上 下
1 / 40
第1章 高橋奈津美 - 夏の妖精

第1話 夢と応援と不良漫画

しおりを挟む
 前期の中間試験が終わり、甲子園の予選会と文化祭に向けて連日朝練と放課後の練習を重ねていた。
 そんなある日の明け方、僕は小学校の頃より前の夢を見ていた。
 季節は夏の終わりか、はたまた秋の日か、それすらも分からない。
 その日は柚希が家族で出かけていたから、一人で少し遠くまで行ってみようと思って別の地区の公園まで歩いた。
 小さな子供のなんていうのは、本当にそのくらいのスケールに過ぎなかった。けれど、それでも僕は達成感に満ちていて、何か新しいものを見つけたいという気持ちに満ち溢れていた。
 公園内を歩いていると、僕はジャングルジムのそばでうつむく女の子を見つけた。

「ねえ、どうしたの?」

 僕はその子に声をかける。彼女は僕の顔を見てから、またうつむいた。

「ふあんなことがあるの」
「ふあんなこと? どんなことなの?」
「こんど、ようちえんでおゆーぎかいがあるんだけど、それがふあんなの」
「おゆーぎ会? まえにでておどるの?」
「そう。それもアタシがしゅやくだってせんせーにいわれたの」

 女の子の声が涙交じりになる。そんな彼女を僕はしばらく見つめていた。
 僕は笑みを浮かべると、その手を静かに握った。

「え……?」
「ふあんなのは仕方ないよ。だけど、ぼくは見てみたいな。きみがしゅやくになっておどっているところを」
「え……、そ、そう?」

 夢の中の僕はにっこりと笑って、こう答えた。

「そうだ! こういうばあいはじぶんをしてみたら?」
「じぶんを、おーえん……?」
「うんっ! ってすごいんだよ! テレビでこーこーせーのおにーさんとおねーさんたちがこえをいーっぱいだしておーえんしているのをみたんだ。それをみているうちにからだがグーっとあつくなってくるかんじがして、おーえんされているのがじぶんじゃないのにがんばりたいってきもちになるんだ。だから、じぶんをおーえんすればほんとうに力がわいてくるよ。だから、がんばってみて。きみのことをおーえんしているから」

 女の子は目に涙を溜めたままで僕を見つめていたけれど、すぐに目を軽く拭ってから安心したように笑った。

「うん、ありがとう! まだふあんだけど、そういってもらってげんきがでたよ!」
「よかったよ。ねえ、せっかくだからどんなふうにやるのかみせてよ。そとでやることにはなるけど、みているのはぼくだけだから、いーでしょ?」
「もちろんだよ! きみのためにしっかりとおどるね! そういえば、きみのなまえは?」
清水しみず優汰ゆうた。きみのなまえは?」
「アタシは……」

 ベッドの上に置いてあった目覚ましが鳴り、夢はそこで途切れた。
 中学校入学時に父親から買ってもらった目覚まし時計を見ると、もうすでに午前五時半を過ぎていた。

「ふわ……、なんだ、夢か」

 目をこすりながら、独り言をつぶやく。今まで何度もこの夢を見ていたけれど、肝心なところで夢は終わってしまう。だから、その日出会った女の子の名前は分からずじまいだ。
 物語だと夢に出てきた女の子と再会してその子と付き合うなんてことになるんだろうけど、現実的にはなかなかない。それに、そもそも僕にはそんな機会はあり得ない。あってほしいとは思うけど、現実は無常だ。

「ん……着信か」

 目覚めたばかりで物思いにふけっていると、突如枕元に置いてあったスマホが震えた。
 確認すると、幼なじみの阿部あべ柚希ゆずきからだった。今日の予定の確認で、早い時間に学校へ向かおうというものだった。
 柚希は隣の家に住んでいて、小さい頃から一緒に居る僕の幼なじみの女の子だ。見た目は平凡よりはやや上で、美少女かというとそうでもない。僕の記憶では身近な女の子といえば彼女しか思い浮かばない。
 中学校時代に僕が吹奏楽部に入ると言ったら「自分も入る」と言い出したので、少しは好意を持たれているんじゃないかと期待していたりする。だけど、僕自身は柚希に対して友達以上の感情を抱いたことはない。むしろ、彼女に振り回されているのだ。

「『これから準備するよ』、っと」

 柚希に返信をし終えて、僕はスマホを枕元に戻す。その瞬間にまたあくびが出たけれど、二度寝をしてはいられない。学校の授業があるのもそうだけど、文化祭に向けて朝練を頑張らないといけないのだ。

「さて、起きるか」

 ベッドから体を出して立ち上がる。そして軽くストレッチしてから僕はパジャマを脱いでそれを折り畳む。靴下を履いてからワイシャツに袖を通し、スラックスを履く。
 鏡を見ながらネクタイを締めると、僕は机の上に置かれている坊主頭の男子高生が扇子を持って笑顔を浮かべているイラスト入りの色紙を眺める。その色紙には僕の信条となっている言葉があった。
 他人は他人、自分は自分。自分を変えることはない。自分を信じて歩け、と。
 この言葉は、とある不良漫画からの一節を引用したものだ。その漫画は派閥争いに終始している不良高校を舞台にしていて、携帯電話の電波が通らない地域に住んでいた主人公がその学校に入学するところから始まる。
 主人公は不良漫画の主人公とは思えないほどにいつも笑顔で仲間思いでありながら、身体能力は非常に高い。目上の人たちに対しても基本的には礼儀正しい反面、相手の名前を間違えて呼ぶなど少々抜けているところがある。涙もろいが、いざ喧嘩となると強者との戦いを純粋に楽しむ。
 色紙に書かれている言葉は、その漫画の主人公が不器用な生き方をしている後輩に対してかけたものだ。この言葉は僕の座右の銘となり、父さんに頼んで色紙を買ってもらった。
 ちなみに僕がこの漫画を知ったのは、幼稚園に入ったばかりの頃だった。
 絵本を読むのが嫌で父さんの制止も聞かずにこの漫画を読んだのがきっかけで、その床屋によく通った。そのうちに、僕は床屋にあるその漫画を全巻読破していた。もちろん、勉強嫌いの転校生が大暴れする漫画も。
 困ったときや大変だったとき、そして柚希との関係に悩んだときも、圏外から来た男の活躍を描いた漫画と勉強嫌いの転校生が大暴れする漫画に刻まれた言葉を常に唱え続けた。そのおかげで、僕は今まで多くの困難を乗り越えてきた。今までも、これからも。

「他人は他人、僕は僕。僕自身を変えることはない……。よし、今日も頑張ろう!」

 僕はその言葉を口にしてから、僕は洗顔や朝食のためにいったん部屋を出た。
 今日もまた、いつもと変わらない日が始まる。柚希に振り回される、いつもと変わらない一日が。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。

電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。 ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。 しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。 薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。 やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。

幼馴染は何故か俺の顔を隠したがる

れおん
恋愛
世間一般に陰キャと呼ばれる主人公、齋藤晴翔こと高校2年生。幼馴染の西城香織とは十数年来の付き合いである。 そんな幼馴染は、昔から俺の顔をやたらと隠したがる。髪の毛は基本伸ばしたままにされ、四六時中一緒に居るせいで、友達もろくに居なかった。 一夫多妻が許されるこの世界で、徐々に晴翔の魅力に気づき始める周囲と、なんとか隠し通そうとする幼馴染の攻防が続いていく。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...