手にして移動を始めた。
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