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第2章 米沢真凛 - うまくいくようにするための魔法
第15話 うまくいくようにするための魔法
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「『自分がカッコ悪いと思うことを俺はやらねぇ』……」
「えっ?」
「ユータ、今なんて言ったの?」
「自分がカッコ悪いと思うことを僕はやらないと言ったんだ」
小泉さんと高橋さんが僕の言葉を聞いて呆気にとられていると、米沢さんが手を上げる。
「優汰、さっき言ったそのセリフを口にした意図をわかりやすく説明してくれる? 私だけじゃなくて、二人にも」
「うん。米沢さんって、怪我をしてでも出ようと思った?」
「そうね。せっかくの晴れ舞台だから」
「でも、それで怪我が悪くなったらどうするの?」
「それは、その……」
米沢さんが口ごもる。
「米沢さん、そのようなときに無理に動こうとしても、かえって悪くするだけだよ。大人しく回復に努め、治ってからまた動けばいいんだよ。だから、あのとき変わってもらったのは正解だったと思うよ。今年の文化祭の演技発表を逃しても、また来年があるから。それに……」
「それに?」
「米沢さんが甲子園の予選会で高橋さんの近くで踊っているのを僕は見ていたよ。だから、またあのときのダンスを見たいな、って……」
最後はあのときと同じようにしりすぼみになっていた。しかし、高橋さんのときよりも僕は冷静に彼女に語り掛けた。というのも、米沢さんがあの漫画に例えると怪我だらけの身でありながら主人公と戦おうとする厳つい不良に見えたからだ。
すると、正面の席に座っていた小泉さんがガタッという音とともに椅子から立ち上がり、甘い香りを漂わせながら僕の傍に詰め寄って耳打ちをしてきた。
「ユータ」
「何?」
「あれだけまくしたてて、大丈夫かしら? マリンを刺激したら……」
僕はつい言い過ぎたと思って米沢さんの顔を見たが、先ほどまで沈んでいた米沢さんの顔は心なしか明るくなっていて、米沢さんの顔はあのときの高橋さんの顔によく似ていた。米沢さんも高橋さんと同じ、いやそれ以上に眩しい夏の太陽のような人だ。ただ、なぜか米沢さんの頬が真っ赤に染まっていた。
「大丈夫だよ」
「そう……」
小泉さんはまた先ほどの椅子に座りなおす。僕の斜め正面では、ちょっと興奮気味の米沢さんが今にも向かってきそうな様子を見せていた。
「優汰、やっぱり……、私のことを見ていたのね」
「うん。演奏をしながら見ていたよ」
「ホントに?」
「もちろん。高橋さんと息を合わせながら踊っていた様子は素晴らしかったよ」
甲子園の予選会のとき、高橋さんの近くには小泉さんと米沢さんが並んでいた。三年生の先輩たちに絶賛されていた高橋さんと同じ、いやそれ以上に米沢さんと小泉さんは見事な踊りを見せていた。もちろん、高橋さんと同じように目の保養になるものまで思い出したのは言うまでもなかった。
僕の思春期特有の低俗な思考には気付いても居ない様子で米沢さんは勢いよく身を乗り出した。すると机からガタガタッと音が鳴る。
米沢さんは前傾姿勢で僕の顔をじっと見つめた。胸元からは豊満な胸が作る谷間と彼女が身につけているブラが少しだけ見え、彼女の体からはシトラスの香りが鼻腔をくすぐる。
一通り僕の顔を見つめると、米沢さんは僕の前で雪のように白い歯を見せる。その笑顔は高橋さんと小泉さんとはまた違った可愛さであり、今にでも抱きしめたくなりそうだった。
「ありがとう、優汰。やっぱり、私が思っていたとおりの人ね」
「えっと、どういうこと?」
「私ね、奏音と奈津美からあなたのことを聞いていたのよ。芯の通った人だって」
「本当?」
「本当よ。文化祭で奈津美が代役であるにも関わらず、すごい演技を見せたじゃない。その理由を聞いたら、奏音があなたの話をしてね。あのときから、チア部のみんなは優汰のことに興味津々よ」
僕は入口の正面の席に座っている小泉さんとその右隣りに座っている高橋さんの顔を相互に覗き込む。小泉さんは腕組みをしながら、高橋さんは顔を真っ赤にしながらうなずいていた。
「それと、優汰って自分のことをカッコ悪いなんて思ったことはある?」
「あるよ。いつも幼なじみに言われていたからね」
柚希のことを思い出しながら答える。
幼なじみとはいえ、柚希は僕のことを決して褒めることがなかった。彼女は僕を利用し、自分の地位を盤石なものにしていたのだ。いつもちやほやされるのは彼女の方で、僕は彼女にカッコ悪いと何度も言われた。言われるたびに自信を失い、心が折れそうになった。
しかし、僕はそうならなかった。というのも、幼い頃から床屋で読んでいた不良漫画のセリフを思い出して自分を奮い立たせてきたのだ。他人は他人、自分は自分、カッコ悪いと思うことをやらない、下手に熱くならない、最強よりも最高の男になる。男たちのセリフが、今の僕を形作っていたのだ。僕の背後には最高の男たちが居る。だから、何があっても負けたり屈したりはしないのだ。
米沢さんは今にもキスしそうな勢いで僕の顔を引き寄せる。心なしか、脈が先ほどよりもさらに早く打つのを感じる。米沢さんの汗と甘い吐息を間近で感じながら。
「優汰はあなた自身が思っているよりも何倍もカッコいいわ。硬式野球部の子よりも、サッカー部の子よりも、ずっと、ずっと」
「ホント?」
「ホントよ。それなら、私があなたにとびっきりの魔法をかけてあげようかしら」
「魔法?」
「そう。明日から優汰は私たちのマネージャーになるんでしょ? 皆とうまくいくようにするための魔法、かけてあげる。……目を閉じて」
「う、うん……」
僕は言われたとおりに目を閉じる。すると次の瞬間、柔らかくて温かいものが僕の唇に触れた。
「んっ……」
触れてきたものが米沢さんの唇だと理解するのに時間はかからなかった。こないだ高橋さんと大人のキスをしたけど、今度は互いの唇が触れる程度だった。だけど、米沢さんの僕に対する気持ちを感じ取るには十分なものだった。
マイボトルから飲み物を飲んだからか、米沢さんの唇からはフルーティーな香りとほんのり甘酸っぱいローズヒップティーの味がする。
それから少ししてお互いの顔を離し、周りを見渡す。米沢さんは顔を真っ赤にしながらちょっとうつむき加減でこっちの目を合わせようとしなかった。キスしている間は全く気にしていなかった二人はどうなのか気になり、僕は斜め前に座っている二人の顔を見てみる。
「すご……」
「真凛、大胆……!」
二人とも顔を真っ赤にしながら声にもならない声を出した。それはそうだろう、目の前で熱いキスを交わしたのだから。すると米沢さんは申し訳なさそうな表情で、顔を真っ赤にしている二人を見つめながら表情と同じような声のトーンで話しかけた。
「ごめんね、二人とも。いきなりこんなことしちゃって」
「え、あ……いいのよ! アイツにはこれくらい、なんてことないんだから!」
「そ、そうだよ! 私なんて月曜日に部室でキスしたんだから! 舌を絡めたとびっきり濃いキスを!」
「そうなの、奈津美?」
「う、うん……」
米沢さんに追及されると、高橋さんはあの日のことを思い出したのか恥ずかしそうにうつむく。柚希にサヨナラされた日に全て終わったと思っていたけど、小泉さんが居て良かった。高橋さんと再会を果たし、そして次は隣のクラスの美女までもキスするなんて。
明日からはいよいよチアリーディング部のマネージャーとして入ることになるけど、小泉さんと高橋さん、そして先ほどキスしたばかりの米沢さんが居るならばやっていけるだろう。ますます僕の日常は出来の悪いハーレムラブコメになりそうだけど、それもまた人生だ。
「えっ?」
「ユータ、今なんて言ったの?」
「自分がカッコ悪いと思うことを僕はやらないと言ったんだ」
小泉さんと高橋さんが僕の言葉を聞いて呆気にとられていると、米沢さんが手を上げる。
「優汰、さっき言ったそのセリフを口にした意図をわかりやすく説明してくれる? 私だけじゃなくて、二人にも」
「うん。米沢さんって、怪我をしてでも出ようと思った?」
「そうね。せっかくの晴れ舞台だから」
「でも、それで怪我が悪くなったらどうするの?」
「それは、その……」
米沢さんが口ごもる。
「米沢さん、そのようなときに無理に動こうとしても、かえって悪くするだけだよ。大人しく回復に努め、治ってからまた動けばいいんだよ。だから、あのとき変わってもらったのは正解だったと思うよ。今年の文化祭の演技発表を逃しても、また来年があるから。それに……」
「それに?」
「米沢さんが甲子園の予選会で高橋さんの近くで踊っているのを僕は見ていたよ。だから、またあのときのダンスを見たいな、って……」
最後はあのときと同じようにしりすぼみになっていた。しかし、高橋さんのときよりも僕は冷静に彼女に語り掛けた。というのも、米沢さんがあの漫画に例えると怪我だらけの身でありながら主人公と戦おうとする厳つい不良に見えたからだ。
すると、正面の席に座っていた小泉さんがガタッという音とともに椅子から立ち上がり、甘い香りを漂わせながら僕の傍に詰め寄って耳打ちをしてきた。
「ユータ」
「何?」
「あれだけまくしたてて、大丈夫かしら? マリンを刺激したら……」
僕はつい言い過ぎたと思って米沢さんの顔を見たが、先ほどまで沈んでいた米沢さんの顔は心なしか明るくなっていて、米沢さんの顔はあのときの高橋さんの顔によく似ていた。米沢さんも高橋さんと同じ、いやそれ以上に眩しい夏の太陽のような人だ。ただ、なぜか米沢さんの頬が真っ赤に染まっていた。
「大丈夫だよ」
「そう……」
小泉さんはまた先ほどの椅子に座りなおす。僕の斜め正面では、ちょっと興奮気味の米沢さんが今にも向かってきそうな様子を見せていた。
「優汰、やっぱり……、私のことを見ていたのね」
「うん。演奏をしながら見ていたよ」
「ホントに?」
「もちろん。高橋さんと息を合わせながら踊っていた様子は素晴らしかったよ」
甲子園の予選会のとき、高橋さんの近くには小泉さんと米沢さんが並んでいた。三年生の先輩たちに絶賛されていた高橋さんと同じ、いやそれ以上に米沢さんと小泉さんは見事な踊りを見せていた。もちろん、高橋さんと同じように目の保養になるものまで思い出したのは言うまでもなかった。
僕の思春期特有の低俗な思考には気付いても居ない様子で米沢さんは勢いよく身を乗り出した。すると机からガタガタッと音が鳴る。
米沢さんは前傾姿勢で僕の顔をじっと見つめた。胸元からは豊満な胸が作る谷間と彼女が身につけているブラが少しだけ見え、彼女の体からはシトラスの香りが鼻腔をくすぐる。
一通り僕の顔を見つめると、米沢さんは僕の前で雪のように白い歯を見せる。その笑顔は高橋さんと小泉さんとはまた違った可愛さであり、今にでも抱きしめたくなりそうだった。
「ありがとう、優汰。やっぱり、私が思っていたとおりの人ね」
「えっと、どういうこと?」
「私ね、奏音と奈津美からあなたのことを聞いていたのよ。芯の通った人だって」
「本当?」
「本当よ。文化祭で奈津美が代役であるにも関わらず、すごい演技を見せたじゃない。その理由を聞いたら、奏音があなたの話をしてね。あのときから、チア部のみんなは優汰のことに興味津々よ」
僕は入口の正面の席に座っている小泉さんとその右隣りに座っている高橋さんの顔を相互に覗き込む。小泉さんは腕組みをしながら、高橋さんは顔を真っ赤にしながらうなずいていた。
「それと、優汰って自分のことをカッコ悪いなんて思ったことはある?」
「あるよ。いつも幼なじみに言われていたからね」
柚希のことを思い出しながら答える。
幼なじみとはいえ、柚希は僕のことを決して褒めることがなかった。彼女は僕を利用し、自分の地位を盤石なものにしていたのだ。いつもちやほやされるのは彼女の方で、僕は彼女にカッコ悪いと何度も言われた。言われるたびに自信を失い、心が折れそうになった。
しかし、僕はそうならなかった。というのも、幼い頃から床屋で読んでいた不良漫画のセリフを思い出して自分を奮い立たせてきたのだ。他人は他人、自分は自分、カッコ悪いと思うことをやらない、下手に熱くならない、最強よりも最高の男になる。男たちのセリフが、今の僕を形作っていたのだ。僕の背後には最高の男たちが居る。だから、何があっても負けたり屈したりはしないのだ。
米沢さんは今にもキスしそうな勢いで僕の顔を引き寄せる。心なしか、脈が先ほどよりもさらに早く打つのを感じる。米沢さんの汗と甘い吐息を間近で感じながら。
「優汰はあなた自身が思っているよりも何倍もカッコいいわ。硬式野球部の子よりも、サッカー部の子よりも、ずっと、ずっと」
「ホント?」
「ホントよ。それなら、私があなたにとびっきりの魔法をかけてあげようかしら」
「魔法?」
「そう。明日から優汰は私たちのマネージャーになるんでしょ? 皆とうまくいくようにするための魔法、かけてあげる。……目を閉じて」
「う、うん……」
僕は言われたとおりに目を閉じる。すると次の瞬間、柔らかくて温かいものが僕の唇に触れた。
「んっ……」
触れてきたものが米沢さんの唇だと理解するのに時間はかからなかった。こないだ高橋さんと大人のキスをしたけど、今度は互いの唇が触れる程度だった。だけど、米沢さんの僕に対する気持ちを感じ取るには十分なものだった。
マイボトルから飲み物を飲んだからか、米沢さんの唇からはフルーティーな香りとほんのり甘酸っぱいローズヒップティーの味がする。
それから少ししてお互いの顔を離し、周りを見渡す。米沢さんは顔を真っ赤にしながらちょっとうつむき加減でこっちの目を合わせようとしなかった。キスしている間は全く気にしていなかった二人はどうなのか気になり、僕は斜め前に座っている二人の顔を見てみる。
「すご……」
「真凛、大胆……!」
二人とも顔を真っ赤にしながら声にもならない声を出した。それはそうだろう、目の前で熱いキスを交わしたのだから。すると米沢さんは申し訳なさそうな表情で、顔を真っ赤にしている二人を見つめながら表情と同じような声のトーンで話しかけた。
「ごめんね、二人とも。いきなりこんなことしちゃって」
「え、あ……いいのよ! アイツにはこれくらい、なんてことないんだから!」
「そ、そうだよ! 私なんて月曜日に部室でキスしたんだから! 舌を絡めたとびっきり濃いキスを!」
「そうなの、奈津美?」
「う、うん……」
米沢さんに追及されると、高橋さんはあの日のことを思い出したのか恥ずかしそうにうつむく。柚希にサヨナラされた日に全て終わったと思っていたけど、小泉さんが居て良かった。高橋さんと再会を果たし、そして次は隣のクラスの美女までもキスするなんて。
明日からはいよいよチアリーディング部のマネージャーとして入ることになるけど、小泉さんと高橋さん、そして先ほどキスしたばかりの米沢さんが居るならばやっていけるだろう。ますます僕の日常は出来の悪いハーレムラブコメになりそうだけど、それもまた人生だ。
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