上 下
15 / 40
第2章 米沢真凛 - うまくいくようにするための魔法

第15話 うまくいくようにするための魔法

しおりを挟む
「『自分がカッコ悪いと思うことを俺はやらねぇ』……」
「えっ?」
「ユータ、今なんて言ったの?」
「自分がカッコ悪いと思うことを僕はやらないと言ったんだ」

 小泉さんと高橋さんが僕の言葉を聞いて呆気にとられていると、米沢さんが手を上げる。

「優汰、さっき言ったそのセリフを口にした意図をわかりやすく説明してくれる? 私だけじゃなくて、二人にも」
「うん。米沢さんって、怪我をしてでも出ようと思った?」
「そうね。せっかくの晴れ舞台だから」
「でも、それで怪我が悪くなったらどうするの?」
「それは、その……」

 米沢さんが口ごもる。

「米沢さん、そのようなときに無理に動こうとしても、かえって悪くするだけだよ。大人しく回復に努め、治ってからまた動けばいいんだよ。だから、あのとき変わってもらったのは正解だったと思うよ。今年の文化祭の演技発表を逃しても、また来年があるから。それに……」
「それに?」
「米沢さんが甲子園の予選会で高橋さんの近くで踊っているのを僕は見ていたよ。だから、またあのときのダンスを見たいな、って……」

 最後はあのときと同じようにしりすぼみになっていた。しかし、高橋さんのときよりも僕は冷静に彼女に語り掛けた。というのも、米沢さんがあの漫画に例えると怪我だらけの身でありながら主人公と戦おうとする厳つい不良に見えたからだ。
 すると、正面の席に座っていた小泉さんがガタッという音とともに椅子から立ち上がり、甘い香りを漂わせながら僕の傍に詰め寄って耳打ちをしてきた。

「ユータ」
「何?」
「あれだけまくしたてて、大丈夫かしら? マリンを刺激したら……」

 僕はつい言い過ぎたと思って米沢さんの顔を見たが、先ほどまで沈んでいた米沢さんの顔は心なしか明るくなっていて、米沢さんの顔はあのときの高橋さんの顔によく似ていた。米沢さんも高橋さんと同じ、いやそれ以上に眩しい夏の太陽のような人だ。ただ、なぜか米沢さんの頬が真っ赤に染まっていた。

「大丈夫だよ」
「そう……」

 小泉さんはまた先ほどの椅子に座りなおす。僕の斜め正面では、ちょっと興奮気味の米沢さんが今にも向かってきそうな様子を見せていた。

「優汰、やっぱり……、私のことを見ていたのね」
「うん。演奏をしながら見ていたよ」
「ホントに?」
「もちろん。高橋さんと息を合わせながら踊っていた様子は素晴らしかったよ」

 甲子園の予選会のとき、高橋さんの近くには小泉さんと米沢さんが並んでいた。三年生の先輩たちに絶賛されていた高橋さんと同じ、いやそれ以上に米沢さんと小泉さんは見事な踊りを見せていた。もちろん、高橋さんと同じように目の保養になるものまで思い出したのは言うまでもなかった。
 僕の思春期特有の低俗な思考には気付いても居ない様子で米沢さんは勢いよく身を乗り出した。すると机からガタガタッと音が鳴る。
 米沢さんは前傾姿勢で僕の顔をじっと見つめた。胸元からは豊満な胸が作る谷間と彼女が身につけているブラが少しだけ見え、彼女の体からはシトラスの香りが鼻腔をくすぐる。
 一通り僕の顔を見つめると、米沢さんは僕の前で雪のように白い歯を見せる。その笑顔は高橋さんと小泉さんとはまた違った可愛さであり、今にでも抱きしめたくなりそうだった。

「ありがとう、優汰。やっぱり、私が思っていたとおりの人ね」
「えっと、どういうこと?」
「私ね、奏音と奈津美からあなたのことを聞いていたのよ。芯の通った人だって」
「本当?」
「本当よ。文化祭で奈津美が代役であるにも関わらず、すごい演技を見せたじゃない。その理由を聞いたら、奏音があなたの話をしてね。あのときから、チア部のみんなは優汰のことに興味津々よ」

 僕は入口の正面の席に座っている小泉さんとその右隣りに座っている高橋さんの顔を相互に覗き込む。小泉さんは腕組みをしながら、高橋さんは顔を真っ赤にしながらうなずいていた。

「それと、優汰って自分のことをカッコ悪いなんて思ったことはある?」
「あるよ。いつも幼なじみに言われていたからね」

 柚希のことを思い出しながら答える。
 幼なじみとはいえ、柚希は僕のことを決して褒めることがなかった。彼女は僕を利用し、自分の地位を盤石なものにしていたのだ。いつもちやほやされるのは彼女の方で、僕は彼女にカッコ悪いと何度も言われた。言われるたびに自信を失い、心が折れそうになった。
 しかし、僕はそうならなかった。というのも、幼い頃から床屋で読んでいた不良漫画のセリフを思い出して自分を奮い立たせてきたのだ。他人は他人、自分は自分、カッコ悪いと思うことをやらない、下手に熱くならない、最強よりも最高の男になる。男たちのセリフが、今の僕を形作っていたのだ。僕の背後には最高の男たちが居る。だから、何があっても負けたり屈したりはしないのだ。
 米沢さんは今にもキスしそうな勢いで僕の顔を引き寄せる。心なしか、脈が先ほどよりもさらに早く打つのを感じる。米沢さんの汗と甘い吐息を間近で感じながら。

「優汰はあなた自身が思っているよりも何倍もカッコいいわ。硬式野球部の子よりも、サッカー部の子よりも、ずっと、ずっと」
「ホント?」
「ホントよ。それなら、私があなたにとびっきりの魔法をかけてあげようかしら」
「魔法?」
「そう。明日から優汰は私たちのマネージャーになるんでしょ? 皆とうまくいくようにするための魔法、かけてあげる。……目を閉じて」
「う、うん……」

 僕は言われたとおりに目を閉じる。すると次の瞬間、柔らかくて温かいものが僕の唇に触れた。

「んっ……」

 触れてきたものが米沢さんの唇だと理解するのに時間はかからなかった。こないだ高橋さんと大人のキスをしたけど、今度は互いの唇が触れる程度だった。だけど、米沢さんの僕に対する気持ちを感じ取るには十分なものだった。
 マイボトルから飲み物を飲んだからか、米沢さんの唇からはフルーティーな香りとほんのり甘酸っぱいローズヒップティーの味がする。
 それから少ししてお互いの顔を離し、周りを見渡す。米沢さんは顔を真っ赤にしながらちょっとうつむき加減でこっちの目を合わせようとしなかった。キスしている間は全く気にしていなかった二人はどうなのか気になり、僕は斜め前に座っている二人の顔を見てみる。

「すご……」
「真凛、大胆……!」

 二人とも顔を真っ赤にしながら声にもならない声を出した。それはそうだろう、目の前で熱いキスを交わしたのだから。すると米沢さんは申し訳なさそうな表情で、顔を真っ赤にしている二人を見つめながら表情と同じような声のトーンで話しかけた。

「ごめんね、二人とも。いきなりこんなことしちゃって」
「え、あ……いいのよ! アイツにはこれくらい、なんてことないんだから!」
「そ、そうだよ! 私なんて月曜日に部室でキスしたんだから! 舌を絡めたとびっきり濃いキスを!」
「そうなの、奈津美?」
「う、うん……」

 米沢さんに追及されると、高橋さんはあの日のことを思い出したのか恥ずかしそうにうつむく。柚希にサヨナラされた日に全て終わったと思っていたけど、小泉さんが居て良かった。高橋さんと再会を果たし、そして次は隣のクラスの美女までもキスするなんて。
 明日からはいよいよチアリーディング部のマネージャーとして入ることになるけど、小泉さんと高橋さん、そして先ほどキスしたばかりの米沢さんが居るならばやっていけるだろう。ますます僕の日常は出来の悪いハーレムラブコメになりそうだけど、それもまた人生だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。

電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。 ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。 しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。 薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。 やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。

幼馴染は何故か俺の顔を隠したがる

れおん
恋愛
世間一般に陰キャと呼ばれる主人公、齋藤晴翔こと高校2年生。幼馴染の西城香織とは十数年来の付き合いである。 そんな幼馴染は、昔から俺の顔をやたらと隠したがる。髪の毛は基本伸ばしたままにされ、四六時中一緒に居るせいで、友達もろくに居なかった。 一夫多妻が許されるこの世界で、徐々に晴翔の魅力に気づき始める周囲と、なんとか隠し通そうとする幼馴染の攻防が続いていく。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...