再創世記 ~その特徴は「天使の血筋」に当てはまらない~

タカナデス

文字の大きさ
上 下
166 / 174
第4章

154 シド公国社交界前夜

しおりを挟む



レイとレベッカは注目された。


幼い双子。アルダ隊。美しい芸獣を操る。人を助けた優しさ。そして、珍しいほどに黒い髪。
皮肉なことに、黒髪であるという点が2人を一層賞賛すべき対象へと押し上げた。

そして俺は関しては、4人の怪我を完璧に治したことにとても驚かれた。そもそも治癒ができるだけでも稀なのに、足が溶けるほどの重傷者4名を一度も休まず治しきったからだ。こんなに芸素量があるとは思わなかったのだろう。

この日に、我が家の護衛騎士にならないかという誘いが複数きた。すべて断ったが、力があれが髪色なんて気にしないという貴族がシャノン大公以外にもいると実際に知れたのは良い発見だったと思う。


次の社交は来週の6と7の日にシド公国主催のものがある。

しかし場所はシド公国ではなく、ここシャノンシシリー公国で催す。『公国の王』としてならシド公国でやるべきだが『シド家』としてパーティーを催すため、シャノンシシリーにある別荘でやるそうだ。というかシド公国は帝都から離れすぎているので社交をやるには向かないし、帝国最大の湖であるイミタラッサに面しているシルヴィア公国やシャノンシシリー公国は貴族の別荘地としてとても親しまれているので、人が集まりやすくパーティーを開催しやすいのだ。

それまでの数日間はシャノンシシリーの街を散歩したり、観光したり、双子の訓練に付き合ったりして時間を潰し、5の日にシドんちの別荘に俺とシリウスだけで向かい(ルシウスはマルガとお留守番)、そこでデボラと落ち合った。

「あれ?デボラ着いてたのか!早かったな!」

「アグニ!あ~よかった~!!!!」

シドの別荘の前の門に一つの馬車が止まっており、その隣にデボラは立っていた。俺が馬車から降りて話しかけると、それまでバキバキに緊張した様子だった芸素が若干和らいだ。

「ごめん待った?というか先に入れさせてもらえばよかったのに。」

「そんなことできるわけないでしょ?!!」

「えぇぇ…?」

門番に言えば中に入れてもらうことはできたはずだが、一人で入るのはちょっと怖かったのかな。

『へぇ~君がデボラか。』

馬車の中から顔を覗かせたシリウスにデボラは一瞬びくっとしたがすぐに綺麗な笑顔を返した。

「あ……初めまして。デボラと言います。アグニの……お姉さん?」

今シリウスはフォード公国の民族衣装を身に着けている。外見だけでは天使の血筋だとはわからない。

『あ~う~ん、まぁ~…お姉さんでいっか。』

「あれ?男性?お兄さん?それはすいません、大変失礼いたしました!」

『いいのいいの。ほら乗って。』

どうやらシリウスは自分の事を明かさないらしい。まぁ特に俺も困らないのでとりあえずはそのままシリウスに従っといた。門番にシリウスは身分を確認されたが、俺の侍従だと告げると素直に通された。

馬車で別荘の敷地内に入ったが……案の定馬鹿デカイ。

というか門を通ったはずなのに建物が見えない。緩やかで見晴らしのいい丘を馬車で登りきると、やっと馬鹿デカイ家が見えた。丘を降りた先にシャルト公爵邸と同程度の屋敷、そしてその横に巨大なホールと湖が見えた。

「え………この湖ってシド家専用ってことか?」

『そりゃそうだよ。門通ったでしょ?』

「っ……………」

デボラの芸素がまたバキバキになった。規模の大きさで驚いているのだろう。

「は~すっげぇなやっぱ!俺らここに泊まるのか~」

帝都以外で社交を行う場合、大体の場合は主催者側が泊まる場所を提供してくれる。シャノンシシリー公国の社交時はマルガの家が近くにあったので断ったが、ここは少し街から離れるのでお言葉に甘えて別邸に泊まらしてもらうことにしたのだ。

ガチャ・・・

「お待ちしておりました。アグニ様、デボラ様。」

馬車の扉が開かれるとそこには複数名の紳士が立っていた。

「どうもありがとう。」

「あ、ありがとうございます……あ、自分で運べます…!!」

荷物を運ぼうとした使用人にデボラはそう言った。

「デボラ、運んでもらって。」

「え、でも………」

迎える側は客人の荷物の中身を直接確認するわけにはいかない。なぜならそれは客人に対して失礼な行為になってしまうからだ。しかしその代わり、荷物を直接運ぶ時に重さだったり硬さだったりを確認して屋敷に変なものを持ち込んでいないかを確認している。
なので逆に信頼を得るためにも荷物を運んでもらう必要がある。俺もこのことは最近になってシリウスから教えてもらった。

メインの入り口から入り、執事長や侍従長から挨拶を受ける。主催者が直接出迎えてくれる場合もあるが、今日の主催者は天使の血筋なので、ゲストも天使の血筋じゃなければそれは行わない。

しかし・・・

『やぁアグニ!待ってたよ!』

「あれ?シド?!え、なんで??」

階上から堂々と降りてくるシドに少し驚きながらも返事を返す。シドはまずデボラを見てニコリと微笑み、その後に俺の後ろにいたシリウスを見て大きく目を見開いた。

『えぇ?!!!……‥あの、え、もしかして………シリウス様でしょうか?』

『……ちぇ。あーあ、バレちゃったか。』

「え……………………」

シリウスが髪と目にかかる布を取った。そしてこの場の誰よりも明るい色が現れた。

「ひぃっ………!!!!」

デボラが小さく悲鳴を上げた。そして芸素が全力で飛び出しまくっている。たぶん今相当心臓がバクバクなのだろう。

「あーごめん。侍従用の部屋をゲスト一人につき一つずつ与えられるって聞いて、そんでこいつがついてきたんだけど……」

俺の説明を聞いたシドは驚いた顔のまま俺を見ていた。

『いや、さすがに……。急いでシリウス様の客室を本邸に設けさせます。』

シドの一言で何人かの侍女が急いで去っていった。準備を始めるのだろう。

『僕アグニと同じ部屋にいるから必要ないよ。』

『え、いやしかし……。ではアグニの部屋を本邸に変えましょう。2つ続きの部屋を用意しますのでそちらをお使いください。』

『ん~ソファがあればいいんだけど。まぁじゃあそれでいいよ。』

シリウスは夜に寝ないからわざわざ寝室を設けてもらう必要はない。しかし招いてる者としてはそうもいかないのだろう。

「ご、ごめん。別に気を使わなくてもいいのに……」

『いやいやいやいや!!!それはできん!!』

「はぁそっか……なんかごめんな。」

『いいや、父がシリウス様にお会いしたいと言っていたからきっと喜ぶ。そうだ!もしよろしければ本日の夕食、ご一緒にいかがですか?』

シドの提案にシリウスはすぐに頷いた。

『いいよ。準備ができたら迎えにきて。』

『かしこまりました!デボラも是非参加してくれ。』

「は‥…………………はい……?」

デボラはずっと斜め45度で頭を下げていた。微塵も動かず、出来る限り空気に溶け込もうとしていたが、さすがに空気にはなれなかったようだ。

「そうだな!シリウスとデボラと3人でお邪魔させてもらおうかな!」

「え………?」

『ああ!時間がわかったら知らせるよ。デボラはその時に私の父と挨拶するといい。ではまた。』

「は………はい……???」


シドが去っていくのを見届けた後、デボラはゆっくりとシリウスの方を振り返った。

『僕、シリウス。』

「は、はい!!!天使の血筋様にご挨拶申し上げます!!第2学院第3学年のデボラでございます!!!先ほどまでの無礼、どうかお許しください!!!!」

デボラは秒で敬礼を行い挨拶と謝罪を口にした。前にシーラと会った時に挨拶をやり直しさせられたのが効いたのか、今回はきちんと文章を言い切った。

シリウスは美しく微笑んでからデボラに近づいた。

『別にさっきみたいに接してくれて構わないよ。シドと会って緊張したでしょ?』

「さすがにそれはできません!シド様もそうですが……天使の血筋様………の、神秘性に少し平静を失いました!」

たぶんシドよりも気づかず隣にいた天使の血筋シリウスの方にビビったのだろうが、デボラは素直に告げなかった。

『ははっ良い言い回しだね。ところで、身体を動かすのは好きかい?』






・・・・・・







「はっ!!ふっ!」

『ん~残念。』

「はあ!!!!!」

『軸がズレてるよ。』

「あっ!!!」

ズシャア・・・!!!

湖畔でシリウスとデボラが戦っていた。俺はそれを少し離れたところから見ている。剣を合わせてから、デボラの緊張の色が薄れた。きっとこれが狙いだったのだろう。

『あ、そういえば2人とも明後日の狩りは大丈夫?』

「え?あ、そういえばそんなのあったな。ちゃんと持ってきたはずだよ。」

「はい!ハーロー男爵様より頂きましたものを持ってまいりました!」

シド公国の社交はパーティーよりも狩りの優先度のが高い。だから狩り用の服もきちんと用意しておかなければならないのだ。

『よかったよかった。僕はパーティーにも狩りにも参加しないけど、頑張ってね。』

「え……パーティーに出られないのですか?」

デボラが不思議そうにシリウスに聞いた。

『僕、貴族社会にいないんだ。まぁけど狩りは外でやるわけだし、少し見に行こうかな。』

「そう………なのですか…?」

天使の血筋で貴族社会にいないのはシリウスだけだ。けれども貴族の娘ではないデボラは「そういうこともあるのかな?」といった感じなのだろう。

『ほらアグニ、デボラの傷治して。』

遠慮なくシリウスに転ばされていたデボラは擦り傷まみれだった。たぶん結構痛いだろうけど、首を横に振った。

「え、いえ!!そんな治癒なんてもったいない……!」

「なに言ってんだよ。明日パーティーだぞ?シドのパーティー、傷まみれでいいのか?」

「うっ………」

「別に治癒なんていくらでもないんだから遠慮するなよ。ギフト・・・治癒。」

デボラの身体を金の光が包んだ。

「…ありがとう。」

「おう!」




「『 アグニ~!!! 』」

後ろから昨日まで聞いていた声がした。

「え?!レイ、レベッカ?!」

すんごいスピードで近寄ってくる2人に俺は両手を広げ、その体を受け止めた。

「え?どうしてここに???」

「シャノン様の護衛!連れてってくれるって!」

『アルダ隊で私達二人を連れて来てくれたの!ここにシリウスとアグニもいるからって!』

シャノン大公が気をきかせて二人を護衛チームに入れてくれたらしい。そしてこの2人がいるってことはシャノン大公もこの場に到着したらしい。

そしてレイはデボラが凍るようなことを口にした。

「シャノン様、あとでアグニ達と夕食一緒に食べるって言ってたよ。」

「 え。 」

【速報】
天使の血筋が夕食会に1人増えた。

「デボラ………大丈夫か?」

「………………………………ダイジョブ。」

『あははははっ。たっのし~。』

「『 たっのし~!!! 』」

シリウスが茶化しながら去る。
それを見て双子も茶化しながら去る。


俺は顔色が真っ青になったデボラを一生懸命慰めつつ、夕食会の準備のため、屋敷へと帰ったのだった。





しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

(改訂版)帝国の王子は無能だからと追放されたので僕はチートスキル【建築】で勝手に最強の国を作る!

黒猫
ファンタジー
帝国の第二王子として生まれたノルは15才を迎えた時、この世界では必ず『ギフト授与式』を教会で受けなくてはいけない。 ギフトは神からの祝福で様々な能力を与えてくれる。 観衆や皇帝の父、母、兄が見守る中… ノルは祝福を受けるのだが…手にしたのはハズレと言われているギフト…【建築】だった。 それを見た皇帝は激怒してノルを国外追放処分してしまう。 帝国から南西の最果ての森林地帯をノルは仲間と共に開拓していく… さぁ〜て今日も一日、街作りの始まりだ!!

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

(短編)いずれ追放される悪役令嬢に生まれ変わったけど、原作補正を頼りに生きます。

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚約破棄からの追放される悪役令嬢に生まれ変わったと気づいて、シャーロットは王妃様の前で屁をこいた。なのに王子の婚約者になってしまう。どうやら強固な強制力が働いていて、どうあがいてもヒロインをいじめ、王子に婚約を破棄され追放……あれ、待てよ? だったら、私、その日まで不死身なのでは?

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

処理中です...