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第4章
157 リシュアール家社交前日
しおりを挟む6週目1の日
無事シド公国主催の狩りも終わったし、今朝は久しぶりに朝寝坊しようかな~と思っていたが夜が明けてすぐにシリウスが俺のベッドを両端から凍らし始めたので飛び上がって起きた。
お陰で夜明けからずっと運動に付き合わされましたよ。
『ちょっと体訛りすぎじゃない?剣裁きが鈍くなってるよ。』
「それは朝っぱらってことを除いての発言?」
『うん。』
「まじか頑張る。」
シリウスと森から戻りながら(シリウスは民族衣装着用済み)喋っていると本邸の前でシド大公とシャノン大公が喋っていた。シドもいる。どうやらシャノン大公が自国に帰るのにお見送りをしてるようだ。
「おはようございまーす!シャノン様はもう朝食取られたんですか?」
俺が話しかけるとすぐさま3人は振り返って驚いた顔をした。俺が砕けた喋り方をしすぎたからかもしれない。
「あ、すいません。天使の血筋の皆様方、今朝は・・」
『あぁ構わん構わん!!あ~その、アグニ殿は今何をしておってのだ?』
シド大公が焦った様子で質問してきた。明らかに様子が変だ。
「こいつと森で剣の練習をしてました。」
『おおそうかそうか!それは…よかった。元気なことはいいことだ。』
なんか態度が不自然だ。シドもなぜか俺から目を逸らし、シャノン大公に話し始めた。
『あ、シャノン様、引き止めてしまって申し訳ありません。どうか気をつけてお帰りください。』
シドの言葉にシャノン大公は笑顔で頷いた後、シリウスと俺に声をかけた。
『またいつでも来てくれ。アグニも。』
俺も含めてこの場にいる4人はシリウスの名を出すことを避けて会話し、挨拶を交わした。この場にはシリウスのことを知らない者が大勢いるからだ。シリウスも言葉は発さず、にこっと笑顔を見せるだけだった。
『さて、では……そろそろ執務に戻るとするか…!』
『は、はい…!あ、それじゃあアグニ、またな!』
なんだかぎごちない会話をしつつシド大公とシドは屋敷へ戻っていった。
「………なんか様子が変じゃないか?」
『そうかな?』
「俺なんかしちゃったかな?あ、昨日のシリウスが原因じゃね?」
昨日、狩りの場でシリウスが公に姿を出してしまった。あの後、現場は暫く静まり返ってしまい悲惨そのものだった。シド大公が場を仕切り直してくれたけど、なんかその時からみんなの様子が変だった気がする。
「あんな大勢の前で姿見せてどうするんだよ?平気なのか?」
『ん?まぁ平気じゃない?』
「ほんとかよ。」
そしてそのまま俺らはデボラの部屋へと向かった。一緒に朝食を食べるお誘いだ。
コンコンコン・・・
「はい!!どうぞ!」
部屋の中から騎士の号令のような声が聞こえる。俺はドアを開けて中に声をかけた。
「デボラおはよう。朝食、庭で食べられるんだって。一緒に行こうよ。」
「あ!あ、、アグニ……!あ、お、おはようございます!!かしこ……じゃなくて、うん!ちょっと、ちょっとまってて!すぐ準備する!」
なんかデボラもしどろもどろだ。俺に対して緊張した芸素を出している。
「なんだ?ほんとに皆どうしたんだ???」
『それより君ももう一枚羽織った方がいいね。格好がラフすぎる。』
「お、まじか。じゃあ俺何か着てくるからデボラと一緒に庭行っててくれるか?」
『りょーかーい。』
俺は急いで自室に帰ってジャケットを掴み、庭へと向かった。
『アグニさん。』
「あ!シルヴィア、おはよう!」
『おはようございます。』
シルヴィアは薄紫の軽やかなワンピースを着ていた。夏にちょうど良さそうな生地だ。後ろには相変わらず5人ほど護衛が付いている。
「シルヴィアまだ帰ってなかったんだな。これから朝食?庭で食べるの?」
『ええ。せっかくですから部屋ではなく庭で頂こうかと。』
シルヴィアの態度は普通だ。なんか皆の様子が変だと感じたが、俺の思い違いかもしれないな。
「そっか!あ、一緒に食べる?」
『……………そうですね。せっかくですから、ご一緒します。』
「ははっだよな!……え?一緒に食べる?!」
一応聞いただけだった。
俺が大声で驚いたからか、シルヴィアは少しむすっとした顔になった。
『嘘なら結構です。』
「いやいやごめんごめん!あ、デボラとあいつも一緒だけどいい?」
『………デボラさんも一緒なのですか?』
「あ、嫌?」
デボラは他学院の平民だし、公国のお姫様とは身分が違いすぎる。本来同じテーブルでの食事など絶対に有り得ない。まぁ俺もだけど。
『そうではなく……いえ、なんでもありません。参りましょう。』
「お、おう。」
こうしてシルヴィアを連れて行ったら、デボラが気絶寸前の声にならない声で高速敬礼かましたので、俺とシリウスは2人でゲラゲラと笑ってしまった。
次の社交はリシュアール伯爵家、コルネリウスんちだ!
朝食を済ませた後、俺とシリウスはマルガの家にいたルシウスを回収して、3人で帝都へ戻った。デボラと荷物には馬車でゆっくりと帝都に向かってもらう。
無事に5の日の早朝に帝都へ到着し、俺はそのままコルネリウスんちへと向かった。夜会は明日だが、コルネリウスには「前日に遊びにいけたら行く」と言ってたのだ。
『僕も行こうかな~』
「いんじゃね?ルシウスは一緒に来る?」
『ルシウスはたぶん屋敷に入れないよ。』
「「 え?? 」」
『帝都外の貴族邸では当たり前なんだけど、たぶん総司令官の屋敷だし付いてると思うんだよね、芸獣に反応するセンサー。』
「えっ。」
「っ……………!」
ルシウスがショックを受けたような顔をした。その一方で芸素は痛いほど飛び散っていて、頭の中がごちゃごちゃしているんだとすぐわかった。
ルシウスはたぶん……芸獣のセンサーに反応する。身体の性質は変えたけれども、芸石を使わずとも芸ができるし、紫の髪と赤い眼は今もそのままだ。
「そ、そうですか………あ、まぁ、そうですよね。先に知れてよかった。下手に屋敷に近づく前で……よかった……」
「ルシウス……」
「いや、ほんとに大丈夫ですよ。僕はもう救われてるんです。アグニに出会う前までは、人や村にすら近づかなかった。たかが貴族の屋敷に近づけないのなんて……別にどうってことないですよ。」
シリウスはルシウスの意見を聞いてにこりと微笑んだ。
『いい子だね。夜は僕が森の家に行くから、それまで休んでなさい。』
「あ、はい!かしこまりました!では……また。」
ルシウスが去っていくのを見届けて、俺とシリウスは再度コルネリウスの家へと向かった。
・・・・・・
相変わらずきちんと管理されているリシュアール邸は綺麗で気持ちがいい。刈り揃えられた芝生に寝ころびたい。そんな欲求を押し殺しつつ俺は応接間までたどり着きコルネリウスに会った。
『アグニ!なんだか久しぶりだね。初の社交場はどう?ってあれ?もしかして……シリウス様?!』
「お~コル!!確かに久しぶりな気がするな!お前ら毎年こんな大変なことやってんだな!というかなんで剣持ってんだよ。」
応接間に入ってきたコルネリウスは武芸用の服を着て剣を持っていた。そのことについて聞いたのだがコルネリウスの耳には届いていない。
『シ、シリウス様!?お久しぶりでございます!お身体に変わりはございませんか?あまり最近お会いできていなかったので、是非また武芸のご指導を賜りたいです!』
満面の笑顔で礼をするコルネリウスに、シリウスは髪と目に被せていた布を取って言った。
『久しぶりだね。今も練習してたのかい?』
『はい!兄さまたちと演習場におりました!』
『そう。まだ体力はある?』
『もちろんです!』
『じゃあせっかくだから演習場に行こうか。』
「え~??走って帰ってきたばっかなのに?俺、疲れてるんだけど~」
『君に戦えとは言ってないでしょ。見学でいいよ。』
「それなら行くわ。」
俺とシリウスはコルネリウスの後に続いて、屋敷の演習場へと向かった。中に入ると以前会ったコルネリウスの2人の兄が剣の打ち合いをしていた。
俺らに気づくと2人の兄はすぐに練習を止め、驚いた顔で凝視してきた。
「あ……アグニ?」
俺は2人に向かって挨拶をした。
「お久しぶりです。アグニです。覚えてらっしゃいますか?」
「「 覚えてるよ!!! 」」
2人の兄…リオンとフィリップ。長男であるリオンは帝都軍第2部隊の隊長。次男フィリップは帝都軍第7部隊の副隊長をしている。2人ともコルネリウスほどではないが明るい茶の髪色で、それぞれ緑と茶色の瞳を持つ。一家そろって美形だ。
2人は恐る恐る俺に近づき、結構じろじろ見てきた。なんでそんな怖がってるのかわからない。
「ひ、久しぶりだな……その~宰相閣下も…息災か?」
「あ、はい!たぶん元気です!」
「アグニも武芸の練習を?」
「俺は疲れてるので見学で。こっちの……」
ここでシリウスの名を出して良いのかと悩む。するとシリウスは民族衣装の姿のまま言った。
『僕のことは「シノナ」って呼んで。』
「「 っ!!! て、天使の血筋……?! 」」
兄2人は驚きながらもすぐに敬礼をした。軍部所属の人間として正しい反応だ。
なるほど「シの名」で「シノナ」ね。
本名は2人には伝えないんだ。
コルネリウスにしか名前は伝えないらしい。けど立場は明らかにした。天使の血筋だと明かせばシリウスがどんな態度をとっても基本この場では許されるだろう。
そしてそれぞれまた天使の血筋に対する挨拶を行い、結局シリウスが兄2人の武芸の指導も行うことになった。
まずは次男フィリップと練習試合だ。
「よ、よろしくお願い申し上げます!!」
『はいはいどうも~ところで君はなんの芸が得意?』
「得意としているのは水の類です!」
コルネリウスは氷の類が得意だ。リシュアール家は水や氷系が得意なのかも知れない。
『そう。じゃあ僕も水の芸だけで戦おうかな。』
フィリップがピクリと眉を動かした。シリウスは『君の最も得意とする芸で負かす』と宣言したに等しい。なかなか挑発的な言葉だ。
けれどもフィリップは貴族的な綺麗な笑顔を浮かべて剣を構えた。
「ご指導、願います。」
「では、、、戦闘開始!!!」
長男リオンの掛け声で練習試合が始まった。
『この場にギフトを・・・水鏡 』
最初に動いたのはシリウスだった。自身の前に水の盾を出す。フィリップはシリウスが防御に回ったことを瞬時に把握し、すぐに剣を持って走り出した。
水鏡は一枚の壁。つまりその壁を迂回すれば攻撃ができる。ほとんどの人は直線的でまっすぐに飛ぶ芸しか行えないため、自らで壁のない場所へ移動してから攻撃を行う…というのが定石なのだ。
フィリップは大きく右に迂回して芸を出すつもりだったのだろうが・・・
「っ!!!!」
シリウスは4面に水鏡を貼っていた。これで迂回して直接攻撃を与えるという方法は潰れた。4面に解名を出せるほど芸素量の多い人間は少ないからフィリップも油断していたのだろう。
キィィィン・・・!!!!
フィリップが水鏡に剣を振る。しかし盾にダメージを与えることはできなかった。水の盾に包まれ微笑んでいるシリウスは、水中にいるようにも見えた。
「っ………はあ!!!!」
キィィィィン!!!!
再度剣を振るが、水鏡に変化はない。しかしこの状態でフィリップができることは少ない。フィリップは水鏡の一点に集中して攻撃を与えることにしたようだった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
フィリップは50回を超える攻撃を繰り出し・・・それでも盾は折れなかった。剣と芸の合わせ技や解名の攻撃もしたけれどだめだった。
盾の中にいるシリウスはつまらなそうな顔をしてフィリップを見ている。
「………シノナ様は、攻撃、されないのですか?」
息を整えながらフィリップはシリウスに聞いた。体力も芸素も使って疲労困憊の様子だった。
その問いを聞いたシリウスはいよいよ本当につまらなそうな顔をした。
『なんだぁ…本当にこの程度なんだね……はいはいお疲れ様でした。彼にギフトを、 鏡変 』
カッ・・・!!!!!
その瞬間、水鏡から猛烈な光が溢れ出た。
陽の光が鏡に反射して自分の目を差すような感覚だ。
世界が真っ白になった。
そしてこの事態を把握した時にはもう光は消えており、そこに水鏡はなく、フィリップの首を後ろから掴んでいるシリウスがいた。
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