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第4章
161 新たな少年・クィト
しおりを挟む「ん……。」
「あ、起きた!起きましたよ!」
「え?あほんとだ。どうも~俺の顔、覚えてる?」
シリウスが気絶させた少年はそのまま俺が森の家に運び、居間のソファに横にさせておいた。
ルシウスがずっと心配そうにその子を見ていたので、俺はその間にシーラとクルトを公爵邸まで呼びにいったのだ。
ちなみにシリウスは森の散策中でまだ戻ってきてない。
昼に会ったばかりだけどもう忘れてるかもしれないと思い、一応確認したのだが、俺の言い方が怖かったようだ。その子は飛び起きてダッシュで窓際に向かった。
「わ、わ、そんな走って大丈夫なんですか??」
「ひぃっ…!!!!!!!」
ルシウスがオロオロしながらその男の子に問うたが、その子はルシウスに対し悲鳴を上げた。髪が紫で目が赤色の人を見たらまぁそうなるだろうが、ルシウスはわかりやすくしょんぼりした。
「あら?坊や起きたのね。いやだ美形じゃない!」
「シーラ様危険ですよ。そんなに近寄らないでください。」
今まで2人はキッチンにいた。クルトがフルーツの砂糖煮を作っていて、その真横でシーラが次々と食べていたのだ。おかげでまだ俺にそのお菓子は回ってきてない。少年が起きたことを知り、居間に戻ってきたのだろう。
「いやだ可愛い~何歳?名前は?」
「………。」
その少年は「天使の血筋」のことは知っていたようだ。シーラをガン見して呆然としている。そして芸素から恐怖の色は消えた。
「なぁ、このポーチって君のだよね?これすげぇな!」
俺は先ほど少年が太ももに着けていたポーチをその子に返しながら言った。その子はやっと我に返ったようで、俺に攻撃的な目をしながらもそのポーチを大事そうに抱え込んだ。
「それって買ったもの?盗んだもの?」
「盗んでない………これは父さんが……作った。」
「へぇ!そうなのか!」
やっと会話ができた。持ち主の芸素に反応するポーチなので中を開けられなかった。まぁぶっ壊すこともできたけど。
「あの………親御さんとかは…いないんですか…?」
「っ!! 寄るな芸獣!!!!」
「っ………!」
ルシウスが言葉をかけた瞬間、その子の芸素は一段と攻撃的になった。
罵倒・・・ではあるが、ルシウスを悲しませようとしての発言ではない。その子はシンプルに、自分の命を守るために発した言葉だった。もし解名ができる子だったならきっと「ギフト」の言葉を発していたのだろう。それほどまでにルシウスを怖がってるとわかるからこそ、ルシウス自身も何も言い返すことができなかった。
「いい加減に自己紹介とかしたらどうでしょう?」
クルトが軽くキレた。すんげえ珍しい。確かにシーラの質問が放り投げられたままだったな。すまんなクルト。
その子もクルトに異変を感じたのか、言いたくなさそうな顔でぼそぼそと喋り出した。
「クィト・・・14才・・・」
「親は?」
「………いない。」
「あら、じゃあ孤児?」
「………そう。」
黒髪に緑色の瞳をした少年の名はクィト。苗字はない。14才らしい。もう少しだけ年が下かと思ったが、やせ細っていただけのようだ。そしてやはりシリウスの言った通り、孤児だった。
シーラは大きくため息をついて微笑んた。
「ほんとにあの人は孤児を見つけるのが上手いわね。」
「いつから孤児になったんだ?」
俺の質問にその子は言いづらそうに答えた。
「2年前……父さんが死んで…帝都に来て、そこからずっと…」
「帝都に来てってことは、出身は別の国なのか?」
「……ヴィシュメノス。」
ヴィシュメノス公国。帝都とオートヴィル公国の間に位置し、北西にはシルヴィア公国がある。小さな国だが交通網が発達しており、技術職の人はその国の出身が多い。
「あら。じゃあやっぱりパパは技術師だったのね?」
シーラの言葉にクィトはコクンと頷き告げた。
「大きな…実験してて……失敗して…事故を起こして死んだって言われた。父さんしか…いないのに…金払えって…言われて…何もなくて……家取られて……」
クィトは喋りながら泣き出してしまった。
唯一の家族だった父親が技術の実験をして、どうやら失敗したらしく、施設ごと爆発したらしい。それが原因で亡くなったのに、勤め先は父親に施設の損害賠償を求めた。お金のことなど何も知らないクィトは家を追い出され、持ち物も全て回収されたらしい。
そして最悪なことに、クィトが持ち物を取られる時に抵抗したらしく、それが原因で地区管轄の兵に追われている。もう家にも国にも帰れなくなったクィトは人が大勢いる帝都にもぐりこみ、スリや盗みを繰り返してなんとか生きていたらしい。
けれどそれも限界に近かっただろう。今の痩せ方を見ればじきに栄養失調で倒れることは想像に難くない。
……早めに保護できてよかったな。
『あれ~?』
俺がそんなことを思っている時、シリウスが帰ってきた。シリウスは森で摘んだ花をシーラに手渡してそのままキッチンへ行った。
『いい匂いがする。』
「フルーツ煮です。シリウスさんの分も器によそいましょうか?」
『わーい。』
クルトがキッチンに戻るのと入れ違いで居間にやってきたシリウスは、クィトを見て不思議そうな顔をした。
『あれ?まだいるんだ。起きたらもう出ていっていいよ~。あ、アグニにお金返してね。』
「っ……おい!!」
シリウスのクィトへの興味はとうに消え失せていた。そしてシリウスはこの子に……また絶望の中に戻っていいよと言ったのだ。
「シリウス、この子はクィトって言うんだって。事情があるらしいよ。」
俺は今聞いたばかりのクィトの事情を再びシリウスに説明した。シリウスはクルトからもらったフルーツ煮を美味しそうに食べながら聞いていた。
「ふえ‥ぐ…うぅ…こ、こんな…こんな小さな子が…いひ、ひ、一人で……」
ルシウスが顔面どろどろになりがら号泣している。その様子にクィトも若干引き気味だ。
「おいおい泣きすぎだぞルシウス。」
「だ、だ、って……アグニさん、この子…ずっと孤独だったんですよ…僕も…ずっとひとりだったから……つ、辛いの…わかる…うぅうぅ…!!」
ルシウスは優しいな。
けど、そうか。
クィトは孤児、つまり孤独だったのか。
その辛さは 俺にもわかるなぁ。
「………シリウス、俺この子を保護してもいいかな?」
俺は考えていたことをシリウスに告げた。本当は少し迷っていた。けれど、やっぱ独りはしんどいだろう。
辛くても貧乏でも、誰かと一緒にいたいんじゃないかと思った。
シリウスはにこりと笑った。
『どうでもいいなぁ。その子の好きにさせればいいさ』
放り投げたような言い方だ。
しかしこの言葉を聞いた瞬間、シーラとクルトの芸素がほんのわずかに変化した。シーラは慎重になり、クルトは覚悟を決めた様だった。
「??………ずいぶん勝手だな。この子を無理やりここに運んだのはお前だろ?」
『そうだね。じゃあアグニ、この子がこの場で目を覚まして、その後はどうなると思う?』
「え?……………っ!!!!」
なぜシーラとクルトの芸素の変化したのか、やっと理解できた。
クィトは、この森から出ることはできない。
正確に言うと森から出て今日の事を誰かに話そうとした瞬間に……殺されるだろう。
今、この森の中にはこの世の極秘がわんさか詰まっている。
まず第一に、一般市民はこの森がシャルト公爵家のものだと知らない。もちろんたくさんの芸石に囲まれているので森の中に入れもしない。けれどクィトは森の中に入り、ここに家があることを知ってしまった。
そしてそこに天使の血筋であるシーラが出入りしていること。
歴史上、初のヒト型の芸獣が住んでいること。
そして社会に存在しないはずの天使の血筋・シリウスがいること……
「お前……!最初からクィトを助ける気なんてなかったのか?!!」
シーラが慎重そうになったのは、これからのクィトの動き次第でこの子は死ぬとわかったから。クルトが覚悟を決めたのは……クィトを殺すことになったら、その役目を負うのが自分だと察したからだ。
シリウスは子どもを諭すような、仕方がなさそうな笑顔をみせた。
『ねぇ、僕のせいにしたいみたいだけどさ、この森に運んだのは君だよ?どうしてここに運ぶ前にこうなるってわからなかったの?』
「っ……!!!」
たしかに…この森に運んだらクィトに選択権がなくなるってこと、俺がもう少し早く気づいてれば……
「あの……よくわかりませんが…そんなに嫌なら僕が面倒を見ます…!」
ルシウスが泣きはらしたような顔で宣言した。それに対し、シリウスは笑顔のまま問うた。
『うん、どうやって?』
「動物や芸獣の狩り方は教えられますし、いざとなったら元いた森に2人で住みます!」
『君と?闇の森に?クィト、それでいいのかい?』
急に名前を呼ばれたクィトはビクッと身体を震えさせ、恐る恐るシリウスを見た。
『君には選択肢がある。この家から出て、また孤児に戻るか。そこの男と闇の森で生きるか。どっちがいい?』
「え………」
クィトはルシウスの顔を見た。先ほどまではルシウスを芸獣だと思っていたが、「どうやらこいつは少し違うぞ」とわかったようだ。けれどまだ怖いのだろう。クィトの芸素は痛いくらいに緊張した様子だった。
「大丈夫です!僕、闇の森の王でしたから!どの人も獣も、僕よりは弱い!生き残れます!大丈夫!一緒に行きましょう!」
「………。」
ルシウスの必死の説得に対し、クィトは黙ってしまった。
「って、え? 別に他にも選択肢あるよな??」
急に我に返ったぞ。あっぶねぇ。
場面に流されるとこだった。
「あるよな?俺もこの子と一緒にこの家に住むことだってできるし、もし技術師になりたいならフェレストさんに紹介してもらって住み込みバイトの場所を探すことだってできるし。今日の事、人に言わなければいいんだろ?」
『人に言わなければって……何?お願いするの?』
「そうだよ。クィトにお願いするんだよ。」
『本気で言ってる?』
「本気だよ。」
シリウスは暫く俺のことを見ていたが、観念したように笑った。
『わかった、保護してもいいよ。ただしこの子に生きててもらいたいなら、君がこの子と刻身の誓いをしなさい。』
「はぁ?!!」
刻身の誓い、以前シリウスがカールと結んだもの。契約者が被契約者を完全支配下におく。命令に背けば死。そんなものを14才の子どもに背負わせるというのか。
『本来はお願いなんて可愛いこと、こちらはする必要すらないんだ。これが最大限の譲歩だよ。』
確かにシリウスからしたら、お願いをして信じるくらいなら口封じをしてしまった方が楽だろうけど・・・
「………俺まだ刻身の誓い、できねぇ。」
『じゃあ練習して。』
シリウスは手に持っていたフルーツ煮の器を近くのテーブルに置き、足を組んだ。
『アグニ、ルシウス、この子の芸素は覚えただろう?刻身の誓いが終わるまでの間、帝都全域に自分の芸素を拡げ、この子を監視し続けなさい。』
「「 はい?!! 」」
帝都全域に芸素拡げるって……
無茶すぎません?!
『できなきゃ今までの話、ナシだよ。』
「します!!」
すぐに返事を返したのはルシウスだった。ルシウスはクィトにニコっと笑って告げた。
「これから一緒にこの家に住めるって。よかったですね!」
ルシウスは何よりもクィトの生活と健康のことを考えている。それに一人でこの家にいるのが寂しかったのか、クィトと一緒に住めることをとても嬉しがっていた。
「……まぁやるしかないんだよな。わかった。きちんとクルトの芸素を追うし、監視も行う。」
俺も改めてシリウスに宣言し、クィトに手出ししないことをお願いした。シリウスは一度ゆっくりと頷き、クルトに手で合図を出した。今後の説明をシリウスの代わりにクルトが行うのだろう。
シーラがシリウスの近づき話しかけた。
「もぅ、仕方ないわね。それじゃあ明日は顔見せ回りかしら?」
シリウスは立ち上がるとシーラを伴って玄関へと向かった。
『そうだね。そういえば西に新しい花が咲いてたよ。』
「あらほんと?どのお花?」
『たしか去年の今頃に種を植えたやつじゃないかな?』
2人はそんな話をしながら森に向かっていった。
クルトは2人がこの家から出たことを確認し、改めて俺たちに話しかけた。
「では皆さん、そろそろ座りませんか?今後のことをお話しましょう。」
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