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第4章
151 情報屋
しおりを挟む「なぁ、なんでそんなに解名教えてくれないの?」
もう数年前だ。俺は解名を覚えたばっかだった。そして解名の威力を知って、これを使えば全てが解決するのではと本気で思っていた。まぁ、今も思ってはいるけどさ。
森の中、息を切らして倒れている俺を見下ろしながらシリウスは微笑んだ。
『まずね、君は例外だけど、ほとんどの人にとって解名は「一発逆転の大技」なわけよ。そんな何回も出せないの。だから解名だけに頼る方法はしない。』
「けど俺はそういう戦い方ができるわけでしょ?俺は例外なんでしょ?ならいいじゃん、解名に頼っても。」
今のところ俺の理屈は全て正しい、と思う。
けれどもシリウスは、わからないかな~と少し困ったような顔をして説明を続けた。
『解名は信号なんだ。世界に漂う芸素や自分の身体の中にある芸素を言葉で武器に変換する信号。そして言葉にして伝えないと正しく変換されないんだよ。』
シリウスは俺を起こしながら『言葉にしないと気持ちは伝わらないよ!』とか言うタイプの馬鹿な子だと思ってあげて?と笑いながら言った。酷い例えだなと思いながらも、俺はとりあえず頷いた。
『でね、解名は最短でも発動に1秒はかかる。アグニには1秒のアドバンテージが今はわからないかもしれないけど、例えば僕が1秒多く使えれば少なくとも10人の首と胴を離すことができる。つまり決死の時に、瞬間的な速さが必要な戦いでは解名を使うことが命を失う原因にもなる。』
なるほど、無理に解名を出そうとしている間に殺されるかもしれないのか。
『それに口が動かなければ解名は出せないでしょ?だから舌や口、喉をやられたら終わるしね。』
「なるほど……だから解名無しでも戦えるようになんなきゃいけないのか。」
シリウスは両手で俺を指差し同意を示した。
『そういうこと!! なので……』
カキィィィィン!!!!!!
『これから解名を言う時間を与えず攻撃するね』
「まじかよ?!!!」
・
・
・
「……ほぉー か よ」
「そうかよ」だと?
………なんだ?急に雰囲気が変わったな。
よく口が裂けているのに喋れたもんだ。
けどこの後はどうするつもりだ?
バキバキッ!!
「っ!!!!」
目の前にいる黒髪のガキは、裂けた自分の口を氷で固めた。あれならもう血は出ない。それに痛覚も鈍る。
さすがの鍛えられ方だな。
あの年齢のガキがそもそもこんな奥深くにまでやってくること自体が異常だ。それなのに俺らに対し物怖じもせず、口を斬られても喚きもせず平然と対処しやがった。
けれどここから先はどうするつもりだ?
俺らは慈善団体じゃねぇ。攻撃も1回ずつ交代なんてルールはねぇ。攻められるなら攻める。
「てめえら、遠慮せず殺やれ。」
俺の掛け声で下の奴らは殺気だった。俺から見てもなかなかの恐ろしさだったと思う。
けれど………目の前のガキからとんでもねぇ量の冷気が流れてきた。
「っ…………」
なんだ?あのガキ何をした?
身体が……重い
心の奥から凍えるような……
「(ってめぇ………やりやがったな………)」
俺の言葉は声になっていなかった。口だけがパクパクと動いた。これじゃあまるで餌を求めている魚だ。
威圧
これは解名ではない。芸を放出する要領でできる技だ。
けど大体の奴は威圧と芸の放出を混同する。芸の量で相手を圧倒して、それを「威圧」だと勘違いしている。
だが………これは本物だ。
くそっ!!!!!
なんて育て方してんだよ シリウスさんよ。
てめぇのガキ、ばけもんじゃねぇか。
もちろん周りの連中は誰も動けねぇ。物理的に動けねぇわけじゃねぇ。精神的に動けねぇんだ。動いたら殺やられるって危険信号が脳に直接響いてくるみてぇだ。
目の前のガキは金の瞳を輝かせながら凍った口を広げて無邪気に笑った。そして動けなくなっている奴らを素手で殴り捨てた。部下たちは1発で壁まで飛ばされ、運悪く意識を失わなかった者はうめき声を上げた。
っ………身体強化!!!!!!
これも、解名ではない。
目の前の…ガキの見た目をした化け物は戦い方をよく知っていた。
油断していたのは俺らか………
部下は一人ずつ壁際にどかされ、金の瞳は一歩ずつ着実に俺に近づいてきた。
・・・・・・
威圧、身体強化、飛行……
これらは解名じゃない。芸だ。
前にシリウスが言ってたことをやっと理解できた
なるほど。解名だけに頼るのは危険だ。
俺は一歩ずつラウルに近づいていった。
「ギ フ ト ちぃ ゆっ !!」
俺の口に金色の芸素が纏わりつく。なんとか解名が発動してくれた。
「は~……痛かった~」
まじでギリだな。もう少し遅れていたら発狂レベルで痛くなってただろう。大怪我した時のために麻痺の解名を学んどいたほうがいいかもしれない。今度シーラに聞いてみよう。
ところで・・・
「解名ができる人間は油断するって?」
俺は前屈みになり座っているラウルと目線を合わせて笑った。
「逆も然りだな。解名を封じたから、油断したな。」
「…………あの人の教えなのか?アグニ。」
ラウルの言葉に驚いた。どうやら俺のことを知っていたらしい。
「あの人って……」
「お前と同じ瞳の色をした人のことだ」
「……なぁ~んだ!俺の事わかってるんだな!じゃあ俺がなんでここに来たのかはわかるか?」
俺の質問にラウルは目線を逸らして言った。
「………先日、あの人が『ここにアグニが来るかもしれない』と言っていた。そして『君が好きに判断していいよ』と言われていた。」
シリウスの『好きに判断して』というのは、情報を売る相手として適切かをラウルの方法で見定めていいという意味だろう。
「…………依頼を、受けよう。」
ラウルがそう告げた。
どうやら俺は合格を貰えたようだ。
・・・
ラウルに案内されその家の奥へと進んだ。そこは意外にもきちんとした内装で紙とインクと血と何か甘い匂いがした。
俺らは机を挟んで座り、もう一度きちんと挨拶を交わした。
「アグニだ。シリウスの…まぁ、弟子かな。以前カミーユって子の家の場所を聞くためにシリウスがここに来ただろう?そっからカミーユの家が燃えるまでの間の話を聞きたい。」
「………ラウル。この地区で頭張ってる。情報屋の長でもある。仲間は帝国中にいる。どこの情報でも金さえくれりゃあ原則提供する。」
「ほんとか?!じゃあその時の話を教えてくれ!」
俺が前のめりになって聞くとラウルは体勢を後ろにずらしながら渋い顔をした。
「だめだ。あの人に関することは基本的に言っちゃいけねぇ。」
「………今金さえ払えば情報くれるって言ったじゃんか。」
「原則教える、だ。ばかたれ。」
どうやらシリウスの情報に関しては教えてくれないらしい。
「もし俺が力でお願いしたら?」
俺の問いにラウルは狂ったような笑顔を見せた。ゴツイ見た目も相まってなかなかに恐ろしい。
「てめぇの暴力とあの人の制裁、どっちがましか考えたらわかるだろうがよ。」
「………なるほどぉ」
たしかに俺から暴力を受けるよりもシリウスの制裁の方が断然怖いだろう。そう考えるとラウルは絶対に情報を伝えてくれないだろう。
どうしようかなと考えていた時、ラウルが足でばんばんと床を叩いた。するとすぐにドアから誰かが入ってきて、ラウルの後ろに立った。
「俺たちは基本的に顧客にそれぞれ決まった情報屋を持たせる。情報屋同士で顧客の情報が入り混じるのを防ぐためだ。シリウスさんの依頼を受け持ってるのが俺。お前の依頼はこいつに受け持たせる。」
『バートだ。情報屋では一応副長をしてる。』
バートと紹介された男性は年は35ほど、短髪の黒髪に黒の瞳。目線に鋭さはあるがあまり特徴的な顔ではない。特別芸素があるようには見えないが、芸石を首に4つ付けているので芸はできるのだろう。
「わかった。俺が情報を知りたいときはバートに頼めばいいってことだな?」
『ああ。そうしてくれ。』
「了解。それじゃあバート、最初の依頼だ。カミーユって子の家が燃えた時の様子や証言をたくさん集めてくれ。」
「おいおい兄あんちゃんよぉ!!!てめぇ自分が何頼んでんのかわかってんのか?あぁ??」
急にラウルが大声をあげた。俺は今、ラウルの目の前で「ラウルとシリウスのことを調べて欲しい」と依頼したのだ。
「もちろん。だって、教えてくれないんだろ?なら俺の情報屋を使って調べてもらうしかないじゃんか。」
「………てめぇいい度胸してんなぁ。」
「図太いってたまに言われるよ。」
俺とラウルの会話を聞いていたバートはふっと鼻で笑った。
『なかなか大変な依頼だな。時間もかかるし、何も情報は得られないかもしれない。それでもいいか?』
「おぉ!もちろん!暫く帝都を空けるんだ。帰ってきたらまたここに寄るよ。」
『わかった。』
その後、料金や情報屋の仕組み等を教えてもらってから俺は公爵邸へと戻った。
・・・
『あのガキ、シリウスさんのなんなんすか?』
アグニのいなくなった部屋でラウルとバートが会話をしていた。
「知らねぇよ。本人は弟子とかなんとか言ってたがな」
ラウルは首をゴキッと鳴らして大きなため息を吐いた。
『あの年齢の子どもが深夜にこんな場所に一人でやってくるなんて…頭おかしいんじゃないっすか?』
「だから知らねぇって。あの人に育てられてんだから、ちったぁおかしいのが普通なんだろ。」
『は~まぁ、そうっすねぇ。』
バートはアグニが座っていた席に座り、ラウルと向かい合った。
『あの依頼、受けてよかったんすか?』
「知らねぇって何べん言えばわかんだよ。てめぇの判断だろうが。」
『まぁ、そっすねぇ。』
ラウルは机の中から袋に入った大量の粉砂糖を取り出し、スプーンで食べ始めた。そして口一杯に砂糖を含みながら喋った。
「……シリウスさんには証拠を消すなと言われていた。つまりあのガキに真相を見つけさせようとしてたってことだ。だからてめえがシリウスさんや俺に殺されることはねぇ。そこだけは安心しろ。」
『それはそれは安心しましたよ。俺が殺されるとしたら、この事件に絡んでる別の人間にってことですね?』
「そうだそうだ。ほら、もう行け。」
ラウルはスプーンを持った手で入口のドアを指しバートに部屋から出るよう告げた。バートは素直に言うことを聞き、入口へと戻った。
『そんなただの砂糖をあんまバカ食いしないでくださいよ。』
「うるせんだよ。糖分がなきゃやってらんねぇよバーカ。」
『はぁ……はいはい。』
仕方なさそうにため息を吐いたバートは、すっと一瞬で夜の闇に溶けていった。
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