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第4章
156 シド公国の社交狩り
しおりを挟むバァァン!!!
「おいシリウス!!」
パーティーを終え、部屋へと戻る。
重厚なドアを勢いよく開けると、部屋の奥にあるカウチソファに横になって目を閉じているシリウスがいた。俺が近づくとシリウスは目を瞑ったまま言った。
『………どうしたの?』
「え?もしかして寝てた?」
『半分ね。ホールにいる人たちの声が明るくて楽しそうだったから、それ聞きながら目を瞑ってたの。』
「それは寝てるって言わねぇよ。」
ここからホールの声が聞こえるわけがない。つまり超超超強く身体強化をして耳を傾けていたのだろう。俺の後ろからひょこっと顔を出したデボラが申し訳なさそうに頭を下げた。
「眠りの邪魔をしてしまって申し訳ありません!」
シリウスはゆっくりと瞼を持ち上げてデボラに微笑んだ。
『君は常識的だね。アグニはまだ人の眠りを妨げてはいけないってことを知らないらしい。』
「え?嫌なのか?」
『普通はね。僕は君が部屋に来るって知ってたからいいけど。』
少し機嫌が悪そうだ。こうなるから人の眠りを妨げてはいけないのかもしれない。寝てる誰かを起こす経験なんて今までなかったからよくわからない。
「でさ、さっきシルヴィアから聞いたんだけど、火の月の最後と風向かう1週目にシルヴィア連れて合宿?に行くのか?!」
そう、実は俺が聞きたかったのはこのことだ。
シルヴィアとダンスを踊っている時、シルヴィアから『宰相閣下から私の父に連絡がありました。合宿、楽しみです。』と言われ、頭が「?」状態だった。
俺がそのことを言うとシリウスは大きく伸びをしてから立ち上がり窓際へと向かった。
『そういうことにしたの。火の月の最後数日と風向かう1週目にシルヴィアを連れて旅をしようと思って。』
「は?!なんで?!」
『彼女前から武芸を教わりたいって言ってたでしょ?シャルト宛てにもその旨の手紙が届いてたし、あの子は今後伸びるから。』
「へ?シルヴィアが?」
シリウスがここまで断言するのは珍しい。しかも高評価で。
『だから合宿という名の旅をして連れて行ってあげようと思ってさ。』
「どこに行くんだ?」
『ブガラン公国とカペー公国。』
ブガラン公国は帝都から北西に位置するエベル王子の国。カペー公国はそのブガラン公国のすぐ隣にある西の国だ。カペー公国は地味で正直よく知らない。
「なんでそこに行くんだ?」
『今が1番いいお勉強になるから。』
シリウスは妖艶に笑った。
大変美しいが……俺は知っている。これは悪だくみしている時の顔だ。
「一国の、それも天使の血筋のお姫様を連れてくって…よく許可されたな?」
『それは簡単だよ。シャルトだもん。同じ天使の血筋、同じ爵位でも上下はあるんだよ。それとねシャルトが「我が家の邸番を連れて行かせる」って言ったんだ』
「邸番?」
俺の聞き返しにシリウスはすぐにデボラに目線を送った。デボラはその意味を理解したようでシリウスの代わりに説明してくれた。
「邸番とは我々がよく言う護衛騎士のことです。ただし護衛騎士は主を護るのに対し、邸番は屋敷を護ります。以前アグニに伝えたわよね?シャルト公爵家はただの一度も外部からの侵入を許していないって。」
前にデボラが言っていたことを思い出す。
護衛騎士の選定は秘密裏に行われ、歴史上過去に一度もシャルト公爵が襲われたことはないと。それはすべて護衛騎士、特に邸番の功績が大きい。
つまり今回シルヴィアの同行者にシャルト家の邸番を連れて行くというのは、自身の屋敷の守りが少なくなるリスクを背負ってまであなたの子を守りますって意味になるのだ。
そしてシャルト家の防御力を知らないなんてことはないだろう。
「なるほどぉ……」
『だから安心して。さて……それで君も一緒にこの部屋に来ちゃったんだね?』
シリウスはデボラの方を向いてそう言った。意味がわからず俺とデボラは首を傾げた。
『夜会後に他者の部屋に行くと深い意味になる。まぁこれは貴族の一般常識だからね、君が知らなくても無理はない。』
デボラはすぐハッとした顔になり頭を下げた。
「す、すいません!!考えておりませんでした…!!」
『僕は構わないよ。けど念のため、水曲で部屋まで送るよ。おいで。』
水曲…つまり透明化してデボラを彼女の部屋まで送るようだ。もちろん俺もこの「常識」を知らなかった。俺の落ち度だ。
「俺が送るよ。」
『いいよ。君は早く着替えて風呂に入りな。明日も狩りがあるんだから。』
「………そうだな。わかった。」
シリウスがわざわざ送るというのならたぶん何かデボラに話したいことがあるのだろう。俺は素直に頷いた。
「それじゃあ、アグニ今日ありがとうね。また明日…。」
「おう!また明日な!」
こうしてシリウスはデボラを送るために部屋から出ていった。俺は言われた通りすぐ着替え、明日の準備をしてから風呂に入った。
風呂から出た時にはもうすでにシリウスは戻ってきており、暫く話し合って俺は就寝した。
・・・・・・
7の日
強い日差しだが爽やかな風は吹いている。初夏の美しさがある天気だった。
狩りの場のデボラは、格好良かった!
ただでさえ女性の参加者は数名しかいないから目立つのに、花のある乗馬姿で的確に獲物を仕留めていた。加えて護衛騎士志望だというならばこれは引き抜きのチャンスだと思う人も多かろう。
結果的にデボラは令嬢や娘がいる貴族らから多数の声がけがあった。今後どうするのかは当人に決めてもらいたい。
『アグニ殿は宰相閣下に似た先見の明を持っているのだな。皆があの少女に魅了されている。』
「お、シド大公!」
馬に乗ったシド大公が後ろから話しかけてきた。
「ありがとうございます。彼女が良い未来を選べるといいなと思います。」
『ふむ。気を張って疲れているだろうから十分に労ってあげなさい。』
「はい!」
シド大公はそのまま前へと行きデボラに声をかけていた。暫くするとデボラが嬉しそうな顔でこちらに来た。
「アグニ!どうしよう…!!!こんな声かけられるなんて思わなかったんだけど!!」
「ほら~来てよかっただろ?」
「本当に来てよかったわ!!ありがとう!!働く場所をこちらが選べる状況なんてなかなか無いのよ!」
デボラは興奮した様子で俺に何度も感謝を告げるが、俺はこの狩りでデボラの手助けはしてない。全部彼女の実力だ。それを本人はわかっているのだろうか。
「あ、シルヴィア様だわ!お戻りになられたようね。」
シルヴィア一行が森から出てきた。昨日の訳の分からない男どももいる。
天使の血筋の中でも明るめの金の髪は傾き始めた陽の光に溶けて宝石のようにきらきらしていた。
森の近くで馬から降りて他の参加者と話し始めている。
「………ねぇアグニ。シルヴィア様とは親しいの?」
デボラが興味津々といった様子で俺に聞いてきた。そんなにシルヴィアに興味があるとは思わなかった。
「まぁ普通に会話するよ。」
「え、それだけ?もっと…なんかさ、ん~席は?隣?」
「クラスの?違うよ。」
「じゃあ食事とかは?一緒に食べたりしないの?」
「向こうは天使の血筋の席座ってるし、俺はコルとかと一緒に食うよ。」
「うーーーーーん…………。」
デボラが何を言いたいのかわからず聞き返そうとした時、俺はシリウスの芸素を近くに感じた。
「あれ?……………あ。」
「え?なに? ……あっ!!」
俺の目線を辿ってデボラも湖の方を見た。
湖の中央、水の上を跳ねるように飛ぶシリウスがいた。
わずかな水紋を作って遊んでいたシリウスはそのまま空中に座るような姿勢になり、腰からリュウの笛を取り出した。
水の上を滑るような、心地よい低音が広がった。
湖畔にいた人は音のする方を見た。そしてその先にいるシリウスの存在に気づく。
しかし誰一人として言葉も発さず、固まった。
俺はこの時、「やられた」と思った。
(「………そんなに『神の色』って必要かねぇ?」)
以前俺はそう問うた。
(『君も彼らと同じなんだね。「神の色」がどういうのものかわかってない。』)
シリウスは 光の色を纏っていた
(『今度、見せてあげるよ。』)
黒髪がどうして蔑まれるのか。どうして金の髪が崇められるのか。皆の求める神の色とはなんなのか。
その答えが、これだというのか。
「あのやろう……やりやがったな…」
この場の全員が呼吸すら忘れてシリウスを見ている。そしてその全員から、歓喜に打ち震えるような芸素が溢れ出ていた。
何名かが持っていたグラスを芝生に落とした。地に膝を付け、神に祈る姿勢になった者もいる。高位の貴族相手ですらこの反応。
これが、現実……。
シリウスはリュウを吹き終わると目線を我々の方に向けた。その瞳は髪の色以上に明るく光を放ち、輝いていた。
シリウスは天使のような笑顔で俺を見て、笑った。
「っ…………。」
その後すぐ水曲を使って陽の光の中に溶けたようにして姿を消した。
これが、シリウスが初めて貴族社会に姿を見せた瞬間だった。
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